Ep.35 君と最後のキスを(4)「中3、冬の前」
義務教育最終の、中学3年生となった。
春風そよぐ廊下の中、騒がしい女の子が俺の横を通りすぎる。
羽鳥 梢:
「るりー、忘れ物してるよー!」
その声に、俺の前を歩いていた女の子が立ち止まって振り返る。
戸田 るり:
「あ、ごめん!」
羽鳥 梢:
「るりって、たまにおっちょこちょいだよね」
戸田 るり:
「そんなことないよー」
五十嵐 蒼太:
「……」
賑やかに笑うその子たちを、後ろから見ていた。
五十嵐 蒼太:
(ふーん)
五十嵐 蒼太:
(戸田るり、ね)
ようやく知った彼女のフルネームを、ポツリとつぶやく。
2年生に上がった彼女は、俺たち3年生と同じ校舎で過ごすようになり、見かける機会が多くなった。
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君と最後のキスを
(4)「中3、冬の前」
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柴田とまた、同じクラスになる。
サッカー部の部長となったこいつは、昔よりもでかい図体で、みみっちい愚痴を吐く。
柴田:
「あー、中曽根のやつ、マジでムカつく!」
去年よりもさらに悪化している、中曽根くんへの印象。
それは、サッカーの腕だけでなく、男としても負けているからだった。
柴田:
「桑原もなんで、あんなやつが好きなんだよー……」
五十嵐 蒼太:
「お前もなんで、桑原なんか好きなんだよ」
柴田は、隣のクラスの桑原志帆に惚れている。
何度もアタックしては、フラれての繰り返し。
あんな、リップクリームテカテカ香水プンプンのぶりっ子女、どこがいいんだろうか。
柴田:
「えー、可愛いじゃんかよ」
五十嵐 蒼太:
「そうかぁ?」
柴田と女の趣味は合わないようだ。
五十嵐 蒼太:
(るりちゃんのが、可愛いよなぁ)
中曽根くんとのが合いそうだ。
ま、だからといって、話しかけるつもりもないけれど。
中曽根くんは、よく目立つ子だった。
もともと見た目で女に人気があるというのに、明るくて賑やかな大中小トリオの一員。そしてサッカー部のエース。これで、モテないわけがない。
ま、エースは俺が、譲ってやったわけだがな。
五十嵐 蒼太:
(るりちゃんは、苦労しそうだね)
勝手に彼女に同情する。
たまにすれ違う廊下やグラウンドで、彼女の姿が目につくようになった。
友人と過ごす彼女はいつも、うららかに笑っている。
「るり」という、鈴の音のような名前は心地良く、心で何度も呟いてしまう。
可愛いるりちゃんは、犬や猫のような癒やし効果があるね、なんて思って、眺めていた。
・ ・ ・
中3の秋も過ぎ、冬にさしかかった。
その頃、俺は公園でのサッカーを再開し、しばらく経っていた。
以前のようにとは言えなかったが、そこそこボールを楽しんで操れるようになっている。
1人だから、リフティングだけがやたらと上達していく。
将来は、サッカーボールを使った大道芸人にでもなってやろうか、なんて思うくらいだ。
五十嵐 蒼太:
(でもやっぱり、誰かとゲームでもしてぇなぁ)
なんて考えていたときに、公園のそばを例の大中小トリオの1人が通りかかった。
柴田がトリオの中で、唯一可愛がっている小池くんだった。
夜のジョギングをしているとは。
柴田の努力家だという評価は、間違ってはいないようだ。
素直で可愛い彼につい、俺の口も滑らかになる。
そんな俺に、気を許したのだろう。
小池 隼人:
「あの……僕、レギュラー落ちしそうなんです。どうしたらいいと、思いますか?」
初対面なのに、相談をされてしまった。
そんなことを言われても困る。
さて、この場合、あの人ならなんと言うだろうか。
熱血教師の顔が浮かぶ。
そうだな──坂もっちゃんなら、こう言うだろうし、小池くんだって、そう言われてるのを望んでるんだろう?
五十嵐 蒼太:
「一に努力、二に努力! 三から五まで、ぜーんぶ努力だよ!」
自分の嫌いな言葉を、繰り返した。
努力も根性も一生懸命も、俺とは相反するものである。
しかし小池くんは、安心したように笑った。
そんな彼と俺は、久しぶりに1人でないサッカーを楽しんだ。
柴田よりは劣る実力だったが、それでも俺は楽しかった。
楽しかったんだ。
サッカーがただ、楽しかった。
・ ・ ・
3年生の冬ともなれば、見えてくるのは受験と卒業。
俺の第一希望の公立高校受験は、2月下旬である。
柴田は私立を推薦入学という、何とも羨ましい方法で決めていた。
柴田:
「やー、部長やっといてよかったわ」
冬休み明け。
教室の片隅で、俺は英単語帳をめくりながら、そんな風に話す柴田を睨んだ。
五十嵐 蒼太:
「よく言うぜ。後輩いびってたくせによ」
柴田:
「いいんだよ、あいつらにはあれぐらいしてもよ」
そこで柴田は、頬杖をついて小さくつぶやく。
柴田:
「お前がいたら、お前が部長だったかもな」
五十嵐 蒼太:
「……まだ、んなこと言うのかよ」
柴田:
「おう。俺はしつこいんだよ」
だから卒業まで、桑原にまた告るぜ! と柴田は、何回目になるかわからない告白宣言を俺にする。
何度もフラれてるくせに、懲りねーやつ。
昔から変わらない、単純バカの顔を呆れて見つめた。
そんな日々を過ごすある日、保健室に久しぶりに出向いた。
勉強疲れもあって、仮眠をしようかと扉を開ける。
すると。
戸田 るり:
「私、保健委員なので、よかったら対応します」
なんとそこには、戸田るりちゃんがいた。
五十嵐 蒼太:
(おやまあ)
意外にテキパキと動くるりちゃん。
彼女をこんな近くで見るのは、初めてだった。
うん、やっぱり俺は桑原より、るりちゃん派かな。
彼女は、1年生の時のキス失敗話を、俺が知っているとは思ってもみないだろう。
少しだけ、からかいたくなった。
五十嵐 蒼太:
「そういえば、ベッドから保健室内の声って、けっこう聞こえるんだよね」
しかしその意図は、当然彼女に通じない。
戸田 るり:
「あ、静かにしておきますね」
素直にそう言う彼女に、俺は笑った。
さて、もう中曽根くんとはチューしたのかね。
なんて興味が、ちらりと出てきた。
◇ 続く ◇




