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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.26 背中の向こう側(10・終)「の笑顔」

 サッカー部の練習試合を見届けて、帰ることとなった。

 帰り支度をしている私に、井本くんが声をかける。


 井本:

「望月、大谷と帰ってやれよ」


 望月 美羽:

「へ?」


 井本:

「いや、さすがにあれで終わらせるのも忍びなくてな……せめて、一緒に帰ってやってくれ」


 サッカー部メンバーからキスの嵐を贈られた大谷くん。

 呆然とした大谷くんは今、水飲み場で顔を洗いにいっている。

 水飲み場へと向かう大谷くんの背中は、泣いているように見えた。


 望月 美羽:

「……」


 望月 美羽:

「そうだね!」


 そのことを思い出して、井本くんの提案を受け入れることにした。


 それにそう、私だって。

 大谷くんに伝えたいことが、あるんだから。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 背中の向こう側

(10)「の笑顔」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 さとみんたちに大谷くんの元へ向かうことを告げ、バイバイをした。


 戸田 るり:

「美羽、ちゃんと伝えられるといいね」


 望月 美羽:

「……うん!」


 るりっちにはもう、私が何をしようと考えているのか、わかっているみたいだった。

 マリリンも遠慮がちに「頑張って!」と言ってくれ、さとみんは優しく笑っている。

 桑原先輩は「あー、大谷くんも惜しかったなー」なんて言っていた。

 もう! やっぱりこの人は、要注意人物かも!



 ・   ・   ・



 水飲み場に着くと、大谷くんの大きな背中が見えた。

 1人で水飲み場の蛇口に頭ごと突っ込んで、浴びるように上から注ぐ水を浴びている。

 何度も、顔をバシャバシャ洗った。

 水道の上には私があげたピンクのタオルが置いてあって、少しだけ苦笑してしまう。


 望月 美羽:

「大谷くん、そこはシャワーじゃないよ?」


 大谷 圭介:

「! 望月!」


 私の声に、大谷くんは顔をあげた。

 すると水飛沫がこちらにまで飛んできたので、思わず「わっ」と悲鳴をあげる。


 大谷 圭介:

「ごめん! 水、かかっちまった!」


 大谷くんは慌てて、ピンクタオルで私の顔を拭いた。

 自分がびしょ濡れなのに、私の顔についた水滴を気にしてそうする大谷くんは、やっぱり優しい。

 拭いてくれたそのタオルは、ほのかに大谷くんの汗の匂いがして、ドキッとした。


 望月 美羽:

「私より大谷くんのが、びしょ濡れじゃない!」


 私はそう言って、顔に当てられたタオルを大谷くんの顔に押し返した。


 大谷くんが少しだけかがんでくれているおかげで、私でもゴシゴシと彼の頭を拭いてあげることができる。


 大谷 圭介:

「……へへ」


 大谷くんは嬉しそうに笑って。


 大谷 圭介:

「でも望月、ひどいよな」


 めずらしく、私をじとりと睨んだ。


 望月 美羽:

「え?」


 大谷 圭介:

「俺をあんな野郎地獄に突き落とすなんてよ……マジで悪夢だったぜ?」


 望月 美羽:

「あはは! 面白かったねー」


 大谷 圭介:

「俺は面白くない!」


 そう言って、すねたように大谷くんはプイッとそっぽを向いた。

 それを見て、私はちょっとドキドキする。


 望月 美羽:

「……だって、みんなの前じゃ嫌だったんだもん」


 わかってないな、大谷くん。

 好きな人へのキスを見世物になんてしたくない乙女心、わかんないかなぁ?


 大谷くんの首にかけたタオルを、小さく引っ張った。

 油断していた大谷くんは、そっぽを向いたまま小さくよろける。

 そうして近くなった大谷くんのほっぺに──私は、キスをした。


 水を浴びていた彼のほっぺは冷たくて。

 ちょっぴり土の香りがした。


 大谷 圭介:

「! 」


 驚いた大谷くんに。


 望月 美羽:

「……えへへ!」


 恥ずかしくて、照れ笑いをしてしまう私。

 小さく息を吐いて、こちらを見ている大谷くんに告げた。


 望月 美羽:

「私も大谷くんが好き!」


 大谷 圭介:

「!!」


 望月 美羽:

「だーい好きだよ!」


 大谷 圭介:

「……ま、マジ!?」


 大谷くんはガシッと私の両肩をつかんだ。

 真剣に私を見ている。


 春のときから、変わらずに私を見てくれていた大谷くん。

 それに安心して甘えていた私。

 応えることをずっと引き伸ばしにして、彼の優しさにつけ込んでいたんだ。


 でもそれも、もうおしまい。

 私は大きくうなずいた。


 望月 美羽:

「……うん!」


 大谷 圭介:

「……や」


 大谷 圭介:

「やったーーー! 」


 望月 美羽:

「ひゃ!?」


 大谷くんは、そのまま私の脇の下に手を入れると、たかいたかいするように私を抱き上げた。


 ぶわっと振り回され、コンパスのように大谷くんを中心に私の体が舞う。


 わわわわ!

 大谷くんの馬鹿力!


 遠心力に振り回され、私は大谷くんのまわりを足がつかないまま2周ほどしてしまった。

 すとん、と柔らかく着地させてもらうと、大空をバックにして笑顔になる大谷くんを見上げた。


 大谷 圭介:

「すっげー嬉しい!! 」


 赤くなりつつも、拳を握りしめてガッツポーズをする彼は、そう言ってくれた。

 私も照れくさいと思いながらも、嬉しくって笑ってしまう。


 望月 美羽:

「えへへ。私も」


 大谷 圭介:

「………っ! 望月……、俺……」


 望月 美羽:

「ん?」


 大谷 圭介:

「俺……俺……っ」


 そう言って大谷くんは、プルプルと震え。

 何を思ったのか「おーーー!」と叫んで、私を置いて駆け出してしまった。


 望月 美羽:

「へ!?」


 遠ざかる大谷くんを慌てて追いかける。

 水道水でびしょ濡れの彼は、Tシャツがぴったりくっついた背中に肩甲骨を浮き上がらせて、大きく雄叫びをあげてグラウンドを走り回った。


 そんな彼に、まわりのサッカー部員が注目し、集まりだす。


 中曽根 悠:

「どうしたんだよ大谷ー!」


 大谷 圭介:

「うおー! 俺は今、走りたいんだー!!」


 井本:

「バカだー! バカが走ってるぞー!」


 ゲラゲラと笑った他のサッカー部員たちも、わけがわからぬまま大谷くんと一緒に走りだす。


 いつの間にかそれは、大谷くんを捕まえる鬼ごっこに変わり、ルールの無い遊びがグラウンドで始まった。


 坂本先生:

「おいお前ら〜! 早く帰らんかー!」


 坂本先生がそう叫ぶけれど。


 中曽根 悠:

「ダメだ、大谷を捕まえらんねー!」


 大谷 圭介:

「俺を今、止められるやつはいねぇ!!」


 サッカー部員も新生部長も、誰も言うことはきかない。

 それを遠目から見て私はやれやれと、幸せなため息をついた。


 ねぇ──大谷くん。

 待たせて本当にごめんね。


 でも、ちゃんと気持ちを素直に伝えるから、これからもその笑顔を見せてね。


 背中の向こう側にあるその笑顔が、私は大好きなんだ。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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