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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.26 背中の向こう側(5)「後にはひけない」

 井本くんのとんでも発言に、私はあっけにとられた。


 き、き、キスって……何言ってるのー!?


 望月 美羽:

「ちょ、ちょっと井本くん!?」


 焦る私の横で大谷くんは、何か惚けたように口を開けてポカンとしている。


 大谷 圭介:

「キス……?  キッス……?」


 そんな大谷くんをよそに井本くんに体を向けると、彼は「まぁまぁ」とこそっと言った。


 井本:

「別にほっぺでもいいから!」


 望月 美羽:

「そういう問題じゃないし!」


 すると井本くんは、急に真剣な顔つきになる。


 井本:

「望月! これは重要な問題なんだ!」


 望月 美羽:

「ええ!?」


 井本:

「今回の試合、大谷にかかっていると言っても過言じゃない!」


 井本:

「今はメンタル回復したけど、それだけじゃダメだ、もっとパワーがいるんだ!」


 井本:

「そのためにはエロ……じゃなかった、ラブパワーが必要なんだ!!」


 望月 美羽:

「ら、ラブパワぁ〜?」


 そ、そうなの?


 井本くんの発言はおバカなのに、やけに真剣な表情で説得力がある。

 気がつけばテント下の注目は、私たちに一気に集まっていた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 背中の向こう側

(5)「後にはひけない」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 さとみん:

「ちょっと井本、あんたいい加減に……」


 さとみんが、いつもどおり井本くんを止めようとする。

 けれど。


 望月 美羽:

「……いいよ」


 私は、覚悟を決めた。


 さとみん:

「え?」


 大谷 圭介:

「!」


 まわりがザワッとした。

 大谷くんも他のみんなも、驚いたように私を見る。

 私はぐっと、目の前の大谷くんを見上げた。


 望月 美羽:

「いいよ、この試合に勝ったら、チューしても!」


 大谷 圭介:

「!! 」


 サッカー部の子たちから 「お〜っ」と歓声が上がった。

「ただしほっぺね!」と、私は慌てて付け加える。

 ようやく自分を取り戻した大谷くんは、慌てて私の肩をつかんだ。


 大谷 圭介:

「望月!」


 う、もしかして嫌……?


 大谷 圭介:

「本当に!? 」


──ではないらしい。


 小さくうなずくと、大谷くんはクワッと目を見開いて拳を握り、見ていた群衆に向けて大きく掲げた。


 大谷 圭介:

「野郎ども! この試合、絶対に勝ーーーつ!!」


 サッカー部メンバー:

「オーーー!」


 テント下では異様なほどの熱気が沸き起こった。


 あわわ、私、大変なことを言ってしまったのかも。

 でももう、後にひけない!


 真っ赤になりながらも私も拳を握りしめて、大谷くんを見つめる。

 サッカー部に顔を向けた大谷くんの背中はさっきよりも真っ直ぐで、大きくて、楽しそうだった。


 坂本先生:

「男は本当に、バカだなぁ……」


 後ろでは坂本先生が、そんな風に苦笑していた。



 ・   ・   ・



 戸田 るり:

「美羽、本当によかったの?」


 望月 美羽:

「んー、まぁ、ほっぺくらいなら」


 グラウンドに散らばったサッカー部員を見届けていた私に、るりっちが心配そうに声をかけてきた。


 さっきは恥ずかしくてドキドキしちゃったけど、今の私は、開き直って冷静になっている。

 もう、みんなに公言しちゃったもん。

 ここまできたら仕方ない。


 望月 美羽:

「あ、るりっちも勝ったら中曽根くんにチューしてあげたら? 頑張るかもよ?」


 戸田 るり:

「えぇ!? 私はいいよ!」


 そんな風に話をする私たちに、また桑原先輩が乱入してくる。


 桑原 志帆:

「なら、私が中曽根くんにしてあげよっかな〜」


 むむむ! とるりっちだけでなく、私も睨んでしまった。


 望月 美羽:

「もう! 先輩は中曽根くんと大谷くん、どっちが好きなんですか!」


 桑原 志帆:

「え? 中曽根くんよ。当たり前じゃない」


 な、なんですとぉ!?


 桑原先輩のその言葉に私は口をポカンとして、るりっちは口の端を引きつらせた。

 そんな私たちを見て、桑原先輩はクスクスと可愛く笑う。


 桑原 志帆:

「だって美羽ちゃん、大谷くんのこと好きなのにそうじゃない素振りするから。ちょっとからかいたくなったの」


 望月 美羽:

「!」


 望月 美羽:

「な……何言って」


 私が、大谷くんのことを好き……?

 まわりからだとそう見えるの?

 そりゃ、たしかに嫌いではないし、好きといえば好きだけど……。


 さとみん:

「まぁたしかに。美羽、そろそろ認めたら?」


 望月 美羽:

「さ、さとみんまで!」


 さっきの出来事を呆れたように見ていたさとみんも、今は優しい表情で私に笑いかける。


 さとみん:

「あんなに好きでいてもらったら、そりゃ好きになるよね」


 望月 美羽:

「うぅ……」


 さとみんやるりっちたちに見守られて、私はつい縮こまる。

 小さく心臓が、ドキドキと今更ながらに鳴っている。


 望月 美羽:

「私……好きなのかなぁ」


 戸田 るり:

「めずらしいね。好きになるのにいつも悩まない美羽なのに」


 るりっちは小さく微笑む。

 そんなるりっちを見て、私はさっきの中曽根くんとるりっちのやりとりを思い出していた。


 るりっちと中曽根くん。

 友達から恋人になった2人。

 スムーズにそのステップに上がったるりっちとは反対に、私はちょっとだけ怯えてる。


 望月 美羽:

「……るりっちはさ、怖くなかった?」


 戸田 るり:

「え?」


 望月 美羽:

「中曽根くんと、関係が変わること」


 そこで私は、ふぅと小さく息を吐いた。

 大谷くんに返事がなかなかできなかった理由。

 それが何となく、わかりかけていた。


 望月 美羽:

「私、ちょっとだけ怖いんだ」


 望月 美羽:

「今の大谷くんとの関係が、すごく好きだから……」


 望月 美羽:

「その……付き合うとかになると、また変わっちゃうのかなぁって」


 大谷くんと一緒だと楽しくて、ウキウキして。

 お話してるだけでも毎日楽しい。

 でもそれは友達だからで、カレカノになっちゃったら、また変わってしまうのかもしれない。

 それが私は、ちょっぴり怖い。

 私って、変化に弱いのかもしんない、なんて思う。


 そんな私を見て、るりっちはどう思ったのだろう。

 タンポポの綿毛みたいに、ふんわり笑った。


 戸田 るり:

「……あのね、美羽」


 戸田 るり:

「私は、悠と付き合えてからも楽しいよ」


 戸田 るり:

「ううん、付き合ってからのがもっと楽しい」


 戸田 るり:

「心配事も増えるけど……幸せも増えるの」


 望月 美羽:

「るりっち……」


 桑原 志帆:

「るりちゃん、心配事のとき私見なかった? 」


 戸田 るり:

「当たり前です!」


 そんなるりっちと桑原先輩のやりとりに思わず笑ってしまう。


 そっかぁ──そうなんだ。


 心がふわっと、軽くなった。


 望月 美羽:

(うん、私……)


 望月 美羽:

(大谷くんのこと、好きなんだ)


 そうして自覚してしまった恋心。

 そうなったらもう、後にはひけなかった。


 うん。

 私、大谷くんが好きだよ。


 もう一度心の中でつぶやいて、グラウンドを見つめる。

 その先には、最後の打ち合わせをしているのか、中曽根くんと真剣に話をしている大谷くんがいた。




 ◇ 続く ◇

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