↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
PR
132/273

Ep.27 感情パレット(1)「思い出す」

 目の前の店長が、にこりと笑った。


 店長:

「神林くん、お疲れ様!」


 そう言ってポン、と柔らかく肩を叩いてくれる。


 神林:

「今までありがとうございました」


 俺は小さく頭を下げた。

 手には自分のカバンの他に、今日もらったバイト仲間からのプレゼントが入った紙袋を持っている。


 店長:

「送別会の場所、またあらためて連絡するね」


 神林:

「ありがとうございます。こんな俺のために」


 店長:

「なーに言ってんの、こっちこそギリギリまで引き留めて悪かったね」


 店長:

「受験勉強、頑張って」


 神林:

「はい」


 少し背筋を伸ばして答える。

 俺の名前は、神林猛《かんばやし たける》。大学受験を控える18歳だ。

 高校生になってから始めた、近所の大きな本屋のアルバイト。

 その最終日を今日、迎えていた。

 最近は勉強のためバイト日も少なくなっていたが、いよいよ今日で最後。

 店長は人のよさそうな笑顔を浮かべて、そんな俺をねぎらってくれた。


 神林 猛:

「本当に、ありがとうございました!」


 あらためてもう一度お礼を述べて、慣れ親しんだその店をあとにした。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 感情パレット

(1)「思い出す」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 帰る頃には夕日が落ちて、辺りがオレンジ色に染められる。

 近所のスーパーやコンビニが並ぶ道路を歩いているとき、俺はふと、前方を歩く人物を気にした。


 神林 猛:

(へえ、学ランでスーパーの帰りね)


 数メートル先に、スーパーから出たばかりの男子生徒の後ろ姿があった。

 その背丈からして、おそらく中学生だろう。

 やたら黒く見える髪の毛が、秋の風に揺れて、ガサゴソと慣れないようにスーパーの袋を揺らしていた。


 ほんの少しの既視感。

 そして俺は、その後ろ姿に見覚えがあることに気がついた。


 神林 猛:

(え、あれって、もしかして)


 少し早足でその少年に近づき、追い越しついでにその顔を覗き見る。


 神林 猛:

「あ、やっぱりお前か!」


 堂本 信広:

「!」


 それは、近所に住むちょっとした知り合いの少年だった。


 6月に俺のバイト先で万引き犯と間違えられ、8月には高校生とケンカをしていた問題児。

 名前はたしか。


 神林 猛:

「金田くん、髪染めたの?」


 堂本 信広:

「あんた……」


 目を丸くしたその子は、足を止めて俺を見た。

 夏に小麦のように金色だったその髪が、黒く染められていて金田くんに年相応の幼さを与えている。


 神林 猛:

「神林だよ」


 堂本 信広:

「知ってるよ」


 彼は、相変わらずの仏頂面で答えた。

 しかし、髪の色のせいだろうか。その印象は以前よりも、柔らかいような気がした。


 神林 猛:

「買い物帰り?」


 堂本 信広:

「それ以外、何に見えるんだよ」


 可愛げのない応対は、やはり変わってない。

 俺は苦笑して、隣に並んで歩き出す。彼も別段、それを嫌がるような顔はしなかった。


 神林 猛:

「金田くん、黒髪も似合うじゃん」


 笑ってそう言ったら、金田くんは少しだけうつむいてこちらを見た。


 堂本 信広:

「……もう金田じゃねぇ」


 神林 猛:

「え?」


 俺も目をそちらに向けたら、彼はフイと視線を外して前を見た。


 堂本 信広:

「今は堂本だ。親が離婚したんだ」


 神林 猛:

「! そうか……」


 思いがけずに無神経なことを言ってしまったらしい。


 ……いや、この場合、無神経だと思うことが無神経なのだろうか。

 親が離婚した。それで苗字が変わることは、別に悪いことでも何でもないのだから。


 俺は気を取り直して、彼が落ち込むことのないように笑った。


 神林 猛:

「いやー、金から銅か! メダルネーム続いたねぇ」


 堂本 信広:

「………」


 堂本 信広:

「あんたもかよ」


 そうつぶやいた堂本くんは、少しだけ苦笑した。

 俺にとっては、初めて見る彼の笑いだ。

 それが少しだけ嬉しく感じて、言葉を続ける。


 神林 猛:

「堂本くんは今日、おつかい?」


 堂本 信広:

「ん? ああ。母さんから帰りに買ってこいって言われてさ」


 神林 猛:

「………」


 彼の持っているスーパーの透明袋を、ちらりと見る。

 その中には醤油と砂糖が入っており、冷蔵のものはないようだった。


 神林 猛:

「なあ堂本くん、ちょっと時間ある?」


 堂本 信広:

「あ?」


 あるけど……と小さく言った彼に、俺は少しいたずらめいて笑う。


 神林 猛:

「ちょっと、いい場所があるんだ」


 この時、どうしてこの少年をそこに誘おうと思ったのかはわからなかった。

 ただ、夕焼けに染まった街と、ガサゴソと鳴るスーパーの袋が、俺にとあることを思い出させていた。


 思い出すのは、彼女の微笑み。

 俺よりも大人のくせに、ちょっと子どもっぽく笑う彼女の笑い声と、浮かぶえくぼ。

 それが今でも少しだけ、俺の胸を締めつける。



「ねぇ、誰かと一緒に食べる食事って、美味しいよね」



 無邪気にそう言って、俺に温かいご飯と空間を与えてくれた彼女。


 彼女はもう───この街にいない。




 ◇ 続く ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。