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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.32 落ち葉の季節(4)「隼人と五十嵐」

 木枯らしにしばらく吹かれた後、五十嵐先輩がこちらを見た。


 五十嵐蒼太:

「俺、今はパソコン部なんだ。プログラミングとかしてんだよ」


 小池 隼人:

「そうなんですか。すごいですね」


 たしかにうちの中学には、パソコン部がある。

 僕はよく知らないが、小さなロボットを動かしたりゲームを作ったりしていると、聞いたことがある。


 五十嵐 蒼太:

「面白いぜー。 自分が考えた通りのゲームを作ったり、システム組めた時はさ」


 そこで五十嵐先輩は、少しだけ苦笑した。


 五十嵐 蒼太:

「でもまぁ、作ってるのは結局、サッカーゲームだったりするんだけどな」


 小池 隼人:

「………」


 その言葉を聞いて、やっぱりこの人は、サッカーが好きなんだと思った。

 ボロボロのサッカーボールを、器用に操って。

 夜の公園で1人、リフティングをしている。


 不器用にサッカーが好きな先輩だった。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 落ち葉の季節

(4)「隼人と五十嵐」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 小池 隼人:

「……怪我、残念でしたね」


 こんなにうまい人が、怪我が原因で退いているのはもったいない気がした。

 でも五十嵐先輩は、あっけらかんと言う。


 五十嵐 蒼太:

「ま、俺はサッカーに縁がなかったんだよ」


 軽くそんなことを言う。


 五十嵐 蒼太:

「怪我だって、完治しないやつじゃないんだから、復帰もできた。でも俺はしなかった。だから仕方なかったんだよ」


 ほんのりと五十嵐先輩の口から、白い息がこぼれる。

 気温が低くなっている。

 寒風が吹きつけて、僕らの髪の毛を揺らした。


 小池 隼人:

「……何で、復帰しなかったんですか?」


 五十嵐 蒼太:

「そりゃだって、他のやつらとハンデがすげぇできてたからなー」


 五十嵐先輩は、また器用にリフティングを始めた。

 足で曲芸のように、サッカーボールを操る。


 五十嵐 蒼太:

「悔しかったんだよ。で、自暴自棄。で、退部。で、おしまい」


 小池 隼人:

「……」


 リズムよく弾むボールを、僕も目で追う。

 そんな中、五十嵐先輩がこぼした言葉が、僕の胸をついた。


 五十嵐 蒼太:

「……でもさ、今は少し後悔してる」


 五十嵐 蒼太:

「ばっさり切る必要はなかったんだよな。やっぱりサッカーは、好きなんだから」


 小池 隼人:

「………」


 その言葉は、僕の心を少しだけ揺さぶった。

 だって僕も、諦めかけていたから。


 サッカー部のレギュラーを。

 1年生に抜かされることを。

 体が小さいから、仕方ないんだと。

 努力の限界だから、仕方ないんだと。


 自分で決めつけていた。


 小池 隼人:

「あの……僕……」


 五十嵐 蒼太:

「ん?」


 なぜだろう。

 この人になら、弱音を吐いてもいいかと思えた。


 以前、偶然会った羽鳥さんにこぼしてしまった弱音とは違う。

 前向きになるための、弱音を。


 小池 隼人:

「僕、レギュラー落ちしそうなんです。どうしたらいいと、思いますか?」


 五十嵐 蒼太:

「はぁ? そんなの……」


 五十嵐先輩はあきれたように笑い、そして自信たっぷりに言った。


 五十嵐 蒼太:

「一に努力、二に努力!三から五まで、ぜーんぶ努力だよ!」


 ビシッと差された指先。

 それを見つめて寄り目になりそうな僕は、思わず笑ってしまった。


 小池 隼人:

「……はは、ですよね」


 五十嵐 蒼太:

「そうだよ」


 笑い合った後、僕と五十嵐先輩はパスを互いにしたり、ボールを奪い合う1オン1をした。

 先輩のボールコントロールはやっぱりうまくて、退部をしてなければ、悠くん以上のエースだったのかもしれないと思えるほどだ。


 そうしてしばらくプレイをしていると、五十嵐先輩が公園の時計を見上げて「そろそろ終わるか」と声をあげた。

 夜の九時半。

 いつもなら、もうランニングを終えて帰っている時間だ。


 小池 隼人:

「今日は、ありがとうございました」


 五十嵐 蒼太:

「おう、気ぃつけて帰れよ」


 五十嵐先輩は、この公園近くのマンションに住んでいるという。

 急いで帰ろうとした僕は、しかし公園の出入り口で振り返ってしまう。


 小池 隼人:

「そういえば先輩、ポジションはどこだったんですか?」


 なんとなく気になって聞いてみた。

 こちらを見ていた彼は、サッカーボールを持ったまま笑って答える。


 五十嵐 蒼太:

「フォワードだよ」


 悠くんや前部長と、同じポジションだった。

 花形とも言えるそのポジションは、五十嵐先輩にピッタリな気がした。


 もう一度お礼を言って、公園から去る。

 気分がスッキリしているのは、ランニングのおかげだけじゃない。

 ようやく吹っ切れそうな自分の心が少し、軽くなっていたからだ。



 ・   ・   ・



 そしてその夜、僕は懐かしい夢を見ていた。


 小学4年生の頃の夢だ。

 塾へ行く途中、偶然、ケイちゃんが入っているサッカークラブの練習を見かけた。

 あのとき僕は、楽しそうにサッカーをプレイしているケイちゃんが羨ましくて、一緒にしたいって思ったんだ。


 小池 隼人(小4):

「ケイちゃんすごいね! 上手だねぇ!」


 当時、今よりもっと過保護な母さんに逆らえなかった僕。

 自由にボールを追って駆け回るケイちゃんたちが、キラキラと輝いて見えたんだ。


 大谷 圭介(小4):

「隼人もやろうぜ!」


 小池 隼人(小4):

「え、僕も?」


 大谷 圭介(小4):

「うん、隼人となら、ぜってー楽しいよ!」


 屈託なくそう言ってくれたケイちゃんの言葉が、嬉しかった。

 一緒にやろうと笑ってくれたことが、嬉しかった。


 ケイちゃん。

 僕だって今も、ケイちゃんとサッカーをしていると楽しいんだよ。

 それは本当だよ。

──本当だよ。


 言い訳でもない、本音のそれを。

 僕は夢の中、何度も呟いていたんだ。




 ◇ 続く ◇

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