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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.34 君と初めてのキスを(6)「悠の想い」

 最初からなんか気に食わなかったんだよ、あいつ。


 五十嵐 蒼太:

「アドバイスありがとう、るりちゃん」


 そう言って、るりの頭に触りやがった。

 ちゃん付けするあたりが、馴れ馴れしくて腹が立つ。

 去り際に俺に対して不敵に笑ったのも、しゃくに障った。


 そして。

 やっぱり五十嵐とかいうやつは、地雷だったんだ。


 戸田 るり:

「五十嵐先輩に……キスされちゃったの……」


 中曽根 悠:

「……っ!?」


 あまりのことに、言葉を失う。

 ベンチに座るるりは、泣きそうなのをぐっと堪えている。

 このまま消えてなくなるんじゃないかと思えるくらい、縮こまっていた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君と初めてのキスを

(6)「悠の想い」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 五十嵐蒼太なんていう先輩、俺は知らなかった。

 しかし、小池のやつが知っていた。


 俺たちが入学する前に、すでにサッカー部を辞めていたという。

 怪我が原因で退いたけれど、サッカーの腕前はすごかったらしい。


 中曽根 悠:

「何で小池、そんなに詳しいの?」


 と聞いた俺に。


 小池 隼人:

「ランニング中に公園で会ってさ。ちょっと話したんだ」


 と、教えてくれた。

 俺の家からは少し離れた、マンションや公団が並ぶ、住宅街の小さな公園で会ったと小池は語った。



 ・   ・   ・



 元サッカー部員だか何だか知らねーけど。

 なんでそんなやつが、るりを……。


 俺は、隣のうつむくるりを見つめた。

 長い沈黙が、俺たちの間に落ちている。

 早く何かを言わなければ、と思うのに、言葉がなかなか出てこない。

 嫌な緊張が、喉の奥をひりつかせていた。


 るりが、五十嵐にキスをされた。

 るりのファーストキスが、あんなやつに奪われてしまった。

 その事実は、俺にとんでもないショックを与えている。

 だって、るりのファーストキスの相手は俺だって、思ってたから。

 るりが初めて付き合うのも、初めてデートするのも、俺だったから。


 それなのに。


 中曽根 悠:

「………何」


 初めてのキスは、俺じゃなかった。


 中曽根 悠:

「何してんだよ」


 やけに冷たい言葉が、俺の口から出る。


 戸田 るり:

「……っ」


 戸田 るり:

「……ごめん……」


 とたんにるりは泣きそうになって、悪くもないのにまた謝った。


 ああ、違うよバカ……そうじゃないだろ!

 自分で自分を殴りつけたくなる。

 るりを責めて、どうするんだよ……るりだって辛いはずだろ!


 泣きそうなるり。

 その表情を作らせたのは、紛れもなく俺だったんだ。


 中曽根 悠:

「………っ」


 中曽根 悠:

「るりは悪くない!」


 腹立ちを押さえ込むように、ぐっと拳を握りしめてそう言った。

 るりは、小さく顔をあげる。


 中曽根 悠:

「ごめん、るりは悪くない。俺、気にしてないから!」


 気にしてないなんて、嘘だった。

 でもそう言わないと、自分自身が負けそうで。

 俺は、ようやくこっちを見てくれたるりの膝に置かれた手を握った。

 ひんやり冷たくて小さいそれに、なぜか心臓がギュッとなる。


 中曽根 悠:

「だから、るりも気にするな」


 戸田 るり:

「悠……」


 すると、耐えかねたのか気が緩んだのか、るりが目を潤ませて泣き始めた。


 戸田 るり:

「ごめん、ごめんね……っ」


 中曽根 悠:

「だから、謝るなって」


 るりが泣くのを久しぶりに見たもんだから、俺は慌ててしまう。

 こういう時って、どうしたらいいんだろうな。

 でも、ヒーローはヒロインが泣いていたら、こうするんだろう。

 以前、るりと観た映画のシーンを思い出す。

 涙を流しているるりの体を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。


 きっと、かなりぎこちない動作だった。

 でもるりは、簡単に俺の腕の中に収まってくれる。

 照れ臭くって仕方がない。

 でも、るりを安心させるためなら、どんなに自分が恥ずかしくても、我慢できる気がした。


 中曽根 悠:

「……るりは悪くない」


 もう一度、俺は言った。

 そうしたらようやく、るりは。


 戸田 るり:

「……ありがとう」


 謝罪じゃない言葉を、返してくれた。


 そうしてしばらく、抱き合った。

 こんなにるりが近いのは初めてで、ドキドキするはずなのに、今胸を締めつけているのは苦しさだった。


 本当なら。

 今日はるりと、キスをするはずだった。

 でも今のこんな気持ちで、るりにキスをしようなんて思えない。

 したいのに、したくない。

 るりを抱きしめたまま、俺は小さく途方に暮れた。



 ・   ・   ・



 泣き止んだるりを、家まで送った。

 そして帰った俺は、気分を持て余している。

 夕飯を食べ終わり愛猫のスズを撫でていても、気分はちっともよくならない。


 中曽根 雫:

「ねえ、これ食べてもいいー?」


 俺がソファに置いたチョコの紙袋をのぞき込んで、姉貴が声をかけてくる。


 中曽根 悠:

「勝手にすれば」


 るりのは部屋に持ち込んである。

 その中には義理のしかない。


 中曽根 雫:

「うわ、チョコをあげた女の子も気の毒にー」


 と言いつつ、どれにしようかなとチョコを選ぶ姉貴の方が、酷いと思うけど。

 そんな姉貴を尻目に、俺は向かいのソファで考える。


 そういえば、小池のやつが五十嵐は公園でサッカーをしていたと言っていたな。

 夜のランニング中に遭遇した、と。

 ここから少し離れた、住宅街の小さな公園の場所をぼんやりと頭に浮かべる。


 中曽根 悠:

「…………」


 中曽根 悠:

「俺、ちょっと外を走ってくる」


 中曽根 雫:

「え? こんな寒いのに?」


 驚く姉貴の横を通り過ぎて、俺は上着を取りに向かう。


 中曽根 悠:

「すぐ帰ってくるから」


 中曽根 雫:

「んー、気をつけて」


 さほど興味はないのだろう。

 チョコをつまみながら姉貴はそう言って、俺を見送った。



 ・   ・   ・



 雲が多くて月が見えない、暗い夜だった。


 白い息を吐きながら、目的地の小さな公園に向かう。

 寒いのに走るうちに体は温まって、冬の夜のランニングも悪くないななんて考え始めた頃、住宅街の公園にさしかかった。


 そして。


 中曽根 悠:

「!」


 その中に、人影を見つけた。

 すぐにわかった。それが五十嵐だということが。

 小池が言ったとおりに、やつはサッカーボールを操っていた。

 地面に転がして、1人で器用に遊んでいる。


 中曽根 悠:

(あの野郎……!)


 るりの泣き顔が思い出されて、胸が苦しくなる。

 俺はその公園に、足を踏み入れた。


 中曽根 悠:

「おい、あんた!」


 五十嵐 蒼太:

「!」


 サッカーボールを止めて、五十嵐はこちらを見る。

 突然現れた俺に対して、驚いたようだ。


 五十嵐 蒼太:

「あれ、中曽根くん」


 目を丸めつつも、のん気に出された声にむかつきを覚える。

 大きく足を進めて、やつに近寄り対峙した。




 ◇ 続く ◇

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