Ep.35 君と最後のキスを(3)「中2、秋」
柴田の期待に応えることもなく、俺は帰宅部のまま中学2年の生活を送る。
それでも柴田は、かすかに希望を持っているのか無頓着なのか、俺によくサッカー部の話をした。
同じクラスだから、毎日聞く羽目になる。
柴田:
「やべーよ! 今年の1年、うまいやつ多すぎ!」
五十嵐 蒼太(中2):
「何だよ、もうレギュラー落ちか」
柴田:
「なるかよ! てゆーか、生意気な1年がいてさぁ……」
柴田は、1年生の大中小トリオのことをよく話した。
大の大谷は、でかくてムカつく。
中の中曽根は、生意気すぎる。
小の小池だけは、頑張り屋で可愛い。
特に中曽根は、同じフォワードで気に食わないと何度も言った。
柴田:
「しかも女に人気があって、それも腹立つんだよなぁ」
五十嵐 蒼太(中2):
「ふーん?」
柴田のこの愚痴を、3年生になっても同じクラスのため聞く羽目になることを、俺はまだ知らないのだった。
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君と最後のキスを
(3)「中2、秋」
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中2の秋のある日、俺は保健室で1人寝ていた。
誰もいないことを確認して、こっそり忍び込む。
奥のベッドで、ぬくぬくと寝そべった。
五十嵐 蒼太(中2):
(篠田先生、面倒くさいんだよな)
今年度就任してきた保健室の先生。
若くて美人だが、几帳面な性格をしていてなかなか簡単に寝かせてくれない。
きちんと体温を測り、会話をし、体調の原因を調べようとする。
前のおばさん先生は、大雑把でよかったのになぁ。
五十嵐 蒼太(中2):
(あー、寝るのは気持ちいい)
家に帰って家事するのを先延ばしにして、ゴロゴロする。
元来、俺って面倒くさがりで、怠け者。
去年のサッカー部体験が、めずらしいくらいだったんだよ、きっと。
そんなふうに思いつつ、ウトウトしていたとき。
女の子の声が聞こえた。
女の子:
「急に手つないできたり、キ……キスしようとしたり。わけわかんない!」
五十嵐 蒼太(中2):
(……ん?)
キスという、思春期真っ盛りの男子として気になる単語に目が覚める。
保健室に、いつの間にか人がいた。
カーテンの隙間から静かにのぞいてみると、篠田先生が女子生徒と話をしている。
女の子は、椅子に座り何やらプリプリと怒っていた。
そんな女の子に対して、篠田先生は苦笑する。
篠田 かなえ:
「中曽根くんも男の子ね。やるじゃない」
女の子:
「感心しないでください!」
五十嵐 蒼太(中2):
(中曽根?)
……て、たしか柴田がライバル視してた1年生だよな。
あの子、そいつの彼女なのか?
気になって、つい話を盗み聞きしてしまう。
どうやら、中曽根くんがキスを迫り、それに対して彼女が怒っているようだ。
なんてマセた1年だ。
柴田が生意気と言いたくなる気持ちが、何となくわかった。
五十嵐 蒼太(中2):
(まぁ、ちょっと可愛いけど)
中の上くらいかね、なんて女の子を品定めする。
篠田先生が「戸田さん」と呼んでいたので、苗字だけわかった。
彼女は篠田先生に何かを諭されたのか、怒り顔から少しだけ穏やかな顔になる。
ふと視線を窓の外に向けたので、俺もつられてベッド近くの窓から外を見た。
そこに、広いグラウンドで活動をしているサッカー部がいた。
中曽根くんとやらの姿も見える。
それを彼女は、見つめているのだろう。
五十嵐 蒼太(中2):
(ふーん)
五十嵐 蒼太(中2):
(……まだまだ、だね)
中曽根くんのサッカーはたしかにうまいが、ずば抜けてというわけでもない。
あれなら、俺のがうまく動ける。
そんなことを考えて、女の子をまた覗いた。
彼女はそれだけしか見えていないかのように、ジッと外を見つめている。
横顔に浮かぶ、まだ幼いシルエット。
すねたように、唇を尖らせていた。
五十嵐 蒼太(中2):
(なんとまぁ、一途なことで)
クッと小さく笑って、女の子の横顔を俺も見つめる。
しばらくして、女の子は退室した。
篠田先生だけになった保健室に、俺はカーテンを開けてベッドから顔を出す。
五十嵐 蒼太(中2):
「最近の1年は、マセてんなぁ」
篠田 かなえ:
「! 五十嵐くん!?」
保健室の常連(仮眠だけど)である俺のことは、篠田先生も覚えているようだ。
驚いた顔をして、すぐに名前を呼んでくれた。
篠田 かなえ:
「ダメよ、勝手に寝てちゃ」
五十嵐 蒼太(中2):
「だって、誰もいなかったし」
篠田 かなえ:
「……今の話、聞いてたのね」
五十嵐 蒼太(中2):
「聞こえちゃったんすよ」
篠田先生は困ったように笑った。
篠田 かなえ:
「秘密にしておいてあげてね。デリケートなことだから」
五十嵐 蒼太(中2):
「わかってますって」
後輩の恋愛事情など、知ったことではない。
寝てちょっとスッキリした俺は、ベッドから離れて保健室を出ようと動きだした。
そこに、篠田先生が声をかけてくる。
篠田 かなえ:
「五十嵐くん、何か部活には入らないの?」
五十嵐 蒼太(中2):
「部活? なんで」
篠田 かなえ:
「だって、放課後によく寝にくるから。時間があるなら、部活もいいかなぁって」
俺がサッカー部にいたことを、この先生は知らない。
口端を上げて、俺は笑った。
五十嵐 蒼太(中2):
「面倒くさいんすよ」
しかし「でもね」と、篠田先生は何やら紙切れを1枚机の上から取って、俺に渡す。
篠田 かなえ:
「今年から、新しい部活動も増えたみたいなの。もし興味あるものがあったら、見学だけでもしてみたらどうかしら」
五十嵐 蒼太(中2):
「新しい部活?」
そうだっけ、とつい、紙を見てしまう。
部活動紹介の紙だった。今年の1年生に配られたものの余りだろう。
そこにはたしかに、俺の知らない「家庭科部」や「パソコン部」などが書いてある。
五十嵐 蒼太(中2):
「ふーん……」
五十嵐 蒼太(中2):
「ま、参考にします」
俺が受け取ると、篠田先生は安心したように笑った。
テーブルの上にあったこの紙。
まるで、俺が来たらすぐに渡せるように、用意してあったかのようだ。
五十嵐 蒼太(中2):
(本当に几帳面……)
というか、真面目なのか、おせっかいか。
あくびをしながら去る俺を、篠田先生はいつものように「気をつけて帰ってね」と、見送った。
・ ・ ・
まぁ、それがきっかけとなって、俺はパソコン部に入った。
仲がいいやつが何人かいたし、単純に面白そうと思ったからだ。
サッカー以外で夢中になれるものを、無意識に探していたのかもしれない。
入部してちょっと簡単なゲームを作れるようになった頃には、そんなふうに考えられるようになっていた。
パソコン部員:
「なー五十嵐、何のゲームにする?」
顧問の先生から、1人ひとつ、何か簡単なゲームを作ってみろと言われた俺たち。
来年の、部員獲得のためのツールにするらしい。
五十嵐 蒼太(中2):
「んー、そうだなぁ……」
と言われても、簡単な操作ゲームしかまだ作れない。
そう、たとえば、大きなゴールに何かを決めるものとか……。
五十嵐 蒼太(中2):
「……サッカーゲームにでも、しようかな」
ふとこぼした言葉に、ハッとした。
隣の友人は「あ、いいね。PKとかにすればいいもんな」と笑っている。
五十嵐 蒼太(中2):
「……だな」
苦笑した。
何だよ、やっぱ結局、俺って……サッカーが好きなんだな。
そう心でつぶやいたら、何だかずっとあった足りない何かが、埋められた気がした。
そうだ。俺はサッカーが好きだ。
今さらサッカー部には戻れないけど、それだけは認めてやるよ。
五十嵐 蒼太(中2):
(ま、パソコン部もけっこう楽しいしな)
柴田には悪いけど、サッカー部に戻るつもりはもうない。
でも、また公園での1人遊びを再開しようかな、なんて思い始めた。
擦り切れて、ボロボロになった、あのサッカーボール。
あれは、どこにしまったっけ。
母さんが、幼い頃に買ってくれたサッカーボール。
それが唯一の、あの人とのつながりだった。
◇ 続く ◇




