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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.35 君と最後のキスを(4)「中3、冬の前」

 義務教育最終の、中学3年生となった。

 春風そよぐ廊下の中、騒がしい女の子が俺の横を通りすぎる。


 羽鳥 梢:

「るりー、忘れ物してるよー!」


 その声に、俺の前を歩いていた女の子が立ち止まって振り返る。


 戸田 るり:

「あ、ごめん!」


 羽鳥 梢:

「るりって、たまにおっちょこちょいだよね」


 戸田 るり:

「そんなことないよー」


 五十嵐 蒼太:

「……」


 賑やかに笑うその子たちを、後ろから見ていた。


 五十嵐 蒼太:

(ふーん)


 五十嵐 蒼太:

(戸田るり、ね)


 ようやく知った彼女のフルネームを、ポツリとつぶやく。


 2年生に上がった彼女は、俺たち3年生と同じ校舎で過ごすようになり、見かける機会が多くなった。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君と最後のキスを

(4)「中3、冬の前」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 柴田とまた、同じクラスになる。

 サッカー部の部長となったこいつは、昔よりもでかい図体で、みみっちい愚痴を吐く。


 柴田:

「あー、中曽根のやつ、マジでムカつく!」


 去年よりもさらに悪化している、中曽根くんへの印象。

 それは、サッカーの腕だけでなく、男としても負けているからだった。


 柴田:

「桑原もなんで、あんなやつが好きなんだよー……」


 五十嵐 蒼太:

「お前もなんで、桑原なんか好きなんだよ」


 柴田は、隣のクラスの桑原志帆に惚れている。

 何度もアタックしては、フラれての繰り返し。

 あんな、リップクリームテカテカ香水プンプンのぶりっ子女、どこがいいんだろうか。


 柴田:

「えー、可愛いじゃんかよ」


 五十嵐 蒼太:

「そうかぁ?」


 柴田と女の趣味は合わないようだ。


 五十嵐 蒼太:

(るりちゃんのが、可愛いよなぁ)


 中曽根くんとのが合いそうだ。

 ま、だからといって、話しかけるつもりもないけれど。


 中曽根くんは、よく目立つ子だった。

 もともと見た目で女に人気があるというのに、明るくて賑やかな大中小トリオの一員。そしてサッカー部のエース。これで、モテないわけがない。

 ま、エースは俺が、譲ってやったわけだがな。


 五十嵐 蒼太:

(るりちゃんは、苦労しそうだね)


 勝手に彼女に同情する。

 たまにすれ違う廊下やグラウンドで、彼女の姿が目につくようになった。

 友人と過ごす彼女はいつも、うららかに笑っている。

「るり」という、鈴の音のような名前は心地良く、心で何度も呟いてしまう。

 可愛いるりちゃんは、犬や猫のような癒やし効果があるね、なんて思って、眺めていた。



 ・   ・   ・



 中3の秋も過ぎ、冬にさしかかった。

 その頃、俺は公園でのサッカーを再開し、しばらく経っていた。

 以前のようにとは言えなかったが、そこそこボールを楽しんで操れるようになっている。

 1人だから、リフティングだけがやたらと上達していく。

 将来は、サッカーボールを使った大道芸人にでもなってやろうか、なんて思うくらいだ。


 五十嵐 蒼太:

(でもやっぱり、誰かとゲームでもしてぇなぁ)


 なんて考えていたときに、公園のそばを例の大中小トリオの1人が通りかかった。

 柴田がトリオの中で、唯一可愛がっている小池くんだった。


 夜のジョギングをしているとは。

 柴田の努力家だという評価は、間違ってはいないようだ。

 素直で可愛い彼につい、俺の口も滑らかになる。

 そんな俺に、気を許したのだろう。


 小池 隼人:

「あの……僕、レギュラー落ちしそうなんです。どうしたらいいと、思いますか?」


 初対面なのに、相談をされてしまった。


 そんなことを言われても困る。

 さて、この場合、あの人ならなんと言うだろうか。

 熱血教師の顔が浮かぶ。


 そうだな──坂もっちゃんなら、こう言うだろうし、小池くんだって、そう言われてるのを望んでるんだろう?


 五十嵐 蒼太:

「一に努力、二に努力! 三から五まで、ぜーんぶ努力だよ!」


 自分の嫌いな言葉を、繰り返した。

 努力も根性も一生懸命も、俺とは相反するものである。


 しかし小池くんは、安心したように笑った。

 そんな彼と俺は、久しぶりに1人でないサッカーを楽しんだ。

 柴田よりは劣る実力だったが、それでも俺は楽しかった。


 楽しかったんだ。

 サッカーがただ、楽しかった。



 ・   ・   ・



 3年生の冬ともなれば、見えてくるのは受験と卒業。

 俺の第一希望の公立高校受験は、2月下旬である。

 柴田は私立を推薦入学という、何とも羨ましい方法で決めていた。


 柴田:

「やー、部長やっといてよかったわ」


 冬休み明け。

 教室の片隅で、俺は英単語帳をめくりながら、そんな風に話す柴田を睨んだ。


 五十嵐 蒼太:

「よく言うぜ。後輩いびってたくせによ」


 柴田:

「いいんだよ、あいつらにはあれぐらいしてもよ」


 そこで柴田は、頬杖をついて小さくつぶやく。


 柴田:

「お前がいたら、お前が部長だったかもな」


 五十嵐 蒼太:

「……まだ、んなこと言うのかよ」


 柴田:

「おう。俺はしつこいんだよ」


 だから卒業まで、桑原にまた告るぜ! と柴田は、何回目になるかわからない告白宣言を俺にする。

 何度もフラれてるくせに、懲りねーやつ。

 昔から変わらない、単純バカの顔を呆れて見つめた。


 そんな日々を過ごすある日、保健室に久しぶりに出向いた。

 勉強疲れもあって、仮眠をしようかと扉を開ける。

 すると。


 戸田 るり:

「私、保健委員なので、よかったら対応します」


 なんとそこには、戸田るりちゃんがいた。


 五十嵐 蒼太:

(おやまあ)


 意外にテキパキと動くるりちゃん。

 彼女をこんな近くで見るのは、初めてだった。

 うん、やっぱり俺は桑原より、るりちゃん派かな。


 彼女は、1年生の時のキス失敗話を、俺が知っているとは思ってもみないだろう。

 少しだけ、からかいたくなった。


 五十嵐 蒼太:

「そういえば、ベッドから保健室内の声って、けっこう聞こえるんだよね」


 しかしその意図は、当然彼女に通じない。


 戸田 るり:

「あ、静かにしておきますね」


 素直にそう言う彼女に、俺は笑った。


 さて、もう中曽根くんとはチューしたのかね。

 なんて興味が、ちらりと出てきた。




 ◇ 続く ◇

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