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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.35 君と最後のキスを(1)「小6、冬」

 俺、五十嵐蒼太の嫌いなもの。

 努力。

 根性。

 一生懸命。


 そんなものをどんなに積み重ねたところで、ダメなときはダメだし、要領や運のいいやつが得をする。

 それならば、のらりくらり、お気楽に生きたほうがいいさ。


 だって──そういう世の中だろう?



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君と最後のキスを

(1)「小6、冬」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 父さん:

「シングルファザーって、カッコいい響きだと思わないか?」


 五十嵐 蒼太(小6):

「思わないし」


 父さんは、俺よりもお気楽だと思う。

 いなくなった妻のことはもう忘れたかのように、父さんは子どもたちの前で笑った。


 俺が8つの時に、見知らぬ男と愛の逃避行をした母さん。

 当時はショックで泣きもしたが、小6となった時にはもう「どっかのメロドラマかよ」と、悲しみよりも呆れが大きくなっていた。

 感情の起伏が激しくて、幼くて、どこか世間離れしていた母さん。

 おかしな夢を見て、まだ小さい俺たちを捨てていった。


 父さん:

「蒼太には苦労かけてるなぁ。ごめんなぁ」


 五十嵐 蒼太(小6):

「父さんのせいじゃないだろ。仕方ねーよ」


 父さん:

「お前は、しっかりしすぎているなぁ」


 五十嵐 蒼太(小6):

「親が親だからじゃね」


 父さん:

「面目ない」


 俺の下には、まだ3つ年下の双子の弟たちがいる。

 長男として、俺はこの頼りない父親をサポートしなければならないのだ。


 五十嵐 蒼太(小6):

(……まあ、仕方ない)


 父さんにも言った言葉を、あらためて心でつぶやく。

 いつしか、諦めることには慣れていた。



 ・   ・   ・



 さいわい、父さんは職場では良い役職に就いていた。

 生活費に困ることはなかったが、しかし3人もの子どもを養うには、少しだけ苦しかったらしい。


 俺が小6になったと同時に、公団へ引っ越すことになった。

 マンションや公団が並ぶそこは、近所だったので転校をすることはない。

 ただ、学校の知り合いが多いのが、少しだけ苦痛だった。


 母親に捨てられた可哀想な子どもたちとして、噂好きのおばさんたちの格好の餌食になるからだ。


 五十嵐 蒼太(小6):

(くだらないね、まったく)


 その頃の俺は、すっかりこの世の無情を感じていて、友人と遊ぶことも避けるようになっていた。

 かといって、いじめられていたわけでもない。

 体も態度もでかい俺は、どちらかというと、周りから怖がられ、敬遠されていたのだ。

 母さんが出ていってからは、ますます腫れもの状態になる。


 ある冬の日の夕方、俺は双子の弟たちに留守番を言い渡した。


 五十嵐 蒼太(小6):

「俺はちょっと、出かけてくる。おとなしくしてろよ」


 弟たち:

「はーい」


 小3ともなれば、留守番くらいはできる。

 鍵をしっかり締めると、サッカーボールを片手に公団近くの公園へと足を運んだ。


 小さい頃から、このサッカーボールで遊んでいた。

 スポーツや体を動かすことが大好きで、特に足を使ってこのサッカーボールを操るのは、いいストレス発散になっていた。

 この公団に来てよかったことが1つだけある。

 こうして、すぐにサッカーで遊べる場が近くにあったことだ。


 その日も俺は、1人だけの時間を使ってサッカーボールで遊んでいた。

 冬の北風が吹きつけたって、ボールと遊んでいればすぐに温かくなる。

 すると。


 柴田:

「五十嵐、うまいなぁ!」


 五十嵐 蒼太(小6):

「……柴田」


 クラスメイトで、隣のマンションに住んでいる柴田が声をかけてきた。

 おつかい帰りだろうか。手にはスーパーの袋を持っている。


 柴田:

「五十嵐、サッカークラブとかに入ってんの?」


 近づいて、ウキウキしたようにそう聞いてくる。


 五十嵐 蒼太(小6):

「入ってねーよ」


 柴田:

「えー、もったいね。入ればいいのに」


 俺らが通う北小は、小さな小学校だ。

 サッカー部はなく、サッカーをしたい子どもは近所のサッカークラブに入る。だけど。


 五十嵐 蒼太(小6):

「無理。金かかるし、親も1人だし」


 ああいうのは、親に金と時間がなければできない。

 シングルファザー家庭、しかもまだ下に弟が2人もいる俺に、サッカークラブなんか無茶な話だ。

 それに俺は、こうして1人で遊んでいられればよかった。


 柴田:

「でもさ、中学に入ったらサッカー部があるぜ!」


 五十嵐 蒼太(小6):

「サッカー部ねぇ」


 つぶやいて、サッカーボールを蹴り上げた。

 おでこでキャッチしただけなのに、柴田はワッと目を輝かせて「すげえ!」と褒め称える。


 柴田:

「俺さ、中学ではサッカー部に入るつもりなんだよ! 五十嵐も入れよ!」


 五十嵐 蒼太(小6):

「えー。部活って、きつそう」


 柴田:

「でも1人じゃなくて、みんなでゲームやれるんだぜ?」


 サッカーゲームは、体育の授業でしかやったことがない。

 その時はたしかに、楽しかったことを覚えている。

 クラスメイトたちの間をすり抜けるようにボールを操り、ゴールに叩きつけたときは爽快感があった。

 ちょっとだけ、面白そうかもと思ってしまう。


 五十嵐 蒼太(小6):

(サッカー部……か)


 リフティングをすると、柴田はますます感動したように声をあげた。

 単純バカなやつ。

 でもそんなやつは嫌いじゃないなと、ちょっと思った。




 ◇ 続く ◇

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