Ep.32 落ち葉の季節(7・終)「落ち葉の行く先」
部活が終了した今、僕は1人で水飲み場にいた。
冷たい水で顔を洗う。
今日はタオルを忘れていなかったから、水分を吸収してもらうために、顔を拭く。
そして。
ぐっと、埋めるように押しつけた。
タオルを当てたまま、顔を上げる。
小池 隼人:
「………」
吸い込まれてしまえ。
土臭い汗の汚れも。
目の奥から出てきてしまう、情けない涙も。
全部全部、このタオルに吸い込まれてしまえ。
小池 隼人:
「あーあ……」
小池 隼人:
「ダメだったかぁ……」
その言葉も、タオルは受け止めるかのように吸収してくれる。
僕はレギュラーから、ついに落ちた。
そのことが悔しくて悔しくて、たまらなかった。
❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀
落ち葉の季節
(7)「落ち葉の行く先」
❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀
黒田くんと入れ替わるかたちだった。
他のポジションでも、同じようなレギュラー落ちやレギュラー入りが起きた。
戸惑う選手たちに、坂本先生は告げる。
坂本先生:
「今回は、あくまで西中相手に勝てるメンバーで、選出をした」
坂本先生:
「レギュラー入りしたやつが、してないやつより上手いというわけじゃない」
坂本先生:
「それぞれの得意とするところ、メンバーのバランスを考えての選出だ。それを忘れるな」
わかっている。
そんなこと、言われなくたって、わかっているんだ。
でも、僕がもっとずば抜けて上手ければ。
黒田くんが追いつけられないくらいの、実力があれば。
そんなふうに考えてしまう。
小池 隼人:
(ケイちゃんには、レギュラーから外していいんだよ、なんて言ったくせに)
実際にレギュラーから落ちた僕は、どうしようもなく悔しかった。
涙がもう出ないことを確認して、水飲み場から離れる。
歩き始めると、向こうからも1人、歩いてくる人影が見えた。
黒田くんだった。
小池 隼人:
「!」
黒田:
「!」
向こうも僕に気がついて、一瞬足を止める。
けれど、すぐにまた歩き出す。
黒田くんの口は、真一文字に結ばれていた。
小池 隼人:
「……」
黒田:
「……」
響くのは、互いの足音だけ。
すれ違う一瞬、彼は少しだけ頭を下げた。
後輩としての礼儀として。
それを僕は、先輩として受け止めて、こちらも軽く頭を動かす。
しばらく歩いてから振り返り、さっきの僕と同じように顔を洗う黒田くんを見つめた。
小池 隼人:
(……今に……見てろよ!)
ぎゅっと拳を握る。
絶対に、レギュラーを取り返してやる。
そうだよ、落ちた葉っぱにも意地はある。
落ち葉だって腐葉土になって、土に還って、また樹木の一部となるんだろう。
そう──それなら、僕も。
大樹を目指して、また青葉が茂るように。
がむしゃらに、やるしかない。
それが僕のできること。
僕にしか、できないことだから。
正々堂々と、テストをして落ちた。
ケイちゃんの色眼鏡もなく出された結果だ。受け止めるしかない。
悔しかったけれど、心は以前よりスッキリしている。
小池 隼人:
「──っよし!」
また1人、気合いを入れる。
落ち込んでなんかいられない。
だってこの後に、きっと僕より落ち込んでいるだろう親友を、慰めないといけないんだからね。
・ ・ ・
冬休みに入った。
部活がある今日、僕は早くサッカーボールを触りたくて、1人で早く学校へと来ていた。
門をくぐり、体育館横を通りすぎるときに、気になる人影を見つけた。
小池 隼人:
(松宮さんだ)
バスケ部も、練習があるのだろう。
1人で体育館の扉のところで立ち止まり、彼女はスマホを見ていた。
ああ、先生に見つかったら没収なのに。
僕はコソッと、松宮さんに近づいた。
小池 隼人:
「──こら! スマホを没収するぞっ」
松宮 茜:
「わぁ!? ごめんなさいっ!」
松宮 茜:
「……って、え、小池くん!?」
小池 隼人:
「あはは、すごいビックリしてたね」
松宮 茜:
「も……もー、驚かさないでよ」
小池 隼人:
「ごめんごめん」
申し訳ないと思いつつも、驚いた松宮さんの顔が可愛くて笑ってしまう。
ふと、彼女のスマホ画面が見えた。
メッセージアプリを見ているようだった。
その視線に気づいたのか、松宮さんは笑って教えてくれる。
松宮 茜:
「今ね、詩音と連絡してたんだ」
小池 隼人:
「あ、そうなんだ。飯田さん、元気そう?」
松宮 茜:
「うん、変わらずだって」
僕と同じクラスだった飯田さんは、冬休み中にイタリアへ引っ越してしまった。
慣れない土地での新しい生活は大変だろうけど、今ならこんなふうに気軽に連絡し合える。いい世の中だ。
小池 隼人:
「仲良かったもんね。寂しくない?」
松宮 茜:
「まぁ、寂しくないって言ったら嘘になるけど……」
そこで松宮さんは、柔らかく笑った。
松宮 茜:
「離れてても、お互いに頑張ろうねって、約束したから」
小池 隼人:
「……そっか」
離れていても。
立つ位置は変わっても。
それぞれが、それぞれの道をしっかり歩けばいい。
──うん。僕もそう思うよ。
大谷 圭介:
「おっはよー! 隼人!」
小池 隼人:
「あれ、ケイちゃんおはよう。早いね」
珍しいことに、もうケイちゃんが学校に来ていた。
最後に現れるのが部長の貫禄だぜ、なんて言って、いつもは遅いのに。
大谷 圭介:
「ま、部長たるものね」
なんて、正反対のことを言う。
松宮 茜:
「大谷、おはよ」
大谷 圭介:
「おはよ! お前らのツーショット、久しぶりに見るな」
ケイちゃんは松宮さんに挨拶をすると、何かを思い出したかのように「そういえば」と言った。
大谷 圭介:
「なんか飯田のやつがさ、松宮をよろしくーって俺に言い残してったけど」
松宮 茜:
「へ?!」
大谷 圭介:
「ありゃ、何だったんだ?」
松宮 茜:
「……し、詩音~……」
小池 隼人:
「……?」
松宮さんの顔が、ほんのり赤くなる。
どうしてケイちゃんの発言で赤くなるのだろうか。
松宮さんをよろしくって……?
小池 隼人:
「……」
小池 隼人:
(……まさか!?)
松宮さん、ケイちゃんのことが好きなのかな。
だから飯田さん、そんなことを言い残して……?
小池 隼人:
(……それは……)
小池 隼人:
(それはダメだっ)
だってケイちゃんには、彼女がいるから。
松宮さんにとっては、不毛な片想いになる。
小池 隼人:
「……ケイちゃん、練習に行こう!」
大谷 圭介:
「へ? お、おう」
僕はケイちゃんの腕を引っ張って、松宮さんから引き離した。
松宮さんはうつむいていた顔を上げて、僕を見る。
松宮 茜:
「小池くん、頑張ってね」
小池 隼人:
「!」
小池 隼人:
「……うん!」
しばらく歩くと、隣にいたケイちゃんが「ははーん」と、変な笑いをした。
大谷 圭介:
「そういうことね。なるほどねー」
小池 隼人:
「ん、どうしたの?」
大谷 圭介:
「いんや、別にー」
そう言ったケイちゃんは、いつものケイちゃんで、すっかり僕らの間にあったギクシャクはなくなっていた。
でも。
あれから僕の胸に宿るレギュラー奪還の意思は、燃えている。
兎にも角にも、努力して頑張るしかない!
五十嵐先輩の言葉を思い出していた。
小池 隼人:
(今に見てろっ)
以前にも心で放った宣誓。
僕は黒田くんと、そしてなぜか隣に立つケイちゃんにも、その想いを叩きつけたのだった。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




