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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.26 背中の向こう側(3)「試合開始!」

 9月終わりでもまだ、夏のように暑い今日は、グラウンドに張られたテントに応援に来た子たちも入らせてもらえることになった。


 私たちや桑原先輩も、サッカー部が待機するテント横に組み立てられたテントで、パイプ椅子に座らせてもらっている。

 グラウンドにはもう、先発メンバーが入っていた。


 もうすぐ、試合開始となるのだ。

 主審役の坂本先生が、ホイッスルを口にくわえてサッカーボールを地面に置く。

 鋭くホイッスルが鳴り響くと、ボールは蹴られて試合が開始された。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 背中の向こう側

(3)「試合開始!」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 さとみん:

「──で、なんであんたはここにいるの?」


 と、つぶやいたさとみんの横で。


 井本:

「うるせー、俺はスタメンじゃねぇんだ」


 と、井本くんは言った。

 ついでに「俺は隠し球なんだよ」なんて付け加える。

 スタメンとは、スターティングメンバーのことで、試合開始時のメンバーを言うらしい。

 サッカーにあまり詳しくない私。

 事前に大谷くんに、いろいろと聞いていた。


 さとみん:

「そうじゃなくて、なんでこっちのテントに来てるかってこと! 選手はあっちでしょー」


 まだ井本くんに怒っているさとみん。

 たしかに井本くんは隣の選手待機テントではなく、応援席テントにででんと居座っている。


 井本:

「だって、こっちのが華やかじゃん! あっちはむさ苦しいしー」


 さとみん:

「このエロ小僧……」


 そんな2人の会話を聞きながらも、私は試合の方へ目を向けていた。

 よくわからないけど、ボールがあちこちに飛んで、目で追うのが大変!


 散らばる男の子たちは、互いに押し合ったり前に体を入れようとしたりで、見ているこっちがハラハラしてしまう。


 望月 美羽:

(大谷くんもボールを追ってる……)


 ゴール前の大谷くん。彼はボールや選手の動きを見ながら、体を揺らしていた。


 いつゴール前にボールが来ても、すぐ対応できるようにしないといけないから気が抜けねぇんだ、なんて言っていた彼の言葉を思い出す。


 時折「左空いてる!」「前出すぎんなー」といった声も出している。


 戸田 るり:

「大谷くん、なんであんなに声を出してるの?」


 まるで私と同じことを考えていたかのように、るりっちがそうつぶやいた。

 すると、井本くんが待ってましたとばかりに、るりっちに顔を向ける。


 井本:

「そりゃあ、キーパーは指令塔でもあるからな! 全体が見えっから、ディフェンス時の守り指示を出してんのさ」


 戸田 るり:

「へぇ、大変なんだ」


 井本:

「ふっふっ、女子たち、わからないことがあれば何でも聞いてくれたまえ」


 そこで桑原先輩が、にゅっと井本くんの横に顔を出した。


 桑原 志帆:

「えー、じゃあ、中曽根くんの好みのタイプはー?」


 ふわん、と柑橘系の爽やかなフレグランスを香らせる先輩に、井本くんは鼻の下を伸ばす。


 井本:

「いや~、そこまでは。でも付き合ってるんだから、戸田みたいなやつじゃねーの?」


 スケベ顔になりつつもよいことを言った井本くん。

 そーだそーだ! と私は、照れてるるりっちに笑いかけた。


 桑原 志帆:

「むぅー。じゃあ、大谷くんは?」


 望月 美羽:

「!」


 こ、この人、本当に大谷くんに乗り換えるつもり?


 小さく焦った私を無視して、井本くんは威張るように言った。


 井本:

「そりゃもう! あいつならまさに先輩みたいな ボンキュッボンでしょー! エロ親父だしー」


 望月 美羽:

「!!」


 桑原 志帆:

「やだー、大谷くんてスケベなんだー」


 ケラケラ、ウフフと笑い合う井本くんと桑原先輩。


 な、何だろう……何だかとっても、ムカつく~~!!


 さとみん:

「あんた、いい加減にしなさい!」


 井本:

「あだっ!」


 さとみんが小突いて井本くんを成敗してくれた時だった。


 早乙女 茉莉:

「ねぇ、何かおされてない?」


 静かに観戦していたマリリンがつぶやいた。

 グラウンドを見れば、大谷くんが守るゴール付近で、選手たちの攻防が激しく繰り返されている。

 大谷くんは、ボールと選手の動きを追いながら腰を低くし両腕を広げ、真剣な表情をしている。

 何一つ見落としはしないと、全神経を集中させて。


 望月 美羽:

(大谷くん……!)


 つられて私も緊張する。

 東中の選手が、大谷くんが守るゴールに狙いを定めた。

 次の瞬間。


  ザシュッ!


 と嫌な音を響かせて、ボールは大谷くんの手をすり抜けネットに吸い込まれた。


 追いつこうとした大谷くんは、そのまま地面にうまく転がって、そして土を叩く。


 大谷 圭介:

「くそ!」


 そんな声が、遠くだから聞こえるはずもないのに、聞こえた気がした。

 テント下からは「あ~」と嘆きの声がもれる。


 井本:

「やっぱ強えな、東中……」


 井本くんも真剣な顔をして、誰ともなしに言った。


 井本:

「東中は攻撃重視のフォーメーションが得意なんだ。だから、おのずとキーパーの負担は大きくてさ。俺らもディフェンス練習力には入れてたんだけどな……」


 ……よくわからないけど、大谷くんの守りが勝敗の鍵ってこと?

 私はコクンと息を飲んで、ゴール前の大谷くんを見た。


 ゴールを決められた大谷くんは、悔しがっているかと思ったけど、もう柔らかい表情をしている。


 大谷 圭介:

「オッケー、落ち着いていくぞー」


 なんて言って、ボールを掲げている。


 望月 美羽:

(大谷くん、すごいなぁ……)


 よくよく考えれば、キーパーってすごく大変なポジションなんだ。


 点が入るということは、それだけキーパーが阻止できなかったということ。

 その責任と重圧を抱えて、彼はゴール前に立っている。

 それはちっぽけな私からしたら、とてつもなく大変で、すごいことに思えた。


 望月 美羽:

(……頑張れ)


 望月 美羽:

「頑張れ、大谷くん! 」


 私は言えなかった声援を送った。

 思わず飛び出たそれは、予想以上にグラウンドに響いて、大谷くんも気づいてこちらを向く。

 大谷くんはちょっと驚いて、すぐに笑ってくれた。


 そして私の声を皮切りに、テント下から青葉中への声援があふれ出した。


 戸田 るり:

「悠も小池くんも頑張れー!」


 早乙女 茉莉:

「が、頑張れー!」


 さとみん:

「こっからだよ! 頑張れー!」


 とたんに賑やかになったテント前。

 通った相手チームの子がつぶやいた。


 東中サッカー部:

「うちも女子、連れてこればよかった……」




 でも、応援ムードも長くは続かなかった。

 前半開始から20分後、それは起きた。


 小池 隼人:

「うわぁ!!」


 まるで、闘牛のように小池くんへと突っ込んだ東中選手。

 2人はもつれて倒れ込み、激しい音が響いて砂埃が舞い上がった。




 ◇ 続く ◇

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