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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.34 君と初めてのキスを(7)「対決」

 冬の夜空の下、五十嵐と対峙する。

 寒風が突きつける中、互いに白い息を吐いて睨み合っていた。


──いや、睨んでるのは俺だけだ。

 五十嵐は、余裕のある顔つきをして笑っている。


 五十嵐 蒼太:

「何で、俺がここにいるってわかったの?」


 ストーカー? なんてやつは揶揄するように笑うもんだから、俺の苛立ちはさらに募る。

 ぐっと耐えて、拳を握りしめた。


 中曽根 悠:

「小池に教えてもらったんだよ」


 しかし振り絞って出した声は、低く震えていた。

 人を食うような、やつの笑い方。

 それが気に食わなかった。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君と初めてのキスを

(7)「対決」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 五十嵐 蒼太:

「ああ、小池くんね」


 五十嵐は、納得したように笑った。


 五十嵐 蒼太:

「大中小トリオだっけ。やっぱり仲いいんだ」


 中曽根 悠:

「んなことは、どーでもいいんだよ」


 五十嵐 蒼太:

「!」


 不機嫌を隠せない俺の声に、五十嵐が反応した。

 足でサッカーボールを抑えたまま、俺を見る。


 中曽根 悠:

「お前、るりにキスしたって、本当かよ」


 そんなこと、認めたくもなかった。

 何かの間違いかもしれない。

 けれど、目の前の五十嵐は少しの間を置いて──ニヤリと笑う。


 五十嵐 蒼太:

「へえ、意外。るりちゃんなら、隠すと思ったのに」


 中曽根 悠:

「!」


 否定はされなかった。

 やっぱり事実なのか、と俺の眉が吊り上がる。


 中曽根 悠:

「てめぇ──」


 五十嵐 蒼太:

「『お前』とか『てめぇ』とかさ。それ、先輩に対する言い方?」


 突然やつは声を大きくして、俺の声を遮った。

 ポン、と軽く蹴り上げたサッカーボールを空中でキャッチして、肩に乗せる。

 やつも眉間にしわを寄せて、嫌そうに笑った。


 五十嵐 蒼太:

「柴田から聞いたとおりだな。生意気だね、中曽根くん」


 中曽根 悠:

「!?」


 前部長の名前が出てきて驚く。

 元サッカー部と言っていたし、知り合いであってもおかしくはなかった。


──嫌な予感がした。


 五十嵐 蒼太:

「ムカつくんだよね」


 中曽根 悠:

「!」


 五十嵐 蒼太:

「サッカー部のエースで? 可愛い彼女がいて? 友達にも恵まれてモテモテ? 超リア充だよね──ぶっ潰したくなる」


 中曽根 悠:

「……っ!」


 そこにはもう、るりの前で浮かべていた「気さくな先輩」の顔はなかった。


 これが、やつの本性なのだろうか。

 冷たく笑うその表情は、険悪にも見えた。

 俺をぶっ潰したいと言った五十嵐。

 その言葉から導き出される答えに、真冬なのに、背中に薄ら寒い汗をかきそうになる。


 中曽根 悠:

「お前……るりのことが好きじゃないのかよ」


 五十嵐 蒼太:

「るりちゃん?」


 五十嵐は、短くクッと笑った。


 五十嵐 蒼太:

「るりちゃんは好きだよ」


 本心がわからない笑い方だ。


 五十嵐 蒼太:

「保健室で無防備に寝ちゃってさ。可愛いよね」


 中曽根 悠:

「……っ」


 本当に、好きなんだろうか。

 もしかしたら、俺への嫌がらせでるりに手を出したんじゃないだろうか。


 以前、柴田部長がスポーツ大会のときに、るりに絡んでいた事件を思い出す。

 敵を作りやすい俺。

 その矛先はいつの間にか、立場の弱いるりに向かう。


 中曽根 悠:

(俺の……せい?)


 中曽根 悠:

(俺のせいで、るりが……)


 目の前が真っ暗になりそうだった。

 でもこんなやつの前で、ショックを受けた顔を見せるのは嫌だ。

 ギッとやつを睨みつける。


 中曽根 悠:

「るりには近寄るなっ」


 五十嵐 蒼太:

「へえ、カッコいいナイト気取りってやつ?」


 笑った五十嵐に腹が立つ。

 殴りかかりたい衝動をぐっと抑え、やつに人差し指を突きつけた。


 中曽根 悠:

「俺と勝負しろ!」


 五十嵐 蒼太:

「は?」


 中曽根 悠:

「1オン1だ! 俺が勝ったら2度とるりに近寄るな!」


 五十嵐 蒼太:

「えー、中曽根くん現役じゃん」


 五十嵐は軽くボールを空中に投げつけて、また手で受け止める。


 五十嵐 蒼太:

「……でもいいね、面白そう」


 ニヤリと笑った。


 五十嵐 蒼太:

「俺が勝ったら、腹おどりでもしてくれるの?」


 中曽根 悠:

「してやるよ」


 五十嵐 蒼太:

「お、言うねぇ」


 五十嵐は楽しそうに笑って、俺に向けてサッカーボールを投げた。それを俺は足でキャッチする。

 こんなやつに、負けるわけにはいかない。

 俺たちは簡単なルールを決めて、あらためて対峙した。


 真冬の寒い、夜空の下。

 俺たちは小さなボールを取り合い、せめぎ合い、白い息を吐き捨てた。

 五十嵐は、驚くほどにうまかった。

 本当に現役離れてるのかよ、と悔しくなるくらいのボールさばきで、俺を翻弄した。

 でも、負けられない。

 るりのためにも、自分のためにも、こんなやつに負けるわけにはいかなかった。


 ボールを追う。

 ボールを奪う。

 ボールを守る。


 そうやって、五十嵐とひとつのサッカーボールを追いかけているうちに、気分は昂ぶっていた。


 中曽根 悠:

(何だよ、こいつ……)


 中曽根 悠:

(めちゃくちゃうまいじゃねぇか……!)


 何でサッカー部じゃないんだよ。

 何で怪我くらいで退いてんだよ。


 ぎゅっと唇を噛む。

 心臓がドキドキと鳴っていた。

 寒さでも苛立ちでもない動悸が、俺を熱くさせる。

 気がつけば俺は、五十嵐とのプレイを楽しんでいた。

 こんなにうまいやつがいたなんて、知らなかった。


 それでも、目的を忘れたわけでも、ムカつきが消えたわけでもない。

 かろうじて勝っていた俺は、最後の決め手となるゴールを、ルールで定めたライン上に決めることができた。


 中曽根 悠:

「──っしゃあ!」


 いつの間にか汗ばみながら、拳を上げた。

 その後ろで五十嵐が、膝に手をついて息を整えた。


 五十嵐 蒼太:

「容赦ないね。現役のくせに、ムキになんなよ」


 そう言ったやつも、ほんのりと顔を火照らせている。

 現役の俺でも、手こずったこいつ。

 サッカーを続けられていたら、間違いなくエースと呼ばれたのは、俺じゃなくてこいつだった。

 悔しいけれど、そう思った。


 でも。

 るりのことを、それで許せるわけじゃない。


 中曽根 悠:

「もう、るりに近寄るなよ」


 あらためて言い渡す。

 五十嵐は、膝についていた手を離すと伸びをした。

 爽やかとも言える笑みを浮かべている。


 五十嵐 蒼太:

「お前らカップルって、似たもの同士だよな」


 中曽根 悠:

「?」


 やつは、今日何度も目にした嫌な笑みを作る。


 五十嵐 蒼太:

「単純でだまされやすい」


 中曽根 悠:

「は?」


 意味はよくわからないが、バカにされたことはわかった。

 やつは俺に近づいて、手を伸ばす。

 そして。


 五十嵐 蒼太:

「こういうこと」


 人差し指と中指を2本伸ばして横にし、俺の口にトン、と軽くつけた。


 中曽根 悠:

「!?」


 突然唇を触られて、ゲッと驚く。

 後ずさった俺の反応を面白がって、五十嵐は肩を揺らして笑った。


 五十嵐 蒼太:

「るりちゃん、キスしたことがないから、簡単に騙されたよね」


 中曽根 悠:

「……!!」


──ちょっと。ちょっと待て。


 今の五十嵐の動きと言葉から導き出される結論に、俺は目を見開く。


 まさか五十嵐は、るりの口に指をつけただけで、キスをしていなかったってことか?


 そういえばるりは、寝ていたらキスをされたと言っていた。

 ということは、目を閉じてたわけで。

 見ていないというわけで。


 中曽根 悠:

(……あ……)


 中曽根 悠:

(あいつ~~!!)


 るりに対してなのか五十嵐に対してなのかわからない叫びが、口をパクパクさせる。

 声が出せなくなった俺の前で、五十嵐は地面のサッカーボールを拾い上げた。


 五十嵐 蒼太:

「じゃ、俺は帰るわ」


 そこで俺はハッとして、何とか声を張り上げた。


 中曽根 悠:

「も、もうるりに手ぇ出すなよ!」


 遠ざかる五十嵐は、しつこい俺に呆れているのか、振り返らずに手だけヒラヒラ揺らす。


 五十嵐 蒼太:

「もうすぐ卒業だよ、俺。出したくてももう出せねーよ」


 中曽根 悠:

「……っ」


 そのまま公園から出ていく五十嵐に、それ以上は何も言えなかった。


 なぜだろう。

 勝負には勝ったのに、無性に腹が立ってくるのは。


 中曽根 悠:

(あいつやっぱり……気に食わねぇ!)


 小さくなっていくやつの背中を、俺は見えなくなるまで睨みつけた。




 ◇ 続く ◇

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