Ep.31 愛だの恋だの(5)「真相」
小池くんは、トリオの中ではあまり目立たない。
うるさい大谷と中曽根を、落ち着いた表情で見守る、どこかおっとりとした印象があった。
でも今、目の前にいる小池くんは、険しい顔をしている。
薄汚れたサッカーボールを胸元で持って、じっと見ていた。
小池 隼人:
「…………」
小池 隼人:
「僕、こうでもしないと、レギュラーでいられないんだよ」
そう言ってこちらを見た小池くんは、少し無理をしたように笑った。
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愛だの恋だの
(5)「真相」
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もしかしたら彼も、誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。
偶然居合わせただけの私に、小池くんはぽつぽつと話しだした。
小池 隼人:
「僕ってさ、小さいでしょ。力もあんまりないし」
小池 隼人:
「そのぶん、技術とか練習量でカバーしてきたけど、最近それも限界でさ」
小池 隼人:
「レギュラー落ちしたくなくて、必死だよ」
小池 隼人:
「練習してないと、落ち着かなくなっちゃったんだ」
やんなるなぁ、なんて小池くんは柔らかく笑おうとする。
でもそれは失敗して、少しだけ影の落ちた表情になった。
私は、なんて言ったらいいのか、わからなかった。
羽鳥 梢:
「……そうなんだ」
知らなかった。
小池くんが、そんなことを考えていたなんて。
だって彼は、いつも笑っていたから。
トリオで仲良く。いつだって。
羽鳥 梢:
「……」
羽鳥 梢:
「で、でも、偉いよ!」
何とか元気づけたくて、声をはる。
小池 隼人:
「え?」
羽鳥 梢:
「小池くんは偉いよ。それでもちゃんと、こうやって努力して、頑張ってるし……!」
私の励ましは、下手だったと思う。
何の解決にもならない励ましなんて、心に響くはずがない。
それでも小池くんは、優しいから。
必死にそう言った私に少し困り顔をして、笑った。
小池 隼人:
「ありがとう。……なんだか、気を遣わせちゃったね」
羽鳥 梢:
「そんなことないよ!」
フォローをするつもりが、フォローされている。
情けない、とうつむいた私に、小池くんは近づいて今度こそニコッと笑ってくれた。
小池 隼人:
「話を聞いてくれてありがとう。僕、そろそろ帰るよ」
そう言って、片隅に置いていた学ランの上着を羽織り、カバンを手にする。
身長が私と大して変わらないはずの小池くんの背中が、少しだけ大きく見えた。
小池 隼人:
「じゃあね。羽鳥さんも、テスト勉強頑張って」
羽鳥 梢:
「うん……小池くんも!」
そんな挨拶を交わして、小池くんは帰っていった。
私は何だか、すぐに足を動かせずに、体育館裏で1人たたずんだ。
羽鳥 梢:
「……」
──小池くん、本当に偉いよ。何だか、前より逞しくなった気がする。
そんなことを考えていたら。
先輩女子1:
「──ちょっと!」
聞き覚えのない女の子の声が聞こえて、私は顔をあげた。
声がした方を向くと、そこには女の子が2人立っている。セーラー襟についているバッチで、3年生だとわかった。
羽鳥 梢:
「え?」
ま、また3年生の女の先輩?
桑原先輩とはまた違う、とっても不機嫌なオーラを2人は放っている。
腕組みをして目を吊り上げて、こちらをきつく睨んできた。
先輩女子1:
「あんた、もう許せない!」
先輩女子2:
「あんだけ噂を流したのに、やっぱり小池くんに近寄るなんてさ!」
羽鳥 梢:
「え!?」
──噂!?
この人たち今、噂を流したって言ったの!?
私は目を見開いて、先輩たちに詰め寄った。
羽鳥 梢:
「あなたたちだったんですか!? 噂を流したのって!」
先輩女子1:
「そうよっ」
言いよどむ様子もなく、あっさり先輩たちは認めた。
まさか、先輩が流していたなんて。
そうか。だからあの桑原先輩が、先に知っていたんだ。
羽鳥 梢:
「何でそんなこと……」
先輩女子1:
「あんたが、小池くんに近づかないようによっ」
羽鳥 梢:
「ええ!?」
私が、小池くんに……?
そんなことあるわけないのに、何でそんなふうに考えちゃったの、この人たちは!
私の疑問は、目の前のベラベラ喋る先輩たちがすぐに教えてくれた。
先輩女子2:
「私たち、小池くんのファンなの!」
先輩女子1:
「最近、小池くんと仲のいい2人に彼女ができたじゃない? しかもその2人の彼女同士も、仲がいいしさ」
るりと美羽のことだ。
先輩女子2:
「そしたら、その2人と仲が良いあんたがいるっていうじゃない!」
先輩女子1:
「2人のツテで、まんまと小池くんの彼女の座を狙うんじゃないかって、私たちはもう気が気でなかったのー!」
羽鳥 梢:
「…………」
羽鳥 梢:
「はぁ!?」
何だそりゃあ!
そんなのただの妄想じゃないの!
そんなくだらない理由で噂を流されていたなんて、たまったものじゃない。
これにはさすがの私もカチンときて、先輩だということも忘れ睨みつけてしまう。
羽鳥 梢:
「そんな理由で、根も葉もない噂を流さないでください!」
そのせいで、美羽とるりに迷惑がかかっている。
でも目の前の先輩は、悪びれる様子もなく言い放つ。
先輩女子1:
「何言ってんの。実際、大谷くんとやらにすごく近づいてたじゃない」
先輩女子2:
「そーそー、私たち見てたんだから」
羽鳥 梢:
「!?」
その言い方からして、この人たちも、あのショッピングモールにいたのだろう。
近づいたって、もしかして匂いを嗅いだときのこと?
先輩女子1:
「それに、中曽根くんにも近寄ってるし」
先輩女子2:
「彼が赤くなるようなこと話しててさー、やらしー」
いやいや、中曽根が赤くなったのは、るりのことだから!
胃が痛くなりそうだ。
なんだって、男子と喋っただけでこんなふうに勘ぐられるんだろう。
「お前はさ、誤解されやすいんだよ」
堂本くんに言われたセリフが、鈍く頭の奥でこだました。
私が……私が悪いの?
羽鳥 梢:
「……っ」
羽鳥 梢:
「私、小池くんのこと、狙ってなんかないですから!」
羽鳥 梢:
「てゆーか、恋愛に興味ないんで!」
なぜだか悔しくてたまらなくて、語気を強めてそう言った。
その勢いに、先輩たちも少し体をのけぞる。
先輩女子1:
「……ふーん。ならもう、小池くんに近寄らないでよね」
まったく関係のない先輩に、なぜそんな風に言われなきゃならないのか。
でも学生生活で、先輩を敵に回すことはあまりしたくない。この人たち、厄介そうだし。
羽鳥 梢:
「……っ、わかりました……」
本当はすごく腹立たしかったけれど、ぐっと耐えてそう答えた。
少なからずスッキリしたのか、先輩たちは小さく笑う。
先輩女子1:
「わかればいいのよ」
先輩女子2:
「もしまた近づいたところ見たら、今度こそ許さないからね」
羽鳥 梢:
「………はい」
ああ、もういいから、早く去ってほしい。
そう考えたと同時に、先輩たちは勝ち誇った表情で振り返る。
その背中を見送った私は、ぎゅっと拳を握り締めて、歯を強く噛みしめた。
◇ 続く ◇




