Ep.34 君と初めてのキスを(7)「対決」
冬の夜空の下、五十嵐と対峙する。
寒風が突きつける中、互いに白い息を吐いて睨み合っていた。
──いや、睨んでるのは俺だけだ。
五十嵐は、余裕のある顔つきをして笑っている。
五十嵐 蒼太:
「何で、俺がここにいるってわかったの?」
ストーカー? なんてやつは揶揄するように笑うもんだから、俺の苛立ちはさらに募る。
ぐっと耐えて、拳を握りしめた。
中曽根 悠:
「小池に教えてもらったんだよ」
しかし振り絞って出した声は、低く震えていた。
人を食うような、やつの笑い方。
それが気に食わなかった。
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君と初めてのキスを
(7)「対決」
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五十嵐 蒼太:
「ああ、小池くんね」
五十嵐は、納得したように笑った。
五十嵐 蒼太:
「大中小トリオだっけ。やっぱり仲いいんだ」
中曽根 悠:
「んなことは、どーでもいいんだよ」
五十嵐 蒼太:
「!」
不機嫌を隠せない俺の声に、五十嵐が反応した。
足でサッカーボールを抑えたまま、俺を見る。
中曽根 悠:
「お前、るりにキスしたって、本当かよ」
そんなこと、認めたくもなかった。
何かの間違いかもしれない。
けれど、目の前の五十嵐は少しの間を置いて──ニヤリと笑う。
五十嵐 蒼太:
「へえ、意外。るりちゃんなら、隠すと思ったのに」
中曽根 悠:
「!」
否定はされなかった。
やっぱり事実なのか、と俺の眉が吊り上がる。
中曽根 悠:
「てめぇ──」
五十嵐 蒼太:
「『お前』とか『てめぇ』とかさ。それ、先輩に対する言い方?」
突然やつは声を大きくして、俺の声を遮った。
ポン、と軽く蹴り上げたサッカーボールを空中でキャッチして、肩に乗せる。
やつも眉間にしわを寄せて、嫌そうに笑った。
五十嵐 蒼太:
「柴田から聞いたとおりだな。生意気だね、中曽根くん」
中曽根 悠:
「!?」
前部長の名前が出てきて驚く。
元サッカー部と言っていたし、知り合いであってもおかしくはなかった。
──嫌な予感がした。
五十嵐 蒼太:
「ムカつくんだよね」
中曽根 悠:
「!」
五十嵐 蒼太:
「サッカー部のエースで? 可愛い彼女がいて? 友達にも恵まれてモテモテ? 超リア充だよね──ぶっ潰したくなる」
中曽根 悠:
「……っ!」
そこにはもう、るりの前で浮かべていた「気さくな先輩」の顔はなかった。
これが、やつの本性なのだろうか。
冷たく笑うその表情は、険悪にも見えた。
俺をぶっ潰したいと言った五十嵐。
その言葉から導き出される答えに、真冬なのに、背中に薄ら寒い汗をかきそうになる。
中曽根 悠:
「お前……るりのことが好きじゃないのかよ」
五十嵐 蒼太:
「るりちゃん?」
五十嵐は、短くクッと笑った。
五十嵐 蒼太:
「るりちゃんは好きだよ」
本心がわからない笑い方だ。
五十嵐 蒼太:
「保健室で無防備に寝ちゃってさ。可愛いよね」
中曽根 悠:
「……っ」
本当に、好きなんだろうか。
もしかしたら、俺への嫌がらせでるりに手を出したんじゃないだろうか。
以前、柴田部長がスポーツ大会のときに、るりに絡んでいた事件を思い出す。
敵を作りやすい俺。
その矛先はいつの間にか、立場の弱いるりに向かう。
中曽根 悠:
(俺の……せい?)
中曽根 悠:
(俺のせいで、るりが……)
目の前が真っ暗になりそうだった。
でもこんなやつの前で、ショックを受けた顔を見せるのは嫌だ。
ギッとやつを睨みつける。
中曽根 悠:
「るりには近寄るなっ」
五十嵐 蒼太:
「へえ、カッコいいナイト気取りってやつ?」
笑った五十嵐に腹が立つ。
殴りかかりたい衝動をぐっと抑え、やつに人差し指を突きつけた。
中曽根 悠:
「俺と勝負しろ!」
五十嵐 蒼太:
「は?」
中曽根 悠:
「1オン1だ! 俺が勝ったら2度とるりに近寄るな!」
五十嵐 蒼太:
「えー、中曽根くん現役じゃん」
五十嵐は軽くボールを空中に投げつけて、また手で受け止める。
五十嵐 蒼太:
「……でもいいね、面白そう」
ニヤリと笑った。
五十嵐 蒼太:
「俺が勝ったら、腹おどりでもしてくれるの?」
中曽根 悠:
「してやるよ」
五十嵐 蒼太:
「お、言うねぇ」
五十嵐は楽しそうに笑って、俺に向けてサッカーボールを投げた。それを俺は足でキャッチする。
こんなやつに、負けるわけにはいかない。
俺たちは簡単なルールを決めて、あらためて対峙した。
真冬の寒い、夜空の下。
俺たちは小さなボールを取り合い、せめぎ合い、白い息を吐き捨てた。
五十嵐は、驚くほどにうまかった。
本当に現役離れてるのかよ、と悔しくなるくらいのボールさばきで、俺を翻弄した。
でも、負けられない。
るりのためにも、自分のためにも、こんなやつに負けるわけにはいかなかった。
ボールを追う。
ボールを奪う。
ボールを守る。
そうやって、五十嵐とひとつのサッカーボールを追いかけているうちに、気分は昂ぶっていた。
中曽根 悠:
(何だよ、こいつ……)
中曽根 悠:
(めちゃくちゃうまいじゃねぇか……!)
何でサッカー部じゃないんだよ。
何で怪我くらいで退いてんだよ。
ぎゅっと唇を噛む。
心臓がドキドキと鳴っていた。
寒さでも苛立ちでもない動悸が、俺を熱くさせる。
気がつけば俺は、五十嵐とのプレイを楽しんでいた。
こんなにうまいやつがいたなんて、知らなかった。
それでも、目的を忘れたわけでも、ムカつきが消えたわけでもない。
かろうじて勝っていた俺は、最後の決め手となるゴールを、ルールで定めたライン上に決めることができた。
中曽根 悠:
「──っしゃあ!」
いつの間にか汗ばみながら、拳を上げた。
その後ろで五十嵐が、膝に手をついて息を整えた。
五十嵐 蒼太:
「容赦ないね。現役のくせに、ムキになんなよ」
そう言ったやつも、ほんのりと顔を火照らせている。
現役の俺でも、手こずったこいつ。
サッカーを続けられていたら、間違いなくエースと呼ばれたのは、俺じゃなくてこいつだった。
悔しいけれど、そう思った。
でも。
るりのことを、それで許せるわけじゃない。
中曽根 悠:
「もう、るりに近寄るなよ」
あらためて言い渡す。
五十嵐は、膝についていた手を離すと伸びをした。
爽やかとも言える笑みを浮かべている。
五十嵐 蒼太:
「お前らカップルって、似たもの同士だよな」
中曽根 悠:
「?」
やつは、今日何度も目にした嫌な笑みを作る。
五十嵐 蒼太:
「単純でだまされやすい」
中曽根 悠:
「は?」
意味はよくわからないが、バカにされたことはわかった。
やつは俺に近づいて、手を伸ばす。
そして。
五十嵐 蒼太:
「こういうこと」
人差し指と中指を2本伸ばして横にし、俺の口にトン、と軽くつけた。
中曽根 悠:
「!?」
突然唇を触られて、ゲッと驚く。
後ずさった俺の反応を面白がって、五十嵐は肩を揺らして笑った。
五十嵐 蒼太:
「るりちゃん、キスしたことがないから、簡単に騙されたよね」
中曽根 悠:
「……!!」
──ちょっと。ちょっと待て。
今の五十嵐の動きと言葉から導き出される結論に、俺は目を見開く。
まさか五十嵐は、るりの口に指をつけただけで、キスをしていなかったってことか?
そういえばるりは、寝ていたらキスをされたと言っていた。
ということは、目を閉じてたわけで。
見ていないというわけで。
中曽根 悠:
(……あ……)
中曽根 悠:
(あいつ~~!!)
るりに対してなのか五十嵐に対してなのかわからない叫びが、口をパクパクさせる。
声が出せなくなった俺の前で、五十嵐は地面のサッカーボールを拾い上げた。
五十嵐 蒼太:
「じゃ、俺は帰るわ」
そこで俺はハッとして、何とか声を張り上げた。
中曽根 悠:
「も、もうるりに手ぇ出すなよ!」
遠ざかる五十嵐は、しつこい俺に呆れているのか、振り返らずに手だけヒラヒラ揺らす。
五十嵐 蒼太:
「もうすぐ卒業だよ、俺。出したくてももう出せねーよ」
中曽根 悠:
「……っ」
そのまま公園から出ていく五十嵐に、それ以上は何も言えなかった。
なぜだろう。
勝負には勝ったのに、無性に腹が立ってくるのは。
中曽根 悠:
(あいつやっぱり……気に食わねぇ!)
小さくなっていくやつの背中を、俺は見えなくなるまで睨みつけた。
◇ 続く ◇




