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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.34 君と初めてのキスを(4)「チョコレート」

 そんなこんなで、1月はあっという間に過ぎる。

 2月の下旬には期末テストが待っているが、その前にあるイベントが、どうも私を落ち着かせなくさせていた。


 バレンタインデー。

 ついにその日はやってきて、学校に登校すると、すでに女の子たちはうきうきとしていた。

 そんな中、私はあくびをもらす。


 戸田 るり:

「ふあ〜」


 羽鳥 梢:

「るり、眠そうだね」


 下駄箱で会った梢ちゃんと廊下を歩いていたら、きょとんとそう言われた。

 ちょっぴり出た涙をこすりながら答える。


 戸田 るり:

「うん。今日、早起きだったんだ」


 羽鳥 梢:

「もしかして、チョコ作り?」


 戸田 るり:

「うん。昨日作れなかったから」


 今年のバレンタインは、平日ど真ん中だ。

 前日は塾で遅かったので、帰ってから作ることができなかった。

 今日は朝5時に起きて、友チョコと本命チョコを作った。なので、眠くて仕方ない。


 戸田 るり:

「というわけで、はい! 梢ちゃん」


 羽鳥 梢:

「わあ、ありがとう!」


 にっこりと受け取ってくれた梢ちゃんも、用意したチョコ菓子を渡してくれる。

 バレンタインって、女の子同士の交換の方が、じつは楽しかったりもする。


 でも。

 今年は。


 戸田 るり:

(じつは……ドキドキして眠れなかったのもあるんだよね)


 悠とキスの約束をした今日。

 緊張だらけで、私はまったく眠れなかったのである。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君と初めてのキスを

(4)「チョコレート」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 篠田 かなえ:

「あら、戸田さん」


 戸田 るり:

「篠田先生、こんにちは」


 放課後、私はまた保健室へとやってきた。

 中に入ると、篠田先生が優しい笑顔で出迎えてくれる。


 戸田 るり:

「今日は何か、お手伝いすることありますか?」


 そう聞くと、先生は小さく笑った。


 篠田 かなえ:

「ふふ。ということは、今日は中曽根くんと待ち合わせね」


 戸田 るり:

「……正解です」


 やっぱり篠田先生には、何でもお見通しだ。

 私は今日、部活がない。

 バレンタインチョコを渡すために一緒に帰る約束をしたので、悠のサッカー部の終了まで、時間つぶしのために保健室へやってきた。

 バレンタインのせいか、保健室には他に生徒はいない。


 戸田 るり:

「冷蔵庫、使わせてもらっていいですか?」


 ちょっぴり篠田先生に甘えて、悠へのチョコが入った袋を取りだす。

 本命はトリュフチョコにしたので、できれば冷蔵しておきたかった。


 篠田 かなえ:

「あらあら、教師の前で大胆な」


 基本的に、学校でのバレンタインチョコは先生に隠すのが通例だ。

 でも篠田先生に、私はちょっぴり悪戯っぽく笑う。


 戸田 るり:

「篠田先生は私の味方だもん! それに、先生も坂本先生に用意してるんでしょう?」


 篠田 かなえ:

「……もう。憎めない子なんだから」


 少し赤くなった篠田先生が可愛く見える。

 ふふ、篠田先生と坂本先生が付き合っていることを知っているのは、私と悠だけ。

 私は冷蔵庫にチョコを収めると、先生に向き合った。

 とその時、またあくびが出てしまう。


 篠田 かなえ:

「戸田さん、寝不足?」


 戸田 るり:

「うん……あんまり眠れなかったんです」


 先生は呆れたように、微笑んだ。


 篠田 かなえ:

「今日は特に、手伝ってもらうものもないの。よかったら、ベッドで休んでいきなさい」


 戸田 るり:

「え、いいんですか?」


 篠田 かなえ:

「寝不足は勉強にも悪影響だし、何より美肌の敵よ」


 なんて言って、篠田先生はちょっとふざけてウィンクしてくれる。

 最近、本当に篠田先生の雰囲気は変わった気がする。

 柔らかくなったというか、まーるくなったというか。

 以前も優しかったけれど、より一層優しくなった。

 もしかして坂本先生のせいなのかなぁ、なんて、人のことなのにドキドキしちゃう。


 結局、私はその言葉に甘えて、ベッドで横になることにした。

 と言っても、爆睡なんてできないから、毛布はかけずにゴロンと布団の上で横になるだけだ。


 その後、篠田先生は職員室に用があるとかで、保健室から出ていってしまった。

 ひとりぼっちの保健室。

 静かなそこで目を閉じているうちに、睡魔が少しずつ近づいてきた。

 そんな中考えるのは、やっぱり今日の悠とのことだ。


 戸田 るり:

(悠と……キスかぁ)


 キスってどんな感じ?

 どんなふうにすればいいのかな?


 今日はお昼休みにちゃんと歯も磨いたし、ガムだって食べた。

 お口の匂い対策はバッチリである。

 でも、そんなことをしていると途端に意識しているようで、恥ずかしくなる。

 今日はずっと、悶々としていた。

 ああ、なんかドキドキする。


 ドキドキするのに、眠気が徐々に意識を薄くさせていく。

 そのうち、フワフワの心地になって、半覚醒のような状態になった。

 意識はあるのに、体だけ寝ているような、不思議な感じ。


 その時だった。


 戸田 るり:

(……ん?)


 何か、温かなものが頬に触れた。

 誰かの手、のような気がする。


 そして。

 口に何かが触れた。


 眠い私は「ああ、何か当たっている」としか考えられず、まだ目を閉じていた。

 柔らかい何かが。

 私の唇に。


 戸田 るり:

「……」


 戸田 るり:

(……口、に……?)


 え。

 それって、どういうことだろう。


 薄っすらと目を開ける。

 すると、誰かが私の顔をのぞき込んでいた。


 五十嵐先輩だった。


 戸田 るり:

「………」


 寝ぼけていた私は、目をパチパチさせる。


 五十嵐 蒼太:

「あ、起きた」


 五十嵐先輩はつぶやいた。

 その声を聞いて、寝ていたことを認識した私は慌てて身を起こす。


 戸田 るり:

「──え!? 五十嵐先輩!?」


 五十嵐 蒼太:

「おっはよー、るりちゃん」


 五十嵐先輩は、私が寝ていたベッドに腰掛けて、こちらに上半身をひねるようにして向いていた。

 起き上がった私は、後ずさるようにベッド上部へと寄る。


 ね、寝顔見られた?

 ……というか。


 戸田 るり:

(さっき……口に……)


 柔らかい感触が、残っていた。

 思わず口元を手で隠すと、五十嵐先輩は目を緩く細めた。


 五十嵐 蒼太:

「あ、気づいちゃった?」


 戸田 るり:

「……!?」


 次の五十嵐先輩の言葉に、体が動かなくなる。


 五十嵐 蒼太:

「別にいいよね、キスくらい」


 戸田 るり:

「!」


 目の前が、真っ暗になった。


 え。

 嘘。

 待って。


 今、なんて言ったの。


 私──……五十嵐先輩に、キスされたの?


 戸田 るり:

「……!!」


 ぞわっと鳥肌が立って、涙が滲んだ。

 そんな私を見て、五十嵐先輩が目をきょとんとさせ──そして、笑った。


 五十嵐 蒼太:

「まさか、まだしてなかったの?」


 戸田 るり:

「……っ」


 それは、いつもの柔らかい笑顔じゃなかった。

 くっと喉の奥でもらすような、どこか嫌な感じがする笑い方。


 泣きそうになる。

 私は慌ててベッドから立ち上がり、五十嵐先輩の横を通り過ぎた。


 五十嵐 蒼太:

「待ちなよ」


 腕をつかまれる。


 戸田 るり:

「離してください!」


 それを私は振り切って、コートと荷物を手にして保健室から飛び出した。


 バタバタと、ひたすらに暗い廊下を走る。

 五十嵐先輩が追ってくることはなかった。

 でも、私の心が。

 悠への罪悪感と、ファーストキスを知らぬ間に奪われた悲しみに、責め立てられている。


 戸田 るり:

(どうしよう、どうしよう、どうしよう……!!)


 ぐるぐると、頭の中がこんがらがってしまう。

 走るスピードが、少しずつ落ちていく。

 そのうち、寒い廊下をゆっくり歩きながら。


 戸田 るり:

「あ……」


 戸田 るり:

「……チョコレート……」


 悠への本命チョコを、冷蔵庫に置いてきてしまった事実に気づき、あらためて私は涙をこぼした。




 ◇ 続く ◇

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