Ep.27 感情パレット(3)「猛と沙都子」
当時中学2年生だった俺は、彼女に誘われて手料理を食べさせてもらえることになった。
何だって、そんなことになったんだろうな。
たぶんきっと、彼女も俺を放ってはおけなかったのだろう。
今の俺が、堂本くんにかまってしまうように。
幼い人生の後輩に、何かを与えたいと考えたのだ。
彼女は、父親と母親の3人暮らしだった。
そんな中に連れてこられた俺は、ぎこちなく一緒に食事をする。
「どう? 美味しい?」
最近手料理にはまっているんだ、と屈託無く彼女は笑う。
彼女の両親も、穏やかな笑みを向けて俺の言葉を待っていた。
神林 猛(中2):
「……まずくはない」
捻くれていた俺には、それだけしか言えなかった。
でもきっとそれも、当時の俺にとっては最上級の誉め言葉だ。
彼女はきっと、それに気づいていた。
嬉しそうに、彼女──沙都子は笑った。
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感情パレット
(3)「猛と沙都子」
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それからたびたび、沙都子の家へ食事をしに行った。
俺の両親は当時、仕事に追われていつも夜が遅かった。
それは小さい頃から当たり前のことだったし、1人で食べることにも、既製品の食事にも慣れていた。
慣れていた、はずだった。
沙都子に誘われ、この食卓を知るまでは。
沙都子の母親:
「猛くんは、美味しそうに食べるわねぇ」
彼女の母親が、目を細めて俺に言う。
神林 猛(中2):
「そう?」
食べているところなんて、他人にまじまじと見られたことのない俺は、ちょっと恥ずかしくなる。
隣に座る彼女の父親が、言葉を引き継いだ。
沙都子の父親:
「うちは女の子だからなぁ! 猛くんと食事ができて嬉しいよ」
神林 猛(中2):
「………!」
ぐっと食べ物が、喉につっかえた。
慌ててお茶を流し込むと、ゴホゴホと咳を立てる。
神林 猛(中2):
「急に変なこと言うなよな!」
沙都子の父親:
「はっはっはっ、照れるな照れるな」
そんな俺のもとに、沙都子がよそったおかわりの白米茶碗を、目の前に置いてくれる。
沙都子 :
「はいどうぞ。よく食べるねぇ」
神林 猛(中2):
「タダ飯だからな。遠慮はしねーぜ」
気がつけば俺も、減らず口を叩けるようになっていた。
他人と囲む不思議なこの食卓。
それが案外、俺は気に入っていた。
飯を食う。
ただそれだけの行為なのに、そこに人がいるだけで、こうも違うなんて思いもしなかった。
安らげる相手と食べる食事は、心も満たしてくれる。
それをこの頃に知ることができた俺はきっと、幸せだった。
でも。
変化のないものなんて、この世にはきっとないのだろう。
そのことも俺は知ったのだ。
それは俺が、中学3年生となった頃の、ある土曜日。
買い出しのためスーパーへ向かう沙都子に付き添ったときのことだった。
彼女は買い物カゴに今日の食材を放り込みながら、とんでもないことをサラリと言いのける。
沙都子:
「私、結婚するんだ」
神林 猛(中3):
「え?」
俺の手にぶら下げているカゴに入れた鶏肉のパックを整えながら、彼女は照れたように言葉を続ける。
沙都子:
「ふふ〜、こないだプロポーズされたんだよね」
神林 猛(中3):
「あの、もみあげ男?」
沙都子:
「あんた、私の彼氏を悪く言うんじゃないの!」
別に見た目どおりに言っただけなのに、沙都子は憤慨している。
当時、沙都子には付き合って半年の彼氏がいた。出会いは合コンという、なんとも安っぽい恋愛から始まった2人の交際だ。
見せてもらったスマホに写る男は、やたらもみあげが長い猿のような男で、おそらく顔以外にいい部分があったのだろうとしか考えられないやつだった。
神林 猛(中3):
「早すぎない?」
沙都子:
「大人なら普通よ、フツー」
その言葉に少し、カチンとした。
何が大人だよ。
当時もう俺は、沙都子の身長をとっくに上回っていた。
彼女の食事のおかげか、あれからすくすくと伸びた俺の身長は、彼女を見下ろせるほどになった。
それなのに変わらない彼女の態度は、相変わらず俺が13歳年下の近所の子どもだと示している。
神林 猛(中3):
(沙都子が……結婚?)
沙都子が結婚をするということは、別の所帯を、家族を作るということだ。
あの優しかった、彼女の両親と彼女の食卓。
そこから彼女は、抜け出していくのか。
俺を置いて。
また1人にして。
神林 猛(中3):
「………っ」
なくなっていたはずの、燻っていた黒い感情が疼く。
気がつけば俺は、持っていた買い物かごを乱暴に床に置いた。
沙都子:
「……え?」
沙都子は俺の行動にびっくりして、こちらを見上げる。
俺も自分がどうしてそうしたのかわからず、ただ眉間にしわを寄せていた。
何だよ。
何なんだよ、この感情は。
苦しい。悔しい。
どうして結婚なんかするんだよ。
どうせ抜ける家族の輪に、どうして俺を引き込んだんだよ。
あんたは違う家族を作るっていうのに。
どうして俺を、引き込んだんだよ……!
神林 猛(中3):
「……俺」
神林 猛(中3):
「今日、飯いらねぇ」
沙都子:
「え?」
気がつけば、沙都子に背を向けてスーパーから飛び出していた。
彼女が追ってくる気配はなく、少し安心したと同時に寂しく思った。
その足は自然に、あのビルへと向かい、屋上に上がる。
エレベーターは使わずに、階段で駆け上がった。
飛び込んだ屋上の上には、まだ日が高い太陽。
さんさんと日光を、そこに照りつけていた。
◇ 続く ◇




