↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
PR
175/273

Ep.35 君と最後のキスを(7・終)「卒業」

 厳かに進行された卒業式。


 体育館に並ぶ、俺を含めた卒業生──計172名。

 仰げば尊しを歌う頃には、何人かの女子が鼻をすする音が聞こえた。

 中学の卒業ごときで大げさな、と思っているのは、俺だけじゃないはずだ。


 教師:

「──卒業生、退場」


 進行役の教師の号令で、卒業生は動きだす。

 音楽が流れ、感動を促す。

 退場する卒業生を体育館内で見送るのは、温かな拍手を送る保護者と在校生たち。

 忙しい父さんは、終わる頃には行けるかもと言っていたが、期待はしていない。


 俺は、在校生の中に隠れているるりちゃんの存在を気にしながら行進した。

 めずらしくちょっとだけ──センチメンタルな気分だ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君と最後のキスを

(7)「卒業」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 卒業式後、最後のホームルームを終えた。

 まだ教室に居座る者もいたが、青葉中卒業式後の恒例とも言える、グラウンドでのクラブ送り出し騒ぎに参加する者が多かった。


 青空の下、最後の交流を過ごす同級生たち。

 ちなみに送り出しをするのは運動部が多く、俺の所属するパソコン部の後輩からは、とくに何もない。薄情だが、まぁそれは問題ではない。


 問題はこの人混みの中、目当ての人物を見つけられるか、だ。


 友人:

「五十嵐ー! 撮影しよーぜ!」


 友人がそう声をかけてくれるが。


 五十嵐 蒼太:

「ちょっと後でな!」


 返事を短く返して、俺は彼女を探した。


 2年生は式の片付けがあるはずだから、まだ帰っていない可能性が高い。

 るりちゃんの所属する家庭科部が送り出しをするのかは知らないが、するならこの人混みの中にいるはずだった。


──かくして神様は、味方についてくれた。


 るりちゃんを見つける。


 五十嵐 蒼太:

「るりちゃん!」


 戸田 るり:

「! 五十嵐先輩?」


 彼女は、突然現れた俺にビックリしていた。

 近くに3年生女子が立っていて、どうやらそいつと話をしていたらしい。部活か委員会の知り合いだろう。


 その子からの視線も気になったが、会えて嬉しかった俺は破顔して、るりちゃんの手を引っ張った。


 五十嵐 蒼太:

「ちょっとこの子、借りるね」


 戸田 るり:

「へ!?」


 驚いたるりちゃんは、あっさり俺に引っ張られ歩き出す。

 俺は急いでいた。

 早くしないと、王子様が現れちゃうからね。


 戸田 るり:

「あの、困ります!」


 五十嵐 蒼太:

「大丈夫。人のいるところで話すし」


 そう言って俺は、宣言通りにまだ人混みの中、るりちゃんの手を離した。


 向き合う俺たち。

 俺たちから離れた場所で、サッカー部名物の胴上げ祭りの「わっしょい、わーっしょい」なんて声が響いていた。

 王子様はまだ、あの中だ。


 五十嵐 蒼太:

「るりちゃんに、話したいことがあって」


 伝えたいことは2つあった。

 その内のひとつ──自分の気持ちを、俺は優先させた。


 五十嵐 蒼太:

「俺、るりちゃんが好きなんだ」


 戸田 るり:

「!」


 五十嵐 蒼太:

「冗談とかじゃなくて、けっこうマジで」


 戸田 るり:

「……い、五十嵐先輩……?」


 るりちゃんが赤くなる。

 周りを気にして、目をウロウロさせるけど大丈夫。別れを惜しむみんなは、俺たちのことなんか気にしない。


 五十嵐 蒼太:

「保健室で話す前から、るりちゃんのことは知ってた」


 戸田 るり:

「え……」


 五十嵐 蒼太:

「ずっと気になってた。だから話せて、嬉しかったんだ」


 戸田 るり:

「……えっ……と」


 るりちゃんが困っている。

 真面目なるりちゃん。

 相手が真剣に話せば、彼女は無下にしない。

 それをわかってて、俺は真剣に伝えた。

 俺のキャラじゃないから、照れ臭くもあるけどね。


 戸田 るり:

「……あの……私は」


 でも。


 五十嵐 蒼太:

「ストップ! 大丈夫、わかってるから!」


 戸田 るり:

「!」


 五十嵐 蒼太:

「るりちゃんは、彼一筋だもんな」


 へらっと笑った。

 やっぱり性根は変えられなくて、彼女のお断りセリフをふざけて遮断してしまう。

 失恋が確定していることはわかっていても、直接言い渡されるのは、やっぱり堪えるのだ。


──さて、あとひとつ。


 彼女が喜ぶことを、伝えなければ。


 五十嵐 蒼太:

「あとさ……俺、あの日キスしてなかったんだ」


 戸田 るり:

「──え!」


 戸田 るり:

「ほ、本当ですか!?」


 るりちゃんはそこで、パッと笑った。

 悔しいね。

 こんなことで、明るい笑顔を初めて向けてもらえるんだから。


 五十嵐 蒼太:

「ん、つまりさ……」


 中曽根くんに教えたときのように、実演してやろうと手を伸ばした──その時だった。


 中曽根 悠:

「あんた、本当に油断できねーな!」


 戸田 るり:

「悠!」


 王子様が現れて、お姫様は遠ざかる。

 行き場のなくした指先で、悪役は頭をかくしかない。


 五十嵐 蒼太:

「中曽根くん。いいところを邪魔しないでよ」


 中曽根 悠:

「するに決まってんだろ!」


 中曽根くんはそう言って、引き寄せたるりちゃんを背中に隠してしまう。

 うーん。やっぱりこいつ、嫌いだわ。


 とその時、中曽根くんのもとに、やたらでかい2年生が現れた。


 大谷 圭介:

「おい中曽根! 胴上げサボってんじゃねーぞ!」


 おお、この子はたしか、部長となったトリオの大きい子だ。

 その子は中曽根くんの首根っこを捕まえて、引きずっていこうとする。


 中曽根 悠:

「お、大谷! 俺は今、それどころじゃねーんだよ!」


 大谷 圭介:

「バカヤロー! 1年が頑張ってんだぞ!」


 わはは。いいぞ、大谷くんとやら。


 猫のように大谷くんに引きずられる中曽根くんに、俺はニヤリと笑う。


 中曽根 悠:

「!」


 すると。


 中曽根 悠:

「大谷! あいつも胴上げ対象だぞ!」


 中曽根くんは、とんでもないことを言い出した。


 大谷 圭介:

「は?」


 中曽根 悠:

「あいつ、元サッカー部なんだよ! しかも元エースだ!」


 大谷 圭介:

「そうなの?」


 五十嵐 蒼太:

(おいおい)


 何を言い出すんだ、中曽根くん。


 そんな俺たちの騒動が気になったのか、サッカー部員がわらわらと集まってくる。

 その中には、小池くんもいた。


 小池 隼人:

「あ、五十嵐先輩!」


 大谷 圭介:

「なんだ隼人、知ってんの?」


 小池 隼人:

「うん! 五十嵐先輩だよ。足を怪我して辞めちゃったけど、すっごくサッカーがうまい先輩なんだ」


 小池くんは無邪気に、そんなことを言ってくれる。

 その言葉を受け、現部長の大谷くんがニコッと笑った。


 大谷 圭介:

「そうなのか! じゃあ五十嵐先輩も、胴上げだー!」


 その言葉が合図のように、俺の知らないサッカー部員がワッと集まってくる。


 五十嵐 蒼太:

(う……)


 五十嵐 蒼太:

(嘘だろー!)


 逃げようと背を向けたが、遅かった。

 ガシッと手足を掴まれ、無数の野郎どもが俺を胴上げすべく体を持ち上げる。


 五十嵐 蒼太:

「う、わ、わ、わ!?」


 靴を脱がされ、荷物も奪われる。

 気づけば俺は、大空へ仰向けになって、空中へと舞っていた。


 サッカー部員:

「わーっしょい! わーっしょい!」


 大谷 圭介:

「先輩、卒業おめでとーっす!!」


 小池 隼人:

「おめでとうございまーす!!」


 五十嵐 蒼太:

「や、やめろーー!」


 下から聞こえるサッカー部員たちの大声。

 彼らはすっかりテンションが上がっていて、俺の言うことなんか聞いちゃくれない。


 中曽根 悠:

「ははは! 五十嵐先輩、おめでとー!」


 中曽根くんまで、笑って俺の胴上げに参加している。

 るりちゃんから引き離すためにしたくせに、笑ってライバルを胴上げしてやがる。


 なんだ。

 何なんだこれは!



──でも、放り上げられる感覚は気持ちよくて。

 吸い込まれそうな青空が、とてもキレイで。

 俺もいつの間にか、笑っている。



 そんな中。


 柴田:

「──五十嵐!?」


 柴田が、胴上げされている俺を驚きながら見ていた。

 俺もよくわからんが、なぜかサッカー部に胴上げされているこの状況。

 それを見て、やつは。


 柴田:

「………はははは!」


 柴田:

「おっかえりー!」


 なんて言って、笑った。



「お前がサッカー部に戻ってくるの、待ってるからな!!」



 1年の頃、そう言ってくれた柴田。

 応えるつもりなんてなかったのに、中曽根くんのせいで応えちまったようだ。……まいったね。


 胴上げされるたびに、視界が弾んで揺れる。

 柴田のそばには、いつの間にか坂もっちゃんもいて、俺を笑って見ていた。

 るりちゃんも笑顔で、見てくれている。


──ああ、何だよ。ちくしょう。


 卒業式では濡れなかった瞳が、涙を滲ませる。

 青空が、ぼやけてしまう。

 俺は、みんなにバレないように、袖でぬぐった。



 ・   ・   ・



 五十嵐 蒼太:

「……はぁ、まいったまいった」


 ようやく下ろされた俺は、膝に手をつくと思いきり息を吐き出した。

 サッカー部員どもは、次のターゲットを見つけて違う卒業生へと群がる。

 中曽根くんは、大谷くんに引きずられていった。


 戸田 るり:

「……あの、お疲れさまでした」


 そんな中、るりちゃんが声をかけてくれる。

 さっきの成り行きを見守っていた彼女は、おずおずと俺に近寄った。

 何かを訴えるように、こちらを見ている。


 五十嵐 蒼太:

「……ああ、さっきの続きね」


 俺がキスをしてないという、言葉の真偽。

 それをきちんと確かめたいのだろう。

 そんな彼女に、俺はあらためて向き合うと、中曽根くんにしたように2本の指ですばやく彼女の唇を軽くタッチした。


 五十嵐 蒼太:

「こういうこと」


 戸田 るり:

「!」


 あの日と同じ、柔らかい感触だった。

 るりちゃんはビックリして、口をふさぐ。


 五十嵐 蒼太:

「ちなみに中曽根くんにも伝えてあるから。安心して」


 戸田 るり:

「え、そうなんですか?」


 るりちゃんは、動揺ばかりして大変可愛らしい。

 そんな彼女に当たって砕けて、俺もスッキリしている。


 五十嵐 蒼太:

「じゃあね、るりちゃん。元気で」


 戸田 るり:

「は、はい」


 悪者はさっさと退散しましょ、なんて思って、彼女に背を向けた。

 そんな俺の背後から。


 戸田 るり:

「……五十嵐先輩……卒業、おめでとうございます!」


 五十嵐 蒼太:

「!」


 るりちゃんが嬉しい言葉をかけてくれる。


 五十嵐 蒼太:

「ん」


 振り返らずに、手だけをひらひらさせた。


 やばいな。

 にやけてしまうじゃないか。


 るりちゃん、好きだったよ。

 気づくのが遅かったけれど、それでよかったのかもしれない。

 失恋の傷はまだ浅い。

 すぐに立ち直れるさ。


 五十嵐 蒼太:

「………」


 るりちゃんから離れた俺は、右手を顔に近づける。

 自分の唇を、そっと押す。

 さっき、彼女の唇に触れた指先。

 誰にもバレない、間接キスだ。


 五十嵐 蒼太:

(……ま、これぐらいは、いいよね)


 なぁ王子様。悪者にだって、これぐらいの幸せはいいだろう?

 なんて、俺ってけっこうロマンチストさん。


 好きだった君と、最初で最後のキス。

 誰にも知られないそのキスを、俺は大切に心にしまう。


 そうだな、もし次の恋に出会えたら。

 彼らのようにまっすぐに、素直に。

 嫌いだった努力と一生懸命さで、向き合おうか。



 そう思いながら、単純バカが手を振る元へ向かい、足を踏み出した。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。