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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.32 落ち葉の季節(1)「隼人の悩み」

 もうすぐ、冬休みに入ろうとしている。

 教室の窓から外を見れば、木枯らしが枯葉を散らしていて、弄ぶようにクルクルと回して地面に落とした。


 まだ枝についている葉っぱと、落ちてしまった葉っぱ。

 その違いは、なんだろうか。

 身にならないことを考えていた時、聞き慣れた声が僕を呼んだ。


 大谷 圭介:

「隼人! 飯、食い終わった?」


 小池 隼人:

「あ、ケイちゃん」


 昼休み時間に、僕の教室を訪れたケイちゃん。

 それを席に座ったまま、見上げてうなずいた。


 小池隼人、13歳。

 僕には今、悩みがある。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 落ち葉の季節

(1)「隼人の悩み」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 大谷 圭介:

「これ、冬休みの練習内容なんだけどさ。中身大丈夫かなぁ」


 小池 隼人:

「どれどれ」


 ケイちゃんが持ってきた、A4のルーズリーフ用紙に目を通した。

 そこには、ケイちゃんの昔から変わらない文字で、サッカー部の冬休みの練習内容が書かれている。


 9月末に、新部長となったケイちゃん。

 それから彼は部長として、様々な雑務や仕事をこなしていた。

 ただ、慣れない仕事や内容に、ケイちゃんはまだ戸惑っている。

 そんな中、こうして僕を頼ってくることが増えた。

 それは、昔からの親友である僕としては嬉しいことだったし、自分自身もサッカー部に深く関わることができて、楽しいことでもある。


 持ってきてくれた紙にざっと目を通してから、顔をあげた。


 小池 隼人:

「去年のトレーニングと、あまり変わらないね」


 大谷 圭介:

「よく気づいたな、さすが隼人!」


 大谷 圭介:

「じつは、部長からもらった資料をそのまま書き直しただけだからさ」


 そこで「へへー」と、ケイちゃんは悪戯っ子のように笑う。

 僕はわざと、呆れたような声を出して言った。


 小池 隼人:

「去年とはメンバーが違うから、変えた方がいいんじゃないかな」


 小池 隼人:

「ほら、これだとパス練習の時間が多いけど、今強化したいのは、1年の体力増強と2年のシュート成功率アップもあるし……」


 大谷 圭介:

「ふむふむ」


 僕が気になった部分を書き込んでいくと、ケイちゃんは素直にうなずいて、それを見守った。

 2人して小さな紙に指差し、あーだこーだ言い、冬休みの部活練習の内容を決めていく。

 あらかた納得する内容に落ち着くと、ケイちゃんは満足そうに笑って顔を上げた。


 大谷 圭介:

「サンキュー! やっぱり隼人に相談してよかったぜ」


 小池 隼人:

「どういたしまして。でも、井本くんに相談してもよかったんじゃない?」


 わざわざ僕のクラスにまで来なくても、ケイちゃんのクラスには同じサッカー部の子はいる。

 井本くんだって、サッカー部のことをよく考えているメンバーの1人だ。

 でもケイちゃんは、くしゃっと笑って首を振る。


 大谷 圭介:

「ダメダメ、あいつは! すーぐ自分に都合のいい練習内容にするんだから」


 それは、ケイちゃんよりもさらにお調子者な井本くんなら、あり得るかもとちょっと笑ってしまった。


 大谷 圭介:

「それに、隼人が1番相談しやすいんだよ」


 ケイちゃんは嬉しいことを言ってくれる。

 昔から変わらない、素直で思ったことをすぐ言うケイちゃん。

 そんな彼を見つめる僕の目は、自然と細くなる。


 小池 隼人:

「ありがとう」


 言葉と裏腹に、僕の胸の内を、冷たい何かがスッと撫でた。

 ケイちゃんは、紙を持って立ち上がる。


 大谷 圭介:

「うっし! じゃあこれをもとに、先生と話してみるよ」


 小池 隼人:

「うん、頑張って」


「おう!」とケイちゃんは、いつもの笑顔を浮かべて教室から去る。

 その大きな背中を、僕は見つめた。


 小池 隼人:

「………」


 ケイちゃんが教室からいなくなると、安堵の息を吐いた。


 僕はきちんと、しゃべれていただろうか。笑えていただろうか。


 ねぇ、ケイちゃん。

 気づいていないだろう。

 僕が最近、サッカー部のレギュラーに必死にしがみついていること。

 レギュラーが僕でいいのか、悩んでいること。

 そしてそれを、ひた隠しにしていること。


 小池 隼人:

(……そりゃ、隠してるから気づかないのは当たり前だ)


 苦笑してまた、窓の外を見た。

 枝についていたはずの葉っぱはさっきよりも、少なくなっているようだった。



 ・   ・   ・



 放課後、サッカー部の更衣室に一番乗りした。

 早めに着替えて、すぐに練習にのぞめるように急ぐ。

 扉を開けると、ちょうど1年生の2人と鉢合わせをした。

 黒田くんと井野口くんだ。


 黒田:

「小池先輩! こんちわっす!」


 前に立っていた黒田くんが、大きな声で挨拶をする。


 小池 隼人:

「お疲れさま」


 黒田:

「あ、先輩、先にどうぞ」


 小池 隼人:

「ありがとう」


 2人はすぐに、体をずらして僕に道を譲ってくれた。

 サッカー部はそこまで上下関係は厳しくないけれど、運動部であるからか、やはりこういったときには後輩はかしこまる。


 小学校の頃とは違う、年下とのコミュニケーション。

 こんなふうに先輩扱いされるのは、まだ少しだけ慣れない。

 先に部室を出てしばらく歩く。

 しかし、忘れ物をしたことに気がついた。


 小池 隼人:

(あ、タオルを忘れた)


 引き返して更衣室に戻る。

 扉を開けようとしたら、少しだけ開いていた隙間から、中の2人の会話が聞こえた。


 井野口:

「──何で、小池先輩なんだろな?」


 小池 隼人:

「!」


 井野口くんの声だった。

 僕の名前が出てきたのでびっくりして、思わず動きを止めてしまう。


 黒田:

「また、その話かよ」


 黒田くんの声も聞こえた。

 着替える布擦れの物音とともに、2人の声がこちらに届く。


 井野口:

「だって、ぜってー黒田のがうまいって!」


 黒田:

「そりゃ、お前の主観だろ? 決めるのは先生と部長なんだからさ」


 小池 隼人:

「………」


 レギュラーの話だと、すぐにわかった。

 僕と黒田くんは、同じポジション、ミッドフィルダーだ。

 今は僕が、レギュラーとしてそのポジションにいるけれど、最近メキメキと上達している黒田くんは、僕にとって脅威だ。

 他のミッドフィルダーメンバーも頑張っているから、それに追いつくのに必死なのに。

 中学からサッカーを始めたという彼は、まだ伸び代がある。

 対して僕は……。


 井野口:

「でも小池先輩、大谷部長と仲良いからって、ひいきされてね?」


 小池 隼人:

「!」


 井野口くんのその言葉が、僕の胸を突き刺す。

 その後に、黒田くんの大きな声が聞こえた。


 黒田:

「井野口、失礼なこと言うなよ! 小池先輩、実際うまいんだぞ」


 黒田:

「お前はいいよな。早々にレギュラーなれてさ」


 苦笑した黒田くんの言葉を最後に、僕は更衣室から、静かに立ち去った。

 遠ざかる扉に背を向けて、親しんできたグラウンドへと足を運ぶ。


 小池 隼人:

「……」


 木枯らしが吹く中。

 ぎゅっと、着替えたジャージの胸元を握りしめた。




 ◇ 続く ◇

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