Ep.34 君と初めてのキスを(3)「五十嵐先輩」
悠は昔から、忘れん坊だ。
今日は数学の教科書を忘れたという。
私が使う時間のが後だったので、朝一緒に登校したときに貸してあげた。
休み時間に返しにきてくれた彼と、廊下でおしゃべりをする。
中曽根 悠:
「やー、助かった助かった」
戸田 るり:
「もう、また変な落書きしてないでしょうね」
チェックするためにパラリとめくる。
案の定、教科書のすみっこにうまくないパラパラ漫画ができあがっていた。
戸田 るり:
「あー、やっぱり!」
中曽根 悠:
「今回は大作だぜ」
おバカな悠は得意気に言う。
じつは私も、貸した物に悠の落書きが残されるのを、ちょっぴり楽しみにしている。
なんていうのは、悠には内緒だけどね。
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君と初めてのキスを
(3)「五十嵐先輩」
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しばらく、悠ととりとめない会話を楽しんでいたときだった。
五十嵐 蒼太:
「るりちゃん」
最近聞いた声が、私を呼んだ。
戸田 るり:
「あれ、五十嵐先輩」
声がした方を向くと、あの保健室に来た五十嵐先輩が、片手を上げて私たちに近づいていた。
五十嵐先輩はまた、あの人懐っこい笑顔を浮かべて私に話しかける。
五十嵐 蒼太:
「生徒手帳なくしてさ。保健室に、忘れ物とかなかった?」
戸田 るり:
「え、生徒手帳ですか?」
あの日は結局、悠の帰りを待つことにして、遅くまで保健室にいた。
五十嵐先輩が使ったベッドも、私が片付けたけど……。
戸田 るり:
「忘れ物はなかったですよ」
五十嵐 蒼太:
「そっか」
五十嵐先輩はアゴをさすりながら、困ったような顔をする。生徒手帳をなくしちゃうって、結構大変だよね。
私の隣にいた悠は、そんな私と五十嵐先輩の会話を黙って聞いていた。
そんな彼に、五十嵐先輩はふと視線を移して小さく笑う。
五十嵐 蒼太:
「そんなに睨むなよ」
苦笑して、そんなことを悠に言った。
中曽根 悠:
「え?」
突然話しかけられた悠は、きょとんとしている。
中曽根 悠:
「別に、睨んでませんけど」
やや背が高い五十嵐先輩に対して、悠は少し唇を尖らせる。
すると五十嵐先輩が、とんでもないことを言った。
五十嵐 蒼太:
「るりちゃん可愛いもんな。心配なんだ」
戸田 るり:
「!?」
中曽根 悠:
「はぁ!?」
私も悠も、思わず変な顔になる。
え、えーと、五十嵐先輩なりのジョークだよね?
焦りそうになった私は、薄く笑うしかできない。
お世辞で可愛いと言われたときの、返しの正解は何なのか。誰か教えてほしい。
困った私の横で、五十嵐先輩はさらに言葉を続ける。
五十嵐 蒼太:
「男に話しかけられたくらいで睨むなんて、器が小さいぞー」
明らかにからかい口調だ。
悠が、ムッとしたことがわかった。
戸田 るり:
「えっと、五十嵐先輩。職員室の落とし物ボックスは見てみましたか?」
慌てて、話の内容をすり替える。
五十嵐 蒼太:
「いや、まだ」
戸田 るり:
「なら、そこにあるかもしれませんよ」
背後の悠が気になりながらも、五十嵐先輩に向き合ってそう言うと、彼はニッコリと笑った。
五十嵐 蒼太:
「そうだね。行ってみるよ」
そして何と──私の頭を撫でてきた。
五十嵐 蒼太:
「アドバイスありがとう、るりちゃん」
戸田 るり:
「!?」
中曽根 悠:
「!!」
な、何で頭を触るの!?
びっくりした私と悠から離れて、歩き出した五十嵐先輩。
しばらくして、ピタリと足を止めた。
五十嵐 蒼太:
「あ」
五十嵐 蒼太:
「あったわ、生徒手帳」
振り返り、ズボンのポケットからチラリと手帳を見せる。
笑った顔をすぐに前に向けて、背中を遠ざけ去っていった。
それを見届けた私の後ろで、悠の低い声が響く。
中曽根 悠:
「何なんだよ、あいつ」
明らかに不機嫌な顔をしていた。
戸田 るり:
「えっと……五十嵐先輩。先週、保健室にきたときに対応したの」
戸田 るり:
「元サッカー部だって言ってたけど、悠は知り合いじゃないの?」
中曽根 悠:
「知らねーよ、あんなやつ」
悠は何でか、私をじとりと見る。
そんな、私を睨まれても!
戸田 るり:
「……ヤキモチ?」
ちょっと困った私は、苦笑してそう言うしかない。
「んなわけねーだろ」と返してくるかと思って、言ったんだけど。
中曽根 悠:
「そーだよっ」
戸田 るり:
「!」
ブスッとしたままの表情で、悠はそんなことを言う。
まさかの返しに、私はつい黙ってしまった。
戸田 るり:
(うわぁ、悠がヤキモチだって)
信じられなかった。
だって、ヤキモチを妬くのはいつだって、私の方だったから。
私はいつも、女の子にキャーキャー言われている悠にハラハラしたり、ライバルの子たちに闘志を燃やしていた。
それなのに今は、悠がヤキモチを妬いてる。
正直──嬉しい。
戸田 るり:
「……ふふ」
つい、小さく笑ってしまう。
中曽根 悠:
「喜んでんじゃねえよ」
悠はちょっとだけ赤くなって、私の頭をガシガシかいた。
さっき五十嵐先輩に撫でられたことをなくすように、思いきりかいてくるから、こちらとしては参ってしまう。
戸田 るり:
「か、髪がっ」
中曽根 悠:
「お、静電気起きた」
ボサボサになった髪の毛が、悠の学ラン袖からはみ出てた薄手のセーターに貼りつく。
ああもう! と私は小さく怒ったのだった。
・ ・ ・
それから、五十嵐先輩が私に声をかけてくることが多くなった。
廊下ですれ違うときは、必ず声をかけられる。
3年生と同じ校舎だから、会うことが多いのは仕方がないとしても、毎回引き止められるのは困ってしまう。
桑原先輩といい、3年生って強引な人が多いのかな。
五十嵐 蒼太:
「るりちゃん、移動ー?」
音楽室へ茉莉ちゃんと向かう途中、また五十嵐先輩と会ってしまった。
戸田 るり:
「はい」
無視することもできず、短めに答える。
五十嵐 蒼太:
「あ、音楽?」
五十嵐先輩は、私が持ってる教科書を見る。
五十嵐 蒼太:
「卒業式の時、2年生歌ってくれるよね。るりちゃんの歌、楽しみにしてるよ」
戸田 るり:
「私の声なんか聞こえませんよ」
憎めない五十嵐先輩の言葉に、苦笑してしまう。
正直、気さくな彼は話しやすい。
でも、いつ悠と遭遇するかわからない廊下で五十嵐先輩と話すのは、よくない気がした。
ヤキモチを妬いてもらうのは嬉しいけど、妬くことが辛いのは、私も知っているから。悠によけいな心配をかけたくない。
戸田 るり:
「じゃあ、音楽室に行くので」
五十嵐 蒼太:
「ん、じゃーねー」
五十嵐先輩はあっさりそう言うと、手を振った。
そのやり取りを見た茉莉ちゃんが、隣で小さくつぶやく。
早乙女 茉莉:
「るりちゃん、五十嵐先輩と仲良かったんだね」
戸田 るり:
「仲良いわけじゃないけど……茉莉ちゃん、五十嵐先輩を知ってるの?」
早乙女 茉莉:
「うん。同じ小学校の先輩だよ」
どうやら五十嵐先輩は、茉莉ちゃんと同じ北小だったようだ。
早乙女 茉莉:
「スポーツ万能で、有名だったよ。中学ではサッカー部に入ったって聞いたけど、すぐに辞めたみたいだね」
戸田 るり:
「そうなんだ」
すぐってことは、1年生の時に辞めたのかな。
だから悠、知らなかったのかも。
遠ざかる五十嵐先輩は、廊下で出会った友達と談笑し始めている。
まあ、彼ももうすぐ卒業してしまうし、今後は変に絡まれることもなくなるよね。
そう考えて、私はまた茉莉ちゃんと音楽室へ向かって歩き出した。
◇ 続く ◇




