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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.34 君と初めてのキスを(1)「約束」

 去年は散々だった、クリスマス。

 熱を出して寝込んで、初デートをドタキャンしてしまった。

 思い出しても、がっかりする。


 でも。

 今年のクリスマスは、違うんだ。


 中曽根 悠:

「あー、面白かったな!」


 戸田 るり:

「うん。最後、感動しちゃった」


 ぞろぞろと大勢の人が、出入口に向かって動いている映画館の中。

 私、戸田るりは、悠とそんな会話をしながら歩いていた。

 しっかり手をつないでいるから、人混みの中でもはぐれることはない。


 今日は、12月25日。

 念願のクリスマスデートをしている私は、ふわふわとした幸せに浸かっていた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 君と初めてのキスを

(1)「約束」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 映画の後に、チェーン店のカフェでひと休み。

 その後はぷらりとウィンドウショッピングという、まるでデートのお手本コースみたいな時間を過ごした。

 クリスマスの今日は、どこに行っても人が多かったけれど、私はとっても楽しい。


 中曽根 悠:

「るり、元気だな」


 人混みにちょっと疲れたのか、悠はそんなことを言う。


 戸田 るり:

「うん、元気だよ! 楽しいもん」


 中曽根 悠:

「……そっか」


 でも、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。


 気がつけば、家に帰らなければいけない時間が近づいていて、私たちは家の近くの公園にいた。

 いつも学校帰りに通る大きな公園だ。


 冬の今は、午後5時半でもほんのり暗い。

 そのベンチに座って、私たちは最後のおしゃべりを楽しむことにした。


 戸田 るり:

「今日はごめんね、帰るの早くて」


 いつもなら7時くらいに帰ってればいいのに、今日は6時だと門限を言い渡された。

 お父さんに、だ。


 中曽根 悠:

「いいって。おじさんに目ぇつけられたら、やばいもんなー」


 すでに目はつけられてるけどね、と悠には言えない。

 もう、お父さんは何で、あんなに悠を目の敵にするかなぁ。


 ちょっとため息をついたら、白い息が口から出ていった。

 並んでベンチに座っていた私たちに、冷たい風が吹きつける。


 中曽根 悠:

「………」


 戸田 るり:

「………」


 あれ、無言になっちゃった。

 あと少ししか時間がないから、たくさんおしゃべりしたいのに。


 いつもなら悠も、たくさんお話してくれるのに、今の彼はちょっと言葉数が少ない。

 人混みに疲れちゃったのかな。

 楽しくて連れ回してしまったことに、少し罪悪感。

 私が申し訳なく思って、うつむいたときだった。


 中曽根 悠:

「………あのさ」


 悠が、声をかけてくれた。


 戸田 るり:

「うん、何?」


 嬉しくて悠に顔を向けたら、彼はじっとこっちを見た。ちょっと真面目な顔。


 な、何?


 少しドキッとした後に、悠はとんでもないことを言う。


 中曽根 悠:

「キスしていい?」


 戸田 るり:

「!?」


 突然のことに、体が固まった。

 でも悠は、そのことをわかっていたみたいに、顔を崩さずに続ける。


 中曽根 悠:

「るりが嫌なら、しない」


 戸田 るり:

「…………」


 心臓が、早鐘のごとく打ちつけられる。

 悠は、私の返事を待つために口を閉ざしてしまった。

 そういえば去年も、ここで悠に「キスしてみっか!」なんて言われた覚えがある。


 でも。

 あの頃は何というか、ノリで言っていた感じだったけれど、今のは違う気がする。

 ちゃんと考えて、私の気持ちも汲もうとしてくれたのが伝わった。


 戸田 るり:

(……どうしよう)


 真っ直ぐに見つめる悠の視線から、いつまでも逃れているわけにはいかない。


 でも、もう私の気持ちは決まっている。

 私だって悠のこと、大好きだもん。


 戸田 るり:

「……いいよ」


 中曽根 悠:

「!」


 恥ずかしくてうつむいてたから、悠がどんな反応をしたのかはわからなかった。

 ただ、そっと遠慮がちに肩に触れた手が、ちょっと彼らしくなくて、悠も緊張しているのかなと思った。


 中曽根 悠:

「じ、じゃあ……」


 戸田 るり:

「……う、うん」


 悠の顔が、ゆっくり近づいてくる。

 あれ、私はどうすればいいの?

 目をパチパチさせているうちに、頭でモヤモヤと今日のことを思い出していた。


 今日の悠とのクリスマスデートを、時間を逆回転させたみたいに思い出す。

 ウィンドウショッピング。

 カフェで新作ドリンクを飲んで。

 メインの映画は、アメコミヒーローもので。

 その前に、ランチでパスタを食べた。


 戸田 るり:

(パスタ……)


 はた、と思い出す。


 戸田 るり:

(私そういえば……ペペロンチーノを食べてなかった!?)


 ペペロンチーノ。

 それはすなわち、ニンニクと唐辛子が味の決め手のパスタである。


 戸田 るり:

「……や……」


 戸田 るり:

「やっぱりダメーーー!」


 中曽根 悠:

「!?」


 ぐいっと、悠の肩を押し返した。

 すぐそこにあった彼の顔は、驚いて遠ざかる。

 私は口を抑えながらうつむいて、申し訳なくも訴えた。


 戸田 るり:

「今日、私……ペペロンチーノ食べちゃったもん!」


 中曽根 悠:

「は?」


 頭の中では、今日食べたものがどんどん思い出されていく。


 戸田 るり:

「映画のポップコーンも醤油バター味だったし、カフェで抹茶フロート飲んだから、変な匂いになってるっ」


 中曽根 悠:

「はぁ〜?」


 悠が、呆れたような声を出した。


 中曽根 悠:

「そんなの俺、気にしねーよ?」


 戸田 るり:

「私が気にするのっ」


 記念すべきファーストキスなのに、ニンニクとか抹茶の味がするなんて嫌だっ。


 というか、なぜ私はデートなのに、食べるものに気をつけていなかったのか。


 戸田 るり:

「とにかく今日はダメ! また今度にしよう!」


 中曽根 悠:

「えー……」


 悠は不満そうな声をあげた。

 私の肩に置いていた手を足の間に垂れ流し、肩を思いきり下げてうなだれている。


 そりゃ、申し訳ないって思ってる。

 でもでも、いきなり言ってきた悠にだって責任はある。

 今日キスするってわかっていたら、食べるものにも気をつけたし、ガムも歯ブラシだって持参したのに!


 悠は小さく息を吐くと、拗ねたような顔をしてこっちを見た。


 中曽根 悠:

「今度って、いつ」


 戸田 るり:

「うっ……」


 じっと見つめられて、逃げちゃいたくなる。

 私は頭を思いきり悩ませた。


 いつって、私が決めるの?

 でも、土壇場で中止にしたのは私だし……せっかくのクリスマスデートだし……。


 戸田 るり:

「……バ」


 中曽根 悠:

「?」


 戸田 るり:

「……バレンタイン! バレンタインにしようっ」


 中曽根 悠:

「!」


 クリスマスの次のイベントといえば、やっぱりバレンタインなのかな、なんて安直に私は言ってしまう。

 悠の拗ねた顔が、笑顔になった。


 中曽根 悠:

「言ったな。じゃあ、バレンタインだぞ」


 戸田 るり:

「……う、うん」


 それは幼稚園時代の頃のような、私をいじめてちょっと楽しそうな悠の顔だった。

 にしし、なんて言いそうな、歯を見せる笑い方をしている。


 中曽根 悠:

「もう『ダメー!』はナシだからな」


 戸田 るり:

「わかってる」


 あんまり念を押さないで欲しい。

 ちょっと怒り顔になると、悠はいじわるな笑顔をやめて、柔らかく笑ってくれた。ぎゅっと、私の手を握ってくれる。

 そのまま立ち上がるので、私もつられてお尻を浮かせた。


 中曽根 悠:

「じゃあ、今日は帰ろうか」


 戸田 るり:

「うん」


 気づけば、辺りは暗くなっていた。

 公園の時計も、門限が近いことを知らせている。

 一緒に歩き出した私たち。

 私の横で、悠は白い息を吐きながらつぶやいた。


 中曽根 悠:

「俺って紳士ー」


 戸田 るり:

「はいはい」


 彼の減らず口に返す、私の憎たれ口。

 ちゃんとわかってるよ、悠が優しいってことは。


 戸田 るり:

(……悠……)


 ちらりと彼の横顔をのぞき見る。

 さっきまであんなに顔が近かったなんて、信じられないや。


 戸田 るり:

(……もうちょっと、待ってね)


 バレンタインには、ちゃんとお口ケアをいたします。


 なんて反省を心でして、クリスマスデートは終わったのだった。




 ◇ 続く ◇

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