Ep.28 シュガー・アンド・スパイス(5)「なみだスパイス」
アリスがちゃんと夢から覚めたように、どんなものにも終わりは来る。
楽しかった、みんなとのハロウィンパーティー。
お菓子を食べてお喋りしただけの名ばかりハロウィンだったけれど、とっても楽しい時間だった。
私は白うさぎのように、時計を気にする。
小物として持たせてもらったアンティークの懐中時計は、しっかり今の時刻を刻んでいた。
もうすぐ夕方。
パーティーの終わりが、近づいていた。
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シュガー・アンド・スパイス
(5)「なみだスパイス」
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飯田 詩音:
「さてと」
飯田 詩音:
「じゃあそろそろ、お開きかなー」
おしゃべりに撮影会も楽しんで、すっかりパーティーを楽しんだ私たち。
詩音ちゃんのその声かけに、みんなはハッとしたように時間を確認した。
松宮 茜:
「うわ、もうこんな時間だったんだ」
望月 美羽:
「全然気づかなかった! 楽しかったー」
戸田 るり:
「うん、楽しかった!」
みんな満足したように笑っている。
私も楽しかった。
でも、やっぱりもう終わっちゃうんだな、と思うとちょっぴり寂しい。
早乙女 茉莉:
「あーあ、もうおしまいかぁ」
ちょっと本音をこぼしてしまった私に。
羽鳥 梢:
「また、みんなで集まりたいね」
梢ちゃんは優しく声をかけてくれた。
へへ。前もこんなことがあったな。
去年の400メートルリレー走のときに、お揃いのリボンをハサミで誤って切ってしまった私。
そのとき梢ちゃんは、また結べばいいんだよ、とリボンを可愛らしく蝶々結びしてくれた。
あのときのリボンは、今でも大事に、机の引き出しに眠っている。
そんな会話を各々していた私たち。
主催者である詩音ちゃんが、ふと、小さく喉を鳴らしてみんなに声をかけた。
飯田 詩音:
「あのね、今日着た衣装とか小道具、よかったらもらってって!」
その突然の発言に、みんなが目を丸くする。
戸田 るり:
「ええ!? そんなの悪いよ!」
羽鳥 梢:
「もらえないよ、こんな高そうなの」
飯田 詩音:
「いいのいいの、気にしないで。どうせ、おばあちゃんの会社のサンプル商品とかだから」
あはは、と笑う詩音ちゃん。
そしてその後にあっさりと、とんでもないことを言った。
飯田 詩音:
「私、冬休みになったら転校するんだ」
早乙女 茉莉:
「……え?」
転校?
その言葉に、みんなの視線が詩音ちゃんに集まった。
私の心臓は、少しずつ早く打ち始める。
飯田 詩音:
「親の海外転勤についていくことになったんだ。イタリアなんだけど」
松宮 茜:
「イ、イタリア!?」
茜ちゃんが声を張り上げた。
そんな、転校だけでもショックなのに、海外だなんて……!
動揺する私をよそに、詩音ちゃんはみんなに向けて言葉を続ける。
笑顔を浮かべて。でもどこか少しだけ、切なそうに。
飯田 詩音:
「だから、もらって欲しいの。仲良くしてくれたお礼にさ」
早乙女 茉莉:
(詩音……ちゃん……)
もしかして。
もしかして、このためのパーティーだったの?
思い出作りの、お別れをするためのパーティーだったの?
唇をぐっと噛みしめる。
嫌だ。
嫌だ。
そんなの、嫌だよ──詩音ちゃん!
早乙女 茉莉:
「…………やだよ…… 」
飯田 詩音:
「!」
早乙女 茉莉:
「やだよ詩音ちゃん……」
早乙女 茉莉:
「行っちゃやだ!!」
飯田 詩音:
「ま、茉莉……」
気がつけば私の目からは、大量の涙があふれていて、止めることなんてできなかった。
ボロボロと落ちる涙を何度拭っても、悲しみと寂しさが後からどんどんやってきて、涙を目から押し出していく。
嫌だ。
詩音ちゃん、海外になんて行かないで。
だって詩音ちゃんは、いつだって私を明るい気持ちにさせてくれた。
暗くて言葉数の少ない私と仲良くしてくれて、素敵な時間を一緒に過ごしてくれたのに。
そうだよ。
2年生になってクラスが離れたときだって。
…………………………………
早乙女 茉莉:
「詩音ちゃんと茜ちゃんと、離れちゃった……」
クラス編成が貼り出された掲示板を見て、そううつむいた私に。
飯田 詩音:
「まあまあ、大丈夫だって!」
そう言って、励ましてくれた詩音ちゃん。
それでもなかなか元気の出なかった私に、詩音ちゃんはほら、と指さしてアドバイスをしてくれた。
飯田 詩音:
「同じクラスに、戸田るりちゃんがいるじゃん。あの子、梢ちゃんと仲良いし、きっと茉莉も仲良くなれるって!」
早乙女 茉莉:
「戸田さん?」
飯田 詩音:
「そ! 話しかけてみたら?」
そう言って「親離れそろそろしないとー」なんて茶化して、私の頭を撫でてくれたんだ。
…………………………………
どうして今、そんなことを思い出すんだろう。
でも詩音ちゃんはいつだって、そんなふうに私を見守っていてくれたんだ。
私はなかなか人と打ち解けたり、理解してもらうことが苦手だから。
詩音ちゃんや茜ちゃんの後ろに隠れがちな私を、いつだって心配そうに引っ張り出してくれていた。
それは、あのリレーで一緒になったときから変わらない、詩音ちゃんの優しさ。
そんな詩音ちゃんが、私は大好きだった。
早乙女 茉莉:
「詩音ちゃんと、離れたくないよぉ……」
飯田 詩音:
「茉莉……」
飯田 詩音:
「……そ、そんなの私だって……」
詩音ちゃんの眉毛も、下がりそうになる。
でもそれを、彼女は慌ててキリッとさせて「あーもう!」と、腰に手を当てて声をあげた。
飯田 詩音:
「これだから、茉莉に言うのは心配だったんだよ! こういう反応するってわかるからさー!」
早乙女 茉莉:
「ふぇ……」
──詩音ちゃん、怒っちゃった?
少しだけビクッとした私を、詩音ちゃんは引き寄せてぎゅっと抱きしめてくれた。
飯田 詩音:
「バカ茉莉、あんたはもう、私がいなくても大丈夫よ!」
そうして茜ちゃんたちに視線を向ける。
飯田 詩音:
「茜、梢ちゃん、茉莉をよろしく頼むよ!」
松宮 茜:
「……任せてよ!」
羽鳥 梢:
「もちろん!」
2人がそう答えると、詩音ちゃんは次に、るりちゃんたちに視線を向けた。
飯田 詩音:
「るりちゃん、同じクラスだから茉莉をよろしくね!」
戸田 るり:
「うん! こちらこそ、だよ」
飯田 詩音:
「美羽ちゃん、茉莉も恋したら、そんときはよろしく!」
望月 美羽:
「任せてっ!」
早乙女 茉莉:
「ふぇ……」
な、なんか私のためのお別れ会になっているような……。
急に恥ずかしくなって、ようやく止まった涙を拭いて詩音ちゃんと向き合った。
詩音ちゃんは私が泣き止んだことを確認すると、ホッとしたように笑ってくれる。
飯田 詩音:
「茉莉、うさぎの目みたいに真っ赤」
早乙女 茉莉:
「!」
その言葉を見計らったかのように、カチューシャのうさぎ耳がぺこんと垂れた。
あまりのタイミングに、私と詩音ちゃんは目を合わせて笑った。
詩音ちゃん。
詩音ちゃん。
本当に行っちゃうんだね。
遠い場所に、引っ越しちゃうんだね。
あんなに甘やかだった砂糖菓子のような時間は、寂しさの涙でちょっぴりスパイシーになる。
気がつけば、窓の外は赤と青のグラデーション。
もうパーティーの時間は、終わりを告げたんだ。
◇ 続く ◇




