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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.31 愛だの恋だの(5)「真相」

 小池くんは、トリオの中ではあまり目立たない。

 うるさい大谷と中曽根を、落ち着いた表情で見守る、どこかおっとりとした印象があった。


 でも今、目の前にいる小池くんは、険しい顔をしている。

 薄汚れたサッカーボールを胸元で持って、じっと見ていた。


 小池 隼人:

「…………」


 小池 隼人:

「僕、こうでもしないと、レギュラーでいられないんだよ」


 そう言ってこちらを見た小池くんは、少し無理をしたように笑った。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 愛だの恋だの

(5)「真相」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 もしかしたら彼も、誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。

 偶然居合わせただけの私に、小池くんはぽつぽつと話しだした。


 小池 隼人:

「僕ってさ、小さいでしょ。力もあんまりないし」


 小池 隼人:

「そのぶん、技術とか練習量でカバーしてきたけど、最近それも限界でさ」


 小池 隼人:

「レギュラー落ちしたくなくて、必死だよ」


 小池 隼人:

「練習してないと、落ち着かなくなっちゃったんだ」


 やんなるなぁ、なんて小池くんは柔らかく笑おうとする。

 でもそれは失敗して、少しだけ影の落ちた表情になった。

 私は、なんて言ったらいいのか、わからなかった。


 羽鳥 梢:

「……そうなんだ」


 知らなかった。

 小池くんが、そんなことを考えていたなんて。

 だって彼は、いつも笑っていたから。

 トリオで仲良く。いつだって。


 羽鳥 梢:

「……」


 羽鳥 梢:

「で、でも、偉いよ!」


 何とか元気づけたくて、声をはる。


 小池 隼人:

「え?」


 羽鳥 梢:

「小池くんは偉いよ。それでもちゃんと、こうやって努力して、頑張ってるし……!」


 私の励ましは、下手だったと思う。

 何の解決にもならない励ましなんて、心に響くはずがない。

 それでも小池くんは、優しいから。

 必死にそう言った私に少し困り顔をして、笑った。


 小池 隼人:

「ありがとう。……なんだか、気を遣わせちゃったね」


 羽鳥 梢:

「そんなことないよ!」


 フォローをするつもりが、フォローされている。

 情けない、とうつむいた私に、小池くんは近づいて今度こそニコッと笑ってくれた。


 小池 隼人:

「話を聞いてくれてありがとう。僕、そろそろ帰るよ」


 そう言って、片隅に置いていた学ランの上着を羽織り、カバンを手にする。

 身長が私と大して変わらないはずの小池くんの背中が、少しだけ大きく見えた。


 小池 隼人:

「じゃあね。羽鳥さんも、テスト勉強頑張って」


 羽鳥 梢:

「うん……小池くんも!」


 そんな挨拶を交わして、小池くんは帰っていった。

 私は何だか、すぐに足を動かせずに、体育館裏で1人たたずんだ。


 羽鳥 梢:

「……」


──小池くん、本当に偉いよ。何だか、前より逞しくなった気がする。


 そんなことを考えていたら。


 先輩女子1:

「──ちょっと!」


 聞き覚えのない女の子の声が聞こえて、私は顔をあげた。

 声がした方を向くと、そこには女の子が2人立っている。セーラー襟についているバッチで、3年生だとわかった。


 羽鳥 梢:

「え?」


 ま、また3年生の女の先輩?


 桑原先輩とはまた違う、とっても不機嫌なオーラを2人は放っている。

 腕組みをして目を吊り上げて、こちらをきつく睨んできた。


 先輩女子1:

「あんた、もう許せない!」


 先輩女子2:

「あんだけ噂を流したのに、やっぱり小池くんに近寄るなんてさ!」


 羽鳥 梢:

「え!?」


 ──噂!?

 この人たち今、噂を流したって言ったの!?


 私は目を見開いて、先輩たちに詰め寄った。


 羽鳥 梢:

「あなたたちだったんですか!? 噂を流したのって!」


 先輩女子1:

「そうよっ」


 言いよどむ様子もなく、あっさり先輩たちは認めた。

 まさか、先輩が流していたなんて。

 そうか。だからあの桑原先輩が、先に知っていたんだ。


 羽鳥 梢:

「何でそんなこと……」


 先輩女子1:

「あんたが、小池くんに近づかないようによっ」


 羽鳥 梢:

「ええ!?」


 私が、小池くんに……?

 そんなことあるわけないのに、何でそんなふうに考えちゃったの、この人たちは!

 私の疑問は、目の前のベラベラ喋る先輩たちがすぐに教えてくれた。


 先輩女子2:

「私たち、小池くんのファンなの!」


 先輩女子1:

「最近、小池くんと仲のいい2人に彼女ができたじゃない? しかもその2人の彼女同士も、仲がいいしさ」


 るりと美羽のことだ。


 先輩女子2:

「そしたら、その2人と仲が良いあんたがいるっていうじゃない!」


 先輩女子1:

「2人のツテで、まんまと小池くんの彼女の座を狙うんじゃないかって、私たちはもう気が気でなかったのー!」


 羽鳥 梢:

「…………」


 羽鳥 梢:

「はぁ!?」


 何だそりゃあ!

 そんなのただの妄想じゃないの!


 そんなくだらない理由で噂を流されていたなんて、たまったものじゃない。

 これにはさすがの私もカチンときて、先輩だということも忘れ睨みつけてしまう。


 羽鳥 梢:

「そんな理由で、根も葉もない噂を流さないでください!」


 そのせいで、美羽とるりに迷惑がかかっている。

 でも目の前の先輩は、悪びれる様子もなく言い放つ。


 先輩女子1:

「何言ってんの。実際、大谷くんとやらにすごく近づいてたじゃない」


 先輩女子2:

「そーそー、私たち見てたんだから」


 羽鳥 梢:

「!?」


 その言い方からして、この人たちも、あのショッピングモールにいたのだろう。

 近づいたって、もしかして匂いを嗅いだときのこと?


 先輩女子1:

「それに、中曽根くんにも近寄ってるし」


 先輩女子2:

「彼が赤くなるようなこと話しててさー、やらしー」


 いやいや、中曽根が赤くなったのは、るりのことだから!


 胃が痛くなりそうだ。

 なんだって、男子と喋っただけでこんなふうに勘ぐられるんだろう。



「お前はさ、誤解されやすいんだよ」



 堂本くんに言われたセリフが、鈍く頭の奥でこだました。


 私が……私が悪いの?


 羽鳥 梢:

「……っ」


 羽鳥 梢:

「私、小池くんのこと、狙ってなんかないですから!」


 羽鳥 梢:

「てゆーか、恋愛に興味ないんで!」


 なぜだか悔しくてたまらなくて、語気を強めてそう言った。

 その勢いに、先輩たちも少し体をのけぞる。


 先輩女子1:

「……ふーん。ならもう、小池くんに近寄らないでよね」


 まったく関係のない先輩に、なぜそんな風に言われなきゃならないのか。

 でも学生生活で、先輩を敵に回すことはあまりしたくない。この人たち、厄介そうだし。


 羽鳥 梢:

「……っ、わかりました……」


 本当はすごく腹立たしかったけれど、ぐっと耐えてそう答えた。

 少なからずスッキリしたのか、先輩たちは小さく笑う。


 先輩女子1:

「わかればいいのよ」


 先輩女子2:

「もしまた近づいたところ見たら、今度こそ許さないからね」


 羽鳥 梢:

「………はい」


 ああ、もういいから、早く去ってほしい。

 そう考えたと同時に、先輩たちは勝ち誇った表情で振り返る。


 その背中を見送った私は、ぎゅっと拳を握り締めて、歯を強く噛みしめた。




 ◇ 続く ◇

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