Ep.34 君と初めてのキスを(8)「大切なのは」
五十嵐先輩に、キスされたことを悠に伝えた私。
それは、正しいことだったんだろうか。
自分が隠しきれなかった苦しみを、彼に押し付けただけなんじゃないだろうか。
悠は私は悪くないと、何度も言ってくれていたけれど。
戸田 るり:
(悠……辛そうだった)
悠に見送られて、家に入った私。
部屋で着替えながら、深いため息を吐き出した。
呆れられなかっただろうか。
嫌われなかっただろうか。
そんなことばかり、考えた。
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君と初めてのキスを
(8)「大切なのは」
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その日の夕飯は、どことなく味気なく感じた。もそもそと小さく食む。
夕ご飯を食べ終えた私は、リビングでとくに観たくもないバラエティ番組をぼーっと観ていた。
内容は、頭に入っていなかった。
食器洗いを終えたお母さんが、そんな私に食後のプリンを持ってきてくれる。
お母さん:
「はい、どうぞ」
戸田 るり:
「ありがとう」
お父さんはお風呂に入っている。
お母さんは私の横に座り、小さく笑った。
お母さん:
「どうしたの? せっかくのバレンタインに、悠くんとケンカでもしちゃった?」
戸田 るり:
「!」
さすがはお母さんだ。
私が落ち込んでいることを、とうに見抜いている。
でもまさか、お母さんに今日のことを相談なんてできるはずもない。
戸田 るり:
「そういうわけじゃ……ないけど」
そう答えるのが、精一杯だ。
お母さん:
「…………」
お母さん:
「ねぇるり、いいもの見せてあげよっか」
戸田 るり:
「え?」
お母さんは私の返事を待たないで、リビングから出て行ってしまう。
しばらくして戻ってきたお母さんは、1冊の冊子を手にしていた。
それは、私の小さな頃のアルバム。
私の隣に座ると、一緒に見られるように中央に置いてめくってくれる。
お母さん:
「幼稚園の頃のよ」
戸田 るり:
「うわぁ、懐かしい」
めくれば、小さい頃の自分がたくさんいた。
幼馴染みの梢ちゃんや、悠も見つけて胸がきゅっとなる。
こんなに幼い頃から、私たちは一緒だったんだ。
でも、このアルバムなら今までにも何回か見たことはある。
何でこれが、いいものなんだろう。
不思議に思った私の横で、お母さんが含み笑いをした。
お母さん:
「じつはこのアルバムには、秘密があるのです」
戸田 るり:
「え?」
そう言うと、お母さんはあるページの台紙の透明フィルムをめくった。
幼稚園の集合写真の、大きな写真が貼ってあるページだ。
その大きな写真もはがしてしまう。
するとそこから、普通サイズの写真が現れた。
写真の下に、写真が隠されていたのだ。
お母さん:
「これ、今まで隠してたけど、もういいわよね」
戸田 るり:
「あ……!」
その写真を見て驚いた。
そこに写っていたのは、さらに幼い私と悠。
背景は私の家のリビングだ。悠が遊びに来たときに、写したのだろう。
でも驚いたのは、悠が写っていたからじゃない。
その幼い悠が、同じく幼い私に、なんとキスをしていたからだ。
向き合って座る私に抱きつくかのように、顔を寄せて、唇同士のキスをしている。
悠は目を閉じて、私はきょとんとしたようにそんな彼を見ていた。
戸田 るり:
「!」
えええー!?
何これー!?
心臓が激しく鳴り始める。
慌てた私の隣で、お母さんが楽しそうに笑った。
お母さん:
「2歳の頃かな。悠くんが、お母さんと遊びに来てね」
お母さん:
「一緒に遊んでたら悠くんが突然、ね」
戸田 るり:
「ええー……」
2歳の頃なんて、覚えてないよ。
ていうか、悠も絶対、覚えてない。
お母さん:
「るりも嫌がってなかったから、お母さんつい撮影しちゃった」
戸田 るり:
「む、娘のファーストキスが奪われてるのに!?」
お母さん:
「いいじゃないの。結局、彼氏になってるんだから」
お母さんは無責任な発言をする。
もし私が悠と付き合っていなかったら、これはきっと知らぬうちに捨てられていたのかもしれない。
喜んでいいのかもわからずに、ただ顔を赤くする。
お母さんは、内緒話のように言った。
お母さん:
「それにファーストキスなんて、重要じゃないのよ」
戸田 るり:
「え?」
お母さんは小さく笑う。
お母さん:
「るりだって、もしかしたらこの先、悠くん以外と付き合うかもしれないでしょ」
戸田 るり:
「ヤなこと言わないでよ……」
今の私には縁起でもない話だ。
お母さん:
「もしもの話よ」
お母さん:
「でもね、運命の人なんていつ出会えるかわからないんだから『初めて』はそんなに重要じゃないわけ」
戸田 るり:
「はぁ」
たぶんお母さんは、私たちが別れる可能性も考えて、こんな話をしているのだろう。
まだ中学生だからって、失礼しちゃう。
でも、語られる言葉に、私はなぜか耳を傾けてしまう。
お母さん:
「最後のキスの方が、お母さんは大切だと思うな」
戸田 るり:
「最後の……?」
初めてじゃなくて、最後が大切だというお母さん。
柔らかく笑う。
お母さん:
「そう。人生の最後のキスは誰としたいのか、誰であってほしいのか」
戸田 るり:
「………」
お母さん:
「……なんて、るりにはちょっと早かったかな?」
戸田 るり:
「……もう。お母さん!」
照れくさくて、お母さんにクッションを押し当ててしまう。
でも、お母さんの言葉が沈んでいた私の気持ちを包んでくれた。
初めてのキスや順番に、意味なんてそんなにないのかもしれない。
初めてが悠であっても。悠でなくても。
私が今キスをしたいと思うのは悠だけだし、その気持ちは変わらない。
スッと何かが腑に落ちて、すっきりした気分になった。
とその時、お風呂からお父さんが出てくる音が聞こえた。
お母さん:
「あ、いけない。お父さん、これを見せるとうるさいのよね。数年前にこれ見つけてね。それ以来悠くん、目の敵」
戸田 るり:
「だ、だからか……」
やたら悠を嫌っていたお父さん。
その理由は、これだったのである。
しかし、隠す前にお父さんがリビングに入ってきた。
湯気を立たせて「いい湯だったぁ」とつぶやきながらこちらに近寄り、写真を見てしまう。
お父さん:
「こ、こんなのまだ持ってたのか!」
お母さん:
「だって可愛いじゃない。今はお付き合いしてるんだし」
お父さん:
「ダメだダメだ! こんな……るりが可哀想だ!!」
戸田 るり:
「お父さん……」
お父さんに対して思わず笑ってしまう。でも。
お父さん:
「るりのファーストキスはお父さんだぞ! 赤ちゃんの頃に、ぶちゅっとな……」
戸田 るり:
「……お父さん、キライ」
お父さん:
(ガーーーン!)
もう、お父さんも悠も五十嵐先輩も、私が知らない間にキスをするのはやめてほしい。
でももう、いいや。
これからのキスは、私が選ぶんだ。
大切なのは、これから誰としたいのか。
最後は誰であってほしいのか。
そうなんでしょ? お母さん。
戸田 るり:
「お母さんは、お父さんと最後のキスをしたいから、結婚したの?」
小さくコソッとそう聞いたけど。
お母さん:
「のはずだったんだけど。今は自信ないかな」
なんて、お母さんは苦笑いして「るり~」と泣くお父さんを、見ていたのだった。
◇ 続く ◇




