Ep.31 愛だの恋だの(6)「正体」
家に帰り着き、着替えてテスト勉強をしようと、教材を取り出した。
机に並べて取りかかろうとする。
でも。
羽鳥 梢:
「……はぁ」
勉強に、身が入らない。
開いた教科書もすぐに閉じてしまう。
さっきから、グルグルと頭の奥で、渦巻いている正体不明の何か。
それが、私の気を落ち着かせない。
羽鳥 梢:
(気分転換に、外にでも行こうかな)
そう思い立って、自分の部屋を出て玄関へ向かう。
まだ夕飯準備中のお母さんに「色ペン足りなかったから買ってくる」と、当たり障りない嘘をついて外に出た。
外で舞う、かすかに寒さを含んだ風が、頭を冷ましてくれるかのように私を撫でてくれた。
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愛だの恋だの
(6)「正体」
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まあ実際、ペンを買いに行くことはなかった。
ただプラプラ歩いて、空気を吸い込んでいる。
気がつけば足は、この街の一級河川、姫泣川に向かう。
その上に架かる橋の途中で立ち止まり、欄干に手を乗せて、キラキラと光る水面を見つめた。
羽鳥 梢:
「…………」
ここ数日に起こっていた、一連の出来事を思い出していた。
美羽のために、サプライズを考えて幸せそうな大谷。
「梢ちゃんは嘘をつかないよ」と、信じてくれた美羽の笑顔。
「今まで人からの親切を無下にしてたじゃん」なんて言った中曽根。
「好きな人とかいなかったの?」と聞いてきた、可愛くなったるり。
じつは1年のときに、ヤキモチを妬いていたと教えてくれた茜ちゃん。
1人でサッカー練習をして、少し大きく見えた小池くんの背中。
そして。
堂本 信広:
「八方美人ないい子ちゃんは、嫌われるんだぜ」
そう冷たく言った堂本くんの言葉が、グルグルと頭を巡っていた。
私って。
そうなのかなぁ……。
ふぅ、と小さく息を吐いて、欄干に上半身を預ける。
その時。
堂本 信広:
「しけたツラしてんな」
羽鳥 梢:
「! 堂本くん……?」
気がつけば、近くに堂本くんが立っている。
私服姿の彼は、散歩でもしていたのだろうか。上着のポケットに両手を突っ込んで、そこにいた。
堂本 信広:
「らしくなく落ち込んでんの?」
そうして彼は、片っぽの口角を上げてニヤッと笑った。
それは、私が嫌いな堂本くんが人をからかう時の顔だ。
羽鳥 梢:
「……私だって、落ち込むよ」
何だかちょっとだけ腹立たしくて、視線を正面に戻してつぶやいた。
澄んだ水が流れる姫泣川。
キレイなものを見れば、晴れやかな気分になると思ったのに、ちっともなんない。
羽鳥 梢:
「………どうせ私、嫌われ者だし」
堂本 信広:
「!」
堂本 信広:
「なにお前。俺が言ったこと、気にしてんの?」
そこでクッと笑った堂本くんに、腹が立った。
と同時に、私を責めた先輩2人の顔も思い浮かぶ。
この時の私は変だった。
冷静じゃなかった。
堂本くんのその言い方だって、いつものことで、普段なら流せていたのに。
なのに、溜め込んでいた何かが、一気にあふれた。
関係のない堂本くんに、それをぶつけてしまう。
羽鳥 梢:
「──うるさい!」
堂本 信広:
「!」
私の大きな声に、堂本くんが驚く。
でももう、止められなかった。
羽鳥 梢:
「みんな、恋愛がどうとかこうとか、うるさいよ!」
羽鳥 梢:
「中学になったとたん、急に変に色めき立っちゃってさ……っ」
羽鳥 梢:
「私は今まで通りにしてるのに、近すぎとか、やらしーとか……っ」
羽鳥 梢:
「そんなの、そんなの私、知らないもん!」
ダメ。
ダメだよ、こんなこと言っちゃ。
楽しげに恋している友達の顔が、私の心を締めつける。
わかってる。わかっているの。
私は、きっとただ。
寂しいんだ。
みんなが恋して、私を置いていくのが。
羽鳥 梢:
「……知らないもん」
堂本 信広:
「…………」
突然癇癪を起こした私に、きっと堂本くんは呆れただろう。
私だって、こんな自分イヤだよ。消えてなくなっちゃいたい。
そう、思ったのに。
堂本 信広:
「………っはは」
堂本 信広:
「何だよお前、怒れるんじゃん」
羽鳥 梢:
「!?」
急に笑い出した堂本くんに、今度は私が驚いた。
目の前の堂本くんは目を細めて、両端の口角を上げて笑っている。
それは、いつもの人を小馬鹿にした嫌な表情とは違う笑い方だ。
羽鳥 梢:
「な……、わ、悪い!?」
堂本 信広:
「いや、悪くはないんじゃねーの?」
崩れるように、堂本くんが笑っている。
何だか急に、私は居心地が悪くなる。
でも、高ぶっていた感情が、少しだけ柔らかくなったような気がした。
そんな私に、堂本くんは口角を上げたまま言う。
堂本 信広:
「お前は普段から、いい子ちゃんし過ぎなんだよ」
堂本 信広:
「ガス抜きもうまくしねーと、ぶっ倒れるぜ」
羽鳥 梢:
「そんなこと……言われたって」
いい子にしているつもりなんてない。
これは、無自覚な元来の性格だ。
思わずムスッとしてしまう。
そんな私を見て、何が面白いんだろう。堂本くんは楽しげに言った。
堂本 信広:
「よし、今からゲーセン行こうぜ」
羽鳥 梢:
「へ!?」
何でそうなるの!?
戸惑う私を無視して、堂本くんは私の腕を掴む。
堂本 信広:
「ストレスなんてなー、ガーッと遊んじゃえばなくなるんだよ。30分くらい時間あるだろ」
羽鳥 梢:
「ないない! テスト勉強しなきゃだし!」
堂本 信広:
「つまんねぇこと言ってんじゃねーよ」
つまるつまらないじゃなく、学生の本分でしょうが!
しかし、そんな私の訴えは彼に届かない。
強引な堂本くんに引っ張られるかたちで、私たちは駅前のゲーセンに向かうことになったのだった。
◇ 続く ◇




