Ep.35 君と最後のキスを(2)「中1、冬」
中学生となった俺は、柴田と同じサッカー部に入った。
青葉中のサッカー部は当時、弱小と言われていた。
昨年度まで顧問をしていたのが、やる気のない理科教師だったらしい。
しかし、俺たちの代から顧問が変わる。
坂本平八と名乗ったその先生は、体育教師で、体と声がでかい。
坂本先生:
「俺もお前たちも、同じスタートラインだ! よろしくな!」
今年度から青葉中に転任してきた坂本先生は、やる気に満ちていた。
俺は「うへぇ」と思った。
五十嵐 蒼太(中1):
(熱血は苦手なんだよな……)
適当に遊べればよかったサッカー部は、こいつのおかげで一変することになる。
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君と最後のキスを
(2)「中1、冬」
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坂本先生:
「ほらほら、あと3周だぞー!」
五十嵐 蒼太(中1):
(ひぇー、まじで勘弁して!)
俺たちサッカー部員は、汗を散らしながら学校周りを走らされていた。
これは体力強化という名の体罰だ!
柴田:
「さ、坂もっちゃん鬼だぜ……」
俺の横で柴田が、器用に舌を出しながら言う。
五十嵐 蒼太(中1):
「時代遅れも甚だしいな」
今時、熱血教師なんか流行らないのに。
だけど、汗を流したり、体を動かすことはとても気持ちよかった。
数ヶ月後には、部員同士で簡単なゲームもするようになり、その頃にはすっかり俺はサッカー部を楽しんでいた。
坂本先生も、そんな俺に目をかけてくれる。
坂本先生:
「五十嵐は、本当にサッカーセンスがいいな」
五十嵐 蒼太(中1):
「まじっすか!」
ちょっと嬉しかった。
坂本先生はバインダーで口元を隠しながら、こそっと教えてくれる。
坂本先生:
「部内ではお前が1番上手いぞ。エースはお前に決定だな」
五十嵐 蒼太(中1):
「!」
五十嵐 蒼太(中1):
「坂もっちゃん、見る目あるねー!」
坂本先生:
「みんなには言うなよ」
ボンッと置かれたバインダーも、まったく痛くなくて笑っちまう。
弱小チームのエースなんて、自慢も威張りもできなかったけれど、俺が1番だということが嬉しかった。
それからますます、俺はサッカーにのめり込んだ。
──それが、いけなかった。
俺の膝に異変が起きる。
痛みを、日常的に感じるようになった。
でも俺は、それを無視してサッカー部を続けた。
しかし練習試合中、相手選手と接触して激しい膝の痛みが俺を襲う。
膝から崩れ落ちるように倒れ──身悶えて。
俺は、先生と父さんに相談して、病院へ行った。
靭帯損傷だと言われた。
医者:
「サッカーをする子には、よくある症状なんです」
医者は俺に、優しく声をかける。
医者:
「大丈夫。治らないわけじゃないんですよ。蒼太くんの今の状態なら、手術も必要ないですし、リハビリもすれば日常生活にさほど影響はありません」
そういう問題じゃなかった。
五十嵐 蒼太(中1):
「サッカーは?」
医者:
「え?」
五十嵐 蒼太(中1):
「サッカーは、いつできるようになるんすか」
隣に座る父さんが、俺の名を小さく呼ぶ。
それを無視して、俺は目の前の医者を睨んだ。
医者はよく受ける質問なのか、慣れたように作られた笑みを浮かべる。
医者:
「すぐに以前のように、は難しいかもしれません」
医者:
「でも大丈夫。君はまだ若いし、10ヶ月もすれば、また復帰も可能でしょう」
五十嵐 蒼太(中1):
「!」
──10ヶ月も!?
それは当時の俺からすれば、とてつもなく長い期間だった。
下手をすれば、前みたいにプレイできるまでに、1年もかかる。
五十嵐 蒼太(中1):
(その間に、他のやつらに遅れを取るっていうのかよ……!)
最近は柴田も、かなり上手くなっていた。
フォワードは俺たちツートップで決まりだな、なんて言っていた。
坂本先生も俺がエースだって、言ってくれてたのに。
五十嵐 蒼太(中1):
「…………」
五十嵐 蒼太(中1):
(…………もう、いいや)
ぷつりと。
何かが切れた。
俺は、サッカーを諦めた。
だって、仕方ないだろう?
1度ダメになった膝は、すぐに前のようには動かない。
1度離れた母さんが戻ってこないように。
1度でもダメならば、全部ダメなんだよ。
そういうもんだろ。世の中って。
そうして俺は、中1の冬に退部した。
退部届を受け取った坂本先生は、自分のことでもないのに、苦しそうに顔を歪める。
坂本先生:
「俺が、もっと早くにお前の異変に気づいてたらな……」
五十嵐 蒼太(中1):
「先生のせいじゃないっすよ。俺は別に、そんな気にしてないんで」
坂本先生:
「……そうか」
坂本先生の熱血指導に、もう関われないのは残念だけど、まぁ仕方ない。
職員室を出ると、眉間にしわを寄せた柴田が俺を待っていた。
柴田:
「……俺、待ってるからな!」
五十嵐 蒼太(中1):
「は?」
柴田は口をでかく開けて、唾を飛ばす。
柴田:
「お前がサッカー部に戻ってくるの、待ってるからな!!」
五十嵐 蒼太(中1):
「はぁ……」
どこぞの青春ドラマでも観すぎたんじゃねーの? と俺は呆れてしまう。
もう、サッカー部に戻るつもりなどさらさらなかった。
柴田の横を素通りし、肩に手をポンと置く。
五十嵐 蒼太(中1):
「好きにしたら」
柴田:
「!」
柴田:
「ば、バカヤロー!」
背中に投げつけられた柴田の声。
青春小僧だねぇ、なんて、俺は肩を揺らして笑った。
◇ 続く ◇




