Ep.31 愛だの恋だの(4)「不安」
何だかやけに気疲れをして、自分の教室に戻った。
朝からこんなのは、勘弁してほしい。
大きく溜息をついて自分の席に戻ると、ちょうど茜ちゃんが登校してきたところだった。
私の席まできて挨拶をしてくれた彼女は、今日も元気だ。
松宮 茜:
「おはよー、羽鳥!」
羽鳥 梢:
「……おはよう、茜ちゃん」
松宮 茜:
「あれ? 元気ない?」
できるなら茜ちゃんの元気を分けてほしい。
それぐらい今の私は、精神的ダメージを受けている。
そんな私の隣の席では、めずらしく堂本くんがもう登校して座っていたが、やはり彼は机に突っ伏して寝ていたのだった。
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愛だの恋だの
(4)「不安」
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松宮 茜:
「へー、そんなことがあったんだ」
ひと通り、茜ちゃんに愚痴をこぼした私はうなだれた。
どうやら今回の噂、そこまで広まってはいないようだ。
というか、先輩が先に知ってたってのもおかしな話だ。
羽鳥 梢:
「もう、勘弁してほしいよ」
はぁ、と息を吐く。
するとまたしても、隣の堂本くんが口をはさんできた。
堂本 信広:
「面白いことになってんなぁ」
ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべて、顔をあげている。
狸寝入りのうえ聞き耳を立ててたなんて、嫌なやつ!
羽鳥 梢:
「面白くなんかないよっ」
夏休みの件でせっかく見直したのに、すっかり意地の悪い顔に戻っている堂本くん。
茜ちゃんも、しかめっ面をそんな彼に向けていた。
しかし、当の本人はどこ吹く風のように言葉を続ける。
堂本 信広:
「お前はさ、誤解されやすいんだよ」
羽鳥 梢:
「え?」
思いがけない言葉に、ドキッとした。
私が誤解されやすい……? 何で?
堂本 信広:
「男女関係なく接しててさ。しゃべる距離も、ちけーし」
堂本 信広:
「八方美人ないい子ちゃんは、嫌われるんだぜ」
羽鳥 梢:
「……っ」
ズキンと心が痛んだ。
まさかそんなふうに指摘されるなんて、思ってもみなかったから。
距離が近い?
八方美人?
私……みんなからそんなふうに思われていたの?
──嫌われてるの?
以前、堂本くんが橋の下で、私を嫌いだと言い放ったことを思い出していた。
いつもなら言い返すだろう私が、口をつぐんだからだろうか。
茜ちゃんが慌てて、苦手であるはずの堂本くんに怒ってくれた。
松宮 茜:
「ちょっと堂本! あんたいい加減なこと言わないでよ!」
松宮 茜:
「羽鳥、私は羽鳥のこと大好きだからね!? こんなやつの言うこと真に受けちゃダメだよっ」
羽鳥 梢:
「茜ちゃん……」
美羽といいるりといい、私は本当に友達に恵まれている。
ようやく笑みがこぼれて、茜ちゃんがホッとした。
隣の堂本くんは小さく「ふん」と言って席を立つ。
そんな彼を、茜ちゃんは睨んでいる。
松宮 茜:
「あんた、謝りなよ」
堂本 信広:
「何でだよ。便所くらい行かせろよ」
そう言って堂本くんが後ろを向く瞬間、彼の鋭い目と合って、私はぐっと小さく息を飲んだ。
堂本くんは始業前だというのに、トイレへと行ってしまった。
もしかしたら、ただ単に私のそばに居づらくなったのかもしれない。
少しだけ冷たい背中を見送った私の横で、今度は茜ちゃんが溜息をついた。
松宮 茜:
「はぁ……、あいつ本当に性格悪いっ」
羽鳥 梢:
「……口は悪いね」
松宮 茜:
「口も、だよ! 羽鳥、変なかばい方するなよー」
茜ちゃんは、やれやれと手にあごをのっけて少し変な顔をした。
松宮 茜:
「でもあいつ、羽鳥のことをよく見てんのね」
羽鳥 梢:
「へ?」
松宮 茜:
「実際、羽鳥って話すとき距離近いしさ」
羽鳥 梢:
「! そ、そうなの!?」
慌てた私に、茜ちゃんはバツが悪そうに笑う。
松宮 茜:
「1年の時、小池くんとしゃべってる羽鳥見て、ちょっとドキドキしたもん」
羽鳥 梢:
「え、うそ、ごめん!?」
ここで謝るのは変かもしれないが、テンパっていた私はつい言ってしまう。
松宮 茜:
「ううん。私は羽鳥のことよく知ってるし」
松宮 茜:
「……てか、勝手にヤキモチとかの方が、ひどいよね」
茜ちゃんは小さく眉を下げて、恥ずかしそうに笑う。
それは、小池くんを好きになってからよく見かけるようになった茜ちゃんの表情で、そんなときばかりは彼女も「活発な女の子」から「恋する乙女」になってしまう。
少しだけ鈍い痛みが、胸をついた。
羽鳥 梢:
「……」
その痛みの正体もわからぬまま、始業のチャイムが鳴る。
授業が始まってから戻ってきた堂本くんは、軽く先生に叱られていた。
・ ・ ・
2学期の期末テスト期間が、近づいていた。
部活動もなくなる期間に入り、授業が終わった生徒たちは、早く帰ろうと帰路へ向かう。勉強するかどうかは別として。
そんな中、日直の仕事をしていた私は、日誌を職員室に届けていて遅くなった。
もう1人の日直は隣の席の堂本くんなのに、彼はさっさと帰っている。
羽鳥 梢:
(もー、あの不良め!)
なんて到底本人には言えない悪態を心でつく。
そして、1階の渡り廊下を歩いているときだった。
羽鳥 梢:
(……ん? 何の音?)
物音が聞こえた。
何かが壁に当たる音と、靴で砂を削るような音。
それは、近くの体育館裏から響いていて、気になった私は音のする方へ向かった。
するとそこに、茜ちゃんの片想いの相手の小池くんがいた。
制服の上着と荷物を、片隅に乱雑に置いて、壁に向けてサッカーボールを蹴っている。
鮮やかに1人で、パスとキャッチを繰り返していた。
羽鳥 梢:
(なんでこんな所で……)
今日から部活動は、すべて休みになるはずだ。
それなのに、彼は1人こんな場所でサッカーボールと遊んでいる。
……遊んでいる?
そんな、お気楽そうには見えなかった。
だってサッカーボールを見つめている小池くんの表情は、なんか──。
小池 隼人:
「……っくそ!」
羽鳥 梢:
「!?」
急に小池くんが、らしからぬ言葉を吐いてサッカーボールを強く壁に蹴りつけた。
それは変な方向に弾け飛び、こちらに向かう。
羽鳥 梢:
「ひゃあ!」
小池 隼人:
「!?」
思わず出てしまった私の悲鳴に、小池くんが振り向く。
サッカーボールは私の足元でバウンドして、近くの草むらに沈んだ。
小池 隼人:
「え、羽鳥さん!? 大丈夫!?」
羽鳥 梢:
「う、うん」
当たってはいなかった。
私は草むらからサッカーボールを拾い上げると、小池くんに渡した。
羽鳥 梢:
「こんな所で、サッカー練習?」
小池 隼人:
「……うん」
小池くんは、少しだけ気まずそうに受け取る。
そのサッカーボールは傷だらけで、学校のものではなさそうに見えた。
いつも元気に笑っている小池くんなのに、今の彼は、どこか悩ましげにうつむいている。
そんな表情を見ていると、おせっかいな私は気になってしまう。
羽鳥 梢:
(……いや、今は大中小トリオは、私の鬼門だ!)
また、あらぬ誤解をされては困る!
そう考えた──なのに。
小池 隼人:
「……変なとこ、見られちゃったな」
小さく呟いた小池くんが、あまりにも弱々しく見えて。
捨てられた子犬みたいで。
羽鳥 梢:
「……」
羽鳥 梢:
「……どうしたの?」
ああ。
よせばいいのに、私はそう聞いてしまったんだ。
◇ 続く ◇




