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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.34 君と初めてのキスを(2)「静かな保健室」

 冬休みも明けて、三学期となった。


 真冬の寒さに耐えて登校することにも、体がすっかり慣れた頃。

 私は来月に控えるバレンタインに向けて、緊張しっぱなしだった。


 だって。


 戸田 るり:

(バレンタインにキス……するんだよね?)


 勢いに任せて約束してしまった、バレンタインでのファーストキス。

 クリスマスのあの日以来、私の気持ちはバレンタインに向きっぱなしだ。


 そんな私は今、放課後の保健室に来ている。

 保健委員としてのお手伝い、なんて名目を盾に、篠田先生に相談できないかなぁ、なんて考えていたのだった。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君と初めてのキスを

(2)「静かな保健室」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 廊下の掲示板に貼る、保健だよりの装飾を作るお手伝いをしていた。

 散らばる色画用紙や折り紙が、カラフルな色をテーブル上に作っている。


 篠田 かなえ:

「助かったわ。私、こういう工作ものが苦手だから、戸田さんに手伝ってもらえて」


 戸田 るり:

「役立てたなら、よかったです」


 と言いつつも、相談をどうしようかと考える。

 いざ来てみたはいいけれど、やっぱりキスの相談なんて恥ずかしい。

 第一、何をどう相談すればいいのか。

 まぁただ単に、誰かに話を聞いてほしかっただけなのかもしれない。


 とその時、女子生徒が1人飛び込んできた。

 体操着だから、部活中の子のようだ。


 女子生徒:

「先生、体育館まで来てもらえますか? 足を捻った子がいて、動けないって言うんで……」


 篠田 かなえ:

「ええ、すぐに行くわ」


 篠田 かなえ:

「戸田さん、ちょっとお留守番を任せていいかしら」


 戸田 るり:

「はい、もちろんです」


 篠田先生は救急箱を片手に、来た生徒と一緒に保健室から出ていった。

 1人残された私は再び、手を動かし始める。

 するとしばらくして、1人の男子生徒が保健室に来た。

 今日の保健室は賑やかだ。


 男子生徒:

「あれ、先生いない?」


 3年生の先輩だった。

 一重のつり目がちょっときつめで、背が高い。


 戸田 るり:

「あ、先生は今、ちょっと出てるんです」


 私は手を止めてそちらを見た。


 戸田 るり:

「私、保健委員なので、よかったら対応します」


 男子生徒:

「いや、ちょっとだるいから、寝かせてほしいだけなんだけど」


 のっそりとその先輩は中に入ってくる。

 私は保健委員スイッチを入れて立ち上がると、扉の近くに置いてある体温計とノートを準備した。


 戸田 るり:

「じゃあ、体温だけ測って、こちらのノートにクラスと名前の記入をお願いします」


 男子生徒:

「ん」


 先輩は慣れた手つきで、ノートに書き殴った。

「五十嵐《いがらし》 蒼太《そうた》」と書かれた文字を見つめる。名前の画数が少ない私は、大変そうだなぁなんて、走らせているペン先を追った。


 五十嵐 蒼太:

「はい」


 先輩から渡されたノートと入れ違いに、体温計を渡す。


 戸田 るり:

「体温計が鳴ったら、教えてください」


 先輩は受け取ると、パイプ椅子に座った。

 私はベッドの準備をしにいこう、と後ろを向こうとした、そのときだった。


 五十嵐 蒼太:

「戸田るりちゃんだよね?」


 戸田 るり:

「!」


 フルネームを呼ばれて驚いた私は、振り返る。

 体温計を脇に差し込んだまま、先輩は笑っていた。


 五十嵐 蒼太:

「やっぱり。君、中曽根くんの彼女だろ?」


 戸田 るり:

「え? は、はい」


 話すのは、初めての先輩だよね……?

 戸惑う私に、先輩は笑った。きつい目なのに、笑うととたんに人懐っこくなる。


 五十嵐 蒼太:

「有名だから知ってるよ」


 戸田 るり:

「そんなに有名なんですか?」


 たしかに悠は目立つ。

 でも、同学年の2年生に知れ渡っているのは仕方ないとしても、先輩の間でも有名になっているなんて。

 恥ずかしくなってしまう。


 五十嵐 蒼太:

「はは。柴田って知ってる?前にサッカー部で部長してたやつ。俺も元サッカー部でさ。そいつと仲良いんだよ」


 戸田 るり:

「えっ」


 あの、以前私に絡んできた前部長と?


 とたんに眉間にぎゅっとシワが寄ってしまう。それを見て、五十嵐先輩は目を丸くする。


 五十嵐 蒼太:

「あれ、あいつと何かあったの?」


 戸田 るり:

「ちょっと……以前、変に絡まれまして」


 思い出しても、ムムムと眉間が寄ってしまう。

 練習試合のときはたしかに部長らしくしていたけれど、私にとってあの人の印象の悪さは変わらない。

 そんな私の前で、五十嵐先輩が呆れた表情をした。


 五十嵐 蒼太:

「はぁ? 何やってんだ、あいつ」


 彼はどうやら、まともな神経の持ち主らしい。

 悪かったね、なんて自分のせいじゃないのに謝ってもくれた。いい人だな。


 五十嵐 蒼太:

「でもさ、お似合いカップルだよね。君ら」


 戸田 るり:

「え? あ、ありがとうございます」


 あまり知らない先輩からそう言われるのは、恥ずかしいし照れてしまう。でも嬉しい。

 からかわれてるのかなとも思ったけれど、五十嵐先輩があまりにも柔らかく笑うので、そう思うのも悪いような気がした。


 そこでピピピ、と体温計が鳴る。

 五十嵐先輩から体温計を渡される。平熱だったその数値を、私はノートに書き込んだ。


 戸田 るり:

「すみません、ベッドをすぐに準備するので、もうちょっと待っててください」


 五十嵐 蒼太:

「あ、いいよ。自分でやるし」


 彼は向かおうとした私を止めて、1人でベッドの方へ歩きだした。


 五十嵐 蒼太:

「俺、慣れてるし」


 戸田 るり:

「?」


 五十嵐 蒼太:

「サボりの常習犯」


 戸田 るり:

「はぁ」


 あまり威張れないことを、ニヤッと笑って五十嵐先輩は言った。

 もしかして、だるいから寝かせて欲しいっていうのも嘘で、ただ眠いだけなのかな。


 ベッド前のカーテンを開けて中に入ろうとする彼は、上履きを脱ぎながら「あ、そうそう」とつぶやいた。


 五十嵐 蒼太:

「そういえば、ベッドから保健室内の声って、けっこう聞こえるんだよね」


 それは、今から寝るから静かにしといてね、という意味だろうか。


 戸田 るり:

「あ、静かにしておきますね」


 すると五十嵐先輩は、小さく笑った。


 五十嵐 蒼太:

「じゃあおやすみ。るりちゃん」


 戸田 るり:

「……はい」


 本当に人懐っこい人だなぁ。

 シャッとカーテンは閉じられて、五十嵐先輩は姿を消した。

 その向こう側から、ベッドに潜り込む音が聞こえる。

 私も元の位置に戻って、また保健室だより装飾作りの作業を再開した。


 五十嵐先輩の言ったとおり、保健室内はとても静かで、ベッドにもここでの声や物音は聞こえそうだ。


 ふと、保健室の窓から外を見る。

 寒空の下、頑張っているサッカー部が目に入る。

 すぐに簡単に見つけられる悠の姿が眩しくて、私は小さく微笑んだ。




 ◇ 続く ◇

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