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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.28 シュガー・アンド・スパイス(6・終)「女の子は知っている」

 飯田 詩音:

「茉莉、これもらっていってね」


 パーティーの終わり。

 そう言って詩音ちゃんが渡してくれたのは、白うさぎの仮装のときに使わせてもらった懐中時計だった。


 アンティークのそれは、シャラリとチェーンをなびかせて私の手に落ちる。

 少しだけ、くすんだゴールド。

 年月が、その色に染みこんでいるみたいだった。


 早乙女 茉莉:

「……ありがとう」


 受け取ったそれを、ぎゅっと握る。

 私、詩音ちゃんに与えられてばかりだ。

 楽しかった思い出も、他の子と仲良くする勇気も、笑い合えた時間も。

 いつだって私は、もらってばかり。


 早乙女 茉莉:

(私も……詩音ちゃんに何かしたいな)


 寂しい気持ちをぐっと抑えながら、私は思った。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 シュガー・アンド・スパイス

(6)「女の子は知っている」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 11月の教室の片隅。

 私は、るりちゃんの席の前に座って、眉間に思いきりシワを寄せていた。


 早乙女 茉莉:

「むむむむ……」


 早乙女 茉莉:

「む、難しい!」


 戸田 るり:

「えっとね、そこはこうするんだよ」


 見かねたるりちゃんが手を伸ばして、不器用な私の手元を誘導してくれた。

 私の指先に摘まれていた針と糸が、さっきとは違いすいすいと器用に泳ぎだす。


 早乙女 茉莉:

「あ、こうするのか」


 戸田 るり:

「そうそう、上手い上手い」


 上手いのは、るりちゃんの教え方だ。

 さすがは家庭科部。料理やお菓子だけでなく、裁縫もお手のものなるりちゃんに、私は頼りっぱなしだ。


 詩音ちゃんに、何かを贈りたい。

 そう考えた私は、詩音ちゃんに手作りのテディベアを作ることにした。

 詩音ちゃんは、くまのキャラクターやテディベアが大好きだったからだ。

 私なんかの手作りじゃ、見劣りするかもしれないけれど。

 でも、気持ちを込めて何かを贈りたかった。


 早乙女 茉莉:

「詩音ちゃん、喜んでくれるかなぁ」


 戸田 るり:

「もちろんだよ。頑張って、冬休み前に仕上げようね!」


 早乙女 茉莉:

「……うんっ」


 とその時、見知った顔がるりちゃんの背後に現れる。

 るりちゃんの彼氏の、中曽根くんだった。


 中曽根 悠:

「ぬいぐるみ作り?」


 戸田 るり:

「わっ、悠? びっくりした」


 背後から突然声をかけられたるりちゃんは、驚いて振り返った。

 後ろに立った中曽根くんは、英語の教科書を持っている。


 中曽根 悠:

「これ、サンキュー。返しにきた」


 ほい、と渡されたそれを、るりちゃんは受け取る。

 中曽根くんは忘れん坊らしく、るりちゃんのところによく物を借りにくる。


 戸田 るり:

「あ、よかった。今日、英語あるから取りに行こうかと思ってたんだ」


 2人がそんなやり取りをしている横で、私はまた「むむむ」と、眉間にしわを寄せながら針を扱っていたのであった。



 ・   ・   ・



 英語教師:

「マザーグースは、英語圏での童謡ですね。今日はいくつかの曲を紹介しましょう」


 英語教師がプリントを配っていく。

 それを私は受け取って、また後ろの人にまわす。

 でも私の頭の中には、詩音ちゃんへのテディベアがちゃんと完成できるかなぁ、なんてことしか浮かんでいなかった。

 たぶん、完成には間に合うはず……!


 早乙女 茉莉:

(完成したら、あのブルーリボンをテディベアにつけてあげよう)


 リレーメンバーだけが持っている、お揃いのブルーリボン。

 私のリボンはハサミで切ってしまったせいで、2つに分かれている。

 今は結んであるそれを解いて、1つを詩音ちゃんへのテディベアにつけてあげよう、なんて考えた。

 詩音ちゃん、喜んでくれるといいな。


 そんな私の耳には、先生が話す英語が音楽のように流れていく。

 留学経験が長かったという先生の英語は、とても流暢。聞いていて心地いい。


 英語教師:

「──で、この『Sugar and spice』は、女の子の特徴を表しています」


 ふと、そんな先生の言葉が私の意識を向けさせた。


 英語教師:

「シュガーアンドスパイス。砂糖と香辛料……つまり、甘さと辛さってところですね」


 早乙女 茉莉:

「……」


 先生のその言葉に、先日のハロウィンパーティーを思い出す。


 まるで、砂糖菓子のようだった、あの楽しかった時間。

 でもそれは今思い出すと、ちょっぴり切ない気持ちも思い出させる。


 それはきっと、わかっているから。

 あの楽しかった時間は、あの時にしか体験できなかったものだと、わかっているから。


 だからきっと、女の子たちはその限られた時間の中で楽しもうと頑張る。

 息つく暇もなくおしゃべりを楽しむ。


 お菓子と素敵なもの、そして、大好きな友達に囲まれながら。

 もうその時間が戻らないことを、無意識に知っているから。


 砂糖とスパイス。

 そしてステキなものたち。

 そういったもので、女の子はできている。


 甘くないだけのその歌を、私は小さく口ずさんだ。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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