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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.34 君と初めてのキスを(9・終)「2/14」

 バレンタインの翌日。

 昨夜のせいで疲れたのか爆睡した俺は、るりと一緒に登校できる時間に間に合わなかった。

 1人で登校し、あくびをしながらモヤモヤと考え事をする。


 中曽根 悠:

(るりに、どう話そうかな)


 キスをしていないと、教えてくれた五十嵐。

 でも、それが本当なのかまでの確証は持てていない。

 下手にフォローして、ますます落ち込ませたら嫌だし。さて、どうするか。


 中曽根 悠:

(俺は、もう気にしてないぞ、るり)


 打ち明けられたときは、頭が真っ白になった。動揺した。

 でも一晩経った今は、冷静になれている。


 たとえ五十嵐が嘘をついたとしても、俺がるりを好きだという事実は変わらないんだから。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君と初めてのキスを

(9)「2/14」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 驚いたことに、登校して教室に着く前に、廊下でるりに声をかけられた。


 戸田 るり:

「おはよう、悠」


 中曽根 悠:

「! おはよう」


 るりはちょっと読めない表情で、戸惑う俺に挨拶をした。


 戸田 るり:

「話したいことがあって、今、大丈夫?」


 中曽根 悠:

「お、おう。荷物置いてくるから、ちょっと待ってて」


 戸田 るり:

「うん」


 急いで教室に入る。

 声をかけてくる友人に挨拶を返しつつ、机にカバンをそのまま置き、すぐに教室から出て行く。ジャスト5秒。


 中曽根 悠:

「待たせた!」


 戸田 るり:

「全然待ってないよ」


 るりはちょっとだけ小さく笑い、歩き出した。

 俺は頭をかきながら、その後についていく。


 中曽根 悠:

(話って何だろう)


──もしかしてと、嫌な考えが浮かぶ。


 るりのことだから、あまりのショックに別れようとか言い出すんじゃ……。

 彼女なら罪悪感に流されて言いそうで、嫌な冷や汗をかきそうになる。


 こんなんで別れるとか、俺は絶対に嫌だからな!


 そんな考えの俺をるりが連れていったのは、特別教室校舎の1階端っこだった。

 始業前の今は、人気がない。

 非常口前、階段下のデッドスペース。

 隠れるように、俺たちは影の中に入った。

 2人きりの空間に、少し緊張する。


 戸田 るり:

「見て欲しいものがあるの」


 るりは、スカートのポケットからスマホを取り出すと、何やら操作し始めた。


 中曽根 悠:

「?」


 何だろう、とるりの動作を見守る。

 そしてるりが向けたスマホの画面を見て、俺は絶句する。

 なんとそこには──ちびっ子の俺とるりが、キスをしている画像があったのだ。


 中曽根 悠:

「!?」


 な、何だこれはーー!?


 画像の中の俺は、抱きつくようにるりにキスをしている。

 しかもほっぺとかじゃない。唇にだ。

 そりゃもう、羨ましくなるぐらいにすがすがしいほどのチューっぷりで。


 中曽根 悠:

「何だこれ!?」


 慌てふためく俺に、るりはクスクスと頬を染めて笑った。


 戸田 るり:

「昨日、お母さんに見せられたの。2歳の時の写真なんだって」


 ……ってことは、おばさんもこれを知ってるの!?

 ていうか、2歳の頃なんか覚えてねえよ!


 るりは見せているのが恥ずかしいのか、スマホをすぐにしまってこちらを見た。


 戸田 るり:

「私のファーストキスはね、悠だったんだよ」


 中曽根 悠:

「……!」


 そう言って照れくさそうに笑ったるりが、俺を見上げる。

 それを見た俺も、きっと赤くなっているんだろう。


 ……そっか。

 るり、これを見せたかったのか。


 中曽根 悠:

「……マジかよ」


 いつの間にか、口が綻ぶ。

 さっきまでの心配がなくなって、温かい気持ちで笑うことができた。


 戸田 るり:

「うん」


 るりも嬉しそうに笑う。

 けれど視線を落として、ちょっと悲しそうにつぶやいた。


 戸田 るり:

「その……本当にごめんね」


 まだ、俺への罪悪感はあるらしい。


 中曽根 悠:

「いいって。るりのせいじゃないし」


 るりに五十嵐から聞いたことを伝えてもよかったのだけれど、今はやつの名前は出したくない。

 それに、次にるりが言った言葉が、俺を幸せにしてくれたから。


 戸田 るり:

「私、悠としか、キスしたくないからね」


 中曽根 悠:

「!」


 戸田 るり:

「悠とじゃなきゃ……やだからね」


 中曽根 悠:

「……ん」


 あまりに嬉しくて、小さくうなずくことしかできない。

 そんな俺に、るりはチラリと視線を向けてくる。

 ちょっとだけ辺りを気にして──小さく言った。


 戸田 るり:

「……えっと」


 戸田 るり:

「……キス、する?」


 中曽根 悠:

「!」


 心臓がはねた。

 あの恥ずかしがり屋のるりから言ってくれるなんてと、今までにないくらい緊張して、ドキドキする。


 自分から迫るのはいいけど、向こうから来られると俺は弱い。

 るりがこっちを見ている。

 やばい。

 冬なのになんで、汗をかきそうになるんだ。


 中曽根 悠:

「…………」


 彼女の肩に手を乗せた。


 戸田 るり:

「!」


 すると、るりはビクッと小さく肩を揺らして目を強くつむった。

 自分から言い出したくせに、追い込まれたみたいな顔してる。


──可愛いな。


 そう思って俺は、肩から背中に手をまわしてるりを抱きしめた。


 中曽根 悠:

「やめとく」


 戸田 るり:

「!」


 腕の中で、るりが戸惑ったのがわかった。

 俺は安心させるように、でもちょっとだけすねて言う。


 中曽根 悠:

「今するのは、あいつへの腹いせみたいでムカつくし」


 まだ、五十嵐の顔がちらつく。

 あいつのせいで、るりとのキスのタイミングが作られたみたいで、ちょっと悔しかった。


 戸田 るり:

「な、何それ」


 るりは、少しだけ怒ったような顔をして、腕の中で見上げてくる。

 うわ、顔が近い。


 中曽根 悠:

「男の意地だよ」


 戸田 るり:

「変なの」


 中曽根 悠:

「うるせー」


 るりは、知らなくていいんだ。

 昨夜俺が、五十嵐に勝負を挑んだことも。

 俺が今、キスしたいのをめちゃくちゃ我慢してることも。

 大事なのは、るりの気持ちだからな。


 なんて、1年生の頃に暴走していた自分とは思えないくらいの心持ちである。

 俺も大人になったぜ。


 戸田 るり:

「……」


 戸田 るり:

「悠のバカ」


 中曽根 悠:

「ん?」


 とその時、予鈴が鳴り始めた。

 それにつられて俺は顔を上げる。


 中曽根 悠:

「あ、チャイムな……──!?」


 瞬間。

 近くにあったるりの顔が、さらに近づき。

 るりの唇が俺の唇──から少しずれた、口の端と頬の間に当たった。


 中曽根 悠:

「!?」


 本当に一瞬だった。

 るりはすぐに顔を離して、


 戸田 るり:

「あ、失敗した……」


──と、つぶやいた。


 中曽根 悠:

「!!?」


 戸田 るり:

「えっと、じゃあね!」


 るりは、緩んだ俺の腕からすり抜けて、走りだして行ってしまう。

 まだ予鈴が鳴り響く中、パタパタとるりの足音が遠ざかった。


 俺の腕は、まだるりがいた空間を包んでいて。

 そして、ゆっくりと手のひらを、自分の顔に押し当てた。


 よろっとよろめき、ドンッと背中に壁をつける。

 そのままずりずりとずり下がる俺は、とんでもなく間抜けな男だった。


 中曽根 悠:

「………ま…」


 中曽根 悠:

「……まいった」


 なぁ、2歳の俺よ。

 無邪気にキスした、そのノリを分けてくれ。


 1人で真っ赤になる俺は、情けなくもそんなことを考えた。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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