Ep.36 まだ見ぬ明日へ(1)「待ち合わせ」
赤ん坊のうんちは、意外と臭い。
俺、大谷圭介は春休みの朝から、弟の橙也のおむつ替えをしていた。
まだ生後4ヶ月でミルクだけのくせに、どうしてこんなに臭いんだ!
大谷 圭介:
「うわー、くせーくせー」
おしり拭きシートで小さいケツを拭いてやる。橙也は乱暴に拭かれたと感じたのか、足をバタつかせて抗議した。
大谷 圭介:
「こら、ジッとしてろ!」
父ちゃん:
「圭介、先に足を抑えとかないと」
苦戦する俺の横から、父ちゃんが手を伸ばして橙也の足を抑えてくれた。
その間に、うんち付きおむつを丸める。
大谷 圭介:
「臭さだけは一人前だ」
父ちゃん:
「お前もそうだったんだぞ」
ああ、まただ。
最近の両親の口癖は「お前もそうだった」である。そんなの覚えてねーし。
父ちゃん:
「一体何度、お前におしっこをひっかけられたことか……」
父ちゃんが懐かしむように、言ったときだ。
ピロロロロ。
と、橙也のちっさいチンチンから、華麗な弧を描いておしっこが放たれた。
大谷 圭介:
「うわー!」
父ちゃん:
「おわっ、悪夢の再来!」
足を抑えていた父ちゃんの手と、おむつを敷こうとした俺の腕に見事にかかる。
橙也! お前、狙ってやっただろー!
そんな俺と父ちゃんを、洗濯物を干し終えた母ちゃんが苦笑して見つめる。
橙也は、スッキリしたように笑っていた。
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まだ見ぬ明日へ
(1)「待ち合わせ」
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駅前でそんなエピソードを語った俺の横で、井本は大笑いしている。
井本:
「ギャハハ! 朝から弟のションベンまみれかよ~」
大谷 圭介:
「笑い事じゃねーよ、おかげで俺、着替えたんだぞ!」
やはり今日着る予定の服で、おむつ替えなんかするんじゃなかったと反省する。
今日は、みんなで遊園地へ行く約束をしていた。
メンバーはちょっと、めずらしい感じだ。
男子は俺と隼人、中曽根に井本とサッカー部メンバー。
女子も4人で、望月と戸田、そして松宮と早乙女である。
待ち合わせ場所の駅前時計台の下には、今のところ俺と井本しか来ていない。
あれは、期末テストが終わった日のこと。
部活へ向かおうとした俺のもとに望月がやってきて、春休みにみんなで遊園地へ行こう、と提案したのだ。
……………………………
大谷 圭介:
「みんなで遊園地ね、いいんじゃない?」
本当なら2人きりがよかったなー、なんて思ったけど、そこはぐっと耐えた。
器が小さいと思われたくないからな!
望月 美羽:
「やった! あとね、あとね」
望月はウキウキとしながら、俺に耳打ちをする。
望月 美羽:
「小池くんを絶対、連れてきてね!」
大谷 圭介:
「隼人?」
近くなった望月の顔にドキッとしつつ、その要望の意味を考える。
もしかして……。
大谷 圭介:
「ひょっとして、女子メンバーに松宮いる?」
バスケ部で、女子にしては背の高い松宮茜の顔が浮かんだ。
望月 美羽:
「えっ! 何でわかったの!?」
「圭介くん、エスパーなの!?」なんて望月は可愛く驚く。
ふっふっふっ、と俺は笑った。
大谷 圭介:
「俺は、隼人や中曽根みたいに鈍感じゃないのよ」
松宮が隼人を好きなんだろうな、というのは、冬休みのときに何となく気がついた。
望月 美羽:
「さすが圭介くんっ」
望月は、俺を褒めたり励ましたりするのがとても上手い。
彼女がそばにいてくれたら、俺はどんな時だって絶好調になれる気がする。
大谷 圭介:
「へへっ。隼人もついに、春がきたか~」
望月 美羽:
「小池くんは、茜ちゃんのことをどう思ってるのかなぁ?」
大谷 圭介:
「んー、嫌ってはないと思うけどな」
まぁ、隼人は基本的に人をむやみに毛嫌いしないしな。
松宮に対して恋愛感情があるのかは知らないが、他の女子よりは親しくしていると思う。
望月 美羽:
「小池くんと恋愛話とかは、しないの?」
大谷 圭介:
「男同士でそんなのしねーよ」
嘘である。
俺はいっつも隼人たちに惚気話を聞かせているが、それは彼女には内緒だ。
望月 美羽:
「男の子は、やっぱそうなのかー」
望月 美羽:
「あ、男子にはこのこと秘密にしといてね! 茜ちゃん、照れ屋さんなんだから」
大谷 圭介:
「オッケーオッケー」
そうして俺たちは、少しいたずらめいて笑い合う。
かくして俺と女子たちによる、隼人と松宮のくっつけ大作戦デートが、決行されたのだ。
………………………………
大谷 圭介:
(まぁ、こいつらなら大丈夫だろ)
中曽根も井本も、サッカー以外のことには鈍い。
そんなふうに思い返していた俺の横で、井本がふと、つぶやいた。
井本:
「そういや俺、松宮とは同じ小学校だったけど、早乙女だっけ? はあんまりよく知らねーんだよな」
大谷 圭介:
「ああ、井本も西小だっけ」
井本と松宮は、同じ小学校だったのか。
今回のメンバーで、井本にとってあまり親しくないのは戸田と早乙女だ。
ただ戸田は中曽根の彼女だし、喋りやすい子だから問題ではないらしい。反して、大人しくて口数の少ない早乙女茉莉は、井本にとってよくわからない存在のようだ。
まぁ俺も、1年の頃は同じクラスでも、あんまりしゃべったことはないから、よくは知らないんだけどな。
井本:
「どうせなら、もっと明るくて可愛い子がよかったな~」
井本は、とんでもなく失礼なことを言う。
大谷 圭介:
「てか、お前って上田とはどうなの?」
さとみんこと上田里美の顔を思い出す。
井本の幼馴染みである上田はしっかりしており、井本の母ちゃんみたいに、いつも怒ったりたしなめたりしている。
望月にとっても、姉ちゃんみたいな雰囲気だ。
そんな彼女は、今回来ていない。
あくまで松宮応援が目的の今回は、松宮の恋愛事情を知っている女子が集められている。
井本:
「はー? 里美ー!?」
井本は思いっきり顔をしかめた。
井本:
「あいつは恋愛対象になんねーよ! 兄弟みたいなもんだし」
大谷 圭介:
「ふーん?」
同じ幼馴染みなのに、中曽根と戸田とは、また違う関係を築いているようだ。
不思議なもんだな。
井本:
「てか俺、戸田さんとかタイプだなー。女の子らしくて可愛いしー」
大谷 圭介:
「おいおい」
井本:
「それに胸もじつはあるよねー! 中曽根と付き合ってなかったら、絶対狙うのになー」
井本がスケベな顔をちらつかせたときだった。
中曽根 悠:
「てめぇ、るりをよこしまな目で見てんじゃねーよ」
井本の背後に近づいていた中曽根が、顔をひきつらせて井本の頭を手でつかむ。その後ろには、隼人もいた。
井本:
「ゲッ! 中曽根くん、聞いちゃってた!?」
中曽根 悠:
「なーにが中曽根くん、だよ! このスケベ小僧がっ」
井本:
「お、男は皆スケベだー!」
そんなふうに話す2人を見て、一緒に来ていた隼人が笑う。
今回の隠れた主役だ。
小池 隼人:
「朝から元気だねぇ」
大谷 圭介:
「うっす、隼人! これで男子メンバーは揃ったな」
とそのとき、タイミングを見計らったかのように女子メンバーが遠くに見えた。
隼人に片想いしている、松宮茜。
中曽根の彼女の、戸田るり。
松宮の友人で大人しい、早乙女茉莉。
そして。
先頭に立つ可愛らしい存在に、俺の顔が自然とほころぶ。
望月 美羽:
「やほー、圭介くん! お待たせー!」
俺の大好きな、向日葵笑顔で駆け寄ってくる。
俺にとって、1番大好きな女の子。
大谷 圭介:
「おー、全員揃ったな!」
総勢8人が、時計台下に集まる。
かくして隼人と松宮の仲を取り持つ集団デート(?)が、スタートした。
◇ 続く ◇




