Ep.35 君と最後のキスを(1)「小6、冬」
俺、五十嵐蒼太の嫌いなもの。
努力。
根性。
一生懸命。
そんなものをどんなに積み重ねたところで、ダメなときはダメだし、要領や運のいいやつが得をする。
それならば、のらりくらり、お気楽に生きたほうがいいさ。
だって──そういう世の中だろう?
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君と最後のキスを
(1)「小6、冬」
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父さん:
「シングルファザーって、カッコいい響きだと思わないか?」
五十嵐 蒼太(小6):
「思わないし」
父さんは、俺よりもお気楽だと思う。
いなくなった妻のことはもう忘れたかのように、父さんは子どもたちの前で笑った。
俺が8つの時に、見知らぬ男と愛の逃避行をした母さん。
当時はショックで泣きもしたが、小6となった時にはもう「どっかのメロドラマかよ」と、悲しみよりも呆れが大きくなっていた。
感情の起伏が激しくて、幼くて、どこか世間離れしていた母さん。
おかしな夢を見て、まだ小さい俺たちを捨てていった。
父さん:
「蒼太には苦労かけてるなぁ。ごめんなぁ」
五十嵐 蒼太(小6):
「父さんのせいじゃないだろ。仕方ねーよ」
父さん:
「お前は、しっかりしすぎているなぁ」
五十嵐 蒼太(小6):
「親が親だからじゃね」
父さん:
「面目ない」
俺の下には、まだ3つ年下の双子の弟たちがいる。
長男として、俺はこの頼りない父親をサポートしなければならないのだ。
五十嵐 蒼太(小6):
(……まあ、仕方ない)
父さんにも言った言葉を、あらためて心でつぶやく。
いつしか、諦めることには慣れていた。
・ ・ ・
さいわい、父さんは職場では良い役職に就いていた。
生活費に困ることはなかったが、しかし3人もの子どもを養うには、少しだけ苦しかったらしい。
俺が小6になったと同時に、公団へ引っ越すことになった。
マンションや公団が並ぶそこは、近所だったので転校をすることはない。
ただ、学校の知り合いが多いのが、少しだけ苦痛だった。
母親に捨てられた可哀想な子どもたちとして、噂好きのおばさんたちの格好の餌食になるからだ。
五十嵐 蒼太(小6):
(くだらないね、まったく)
その頃の俺は、すっかりこの世の無情を感じていて、友人と遊ぶことも避けるようになっていた。
かといって、いじめられていたわけでもない。
体も態度もでかい俺は、どちらかというと、周りから怖がられ、敬遠されていたのだ。
母さんが出ていってからは、ますます腫れもの状態になる。
ある冬の日の夕方、俺は双子の弟たちに留守番を言い渡した。
五十嵐 蒼太(小6):
「俺はちょっと、出かけてくる。おとなしくしてろよ」
弟たち:
「はーい」
小3ともなれば、留守番くらいはできる。
鍵をしっかり締めると、サッカーボールを片手に公団近くの公園へと足を運んだ。
小さい頃から、このサッカーボールで遊んでいた。
スポーツや体を動かすことが大好きで、特に足を使ってこのサッカーボールを操るのは、いいストレス発散になっていた。
この公団に来てよかったことが1つだけある。
こうして、すぐにサッカーで遊べる場が近くにあったことだ。
その日も俺は、1人だけの時間を使ってサッカーボールで遊んでいた。
冬の北風が吹きつけたって、ボールと遊んでいればすぐに温かくなる。
すると。
柴田:
「五十嵐、うまいなぁ!」
五十嵐 蒼太(小6):
「……柴田」
クラスメイトで、隣のマンションに住んでいる柴田が声をかけてきた。
おつかい帰りだろうか。手にはスーパーの袋を持っている。
柴田:
「五十嵐、サッカークラブとかに入ってんの?」
近づいて、ウキウキしたようにそう聞いてくる。
五十嵐 蒼太(小6):
「入ってねーよ」
柴田:
「えー、もったいね。入ればいいのに」
俺らが通う北小は、小さな小学校だ。
サッカー部はなく、サッカーをしたい子どもは近所のサッカークラブに入る。だけど。
五十嵐 蒼太(小6):
「無理。金かかるし、親も1人だし」
ああいうのは、親に金と時間がなければできない。
シングルファザー家庭、しかもまだ下に弟が2人もいる俺に、サッカークラブなんか無茶な話だ。
それに俺は、こうして1人で遊んでいられればよかった。
柴田:
「でもさ、中学に入ったらサッカー部があるぜ!」
五十嵐 蒼太(小6):
「サッカー部ねぇ」
つぶやいて、サッカーボールを蹴り上げた。
おでこでキャッチしただけなのに、柴田はワッと目を輝かせて「すげえ!」と褒め称える。
柴田:
「俺さ、中学ではサッカー部に入るつもりなんだよ! 五十嵐も入れよ!」
五十嵐 蒼太(小6):
「えー。部活って、きつそう」
柴田:
「でも1人じゃなくて、みんなでゲームやれるんだぜ?」
サッカーゲームは、体育の授業でしかやったことがない。
その時はたしかに、楽しかったことを覚えている。
クラスメイトたちの間をすり抜けるようにボールを操り、ゴールに叩きつけたときは爽快感があった。
ちょっとだけ、面白そうかもと思ってしまう。
五十嵐 蒼太(小6):
(サッカー部……か)
リフティングをすると、柴田はますます感動したように声をあげた。
単純バカなやつ。
でもそんなやつは嫌いじゃないなと、ちょっと思った。
◇ 続く ◇




