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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.35 君と最後のキスを(6)「中3、卒業前」

 ようやく、高校受験を終えた俺。

 何とか第一希望の公立高校に合格することができ、やっと安心して一息入れられる状態となった。


 さて、そうなると気になるのは、るりちゃんのことだ。

 るりちゃんを思っていた以上に好きだったと自覚しても、卒業前の俺には後の祭りで。

 長年培ってきた諦めやすい性格も、すぐに変えられるはずもなく、るりちゃんと話すのはもう無理かもしれないと思っていたとき。


 廊下を1人で歩く、彼女を見つけた。

 放課後の今、さいわい辺りに人はいない。

 数秒のためらいののち、俺は声をかけることを決意した。


 五十嵐 蒼太:

「るりちゃん」


 戸田 るり:

「!」


 振り返ったるりちゃんは、声をかけた俺に対して眉間にしわを寄せる。

 ああ、そんな顔もちょっと可愛いなぁなんて思った俺は、やっぱり案外、彼女が好きなのだろう。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君と最後のキスを

(6)「中3、卒業前」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 五十嵐 蒼太:

「今、大丈夫?」


 近寄りながら、優しそうに見えるはずの笑顔を浮かべる。

 しかしるりちゃんは、肩にかけたカバン紐をぎゅっと握って、ちょっと後ずさった。


 戸田 るり:

「大丈夫じゃありません」


 思いきり警戒されている。当たり前か。


 しかし、思ったよりも強気で負けん気のあるるりちゃんだ。

 思わず苦笑がもれる。


 五十嵐 蒼太:

「警戒しないでよ。もう、あんなことしないからさ」


 るりちゃんに気を遣って、そう言ったんだけど。


 戸田 るり:

「……もう、気にしてませんからっ」


 彼女は強気な態度で赤くなりながら、そう言った。


 五十嵐 蒼太:

「え?」


 彼女だったら、三日三晩悩んでいそうなことをしてしまったのに(本当はしてないけれど)、その考えに反して、るりちゃんは強い瞳を向けてくる。


 戸田 るり:

「第一私、寝てましたし」


 戸田 るり:

「犬に噛まれたと思って、忘れます」


 五十嵐 蒼太:

「……はぁ」


 なんと、犬や猫のように思われていたのは俺の方だったらしい。

 ポカンと口を開けている俺に、さらにるりちゃんは言葉を重ねる。


 戸田 るり:

「そ、それに、初めてなんて大切じゃないんですっ」


 戸田 るり:

「大事なのは、最後なんですっ」


 五十嵐 蒼太:

「……最後?」


 よくわからない。

 というか中曽根くん、るりちゃんに本当のことをまだ伝えてないわけ?

 それだけ俺が信用されてないってことか、と思うけれど。

 なんともまぁ、失礼なカップルだ。


 呆気に取られている俺に対して、るりちゃんはもう一度唇をきゅっと結び、強く見つめると頭をぺこりと下げた。


 戸田 るり:

「──失礼します!」


 そう言って、彼女は走り去る。

 俺が止める隙もなく、背中を小さくして向こう側へ行ってしまう。


 五十嵐 蒼太:

「……」


 五十嵐 蒼太:

「最後、ね」


 ぽつりと1人、つぶやいた。

 思っていた以上に、しっかりと俺を拒絶してくれたるりちゃん。

 気にしてません、忘れます、なんて言ってくれた。


──それはちょっとだけ、寂しいな、なんて思った。



 ・   ・   ・



 家の近い柴田と下校していた。

 こいつとこうして歩くのも、もうすぐ終わりになるのだ。


 柴田:

「もうすぐ卒業だなぁ」


 五十嵐 蒼太:

「ようやくお前と離れられるな」


 柴田:

「五十嵐、冷てーよ」


「そんなに俺が嫌いかよ」と、作りめいたガッカリ感を演出する柴田。


 でも、こいつとあの公園で出会わなければ、俺はサッカー部に入っていなかっただろう。

 サッカー部に入ってなければ、他人とサッカーをする楽しさも知らずに。

 ずっとあの公園で、1人遊びをしていたのかもしれない。


 五十嵐 蒼太:

「俺、お前のことはけっこう好きよ?」


 柴田:

「……お前の好意は、わかりづらいな」


 五十嵐 蒼太:

「そう?」


 今まで、のらりくらり適当にやってきたせいか、俺が人に与える印象もそんなものらしい。

 そんな俺とは対照的な一直線バカ、柴田。

 やつは「んなことより」と、自分の話にすり替える。


 柴田:

「卒業式後、俺はもう一度、桑原に告白する!」


 五十嵐 蒼太:

「え、まだ諦めてなかったの?」


 たしかバレンタインに「これが最後のチャンスだ!」と息巻いて、逆告白してたよな。

 それも玉砕していたことは知っていたが、まだ諦めてなかったとは。


 柴田:

「だって卒業式が、本当の本当に最後じゃんかよ!」


 五十嵐 蒼太:

「まぁ……そうだけど」


 やつが言った「卒業式が本当の本当に最後」という言葉が、胸をつく。

 柴田はバカだが、ここまでくると逆にすごい。

 どこからくるんだ、そのエネルギーは。

 昔から変わらない、単純バカだ。


 五十嵐 蒼太:

「……」


──ああ、でも、そうだな。


 俺はきっと、柴田のこういう単純バカなところが好きなんだろう。


 まっすぐ。

 素直で。

 自分に正直であろうとする。

 そんなやつらを、俺はいつも眩しく見ていた。



 坂本先生:

「俺が、もっと早くにお前の異変に気づいてたらな……」


 素直じゃない俺は、坂もっちゃんにも平気だと言った。

 彼は悲しそうに笑っていた。



 小池 隼人:

「僕、レギュラー落ちしそうなんです。どうしたらいいと、思いますか?」


 真摯にサッカーと向き合う小池くん。

 俺も、君くらい本気で向き合えていたらよかったのかな。



 中曽根 悠:

「俺が勝ったら、2度とるりに近寄るな!」


 真っ向勝負を挑んできた中曽根くん。

 負けてたらどうしたんだよ、と苦笑する。



 そして。



 戸田 るり:

「大事なのは、最後なんですっ」


 こんな俺にも、まっすぐ見つめてそう言ったるりちゃん。



 彼女がそう言った意図は、よくわからなかったけれど。

 でも、最後が大事だと、君が言うのなら。


 最後に。

 まっすぐに。

 素直に。正直に。


 ぶつかってみても、いいだろうか。

 この隣で笑っている、単純バカのように。


 柴田:

「待ってろよ~! 桑原ー!」


 五十嵐 蒼太:

「……ははは」


──まいったな。


 バカというものは、伝染するらしい。




 ◇ 続く ◇

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