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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.35 君と最後のキスを(3)「中2、秋」

 柴田の期待に応えることもなく、俺は帰宅部のまま中学2年の生活を送る。

 それでも柴田は、かすかに希望を持っているのか無頓着なのか、俺によくサッカー部の話をした。

 同じクラスだから、毎日聞く羽目になる。


 柴田:

「やべーよ! 今年の1年、うまいやつ多すぎ!」


 五十嵐 蒼太(中2):

「何だよ、もうレギュラー落ちか」


 柴田:

「なるかよ! てゆーか、生意気な1年がいてさぁ……」


 柴田は、1年生の大中小トリオのことをよく話した。


 大の大谷は、でかくてムカつく。

 中の中曽根は、生意気すぎる。

 小の小池だけは、頑張り屋で可愛い。

 特に中曽根は、同じフォワードで気に食わないと何度も言った。


 柴田:

「しかも女に人気があって、それも腹立つんだよなぁ」


 五十嵐 蒼太(中2):

「ふーん?」


 柴田のこの愚痴を、3年生になっても同じクラスのため聞く羽目になることを、俺はまだ知らないのだった。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君と最後のキスを

(3)「中2、秋」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 中2の秋のある日、俺は保健室で1人寝ていた。

 誰もいないことを確認して、こっそり忍び込む。

 奥のベッドで、ぬくぬくと寝そべった。


 五十嵐 蒼太(中2):

(篠田先生、面倒くさいんだよな)


 今年度就任してきた保健室の先生。

 若くて美人だが、几帳面な性格をしていてなかなか簡単に寝かせてくれない。

 きちんと体温を測り、会話をし、体調の原因を調べようとする。

 前のおばさん先生は、大雑把でよかったのになぁ。


 五十嵐 蒼太(中2):

(あー、寝るのは気持ちいい)


 家に帰って家事するのを先延ばしにして、ゴロゴロする。

 元来、俺って面倒くさがりで、怠け者。

 去年のサッカー部体験が、めずらしいくらいだったんだよ、きっと。


 そんなふうに思いつつ、ウトウトしていたとき。

 女の子の声が聞こえた。


 女の子:

「急に手つないできたり、キ……キスしようとしたり。わけわかんない!」


 五十嵐 蒼太(中2):

(……ん?)


 キスという、思春期真っ盛りの男子として気になる単語に目が覚める。


 保健室に、いつの間にか人がいた。

 カーテンの隙間から静かにのぞいてみると、篠田先生が女子生徒と話をしている。

 女の子は、椅子に座り何やらプリプリと怒っていた。

 そんな女の子に対して、篠田先生は苦笑する。


 篠田 かなえ:

「中曽根くんも男の子ね。やるじゃない」


 女の子:

「感心しないでください!」


 五十嵐 蒼太(中2):

(中曽根?)


 ……て、たしか柴田がライバル視してた1年生だよな。

 あの子、そいつの彼女なのか?


 気になって、つい話を盗み聞きしてしまう。

 どうやら、中曽根くんがキスを迫り、それに対して彼女が怒っているようだ。

 なんてマセた1年だ。

 柴田が生意気と言いたくなる気持ちが、何となくわかった。


 五十嵐 蒼太(中2):

(まぁ、ちょっと可愛いけど)


 中の上くらいかね、なんて女の子を品定めする。

 篠田先生が「戸田さん」と呼んでいたので、苗字だけわかった。

 彼女は篠田先生に何かを諭されたのか、怒り顔から少しだけ穏やかな顔になる。

 ふと視線を窓の外に向けたので、俺もつられてベッド近くの窓から外を見た。


 そこに、広いグラウンドで活動をしているサッカー部がいた。

 中曽根くんとやらの姿も見える。

 それを彼女は、見つめているのだろう。


 五十嵐 蒼太(中2):

(ふーん)


 五十嵐 蒼太(中2):

(……まだまだ、だね)


 中曽根くんのサッカーはたしかにうまいが、ずば抜けてというわけでもない。

 あれなら、俺のがうまく動ける。


 そんなことを考えて、女の子をまた覗いた。

 彼女はそれだけしか見えていないかのように、ジッと外を見つめている。


 横顔に浮かぶ、まだ幼いシルエット。

 すねたように、唇を尖らせていた。


 五十嵐 蒼太(中2):

(なんとまぁ、一途なことで)


 クッと小さく笑って、女の子の横顔を俺も見つめる。

 しばらくして、女の子は退室した。

 篠田先生だけになった保健室に、俺はカーテンを開けてベッドから顔を出す。


 五十嵐 蒼太(中2):

「最近の1年は、マセてんなぁ」


 篠田 かなえ:

「! 五十嵐くん!?」


 保健室の常連(仮眠だけど)である俺のことは、篠田先生も覚えているようだ。

 驚いた顔をして、すぐに名前を呼んでくれた。


 篠田 かなえ:

「ダメよ、勝手に寝てちゃ」


 五十嵐 蒼太(中2):

「だって、誰もいなかったし」


 篠田 かなえ:

「……今の話、聞いてたのね」


 五十嵐 蒼太(中2):

「聞こえちゃったんすよ」


 篠田先生は困ったように笑った。


 篠田 かなえ:

「秘密にしておいてあげてね。デリケートなことだから」


 五十嵐 蒼太(中2):

「わかってますって」


 後輩の恋愛事情など、知ったことではない。

 寝てちょっとスッキリした俺は、ベッドから離れて保健室を出ようと動きだした。

 そこに、篠田先生が声をかけてくる。


 篠田 かなえ:

「五十嵐くん、何か部活には入らないの?」


 五十嵐 蒼太(中2):

「部活? なんで」


 篠田 かなえ:

「だって、放課後によく寝にくるから。時間があるなら、部活もいいかなぁって」


 俺がサッカー部にいたことを、この先生は知らない。

 口端を上げて、俺は笑った。


 五十嵐 蒼太(中2):

「面倒くさいんすよ」


 しかし「でもね」と、篠田先生は何やら紙切れを1枚机の上から取って、俺に渡す。


 篠田 かなえ:

「今年から、新しい部活動も増えたみたいなの。もし興味あるものがあったら、見学だけでもしてみたらどうかしら」


 五十嵐 蒼太(中2):

「新しい部活?」


 そうだっけ、とつい、紙を見てしまう。

 部活動紹介の紙だった。今年の1年生に配られたものの余りだろう。

 そこにはたしかに、俺の知らない「家庭科部」や「パソコン部」などが書いてある。


 五十嵐 蒼太(中2):

「ふーん……」


 五十嵐 蒼太(中2):

「ま、参考にします」


 俺が受け取ると、篠田先生は安心したように笑った。

 テーブルの上にあったこの紙。

 まるで、俺が来たらすぐに渡せるように、用意してあったかのようだ。


 五十嵐 蒼太(中2):

(本当に几帳面……)


 というか、真面目なのか、おせっかいか。

 あくびをしながら去る俺を、篠田先生はいつものように「気をつけて帰ってね」と、見送った。



 ・   ・   ・



 まぁ、それがきっかけとなって、俺はパソコン部に入った。

 仲がいいやつが何人かいたし、単純に面白そうと思ったからだ。

 サッカー以外で夢中になれるものを、無意識に探していたのかもしれない。

 入部してちょっと簡単なゲームを作れるようになった頃には、そんなふうに考えられるようになっていた。


 パソコン部員:

「なー五十嵐、何のゲームにする?」


 顧問の先生から、1人ひとつ、何か簡単なゲームを作ってみろと言われた俺たち。

 来年の、部員獲得のためのツールにするらしい。


 五十嵐 蒼太(中2):

「んー、そうだなぁ……」


 と言われても、簡単な操作ゲームしかまだ作れない。

 そう、たとえば、大きなゴールに何かを決めるものとか……。


 五十嵐 蒼太(中2):

「……サッカーゲームにでも、しようかな」


 ふとこぼした言葉に、ハッとした。

 隣の友人は「あ、いいね。PKとかにすればいいもんな」と笑っている。


 五十嵐 蒼太(中2):

「……だな」


 苦笑した。

 何だよ、やっぱ結局、俺って……サッカーが好きなんだな。


 そう心でつぶやいたら、何だかずっとあった足りない何かが、埋められた気がした。 

 そうだ。俺はサッカーが好きだ。

 今さらサッカー部には戻れないけど、それだけは認めてやるよ。


 五十嵐 蒼太(中2):

(ま、パソコン部もけっこう楽しいしな)


 柴田には悪いけど、サッカー部に戻るつもりはもうない。

 でも、また公園での1人遊びを再開しようかな、なんて思い始めた。


 擦り切れて、ボロボロになった、あのサッカーボール。

 あれは、どこにしまったっけ。

 母さんが、幼い頃に買ってくれたサッカーボール。

 それが唯一の、あの人とのつながりだった。




 ◇ 続く ◇

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