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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.32 落ち葉の季節(5)「圭介の想い」

 小池 隼人:

「僕を、そんな理由でレギュラー入りさせるの?」


 冷たい隼人の声が、何度もこだました。


 小池 隼人:

「バカにするなよ! そんなの僕は、ちっとも嬉しくないっ」


 怒りに任せて、怒鳴った声も。


 以前も、あんな声を聞いたことがある。

 あれは隼人が、森たちに体育館倉庫に閉じこめられたときだ。

 隼人は、一緒に閉じこめられた松宮のために怒っていた。

 そして今度は、他のサッカー部員のために。


 そうだ。

 いつだって隼人は、他人のために怒るんだ。

 自分を後に回して。

 他人を優先させて。


 俺は、隼人のそんな部分が──キライだ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 落ち葉の季節

(5)「圭介の想い」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 もうすぐ、冬休みになる頃。

 めずらしく昼飯を一緒に食おうと教室に来た中曽根と、向き合っていた。

 こいつの目的は、わかっている。


 中曽根 悠:

「お前ら、早く仲直りしろよ」


 大谷 圭介:

「んなこと言ったってよぉ」


 俺と隼人がギクシャクしているから、何とかしたいのだろう。


 クラスの女子は、突然やってきた中曽根に熱い視線を送っている。

 だがやつは、気づきもせずに俺に言い聞かせた。


 中曽根 悠:

「お前も言い方が悪かったって、わかってるだろ」


 大谷 圭介:

「まぁ、そりゃあマスコットは言い過ぎたけど……」


 大谷 圭介:

「でも、隼人にコートにいてほしいのは、本心なんだよ……」


 うつむいてそう言った俺に、中曽根はきょとんとする。


 中曽根 悠:

「どういう意味だよ?」


 大谷 圭介:

「……んー、なんつーかさぁ」


 このところ考えていた、隼人とのサッカーを思い浮かべる。

 思えば小4の頃からずっと、隼人とコートを駆け回っていたんだ。


 大谷 圭介:

「隼人がコートにいないと、物足りねーんだよ」


 それは、東中の練習試合のときに感じたことだった。

 怪我をして、退場した隼人。

 コートの中にも外にも、隼人の姿が見えなくて、俺は一気に不安になった。

 あの時は怒ったみんなをなだめたけれど、あれは自身への鼓舞だったんだ。


 大谷 圭介:

「隼人は、コートにいた方がいいんだよ」


 俺のサッカーコートに欠かせないもの。

 それは、大きな空と隼人だ。


 中曽根 悠:

「……ふーん」


 中曽根 悠:

「でもそれは、お前の我儘じゃないか?」


 大谷 圭介:

「!」


 容赦ない中曽根の言葉に、ぐっと息を飲む。


 中曽根 悠:

「ようは、お前が小池にいてほしいから、チームに入れてるってことだろ」


 大谷 圭介:

「そういうわけじゃ……隼人はボールも、うまく回してくれるし」


 中曽根 悠:

「それなら御手洗だって、十分動いてたろ。てゆーか、最近は御手洗の方がうまく動くぜ」


 大谷 圭介:

「!」


 中曽根の言葉にムカッときた。

 まるで、隼人が戦力になっていないかのような物言いに腹が立つ。


 大谷 圭介:

「中曽根、お前……っ」


 中曽根 悠:

「それに、1年の黒田も伸びてる。サッカー初心者のあいつは伸び代がまだあるし、育てる必要があるんじゃねぇのか?」


 大谷 圭介:

「……っ」


 そんなの。

 そんなの俺だってわかってる。


 隼人以外のミッドフィルダーが、上達していること。1年生も、追い上げてきていること。

 隼人の実力を、徐々にだが抜きつつあること。


 わかっていたのに。

──俺は。


 大谷 圭介:

「……」


 はぁ、と小さく息を吐いた。

 目の前の中曽根は、俺の言葉を待っている。

 小さく、つぶやいた。


 大谷 圭介:

「……俺ってさ。部長失格かな」


 すると中曽根は、素っ気なく「さぁね」と返した。

 くそぅ、男には容赦なく冷たいやつだぜ。

 しかし、中曽根はつけ加えるかのように小さく告げる。


 中曽根 悠:

「チームをまとめたり盛り上げたりは、お前にしかできねーよ」


 大谷 圭介:

「……そっか」


 中曽根のフォローに、少しだけ救われる。


 隼人は他人のために。

 でも、俺は。

 俺自身のためのチームを、作ろうとしていたのかもしれない。



 ・   ・   ・



 その日の放課後。

 日直のため、教室の鍵を返しに職員室へと向かった。

 中に入り鍵を戻したとき、ある女生徒と先生の会話が聞こえた。


 先生:

「向こうへ行っても、頑張ってね」


 飯田 詩音:

「はい。今までありがとうございました」


 それは、去年同じクラスの飯田詩音の声だった。

 少しだけ寂しげに笑う彼女と先生の、会話の内容。

 そこから導き出された結果に興味を覚えて、俺は職員室を出たところで飯田に声をかけた。


 大谷 圭介:

「飯田、お前、転校するの?」


 飯田 詩音:

「わ、大谷!? ……ビックリした~」


 あんたでっかいんだから後ろに立たないでよね、なんて言う飯田は可愛くねぇ。

 やっぱり俺の彼女、望月だけが女神である。


 飯田 詩音:

「そ、転校するの。しかもイタリア」


 大谷 圭介:

「い、イタリア!? てゆーと、パリとかロンドンとか?」


 飯田 詩音:

「……あんた、地理やり直してきたら?」


 ヨーロッパの地図がごちゃごちゃに見える俺には、イタリアもイギリスもよくわからない。

 だがそんな地に、飯田は引っ越すという。

 俺にとっては未知の世界だ。


 大谷 圭介:

「すげぇなぁ」


 飯田 詩音:

「別に、親の転勤についてくだけだし」


 ふい、と顔を背ける飯田。

 でもその表情は少し寂しげで、俺と違わない中学2年生の女の子だった。

 そういえばこいつ、松宮とか早乙女と仲良かったな。


 大谷 圭介:

「松宮と早乙女も、寂しがってんだろ」


 俺がそう言うと、飯田は何かを思い出したかのように、小さく笑った。


 飯田 詩音:

「ふふ。茉莉が泣いちゃって、大変だったよ」


 大谷 圭介:

「へぇ、あの早乙女がねぇ」


 あの大人しくて目立たない早乙女が泣くことに、俺はピンとこない。

 でも飯田は目を細めて、どこか愛おしそうに言葉を続ける。


 飯田 詩音:

「友達とは離れちゃうけどさ。そこで終わりじゃないもんね」


 メールもネットもあるし、と飯田は笑う。


 飯田 詩音:

「同じ場所に立ってなくても、気持ちが一緒なら、寂しくないよ」


 大谷 圭介:

「……」


──同じ場所じゃなくても。


 ふと、隼人のことが脳裏をよぎる。


 飯田 詩音:

「……なんて、あんたに言っても仕方ないけどね」


 大谷 圭介:

「お? おう」


 少しぼーっとしていた俺は、ハッとして我に返る。

 飯田が呆れたように、俺を見上げていた。

 そして何やら、思い出したかのように言う。


 飯田 詩音:

「あ、そうだ大谷! あんた、美羽ちゃんが最近茜と仲良いって知ってる?」


 大谷 圭介:

「へ? 松宮と?」


 望月と松宮が仲が良いとは、意外だった。

 だって小学校も違うし、同じクラスになったこともねーよな?

 あ、もしかして、こないだのハロウィンパーティーで仲良くなったのかな?


 飯田 詩音:

「そうそう。だから今後は、茜もよろしくねっ! 小池くんにも伝えといて!」


 大谷 圭介:

「は、隼人に?」


 なぜここで、隼人の名前が。

 やっぱ俺と隼人って、ひとまとめに見られてんのかな。

 まぁ、それだけずっと、つるんでるってことか。


 思わず苦笑する。

 海外へ引っ越すことになっても、友人を信じて旅立つ飯田。

 その後のフォローもきちんと入れて。

 やっぱり女の方が強いのかもしんないな、なんて思って、俺は笑った。


──なあ、隼人。


 お前は、レギュラーから外れてもいいって言ったけどさ。

 やっぱり俺は、すんなりとはそうは思えないよ。


 ぐっと唇を噛みしめる。


 俺だって。

 男として。

 友人として。


 できることをしたい。

 そう思ったんだ。




 ◇ 続く ◇

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