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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.32 落ち葉の季節(2)「隼人と圭介」

 その日の部活は、調子が悪かった。

 いつもなら足元に吸いつくように動いてくれるサッカーボールも、言うことをきいてくれない。

 1年生たちがトンボでグラウンドをならしているのを背にし、僕は一人で水飲み場へ向かう。


 小池 隼人:

(情けないな。あんな言葉を聞いたくらいで)



「小池先輩、大谷部長と仲良いからって、ひいきされてね?」



 井野口くんの言葉が、何度もリフレインする。

 黒田くんはそれを否定していたが、はたして本心はどうだろうか。

 水飲み場の蛇口をひねると、出てきた水で顔を洗った。

 タオルは結局取りに戻れなかったから、着ていた服で、乱雑に拭くしかなかった。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 落ち葉の季節

(2)「隼人と圭介」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 更衣室に戻ると、ケイちゃんはもう着替え終わっていて、隅のパイプ椅子に座っていた。

 僕を見つけて、近寄ってくる。


 大谷 圭介:

「隼人! 今日、時間あるか?」


 小池 隼人:

「うん、あるよ」


 着替えながら答える。


 大谷 圭介:

「よかった! なら、帰りにバーガー屋寄ろうぜ」


 小池 隼人:

「いいね。僕、シェイクのクーポン持ってるよ」


 3年生が引退してから、帰りの寄り道が少し増えた。

 先輩の厳しい目がなくなった今、ケイちゃんや悠くんと間食する機会が多くなる。食べ盛りな年頃なのだ。

 ケイちゃんは、まわりに聞こえないように、コソッと言った。


 大谷 圭介:

「あと、ちょっと試合のメンバー編成で悩んでてさ。相談もしたいんだ」


 小池 隼人:

「!」


 僕の表情の変化は、服に隠れてケイちゃんには見えなかっただろう。


 しまった。

 そういったことなら、断りたかったかも。


 でも1度オッケーしてしまった手前、断ることはできない。


 小池 隼人:

「えっと、悠くんも行くんだよね?」


 悠くんもいるならまだいいかな、なんて思って、ケイちゃんの横にいた悠くんに声をかけた。


 中曽根 悠:

「おう、行く行く。俺、新作のナゲット食いたいなぁ」


 小池 隼人:

「あ、いいね」


 ケイちゃんと2人でないことに少しホッとする。

 僕の複雑な心境を気にする様子もなく、ケイちゃんは悠くんをいつものようにからかった。


 大谷 圭介:

「今日は家庭科部ないから、一緒に帰れない日だもんなー。」


 中曽根 悠:

「るっせ。お前も一緒に帰ればいいじゃん」


 大谷 圭介:

「悲しいことに、園芸部は終わるのが早いんだよ! ていうか、俺はダチをちゃーんと大切にしてんのよ」


 中曽根 悠:

「お前、前半が本音だろう」


 2人の変わらないやりとりに苦笑する。

 そんな中、グラウンド整備を終えた1年生たちが、どっと更衣室になだれ込んできた。

 勢いよく挨拶する彼らに急き立てられたように感じ、僕は着替えを終えた。



 ・   ・   ・



 たまに寄るハンバーガー屋さんは、帰り道から少しそれた、駅前近くの明るい道にある。


 夕食前なので、軽めにチキンナゲットとポテト、クーポンでゲットしたシェイクを注文する。

 僕ら3人は、奥の空いていたテーブル席に向かい合うと、さっそくそれらを平らげた。


 大谷 圭介:

「部活帰りのメシはうめぇなぁ」


 中曽根 悠:

「だな。夕飯だけじゃ足りねーよ」


 小池 隼人:

「あ、ケイちゃん、僕の分まで食べないでよ」


 こうしていると、気がかりにしていた暗い気持ちはなくなっていく。

 昔から一緒にいたケイちゃん。

 傍にいれば、やはり落ち着いた。


 お腹が満たされて、僕のモヤモヤも影を潜めた頃、ケイちゃんがノートを取りだす。

『青葉中 サッカー部』と油性マジックで書き殴られた表紙をめくり、3人でそれを覗いた。


 大谷 圭介:

「で、冬休みにある、西中との練習試合なんだけどさ」


 小池 隼人:

「うん、どれどれ」


 そこには、西中との練習試合での目標、レギュラーにスタメン、フォーメーションなどが書かれていた。

 坂本先生の方針で、練習試合の戦術は一度部長が考えて、それを元に先生と話し合うらしい。

 東中での試合も、前部長が考えていたのかと思うと、スタメンに選んでもらえたことが嬉しかった。


 小池 隼人:

「あ、キーパーを1年生にやらせてみるんだね」


 大谷 圭介:

「おう。試合の流れ次第では途中、俺も代わる気ではいるけどさ」


 中曽根 悠:

「よっぽど差が出なきゃ大丈夫だろ。フォーメーションは、4ー4ー2か」


 そんな会話をしながら僕は、スタメンの欄が気になっていた。

 ミッドフィルダーのところに、当たり前のように僕の名前が入っている。


 小池 隼人:

「……」


 小池 隼人:

「ケイちゃん、ミッドフィルダーには、1年生入れないの?」


 大谷 圭介:

「え?」


 小池 隼人:

「これだと1年生、レギュラーにもなってないし」


 スタメンでなくても、レギュラーとなっていれば、試合に出られるチャンスはある。

 でもそこには、2年のメンバーしかいなかった。


 大谷 圭介:

「ミッドフィルダーは、ちょっと多いからなぁ。1年でずば抜けたやつもいねーし……」


 ケイちゃんが「うーん」とうなると、隣の悠くんが答えた。


 中曽根 悠:

「黒田はどうだ? 最近、上達してるじゃん」


 小池 隼人:

「!」


 悠くんの言葉に、僕は反応した。

 やっぱり黒田くんの上達は、他の子も気づいているんだ。


 大谷 圭介:

「まぁたしかに。でも、となるとレギュラー落ちが出てくるしな……」


 ケイちゃんはシャーペンをあごに当てて、またしてもうなる。

 僕はコクンと、小さく唾を飲んだ。


 小池 隼人:

「……」


 小池 隼人:

「……僕を外しても、いいんだよ?」


 勇気を出して、言ってみた。


 大谷 圭介:

「へ!?」


 中曽根 悠:

「!」


 2人は驚いてこちらを見る。

 でも僕は少し微笑んで、言葉を続けた。


 小池 隼人:

「1年生を育てるなら今のうちだし、2年生ばかりレギュラーにしても、意味ないしさ。練習試合だし、1年生にもいい経験になるよ」


 なるべく穏やかに言った。

 でも、次のケイちゃんの言葉が、僕の冷静さにヒビを入れる。


 大谷 圭介:

「でも、それなら隼人以外にするよ」


 小池 隼人:

「!」


 小池 隼人:

「……なんで?」


 ザラリとしたものが、また胸の内を撫でる。

 そんなことを知らないケイちゃんは、無邪気に笑った。


 大谷 圭介:

「だってやっぱり、隼人がいた方が安心するし!」


 小池 隼人:

「……安心?」


──安心って、何が。


 ケイちゃんは僕の疑問に答えたけれど、それはどこか、トンチンカンなもののように思えた。


 大谷 圭介:

「そ! 隼人がコートん中いるとさ、なんか安心するじゃん。なんつうの、マスコット的存在だしさー」


 小池 隼人:

「……っ」


 そんな理由で、僕以外の子をレギュラーから落とそうとするのか?


 カッと胸が熱くなる。

 わかっている。

 これは、腹立たしさからくるものだ。


 小池 隼人:

「……ケイちゃん、それは他の子に失礼だよ」


 気づけば、やけに低いくぐもった声が、口から出ていた。


 大谷 圭介:

「へ?」


 小池 隼人:

「みんな練習して、真剣に頑張ってるのに。……それなのに、そんな理由で僕をレギュラー入りさせるの?」


 大谷 圭介:

「……隼人?」


 気づけば、テーブルに手をついて立ち上がっていた。

 ケイちゃんと悠くんが、そんな僕を見上げる。


 小池 隼人:

「バカにするなよ! そんなの僕は、ちっとも嬉しくないっ」


 大谷 圭介:

「! 隼人……」


 ケイちゃんの目が、戸惑うように揺れる。

 それを僕はきつく睨んで、カバンを肩に掛けた。


 とにかく腹が立っていた。

 僕をマスコット扱いしたケイちゃんにも。

 レギュラーでいられるほどの実力もない、自分自身にも。


 小池 隼人:

「僕、先に帰るから」


 中曽根 悠:

「お、おい。小池……」


 呆然とするケイちゃんの横で、悠くんが僕を止めようとする。

 でも僕は、それが聞こえないふりをして背を向けた。




 ◇ 続く ◇

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