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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.3 さよならシザーガール(3)「雨と泪」

 飯田 詩音:

「ねえ、みんなでお揃いのリボンつけようよ!」


 ある平日。

 朝練の後に、そう提案してくれたのは飯田さんだった。


 羽鳥 梢:

「リボン?」


 飯田 詩音:

「そう! お揃いのリボンをつけて、士気高めてかない?」


 松宮 茜:

「へぇ、いいね。賛成」


 飯田 詩音:

「だよね、だよね?」


 盛り上がる3人のそばで。

 私も必死にうんうん頷いているのを、羽鳥さんは見て笑ってくれた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 さよならシザーガール

(3)「雨と泪」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 ザアアアァァァ……

 ザアアアァァァ……


 もう来週にはスポーツ大会が控えているというのに、その日は土砂降りの雨だった。

 週末まで降ると言われている雨。

 どうせなら、当日まで降り続ければいい。


──なんて。

 思っていたんだろう。

 今までの私なら。


 早乙女 茉莉:

(当日は、晴れるといいな……)


 下駄箱が並ぶ、玄関の軒下。

 大粒の雨を降らす空を見上げながら、私はそんなことを思っていた。


 みっちゃん:

「茉莉ちゃん、お待たせ!」


 待ちぼうけていた私に、みっちゃんが駆け寄ってきた。

 中学に上がっても登下校を一緒にしてくれるみっちゃんは、私にとってはなくてはならない存在だ。


 早乙女 茉莉:

「みっちゃん、ゴミ捨てお疲れ」


 みっちゃん:

「雨の日くらい、中止にしてほしいよね、ほんと」


 みっちゃんはブツブツと文句を言いながら靴に履き替えた。


 みっちゃん:

「そういえば、来週のスポーツ大会って雨だと延期だっけ? それもどうせなら、雨で中止にしてほしいなぁ」


 早乙女 茉莉:

「えっ」


 みっちゃんは、運動神経があまりよくない。

 だからそう述べただけなんだろうけど、まるで今までの私の心を読まれていたようで、一瞬ドキリとする。

 だって今までの私だったら、同意していただろうから。

 でも、今は。


 早乙女 茉莉:

(私は、晴れてほしいな)


 なんて思う自分がいる。

 お揃いのブルーのリボン。

 それを当日どこにつけようか、楽しみにしながら悩んでる。


 みっちゃん:

「茉莉ちゃんもそう思わない?」


 早乙女 茉莉:

「え?」


 折りたたみ傘を開こうとしているみっちゃんは、またあらためて私に声をかける。


 みっちゃん:

「スポーツ大会も雨だといいなーって。茉莉ちゃんも、リレーが億劫だって言ってたもんね?」


 早乙女 茉莉:

「あー……うん」


 たしかに、リレーメンバーに選ばれた日は「やりたくない」なんてみっちゃんに愚痴っていたっけ。


 でもね。

 でも今は、そうは思わないんだ。


 バトンを繋げていく連帯感。

 グラウンドを走り抜けていく爽快感。

 アンカーがゴールした時の達成感。

 そういったものが、練習でも私は3人と一緒に味わえて嬉しかった。

 それが本番だったらどう感じられるか、楽しみにしている自分が、今はいるんだ。


 早乙女 茉莉:

(でも、まあ。わざわざみっちゃんに言わなくてもいいか)


 運動嫌いのみっちゃんに、あえて弁解しなくてもいいように感じて、私は否定もせず言葉を濁した。

 でも。


 飯田 詩音:

「ふうん。そうなんだ」


 早乙女 茉莉:

「!」


 いつの間に、そばにいたのだろう。

 玄関の靴箱付近で、飯田さんが立っていた。

 手に広げかけの傘を持ち、こちらを──私を──ジロリと睨んでいる。


 飯田 詩音:

「早乙女さん、リレーが億劫なんだね」


 早乙女 茉莉:

「………!」


 聞かれた!?

 違うんだよ、そりゃたしかに最初は嫌だったけど、今はもうそんなこと思っていないよ!


 そう言いたいのに。


 飯田 詩音:

「無理して付き合ってくれてありがとう」


 早乙女 茉莉:

「……!!」


 冷たい飯田さんの声に、私の体が硬直した。

 まるで、蛇に睨まれたカエルみたいに。

 彼女の冷たい視線に、私の心臓が凍りつく。


 飯田さんは、バンッと傘を大きく開くと、土砂降りの雨の中へ歩いていってしまった。

 傘に弾き返される雨粒が、バラバラと大きな音を立てて、どんどん遠くなっていく。


 私は、何も言えなかった。

 言える言葉が、わからなかった。


 みっちゃん:

「何あれ、感じ悪い!」


 隣でみっちゃんが憤慨している。


 違う。

 違うのみっちゃん。

 私が悪いの。

 感じが悪いのは、私だったの。

 本当はもう、億劫じゃないのに。楽しみなのに。

 相手に合わせて、自分の気持ちを引っ込めた私のせいなの。


 みっちゃん:

「え……あれ、茉莉ちゃん!?」


 ここはまだ、軒下なのに。

 雨の中じゃないのに。


 頬が濡れていく感触に、ようやく私は自分の気持ちをおろそかにしていることに気がついたんだ。




 ◇ つづく ◇

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