Ep.32 落ち葉の季節(2)「隼人と圭介」
その日の部活は、調子が悪かった。
いつもなら足元に吸いつくように動いてくれるサッカーボールも、言うことをきいてくれない。
1年生たちがトンボでグラウンドをならしているのを背にし、僕は一人で水飲み場へ向かう。
小池 隼人:
(情けないな。あんな言葉を聞いたくらいで)
「小池先輩、大谷部長と仲良いからって、ひいきされてね?」
井野口くんの言葉が、何度もリフレインする。
黒田くんはそれを否定していたが、はたして本心はどうだろうか。
水飲み場の蛇口をひねると、出てきた水で顔を洗った。
タオルは結局取りに戻れなかったから、着ていた服で、乱雑に拭くしかなかった。
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落ち葉の季節
(2)「隼人と圭介」
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更衣室に戻ると、ケイちゃんはもう着替え終わっていて、隅のパイプ椅子に座っていた。
僕を見つけて、近寄ってくる。
大谷 圭介:
「隼人! 今日、時間あるか?」
小池 隼人:
「うん、あるよ」
着替えながら答える。
大谷 圭介:
「よかった! なら、帰りにバーガー屋寄ろうぜ」
小池 隼人:
「いいね。僕、シェイクのクーポン持ってるよ」
3年生が引退してから、帰りの寄り道が少し増えた。
先輩の厳しい目がなくなった今、ケイちゃんや悠くんと間食する機会が多くなる。食べ盛りな年頃なのだ。
ケイちゃんは、まわりに聞こえないように、コソッと言った。
大谷 圭介:
「あと、ちょっと試合のメンバー編成で悩んでてさ。相談もしたいんだ」
小池 隼人:
「!」
僕の表情の変化は、服に隠れてケイちゃんには見えなかっただろう。
しまった。
そういったことなら、断りたかったかも。
でも1度オッケーしてしまった手前、断ることはできない。
小池 隼人:
「えっと、悠くんも行くんだよね?」
悠くんもいるならまだいいかな、なんて思って、ケイちゃんの横にいた悠くんに声をかけた。
中曽根 悠:
「おう、行く行く。俺、新作のナゲット食いたいなぁ」
小池 隼人:
「あ、いいね」
ケイちゃんと2人でないことに少しホッとする。
僕の複雑な心境を気にする様子もなく、ケイちゃんは悠くんをいつものようにからかった。
大谷 圭介:
「今日は家庭科部ないから、一緒に帰れない日だもんなー。」
中曽根 悠:
「るっせ。お前も一緒に帰ればいいじゃん」
大谷 圭介:
「悲しいことに、園芸部は終わるのが早いんだよ! ていうか、俺はダチをちゃーんと大切にしてんのよ」
中曽根 悠:
「お前、前半が本音だろう」
2人の変わらないやりとりに苦笑する。
そんな中、グラウンド整備を終えた1年生たちが、どっと更衣室になだれ込んできた。
勢いよく挨拶する彼らに急き立てられたように感じ、僕は着替えを終えた。
・ ・ ・
たまに寄るハンバーガー屋さんは、帰り道から少しそれた、駅前近くの明るい道にある。
夕食前なので、軽めにチキンナゲットとポテト、クーポンでゲットしたシェイクを注文する。
僕ら3人は、奥の空いていたテーブル席に向かい合うと、さっそくそれらを平らげた。
大谷 圭介:
「部活帰りのメシはうめぇなぁ」
中曽根 悠:
「だな。夕飯だけじゃ足りねーよ」
小池 隼人:
「あ、ケイちゃん、僕の分まで食べないでよ」
こうしていると、気がかりにしていた暗い気持ちはなくなっていく。
昔から一緒にいたケイちゃん。
傍にいれば、やはり落ち着いた。
お腹が満たされて、僕のモヤモヤも影を潜めた頃、ケイちゃんがノートを取りだす。
『青葉中 サッカー部』と油性マジックで書き殴られた表紙をめくり、3人でそれを覗いた。
大谷 圭介:
「で、冬休みにある、西中との練習試合なんだけどさ」
小池 隼人:
「うん、どれどれ」
そこには、西中との練習試合での目標、レギュラーにスタメン、フォーメーションなどが書かれていた。
坂本先生の方針で、練習試合の戦術は一度部長が考えて、それを元に先生と話し合うらしい。
東中での試合も、前部長が考えていたのかと思うと、スタメンに選んでもらえたことが嬉しかった。
小池 隼人:
「あ、キーパーを1年生にやらせてみるんだね」
大谷 圭介:
「おう。試合の流れ次第では途中、俺も代わる気ではいるけどさ」
中曽根 悠:
「よっぽど差が出なきゃ大丈夫だろ。フォーメーションは、4ー4ー2か」
そんな会話をしながら僕は、スタメンの欄が気になっていた。
ミッドフィルダーのところに、当たり前のように僕の名前が入っている。
小池 隼人:
「……」
小池 隼人:
「ケイちゃん、ミッドフィルダーには、1年生入れないの?」
大谷 圭介:
「え?」
小池 隼人:
「これだと1年生、レギュラーにもなってないし」
スタメンでなくても、レギュラーとなっていれば、試合に出られるチャンスはある。
でもそこには、2年のメンバーしかいなかった。
大谷 圭介:
「ミッドフィルダーは、ちょっと多いからなぁ。1年でずば抜けたやつもいねーし……」
ケイちゃんが「うーん」とうなると、隣の悠くんが答えた。
中曽根 悠:
「黒田はどうだ? 最近、上達してるじゃん」
小池 隼人:
「!」
悠くんの言葉に、僕は反応した。
やっぱり黒田くんの上達は、他の子も気づいているんだ。
大谷 圭介:
「まぁたしかに。でも、となるとレギュラー落ちが出てくるしな……」
ケイちゃんはシャーペンをあごに当てて、またしてもうなる。
僕はコクンと、小さく唾を飲んだ。
小池 隼人:
「……」
小池 隼人:
「……僕を外しても、いいんだよ?」
勇気を出して、言ってみた。
大谷 圭介:
「へ!?」
中曽根 悠:
「!」
2人は驚いてこちらを見る。
でも僕は少し微笑んで、言葉を続けた。
小池 隼人:
「1年生を育てるなら今のうちだし、2年生ばかりレギュラーにしても、意味ないしさ。練習試合だし、1年生にもいい経験になるよ」
なるべく穏やかに言った。
でも、次のケイちゃんの言葉が、僕の冷静さにヒビを入れる。
大谷 圭介:
「でも、それなら隼人以外にするよ」
小池 隼人:
「!」
小池 隼人:
「……なんで?」
ザラリとしたものが、また胸の内を撫でる。
そんなことを知らないケイちゃんは、無邪気に笑った。
大谷 圭介:
「だってやっぱり、隼人がいた方が安心するし!」
小池 隼人:
「……安心?」
──安心って、何が。
ケイちゃんは僕の疑問に答えたけれど、それはどこか、トンチンカンなもののように思えた。
大谷 圭介:
「そ! 隼人がコートん中いるとさ、なんか安心するじゃん。なんつうの、マスコット的存在だしさー」
小池 隼人:
「……っ」
そんな理由で、僕以外の子をレギュラーから落とそうとするのか?
カッと胸が熱くなる。
わかっている。
これは、腹立たしさからくるものだ。
小池 隼人:
「……ケイちゃん、それは他の子に失礼だよ」
気づけば、やけに低いくぐもった声が、口から出ていた。
大谷 圭介:
「へ?」
小池 隼人:
「みんな練習して、真剣に頑張ってるのに。……それなのに、そんな理由で僕をレギュラー入りさせるの?」
大谷 圭介:
「……隼人?」
気づけば、テーブルに手をついて立ち上がっていた。
ケイちゃんと悠くんが、そんな僕を見上げる。
小池 隼人:
「バカにするなよ! そんなの僕は、ちっとも嬉しくないっ」
大谷 圭介:
「! 隼人……」
ケイちゃんの目が、戸惑うように揺れる。
それを僕はきつく睨んで、カバンを肩に掛けた。
とにかく腹が立っていた。
僕をマスコット扱いしたケイちゃんにも。
レギュラーでいられるほどの実力もない、自分自身にも。
小池 隼人:
「僕、先に帰るから」
中曽根 悠:
「お、おい。小池……」
呆然とするケイちゃんの横で、悠くんが僕を止めようとする。
でも僕は、それが聞こえないふりをして背を向けた。
◇ 続く ◇




