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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.26 背中の向こう側(4)「ピンチは突然に」

 突然の出来事だった。


 小池 隼人:

「うわぁ!!」


 小柄な小池くんが、相手選手に激突されて地面に転がる。

 相手選手も勢いを殺しきれずに一緒に倒れ、グラウンドとテント下から悲鳴が上がった。


 望月 美羽:

「小池くん……!」


 私も口を覆い、叫んでしまいそうになる。


 大谷 圭介:

「隼人!!」


 ゴール前にいた大谷くんも駆け寄る。

 ゲームは一時中断となり、転がる2人のまわりにみんなが集まりだした。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 背中の向こう側

(4)「ピンチは突然に」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 小池くんは足を痛めて試合から抜けることになった。

 シートの簡易担架で運ばれて行く小池くんは、とても悔しそうに顔を歪めている。

 足の痛みよりも、心が痛い。

 そんな顔だった。


 坂本先生:

「小池の代わりは御手洗、お前いけるか」


 御手洗 満:

「わかりました!」


 隣のテントで、坂本先生が険しい顔をして指示を出している。

 指名された御手洗くんという男の子は、落ち着いた様子でウォーミングアップを始めた。

 テント前には、今まで試合していた子たちが集まって、その中に大谷くんや中曽根くんもいる。


 中曽根 悠:

「あの野郎、力も緩めず小池にぶつかりやがって!」


 中曽根くんは怒った顔をして、そんな風に言った。


 大谷 圭介:

「よせよ中曽根。あの勢いなら、仕方なかったよ」


 中曽根 悠:

「そうだけど……っ」


 チームメイトをなだめる大谷くん。


 でも……でも、大谷くん。

 そんな大谷くんも、とても辛そうだよ。


 大谷くんと小池くんは仲が良い。

 小学校時代からいつも2人は一緒だった。

 本当なら、担架に運ばれる小池くんを1番心配しているのは、大谷くんなんだ。

 それなのに彼は胸を張る。

 腕を大きく広げて、チームメイトみんなに声をかけた。


 大谷 圭介:

「隼人の仇を取ってやろうぜ! 戻ってきたら『僕必要ないじゃないのぉ~』ってあいつが泣いちゃうくらいにさ!」


 突然の、大谷くんの変なモノマネ。

 みんながプッと吹き出した。


 中曽根 悠:

「大谷、今のモノマネひっでー!」


 御手洗 満:

「小池じゃなくて、違うキャラだったぞ!」


 大谷 圭介:

「なはは、隼人には内緒な!」


 瞬間。


 そのおかげでテント下にあった不穏な空気が、変わったのがわかった。

 大谷くんの言葉が、笑顔が、みんなの緊張をほぐした。

 そんな空気だった。


 その様子を見ていた坂本先生は柔らかく笑って、自分より大差ない大谷くんの近い頭を、ポンポンと叩く。

 目を細めて、いつもの大声でサッカー部メンバーに声をかけた。


 坂本先生:

「よし。じゃあ、お前ら戻るぞ!」


 サッカー部メンバー:

「はい!! 」


 出場メンバーは大きく声を響かせて、グラウンドへと駆け出していく。

 散らばるその中の大谷くんの背中を、私はじっと見つめた。


 望月 美羽:

(大谷くん……)


 大谷くんが大きいのは体だけじゃない。

 心も大きくしようと、一生懸命頑張っている。


 でも……。

 今見ているその背中は、なんだか……。


 井本:

「大谷、大丈夫かなぁ」


 望月 美羽:

「!」


 ボソッとつぶやいた井本くんの声に、私は反応した。


 望月 美羽:

「え?」


 井本:

「いや、あいつ意外とメンタル弱ぇから。なんか無理してないかなって」


 望月 美羽:

「……」


 井本くんって、案外人のことをよく見てる。


 私が感じていた不安を口にした井本くんは、じっとグラウンドを見ていた。

 そんな私たちの不安は、的中したのかもしれない。

 グラウンドに戻った大谷くんの動きは、芳《かんば》しくなかった。

 せっかく大谷くんの掛け声で他メンバーの動きはよくなったのに、ゴール前の大谷くんの守りがヒヤッとする場面が多くなる。


 そして、ついに。


 戸田 るり:

「あ! 2点目入れられた!」


 望月 美羽:

「……!!」


 大谷くんが飛んだ逆の方向に相手選手はゴールを決め、2点目を決められてしまった。

 大谷くんは地面に這いつくばって、悔しそうに唇を噛みしめる。

 結局0対2で前半は終了となり、休憩となった。


 また、テント前にサッカー部メンバーが集まる。

 テントに戻った大谷くんは、ユニフォームで汗を拭っていた。


 坂本先生:

「大谷どうした、らしくないぞ」


 坂本先生が、大谷くんに声をかける。


 大谷 圭介:

「はい、すみません……」


 さっきみんなにかけた声よりも低く、大谷くんはつぶやいた。

 その背中は丸まっていて、土だらけ。

 よく見れば、大谷くんもあちこちすり傷だらけで体は痛そうなのに、表情はそんなのに気付いてないように落ち込んでいた。


 望月 美羽:

(大谷くん……そんな顔しないで)


──ううん。

 しないで、じゃなくて。

 しちゃ駄目なんだから!


 望月 美羽:

「大谷くん!」


 気づけば私は、大谷くんに駆け寄っていた。


 大谷 圭介:

「え?」


 驚いた大谷くんを見上げて指さし、私は言った。


 望月 美羽:

「背中、曲がってる!」


 大谷 圭介:

「へ!?」


 そしてそのまま背伸びをして、両手で大谷くんの顔を挟んだ。


 望月 美羽:

「顔も下、向いてるし!」


 大谷 圭介:

「!」


 そして自分の腕にかけていたピンク色のタオルを、大谷くんの首にかける。


 望月 美羽:

「土だらけで顔も暗い! これで拭いちゃいなさい!」


 大谷 圭介:

「望月……」


 大谷くんには似つかわしくないパッションピンクのタオルが、彼の呆然とする顔のまわりを彩る。

 私はそれを見て、うわぁ似合わない、なんて思って笑ってしまった。


 望月 美羽:

「……大谷くん、ピンク似合わない~」


 大谷 圭介:

「……!」


 大谷 圭介:

「に、似合ってなくてもいいし!」


 大谷くんはそんな私を見て、ようやく笑ってくれた。

 その笑顔は、さっきの無理してるようなやつじゃなくて、どこかホッとしたようなもの。


 そうだよ、やっぱり大谷くんは、こうやって笑わないと!


 つられて私もホッとしてしまう。


 大谷 圭介:

「ありがとう。励まして……くれたんだよな?」


 望月 美羽:

「ううん! からかっただけー」


 大谷 圭介:

「ひ、ひでぇー!」


 望月 美羽:

「へへー。……ん?」


 嬉しくて、ついここがみんなのいるテントだということを忘れていた。

 気がつけば、るりっちたちもサッカー部の子たちも、私たちを見ている。


 望月 美羽:

「!!」


 望月 美羽:

(わわわ! 恥ずかし~)


 うわぁ、穴があったら入っちゃいたいよ!


 でも大谷くんは気づいてないのか、まだにこにこしている。

 うう、困ったな。


 井本:

「ふむ……」


 私たちを見ていたうちの1人、井本くんが突然、近寄ってきた。


 井本:

「……よし、大谷! 頑張ったらお前に褒美をやろう!」


 なぜだか偉そうに、大谷くんと私の前にバーン! と手のひらを向けて立つ。


 大谷 圭介:

「は?」


 きょとんとする大谷くんにビシッと指をさし、井本くんはとんでもないことを口にした。


 井本:

「この試合、勝ったら望月からのキッスが待ってるぞ!!」


 望月 美羽:

「へ!?」


 大谷 圭介:

「……な……」


 大谷 圭介:

「何だとーーー!? 」




 ◇ 続く ◇

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