Ep.34 君と初めてのキスを(6)「悠の想い」
最初からなんか気に食わなかったんだよ、あいつ。
五十嵐 蒼太:
「アドバイスありがとう、るりちゃん」
そう言って、るりの頭に触りやがった。
ちゃん付けするあたりが、馴れ馴れしくて腹が立つ。
去り際に俺に対して不敵に笑ったのも、しゃくに障った。
そして。
やっぱり五十嵐とかいうやつは、地雷だったんだ。
戸田 るり:
「五十嵐先輩に……キスされちゃったの……」
中曽根 悠:
「……っ!?」
あまりのことに、言葉を失う。
ベンチに座るるりは、泣きそうなのをぐっと堪えている。
このまま消えてなくなるんじゃないかと思えるくらい、縮こまっていた。
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君と初めてのキスを
(6)「悠の想い」
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五十嵐蒼太なんていう先輩、俺は知らなかった。
しかし、小池のやつが知っていた。
俺たちが入学する前に、すでにサッカー部を辞めていたという。
怪我が原因で退いたけれど、サッカーの腕前はすごかったらしい。
中曽根 悠:
「何で小池、そんなに詳しいの?」
と聞いた俺に。
小池 隼人:
「ランニング中に公園で会ってさ。ちょっと話したんだ」
と、教えてくれた。
俺の家からは少し離れた、マンションや公団が並ぶ、住宅街の小さな公園で会ったと小池は語った。
・ ・ ・
元サッカー部員だか何だか知らねーけど。
なんでそんなやつが、るりを……。
俺は、隣のうつむくるりを見つめた。
長い沈黙が、俺たちの間に落ちている。
早く何かを言わなければ、と思うのに、言葉がなかなか出てこない。
嫌な緊張が、喉の奥をひりつかせていた。
るりが、五十嵐にキスをされた。
るりのファーストキスが、あんなやつに奪われてしまった。
その事実は、俺にとんでもないショックを与えている。
だって、るりのファーストキスの相手は俺だって、思ってたから。
るりが初めて付き合うのも、初めてデートするのも、俺だったから。
それなのに。
中曽根 悠:
「………何」
初めてのキスは、俺じゃなかった。
中曽根 悠:
「何してんだよ」
やけに冷たい言葉が、俺の口から出る。
戸田 るり:
「……っ」
戸田 るり:
「……ごめん……」
とたんにるりは泣きそうになって、悪くもないのにまた謝った。
ああ、違うよバカ……そうじゃないだろ!
自分で自分を殴りつけたくなる。
るりを責めて、どうするんだよ……るりだって辛いはずだろ!
泣きそうなるり。
その表情を作らせたのは、紛れもなく俺だったんだ。
中曽根 悠:
「………っ」
中曽根 悠:
「るりは悪くない!」
腹立ちを押さえ込むように、ぐっと拳を握りしめてそう言った。
るりは、小さく顔をあげる。
中曽根 悠:
「ごめん、るりは悪くない。俺、気にしてないから!」
気にしてないなんて、嘘だった。
でもそう言わないと、自分自身が負けそうで。
俺は、ようやくこっちを見てくれたるりの膝に置かれた手を握った。
ひんやり冷たくて小さいそれに、なぜか心臓がギュッとなる。
中曽根 悠:
「だから、るりも気にするな」
戸田 るり:
「悠……」
すると、耐えかねたのか気が緩んだのか、るりが目を潤ませて泣き始めた。
戸田 るり:
「ごめん、ごめんね……っ」
中曽根 悠:
「だから、謝るなって」
るりが泣くのを久しぶりに見たもんだから、俺は慌ててしまう。
こういう時って、どうしたらいいんだろうな。
でも、ヒーローはヒロインが泣いていたら、こうするんだろう。
以前、るりと観た映画のシーンを思い出す。
涙を流しているるりの体を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。
きっと、かなりぎこちない動作だった。
でもるりは、簡単に俺の腕の中に収まってくれる。
照れ臭くって仕方がない。
でも、るりを安心させるためなら、どんなに自分が恥ずかしくても、我慢できる気がした。
中曽根 悠:
「……るりは悪くない」
もう一度、俺は言った。
そうしたらようやく、るりは。
戸田 るり:
「……ありがとう」
謝罪じゃない言葉を、返してくれた。
そうしてしばらく、抱き合った。
こんなにるりが近いのは初めてで、ドキドキするはずなのに、今胸を締めつけているのは苦しさだった。
本当なら。
今日はるりと、キスをするはずだった。
でも今のこんな気持ちで、るりにキスをしようなんて思えない。
したいのに、したくない。
るりを抱きしめたまま、俺は小さく途方に暮れた。
・ ・ ・
泣き止んだるりを、家まで送った。
そして帰った俺は、気分を持て余している。
夕飯を食べ終わり愛猫のスズを撫でていても、気分はちっともよくならない。
中曽根 雫:
「ねえ、これ食べてもいいー?」
俺がソファに置いたチョコの紙袋をのぞき込んで、姉貴が声をかけてくる。
中曽根 悠:
「勝手にすれば」
るりのは部屋に持ち込んである。
その中には義理のしかない。
中曽根 雫:
「うわ、チョコをあげた女の子も気の毒にー」
と言いつつ、どれにしようかなとチョコを選ぶ姉貴の方が、酷いと思うけど。
そんな姉貴を尻目に、俺は向かいのソファで考える。
そういえば、小池のやつが五十嵐は公園でサッカーをしていたと言っていたな。
夜のランニング中に遭遇した、と。
ここから少し離れた、住宅街の小さな公園の場所をぼんやりと頭に浮かべる。
中曽根 悠:
「…………」
中曽根 悠:
「俺、ちょっと外を走ってくる」
中曽根 雫:
「え? こんな寒いのに?」
驚く姉貴の横を通り過ぎて、俺は上着を取りに向かう。
中曽根 悠:
「すぐ帰ってくるから」
中曽根 雫:
「んー、気をつけて」
さほど興味はないのだろう。
チョコをつまみながら姉貴はそう言って、俺を見送った。
・ ・ ・
雲が多くて月が見えない、暗い夜だった。
白い息を吐きながら、目的地の小さな公園に向かう。
寒いのに走るうちに体は温まって、冬の夜のランニングも悪くないななんて考え始めた頃、住宅街の公園にさしかかった。
そして。
中曽根 悠:
「!」
その中に、人影を見つけた。
すぐにわかった。それが五十嵐だということが。
小池が言ったとおりに、やつはサッカーボールを操っていた。
地面に転がして、1人で器用に遊んでいる。
中曽根 悠:
(あの野郎……!)
るりの泣き顔が思い出されて、胸が苦しくなる。
俺はその公園に、足を踏み入れた。
中曽根 悠:
「おい、あんた!」
五十嵐 蒼太:
「!」
サッカーボールを止めて、五十嵐はこちらを見る。
突然現れた俺に対して、驚いたようだ。
五十嵐 蒼太:
「あれ、中曽根くん」
目を丸めつつも、のん気に出された声にむかつきを覚える。
大きく足を進めて、やつに近寄り対峙した。
◇ 続く ◇




