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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.31 愛だの恋だの(6)「正体」

 家に帰り着き、着替えてテスト勉強をしようと、教材を取り出した。

 机に並べて取りかかろうとする。

 でも。


 羽鳥 梢:

「……はぁ」


 勉強に、身が入らない。

 開いた教科書もすぐに閉じてしまう。

 さっきから、グルグルと頭の奥で、渦巻いている正体不明の何か。

 それが、私の気を落ち着かせない。


 羽鳥 梢:

(気分転換に、外にでも行こうかな)


 そう思い立って、自分の部屋を出て玄関へ向かう。

 まだ夕飯準備中のお母さんに「色ペン足りなかったから買ってくる」と、当たり障りない嘘をついて外に出た。


 外で舞う、かすかに寒さを含んだ風が、頭を冷ましてくれるかのように私を撫でてくれた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 愛だの恋だの

(6)「正体」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 まあ実際、ペンを買いに行くことはなかった。

 ただプラプラ歩いて、空気を吸い込んでいる。

 気がつけば足は、この街の一級河川、姫泣川に向かう。

 その上に架かる橋の途中で立ち止まり、欄干に手を乗せて、キラキラと光る水面を見つめた。


 羽鳥 梢:

「…………」


 ここ数日に起こっていた、一連の出来事を思い出していた。


 美羽のために、サプライズを考えて幸せそうな大谷。


「梢ちゃんは嘘をつかないよ」と、信じてくれた美羽の笑顔。


「今まで人からの親切を無下にしてたじゃん」なんて言った中曽根。


「好きな人とかいなかったの?」と聞いてきた、可愛くなったるり。


 じつは1年のときに、ヤキモチを妬いていたと教えてくれた茜ちゃん。


 1人でサッカー練習をして、少し大きく見えた小池くんの背中。


 そして。



 堂本 信広:

「八方美人ないい子ちゃんは、嫌われるんだぜ」



 そう冷たく言った堂本くんの言葉が、グルグルと頭を巡っていた。


 私って。

 そうなのかなぁ……。


 ふぅ、と小さく息を吐いて、欄干に上半身を預ける。

 その時。


 堂本 信広:

「しけたツラしてんな」


 羽鳥 梢:

「! 堂本くん……?」


 気がつけば、近くに堂本くんが立っている。

 私服姿の彼は、散歩でもしていたのだろうか。上着のポケットに両手を突っ込んで、そこにいた。


 堂本 信広:

「らしくなく落ち込んでんの?」


 そうして彼は、片っぽの口角を上げてニヤッと笑った。

 それは、私が嫌いな堂本くんが人をからかう時の顔だ。


 羽鳥 梢:

「……私だって、落ち込むよ」


 何だかちょっとだけ腹立たしくて、視線を正面に戻してつぶやいた。


 澄んだ水が流れる姫泣川。

 キレイなものを見れば、晴れやかな気分になると思ったのに、ちっともなんない。


 羽鳥 梢:

「………どうせ私、嫌われ者だし」


 堂本 信広:

「!」


 堂本 信広:

「なにお前。俺が言ったこと、気にしてんの?」


 そこでクッと笑った堂本くんに、腹が立った。

 と同時に、私を責めた先輩2人の顔も思い浮かぶ。


 この時の私は変だった。

 冷静じゃなかった。

 堂本くんのその言い方だって、いつものことで、普段なら流せていたのに。

 なのに、溜め込んでいた何かが、一気にあふれた。

 関係のない堂本くんに、それをぶつけてしまう。


 羽鳥 梢:

「──うるさい!」


 堂本 信広:

「!」


 私の大きな声に、堂本くんが驚く。

 でももう、止められなかった。


 羽鳥 梢:

「みんな、恋愛がどうとかこうとか、うるさいよ!」


 羽鳥 梢:

「中学になったとたん、急に変に色めき立っちゃってさ……っ」


 羽鳥 梢:

「私は今まで通りにしてるのに、近すぎとか、やらしーとか……っ」


 羽鳥 梢:

「そんなの、そんなの私、知らないもん!」


 ダメ。

 ダメだよ、こんなこと言っちゃ。


 楽しげに恋している友達の顔が、私の心を締めつける。


 わかってる。わかっているの。

 私は、きっとただ。

 寂しいんだ。

 みんなが恋して、私を置いていくのが。


 羽鳥 梢:

「……知らないもん」


 堂本 信広:

「…………」


 突然癇癪を起こした私に、きっと堂本くんは呆れただろう。

 私だって、こんな自分イヤだよ。消えてなくなっちゃいたい。


 そう、思ったのに。


 堂本 信広:

「………っはは」


 堂本 信広:

「何だよお前、怒れるんじゃん」


 羽鳥 梢:

「!?」


 急に笑い出した堂本くんに、今度は私が驚いた。

 目の前の堂本くんは目を細めて、両端の口角を上げて笑っている。

 それは、いつもの人を小馬鹿にした嫌な表情とは違う笑い方だ。


 羽鳥 梢:

「な……、わ、悪い!?」


 堂本 信広:

「いや、悪くはないんじゃねーの?」


 崩れるように、堂本くんが笑っている。

 何だか急に、私は居心地が悪くなる。

 でも、高ぶっていた感情が、少しだけ柔らかくなったような気がした。

 そんな私に、堂本くんは口角を上げたまま言う。


 堂本 信広:

「お前は普段から、いい子ちゃんし過ぎなんだよ」


 堂本 信広:

「ガス抜きもうまくしねーと、ぶっ倒れるぜ」


 羽鳥 梢:

「そんなこと……言われたって」


 いい子にしているつもりなんてない。

 これは、無自覚な元来の性格だ。

 思わずムスッとしてしまう。

 そんな私を見て、何が面白いんだろう。堂本くんは楽しげに言った。


 堂本 信広:

「よし、今からゲーセン行こうぜ」


 羽鳥 梢:

「へ!?」


 何でそうなるの!?


 戸惑う私を無視して、堂本くんは私の腕を掴む。


 堂本 信広:

「ストレスなんてなー、ガーッと遊んじゃえばなくなるんだよ。30分くらい時間あるだろ」


 羽鳥 梢:

「ないない! テスト勉強しなきゃだし!」


 堂本 信広:

「つまんねぇこと言ってんじゃねーよ」


 つまるつまらないじゃなく、学生の本分でしょうが!


 しかし、そんな私の訴えは彼に届かない。

 強引な堂本くんに引っ張られるかたちで、私たちは駅前のゲーセンに向かうことになったのだった。




 ◇ 続く ◇

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