Ep.26 背中の向こう側(5)「後にはひけない」
井本くんのとんでも発言に、私はあっけにとられた。
き、き、キスって……何言ってるのー!?
望月 美羽:
「ちょ、ちょっと井本くん!?」
焦る私の横で大谷くんは、何か惚けたように口を開けてポカンとしている。
大谷 圭介:
「キス……? キッス……?」
そんな大谷くんをよそに井本くんに体を向けると、彼は「まぁまぁ」とこそっと言った。
井本:
「別にほっぺでもいいから!」
望月 美羽:
「そういう問題じゃないし!」
すると井本くんは、急に真剣な顔つきになる。
井本:
「望月! これは重要な問題なんだ!」
望月 美羽:
「ええ!?」
井本:
「今回の試合、大谷にかかっていると言っても過言じゃない!」
井本:
「今はメンタル回復したけど、それだけじゃダメだ、もっとパワーがいるんだ!」
井本:
「そのためにはエロ……じゃなかった、ラブパワーが必要なんだ!!」
望月 美羽:
「ら、ラブパワぁ〜?」
そ、そうなの?
井本くんの発言はおバカなのに、やけに真剣な表情で説得力がある。
気がつけばテント下の注目は、私たちに一気に集まっていた。
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背中の向こう側
(5)「後にはひけない」
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さとみん:
「ちょっと井本、あんたいい加減に……」
さとみんが、いつもどおり井本くんを止めようとする。
けれど。
望月 美羽:
「……いいよ」
私は、覚悟を決めた。
さとみん:
「え?」
大谷 圭介:
「!」
まわりがザワッとした。
大谷くんも他のみんなも、驚いたように私を見る。
私はぐっと、目の前の大谷くんを見上げた。
望月 美羽:
「いいよ、この試合に勝ったら、チューしても!」
大谷 圭介:
「!! 」
サッカー部の子たちから 「お〜っ」と歓声が上がった。
「ただしほっぺね!」と、私は慌てて付け加える。
ようやく自分を取り戻した大谷くんは、慌てて私の肩をつかんだ。
大谷 圭介:
「望月!」
う、もしかして嫌……?
大谷 圭介:
「本当に!? 」
──ではないらしい。
小さくうなずくと、大谷くんはクワッと目を見開いて拳を握り、見ていた群衆に向けて大きく掲げた。
大谷 圭介:
「野郎ども! この試合、絶対に勝ーーーつ!!」
サッカー部メンバー:
「オーーー!」
テント下では異様なほどの熱気が沸き起こった。
あわわ、私、大変なことを言ってしまったのかも。
でももう、後にひけない!
真っ赤になりながらも私も拳を握りしめて、大谷くんを見つめる。
サッカー部に顔を向けた大谷くんの背中はさっきよりも真っ直ぐで、大きくて、楽しそうだった。
坂本先生:
「男は本当に、バカだなぁ……」
後ろでは坂本先生が、そんな風に苦笑していた。
・ ・ ・
戸田 るり:
「美羽、本当によかったの?」
望月 美羽:
「んー、まぁ、ほっぺくらいなら」
グラウンドに散らばったサッカー部員を見届けていた私に、るりっちが心配そうに声をかけてきた。
さっきは恥ずかしくてドキドキしちゃったけど、今の私は、開き直って冷静になっている。
もう、みんなに公言しちゃったもん。
ここまできたら仕方ない。
望月 美羽:
「あ、るりっちも勝ったら中曽根くんにチューしてあげたら? 頑張るかもよ?」
戸田 るり:
「えぇ!? 私はいいよ!」
そんな風に話をする私たちに、また桑原先輩が乱入してくる。
桑原 志帆:
「なら、私が中曽根くんにしてあげよっかな〜」
むむむ! とるりっちだけでなく、私も睨んでしまった。
望月 美羽:
「もう! 先輩は中曽根くんと大谷くん、どっちが好きなんですか!」
桑原 志帆:
「え? 中曽根くんよ。当たり前じゃない」
な、なんですとぉ!?
桑原先輩のその言葉に私は口をポカンとして、るりっちは口の端を引きつらせた。
そんな私たちを見て、桑原先輩はクスクスと可愛く笑う。
桑原 志帆:
「だって美羽ちゃん、大谷くんのこと好きなのにそうじゃない素振りするから。ちょっとからかいたくなったの」
望月 美羽:
「!」
望月 美羽:
「な……何言って」
私が、大谷くんのことを好き……?
まわりからだとそう見えるの?
そりゃ、たしかに嫌いではないし、好きといえば好きだけど……。
さとみん:
「まぁたしかに。美羽、そろそろ認めたら?」
望月 美羽:
「さ、さとみんまで!」
さっきの出来事を呆れたように見ていたさとみんも、今は優しい表情で私に笑いかける。
さとみん:
「あんなに好きでいてもらったら、そりゃ好きになるよね」
望月 美羽:
「うぅ……」
さとみんやるりっちたちに見守られて、私はつい縮こまる。
小さく心臓が、ドキドキと今更ながらに鳴っている。
望月 美羽:
「私……好きなのかなぁ」
戸田 るり:
「めずらしいね。好きになるのにいつも悩まない美羽なのに」
るりっちは小さく微笑む。
そんなるりっちを見て、私はさっきの中曽根くんとるりっちのやりとりを思い出していた。
るりっちと中曽根くん。
友達から恋人になった2人。
スムーズにそのステップに上がったるりっちとは反対に、私はちょっとだけ怯えてる。
望月 美羽:
「……るりっちはさ、怖くなかった?」
戸田 るり:
「え?」
望月 美羽:
「中曽根くんと、関係が変わること」
そこで私は、ふぅと小さく息を吐いた。
大谷くんに返事がなかなかできなかった理由。
それが何となく、わかりかけていた。
望月 美羽:
「私、ちょっとだけ怖いんだ」
望月 美羽:
「今の大谷くんとの関係が、すごく好きだから……」
望月 美羽:
「その……付き合うとかになると、また変わっちゃうのかなぁって」
大谷くんと一緒だと楽しくて、ウキウキして。
お話してるだけでも毎日楽しい。
でもそれは友達だからで、カレカノになっちゃったら、また変わってしまうのかもしれない。
それが私は、ちょっぴり怖い。
私って、変化に弱いのかもしんない、なんて思う。
そんな私を見て、るりっちはどう思ったのだろう。
タンポポの綿毛みたいに、ふんわり笑った。
戸田 るり:
「……あのね、美羽」
戸田 るり:
「私は、悠と付き合えてからも楽しいよ」
戸田 るり:
「ううん、付き合ってからのがもっと楽しい」
戸田 るり:
「心配事も増えるけど……幸せも増えるの」
望月 美羽:
「るりっち……」
桑原 志帆:
「るりちゃん、心配事のとき私見なかった? 」
戸田 るり:
「当たり前です!」
そんなるりっちと桑原先輩のやりとりに思わず笑ってしまう。
そっかぁ──そうなんだ。
心がふわっと、軽くなった。
望月 美羽:
(うん、私……)
望月 美羽:
(大谷くんのこと、好きなんだ)
そうして自覚してしまった恋心。
そうなったらもう、後にはひけなかった。
うん。
私、大谷くんが好きだよ。
もう一度心の中でつぶやいて、グラウンドを見つめる。
その先には、最後の打ち合わせをしているのか、中曽根くんと真剣に話をしている大谷くんがいた。
◇ 続く ◇




