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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.31 愛だの恋だの(3)「困惑」

 桑原先輩:

「あなたが、羽鳥梢ちゃん?」


 羽鳥 梢:

「え?」


 羽鳥 梢:

「……は、はい。そうですけど」


 見知らぬ女の先輩に教室前で呼び止められて、思わず立ち止まる。

 こんな美人な先輩、私話したことあったっけ?

 なんて考えていたら。


 桑原先輩:

「そう、あなたが……」


 その先輩は小さく言うと、じろじろと私を上から下まで、品定めのように見てきた。

 い、一体何なの?


 桑原先輩:

「……まさかのダークホースよ!」


 羽鳥 梢:

「へ?」


 先輩は私にビシッと指をさすと、腰に手を当て言い放った。


 桑原先輩:

「中曽根くんをるりちゃんから奪っていいのは、私だけなんだから!」


 羽鳥 梢:

「……へ!?」


 一瞬、思考回路が停止する。

 中曽根をるりから奪う……?


 羽鳥 梢:

(え、えぇ~~!?)


 何を言ってるのこの人!?


 戸惑った私の口の端っこが、慣れないようにひくついた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 愛だの恋だの

(3)「困惑」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 口をポカンと開けた私をおかまいなしに、目の前の先輩は言葉を続ける。


 桑原先輩:

「噂になってるのよ! あなたが中曽根くんの第2の彼女だって!」


 羽鳥 梢:

「第2の彼女~?」


 彼女に1も2もあるかい! とツッコミたくなる。

 ていうか!


 羽鳥 梢:

「そ、そんな噂が立ってるんですか!?」


 慌てて私は、先輩に逆に詰め寄った。

 デジャヴを感じるこの展開に、いやな冷や汗が流れてきそうだ。


 桑原先輩:

「そうよ! 最近聞いたんだからっ」


 羽鳥 梢:

「誰からです?」


 桑原先輩:

「えーと、うーん。……あれ、誰だったかな」


 もう! あやふやな情報で責めないでほしい!


 でも気になったのは、るりだ。

 こんな噂、もしるりが聞いていたら……!


 先日の、美羽に誤解されたときを思い出す。

 またあんなふうに、友達とゴタゴタするなんて嫌だよ!


 焦る気持ちを抑えて、るりの教室へと向かった。

 その背後で先輩が「あ、ちょっと!」と呼び止める声も聞こえたけれど、そんなのは無視だ。


 るり、こんな噂、信じないで──!



 ・   ・   ・



 戸田 るり:

「え、信じてないよ?」


 羽鳥 梢:

「…………」


 ハァハァと、息を整える私の前で、るりはあっけらかんとそう答えた。


 始業前の2年1組に飛び込むなり「中曽根との噂はでたらめだから、信じないでね!」と叫んだ私に対して、るりは落ち着いていた。

 それどころか、焦る私を見て小さく笑う。


 戸田 るり:

「梢ちゃんがそんなに焦ってるところ、久しぶりに見た」


 なんてことまで言う。

 安心した私は、へなへなと脱力した体をるりの机に預けた。


 羽鳥 梢:

「笑い事じゃないよ~。なんか、変な先輩に責められるしさぁ」


 戸田 るり:

「あ、もしかして桑原先輩かな」


 心当たりがあるのか、るりはそう呟く。

「美人な女の先輩?」と聞かれたのでうなずくと、るりは苦笑した。


 戸田 るり:

「私もその先輩から聞いたんだよ、梢ちゃんの噂」


 戸田 るり:

「でも、梢ちゃんと悠のことなら昔から知ってるからさ。本当じゃないって、すぐにわかったよ」


 うう、私の友達は天使だらけだ。

 少しだけうるっとした私に、るりは可愛く首をかしげる。


 戸田 るり:

「でも、何で今さらそんな噂が立ったんだろうね? 悠と梢ちゃん、前からよく話してたのに」


 羽鳥 梢:

「わかんないよ。こないだも、大谷との変な噂聞いたし……」


 そのことまでは、るりも知らなかったらしい。

 説明をすると「それは大変だったねぇ」なんてのん気に言った。

 さすが親友で幼馴染み。私のことをよくわかっている。


 戸田 るり:

「でもさ。梢ちゃんに恋愛の噂が立つなんて、めずらしいね」


 戸田 るり:

「梢ちゃんて、今まで好きな人とかいなかったの?」


 羽鳥 梢:

「いないよ、そんなの」


 るりが期待するような色恋話は、私にはまだない。

 小さく「ちぇー、そうなんだ」なんてるりは言うけど、ないものはないのだから仕方がない。


 唇を尖らせて私の返答にがっかりしているるり。可愛くなったな、なんてぼんやり思う。

 昔から可愛かったけど、中曽根に恋をしてから、るりはますます可愛くなった気がする。

 付き合ってからはさらに、だ。

 恋は女の子をキレイにする、なんて使い古された言い回しも、るりを見ていたら本当にそうかも、なんて思っちゃう。

 でも、私にはやっぱり恋愛はほど遠い。


 羽鳥 梢:

「あーあ、何で立て続けに、こんな噂になるかなぁ」


 ぼやいた私に。


 戸田 るり:

「不思議だねぇ」


 なんて、るりはのん気につぶやく。

 とりあえず、るりに誤解されていなかったことに安心して、私は自分の教室に戻ることにした。


 ただ、廊下ですれ違う子たちの視線が気になる。

 みんなが、あの変な噂を信じてないといいなと、少しだけ気落ちして歩いたのだった。




 ◇ 続く ◇

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