Ep.26 背中の向こう側(9)「君に贈る」
選手一同:
「ありがとうございましたー!」
選手たちの声が響くグラウンド。
テント下に戻ってきた男の子たちは、みんな嬉しそうな表情を浮かべていた。
あの強豪東中から、練習試合とはいえ、0対2からの逆転勝ちができたのだ。
それが彼らに、大きな自信と喜びを与えている。
さとみん:
「あんた、隠し玉じゃなかったっけ……」
井本:
「それは言わない約束だぜ、里美……」
とうとう一度も出場しなかった井本くんとさとみんが、のん気にそんな会話をしていた。
うう、井本くんの変な発言のせいで、私が今緊張していること、わかってるのかなぁ?
そんな私の顔は、少しずつ赤くなっている。
ちらりとタオルで汗を拭っている大谷くんを見る。
私があげたピンクタオルで、ゴシゴシ拭いている大谷くん。やっぱり似合わないや。
なんて笑っていたら、目が合った。
望月 美羽:
「!」
大谷 圭介:
「!」
そうして笑った大谷くん。
しかしその笑顔はいつもの「ニカッ」じゃなくて「デレッ」って感じだった。
うう、約束やっぱり、忘れてないよね──?
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背中の向こう側
(9)「君に贈る」
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坂本先生:
「お前たち、今日はよくやった!」
坂本先生が、テント下にサッカー部のみんなを集めて声をかけた。
選手たちや試合に出なかった子たちも、嬉しそうに先生からの話を聞いている。
坂本先生は今日の健闘をたたえ、今後の練習方針に関しての話を始めた。
少し長めの話のあと、先生はサッカー部の中から1人の子を前に立たせる。
あの部長さんだった。
坂本先生:
「みんなも知ってのとおり、今日の練習試合で3年生は完全に引退する。部長の柴田もギリギリまで頑張ってくれたが、今日で最後だ」
坂本先生:
「柴田、最後にみんなに一言だ」
部長さん:
「はい!」
部長さんは、ちょっと緊張した面持ちをして、コホンと喉を小さく鳴らした。
部長さん:
「あー、この1年、部長を務めさせていただきました。ありがとうございました」
部長さん:
「……正直、こういうの慣れなかったんで、迷惑もいっぱいかけたと思う」
部長さん:
「お前らなら、来年の地区予選突破も目指せると思う。今後も頑張って、サッカー部を盛り上げてくれよな!」
少しだけ不器用な彼のあいさつは、ちゃんと後輩たちに届いたらしい。
拍手がそこで一度起きて、部長さんは少しだけ照れたように小さく笑った。
部長さん:
「……で、ここで発表がある!」
ん? とみんなが、部長さんにあらためて注目する。
部長さんは、かたわらの坂本先生と目を合わすとうなずき、また前を見た。
部長さん:
「次期部長を発表する!」
部長さん:
「大谷圭介! 」
大谷 圭介:
「え!? 」
望月 美羽:
「!」
突然名指しされた大谷くんは、口を大きく開けて声を出した。
みんなも大谷くんへと振り返り、彼の顔を見る。
視線を集めて困惑している大谷くんへと、部長さんはにししと笑って言葉を続けた。
部長さん:
「お前を次期部長に任命する! 頑張れよな!」
大谷 圭介:
「え、えーー!?」
知らなかったのだろうか。
大谷くんはとっても驚いている。
でも、まわりのみんなは温かい眼差しで、ウンウンとうなずいた。
中曽根 悠:
「お前しかいないよ! このサッカー部をまとめられるのはさ」
小池 隼人:
「ケイちゃん、頑張って!」
大谷 圭介:
「お前ら……」
もしかしたら、まわりのみんなは次期部長が大谷くんだって薄々気づいていたのかもしれない。
大谷くんは戸惑いながらもまわりを見て──大きくうなずいた。
大谷 圭介:
「はい! わかりました! 俺、頑張ります!」
坂本先生はその大谷くんの言葉を聞いて、ホッとしたように笑った。
坂本先生:
「お前なら、そう言ってくれると思ったよ」
サッカー部のみんなが、新しく部長となった大谷くんに拍手を送る。
大谷くんは、照れたように頭をかいてそれを受けた。
望月 美羽:
(大谷くんすごいな。……頑張れ!)
私も女の子たちも、その拍手に加わった。
パチパチと手を鳴らす私の目が、前に立っている部長さんと合ってしまった。
部長さん:
「じゃあ、そんな新生部長のために……」
部長さん:
「ご褒美のチューだ!! 」
サッカー部メンバー:
「おおーーー!! 」
望月 美羽:
「!!! 」
わわわ!!
この流れで忘れられていたかと思ったあの約束は、やっぱり忘れられてなんかいなかった。
坂本先生は「やれやれ」とつぶやき、大谷くんは思いきりこちらを見てくる。
は…… 恥ずかしすぎる!!
望月 美羽:
(でも約束は……守んなきゃ!)
キッと大谷くんを見てしまった私。
背後ではるりっちが「だ、大丈夫?」と心配そうに声をかけてきてくれた。
ありがとう、るりっち。
でも今回の件、ちゃーんと考えがあるのだ。
私はみんなが注目する中、勇んで大谷くんに近寄る。
望月 美羽:
「大谷くん! 」
大谷 圭介:
「は、はい!!」
目の前の大谷くんは、ピシッと背筋を伸ばして直立不動となる。
そうされると、30センチ以上身長差がある私たち。見上げる私は首が痛い。
望月 美羽:
「そこに座って! 」
ビシッとパイプ椅子を指さすと。
大谷 圭介:
「はい!」
と大谷くんはすぐに座った。
これで大谷くんは、私よりも顔がやや下になる。
望月 美羽:
「恥ずかしいから目、つむって!」
大谷 圭介:
「!! ……う、うっす!!」
大谷くんは、素直に目を閉じてくれた。
それを確認して、私は彼の肩に手をかける。
大谷 圭介:
「!」
大谷くんが一瞬体をビクつかせ、緊張したのがわかった。
私はそれを見て、小さく笑い。
そして。
サッカー部のみんなに小さく、目配せをした。
望月 美羽:
「せーの!」
サッカー部メンバー:
「部長、大好き〜〜!!」
大谷 圭介:
「!?」
ぶっちゅーー!!
と、サッカー部メンバーが一斉に大谷くんに抱きつき、あちこちにキスをした。
さすがに口にする大物はいなかったけれど、ほっぺやおでこや腕に、群がるように集まった男の子たち。
彼らはテント下にいた、試合に出ていなかった1・2年生である。井本くんも混ざっている。
大谷 圭介:
「うぎゃあああ!! 」
テント下に響く、大谷くんの断末魔。
ごめんね大谷くん!
やっぱりみんなの前でチューは嫌だったの!
私は、目の前の壮絶な光景を見ながらも笑ってしまう。
じつは、試合に勝ったあと。
井本くんに相談して、こうなったのだ。
「ちょうどいいや、部長になるあいつをみんなで祝ってやるぜー」と、悪魔のような笑みで彼は笑った。
そんな井本くんは「うげ〜、汗くせー」なんて言いながら、大谷くんのこめかみに何度もチューしている。
知らなかった試合出場メンバーは呆気にとられ、すぐ爆笑に切り替わる。
そのうち、みんながみんな、大きな大谷くんに群がった。
大谷 圭介:
「やめろ、お前らあぁぁ…… 」
大谷くんは男の子たちの群れに埋もれ、悲しそうに沈んでいく。
こうして青葉中と東中のサッカー部練習試合は、無事に青葉中の逆転勝利で、幕を閉じたのだった。
◇ 続く ◇




