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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.31 愛だの恋だの(1)「発端」

 恋愛になど、興味はない。

 それよりも友達と遊んでいる方が楽しいし、本でたくさんの物語と出会う方がドキドキする。


 それなのに、中学生となったとたん、まわりは恋愛だらけ。

 あの子がカッコいい、あの2人は怪しい、好みのタイプはどーたらこーたら。

 恋愛の何が楽しいんだろう。


 羽鳥梢、14歳。

 恋をしたことはまだ──ない。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 愛だの恋だの

(1)「発端」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 日曜日、お昼過ぎのショッピングモール。

 専門店が並ぶエリアで、妹の芽衣と歩いていたら、意外な人物と出会った。


 羽鳥 梢:

「あれ、大谷じゃん」


 大谷 圭介:

「お、羽鳥。偶然だな」


 同級生の大谷と、ばったり出くわした。

 友達の美羽の彼氏である大谷は、小学校も同じでよく知っている。

 昔から背が高かった彼は、今では180センチ近い長身となっており、そんな大谷にまだ幼稚園児である芽衣は怯えたのか、私にひっついた。


 大谷 圭介:

「お、芽衣ちゃん。こんにちは」


 芽衣:

「こ……こにちはっ」


 芽衣はビクッとなりながらも、小さくちゃんと返事をした。


 うーん、うちは姉妹だからか、年上の男の子への免疫がないようだ。

 いや、大谷がでかすぎるからなのか。

 大谷はビビられることに慣れているのか、苦笑してこっちを向いた。


 大谷 圭介:

「羽鳥、2人で買い物来てんの?」


 羽鳥 梢:

「ううん、お母さんの買い物待ち」


 芽衣がいると、なかなかゆっくり買い物ができない。そんなお母さんのために、たまにこうして芽衣とブラブラしながら待つことがあった。

 今はキッズコーナーに、向かおうとしているところだ。


 羽鳥 梢:

「大谷は1人で買い物?」


 大谷 圭介:

「おう! じつはさー」


 そこでデレッと、大谷の顔が崩れた。


 大谷 圭介:

「もうすぐ、望月の誕生日じゃん? プレゼント、何がいいかなーって」


 普通、男子なら恥ずかしがりそうなことも、大谷は臆面もなく嬉しそうに言う。

 たしかにあと2週間後に、美羽の誕生日が控えていた。

 じつは私も、もうプレゼントを用意していたりする。


 羽鳥 梢:

「へえ、いい彼氏だねぇ」


 大谷 圭介:

「へっへーん、だろだろ」


 大谷 圭介:

「あ、でもこのこと、望月には内緒な! 俺、誕生日知らないフリしてんだよ」


 羽鳥 梢:

「へ? 何でそんなこと」


 大谷 圭介:

「そりゃあサプライズよ! 驚かせてやりたいじゃん」


 なぜかそこで、ふんぞり返る大谷。

 すると、大谷の方から何やら不思議な香りがして私の鼻をくすぐった。


 羽鳥 梢:

(……ん?)


 それは、どこかで嗅いだことがあるような、不思議と懐かしい香りだ。

 クンクン、と思わず大谷の近くに寄る。


 大谷 圭介:

「へ? 何だよ羽鳥?」


 羽鳥 梢:

「大谷……あんたなんか、匂う」


 大谷 圭介:

「ええ!?」


 大谷は慌てて、自分の腕やら服やらの匂いを嗅ぐ。

 すると、さらに強くなる香り。

 隣の芽衣が目に入って「あ」と思い出した。


 羽鳥 梢:

「……赤ちゃんの匂い?」


 昔、芽衣がまだ生まれたばかりの頃を思い出した。

 甘いような乳くさいような、少しむわんと感じるその香り。

 それは、生まれたばかりの赤ちゃんの匂いだった。


 大谷 圭介:

「あ、俺んとこ、弟が生まれたばっかなんだよ!」


 大谷に年の離れた兄弟ができる。

 そういえばそんな話を、美羽から聞いてたな。


 大谷 圭介:

「最近、母ちゃんと一緒に退院したばっかでさ」


 大谷 圭介:

「出る前に抱っこしたせいかなー。そんな匂うんだ」


 クンクンと、自身の匂いを嗅ぐ大谷。

 そんな彼を見上げて、つい笑ってしまう。


 羽鳥 梢:

「いいお兄ちゃん、してるじゃん」


 大谷 圭介:

「おう、俺はいい彼氏で、いい兄ちゃんなんだよ」


 そこんとこ望月によーく言い聞かせといてくれよ、なんて大谷は言う。

 別に私から言わなくても、美羽は十分そう思っていると思うけどねぇ。


 なんて考えたけど、目の前の大谷があまりに真剣だったから、苦笑してうなずく。

 そして、たわいない会話をして、すぐに大谷とは別れた。


──これが、事の発端だったのである。



 ・   ・   ・



 数日後、変な顔をした美羽が、私のクラスに来た。


 望月 美羽:

「こ、梢ちゃん……正直に、答えて!」


 羽鳥 梢:

「どうしたの、美羽?」


 私の席の前に立ち、小さな美羽はチワワみたいにプルプル震えている。

 泣くのを我慢しているみたいな顔だから、心配になる。


 望月 美羽:

「日曜日、大谷くんと会ってた!?」


 羽鳥 梢:

「へ、大谷?」


 そして、すぐに日曜日のショッピングモールのことを思い出した。


 羽鳥 梢:

「ああ、うん。会ったよ」


 偶然だけど、と付け加えようとしたのに、美羽が変な顔をするもんだから言えなかった。


 望月 美羽:

「ふぇ!」


 へにゃん、なんて崩れた表情は、情けなくて可愛い。

 そして美羽は、困った顔をしてうなだれた。


 望月 美羽:

「やっぱり大谷くん嘘ついてたー! 会ってないって言ったのにー!」


 羽鳥 梢:

「へ?」


 そしてさらに美羽は、とんでもないことを言う。


 望月 美羽:

「なんか今ね、変な噂を聞いちゃったの」


 望月 美羽:

「大谷くんと梢ちゃんが、デートしてたって。ラブラブに寄り添ってたって」


 羽鳥 梢:

「!?」


 望月 美羽:

「梢ちゃん……嘘だよね!?」


 羽鳥 梢:

「あ、当たり前でしょー! 」


 何、何、何なの!?

 そのとんでもない噂は!


 慌てた私は、思わず大声を張り上げる。

 その声がうるさかったのだろう。

 最近、隣の席になった金田くん改め堂本くんが、寝ていた上半身をかすかに揺らした。




 ◇ 続く ◇

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