Ep.26 背中の向こう側(10・終)「の笑顔」
サッカー部の練習試合を見届けて、帰ることとなった。
帰り支度をしている私に、井本くんが声をかける。
井本:
「望月、大谷と帰ってやれよ」
望月 美羽:
「へ?」
井本:
「いや、さすがにあれで終わらせるのも忍びなくてな……せめて、一緒に帰ってやってくれ」
サッカー部メンバーからキスの嵐を贈られた大谷くん。
呆然とした大谷くんは今、水飲み場で顔を洗いにいっている。
水飲み場へと向かう大谷くんの背中は、泣いているように見えた。
望月 美羽:
「……」
望月 美羽:
「そうだね!」
そのことを思い出して、井本くんの提案を受け入れることにした。
それにそう、私だって。
大谷くんに伝えたいことが、あるんだから。
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背中の向こう側
(10)「の笑顔」
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さとみんたちに大谷くんの元へ向かうことを告げ、バイバイをした。
戸田 るり:
「美羽、ちゃんと伝えられるといいね」
望月 美羽:
「……うん!」
るりっちにはもう、私が何をしようと考えているのか、わかっているみたいだった。
マリリンも遠慮がちに「頑張って!」と言ってくれ、さとみんは優しく笑っている。
桑原先輩は「あー、大谷くんも惜しかったなー」なんて言っていた。
もう! やっぱりこの人は、要注意人物かも!
・ ・ ・
水飲み場に着くと、大谷くんの大きな背中が見えた。
1人で水飲み場の蛇口に頭ごと突っ込んで、浴びるように上から注ぐ水を浴びている。
何度も、顔をバシャバシャ洗った。
水道の上には私があげたピンクのタオルが置いてあって、少しだけ苦笑してしまう。
望月 美羽:
「大谷くん、そこはシャワーじゃないよ?」
大谷 圭介:
「! 望月!」
私の声に、大谷くんは顔をあげた。
すると水飛沫がこちらにまで飛んできたので、思わず「わっ」と悲鳴をあげる。
大谷 圭介:
「ごめん! 水、かかっちまった!」
大谷くんは慌てて、ピンクタオルで私の顔を拭いた。
自分がびしょ濡れなのに、私の顔についた水滴を気にしてそうする大谷くんは、やっぱり優しい。
拭いてくれたそのタオルは、ほのかに大谷くんの汗の匂いがして、ドキッとした。
望月 美羽:
「私より大谷くんのが、びしょ濡れじゃない!」
私はそう言って、顔に当てられたタオルを大谷くんの顔に押し返した。
大谷くんが少しだけかがんでくれているおかげで、私でもゴシゴシと彼の頭を拭いてあげることができる。
大谷 圭介:
「……へへ」
大谷くんは嬉しそうに笑って。
大谷 圭介:
「でも望月、ひどいよな」
めずらしく、私をじとりと睨んだ。
望月 美羽:
「え?」
大谷 圭介:
「俺をあんな野郎地獄に突き落とすなんてよ……マジで悪夢だったぜ?」
望月 美羽:
「あはは! 面白かったねー」
大谷 圭介:
「俺は面白くない!」
そう言って、すねたように大谷くんはプイッとそっぽを向いた。
それを見て、私はちょっとドキドキする。
望月 美羽:
「……だって、みんなの前じゃ嫌だったんだもん」
わかってないな、大谷くん。
好きな人へのキスを見世物になんてしたくない乙女心、わかんないかなぁ?
大谷くんの首にかけたタオルを、小さく引っ張った。
油断していた大谷くんは、そっぽを向いたまま小さくよろける。
そうして近くなった大谷くんのほっぺに──私は、キスをした。
水を浴びていた彼のほっぺは冷たくて。
ちょっぴり土の香りがした。
大谷 圭介:
「! 」
驚いた大谷くんに。
望月 美羽:
「……えへへ!」
恥ずかしくて、照れ笑いをしてしまう私。
小さく息を吐いて、こちらを見ている大谷くんに告げた。
望月 美羽:
「私も大谷くんが好き!」
大谷 圭介:
「!!」
望月 美羽:
「だーい好きだよ!」
大谷 圭介:
「……ま、マジ!?」
大谷くんはガシッと私の両肩をつかんだ。
真剣に私を見ている。
春のときから、変わらずに私を見てくれていた大谷くん。
それに安心して甘えていた私。
応えることをずっと引き伸ばしにして、彼の優しさにつけ込んでいたんだ。
でもそれも、もうおしまい。
私は大きくうなずいた。
望月 美羽:
「……うん!」
大谷 圭介:
「……や」
大谷 圭介:
「やったーーー! 」
望月 美羽:
「ひゃ!?」
大谷くんは、そのまま私の脇の下に手を入れると、たかいたかいするように私を抱き上げた。
ぶわっと振り回され、コンパスのように大谷くんを中心に私の体が舞う。
わわわわ!
大谷くんの馬鹿力!
遠心力に振り回され、私は大谷くんのまわりを足がつかないまま2周ほどしてしまった。
すとん、と柔らかく着地させてもらうと、大空をバックにして笑顔になる大谷くんを見上げた。
大谷 圭介:
「すっげー嬉しい!! 」
赤くなりつつも、拳を握りしめてガッツポーズをする彼は、そう言ってくれた。
私も照れくさいと思いながらも、嬉しくって笑ってしまう。
望月 美羽:
「えへへ。私も」
大谷 圭介:
「………っ! 望月……、俺……」
望月 美羽:
「ん?」
大谷 圭介:
「俺……俺……っ」
そう言って大谷くんは、プルプルと震え。
何を思ったのか「おーーー!」と叫んで、私を置いて駆け出してしまった。
望月 美羽:
「へ!?」
遠ざかる大谷くんを慌てて追いかける。
水道水でびしょ濡れの彼は、Tシャツがぴったりくっついた背中に肩甲骨を浮き上がらせて、大きく雄叫びをあげてグラウンドを走り回った。
そんな彼に、まわりのサッカー部員が注目し、集まりだす。
中曽根 悠:
「どうしたんだよ大谷ー!」
大谷 圭介:
「うおー! 俺は今、走りたいんだー!!」
井本:
「バカだー! バカが走ってるぞー!」
ゲラゲラと笑った他のサッカー部員たちも、わけがわからぬまま大谷くんと一緒に走りだす。
いつの間にかそれは、大谷くんを捕まえる鬼ごっこに変わり、ルールの無い遊びがグラウンドで始まった。
坂本先生:
「おいお前ら〜! 早く帰らんかー!」
坂本先生がそう叫ぶけれど。
中曽根 悠:
「ダメだ、大谷を捕まえらんねー!」
大谷 圭介:
「俺を今、止められるやつはいねぇ!!」
サッカー部員も新生部長も、誰も言うことはきかない。
それを遠目から見て私はやれやれと、幸せなため息をついた。
ねぇ──大谷くん。
待たせて本当にごめんね。
でも、ちゃんと気持ちを素直に伝えるから、これからもその笑顔を見せてね。
背中の向こう側にあるその笑顔が、私は大好きなんだ。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




