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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.24 ブラザー(6・終)「こうするんだよ」

 夏休みの間に両親は手続きを終え、正式に離婚をした。


 俺と克弘は母さんの元へ残ることにし、父さんだけが家からいなくなる。

 もともとあまり家にいないやつだったから、そこまで大きな変化はない。

 ただ名前だけが、俺にとっては大きな変化だった。


 苗字が、母さんの旧姓に変わった。

 堂本《どうもと》信広。それが俺の新しい名前になる。

 ある日、克弘は俺の部屋にきて、雑談の中でこう言った。


 堂本 克弘:

「……ランク下がったな」


 堂本 信広:

「は?」


 堂本 克弘:

「ほら、金田から堂本だから『金(きん)』から『銅(どう)』にー、なーんて……」


 堂本 信広:

「………」


 堂本 克弘:

「……ノブ、ここは笑え」


 堂本 信広:

「笑えるか!」


 やっぱり、こいつの考えはよくわかんねぇ。

 ただあの日以来、軽口を俺に叩くようになった克弘の顔は、以前よりも柔らかく見えた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 ブラザー(6)

「こうするんだよ」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 夏休みが明け、2学期になる。

 始業式後のホームルームで、俺の苗字変更がクラスメイトに知らされた。

 離婚なんてめずらしくもない昨今、クラスメイトたちは一瞬騒ぎつつも、すぐに落ち着いた。


 クラスメイト:

「金から銅だなー!」


 バカなクラスメイトがそう言って、教室内に笑いが小さく起こる。

 なんだこれは。今後、俺のネタになるのかよ。

 じろっとバカなクラスメイトを睨んだら、やつは小さくおどけた。


 ああ、やっぱりまわりはバカばっかりだ。

 そう思いつつ席に戻る一瞬、羽鳥と目が合った。


 羽鳥 梢:

「……」


 堂本 信広:

「……」


 祭りの夜を思い出す。

 俺たちの間にあったことはなかったかのように、すぐに目をそらして視線を切った。



 ・   ・   ・



 ホームルームも終わり、帰宅時間になる。

 部活のあるやつは部活へ、ないやつはそれぞれ散らばって、解散している。

 部活なんて入ってない俺は、今日の暇な半日をどう過ごそうか思案しながら、賑やかな廊下を歩いていた。


 今の俺には、何もない。

 好きなことも、夢中になれるものも。

 それは、今まで怠惰に過ごしてきたツケなのだとわかっている。

 でもそれをどうにかしてやろう、という気力まで今は持てなかった。

 ただ、このままじゃ駄目なんだろうなと、漠然とした何かが胸の奥でくすぶっている。


 ふと前を向くと、見慣れつつある後ろ姿を見つけてしまった。


 堂本 信広:

(……羽鳥)


 あいつの後ろ姿が、俺は嫌いだった。

 真っ直ぐで、キレイに背筋を伸ばすあいつの背中。


 でも今は、両手に何かを抱えているせいか、その背中は少し丸い。

 俺は横を通り過ぎようと、早足で羽鳥に近づいた。

 どうやら羽鳥は、大量のノートを抱えているようだ。

 夏休みの提出物かなにかだろう。

 委員長のこいつは、雑務をいつも引き受ける。


 あともう少しで、羽鳥を追い抜く瞬間。


 羽鳥 梢:

「……あっ」


 開け放たれた廊下の窓から舞い込んだ風に、羽鳥はバランスを崩す。


 堂本 信広:

「! 」


 反射的につい、崩れかけたノートを支えてしまった。


 何で、ちょうど横を過ぎようとしたときに!


 したくもなかった手助けをしてしまった俺が羽鳥を見ると、彼女はパチパチと目を瞬かせていた。


 羽鳥 梢:

「ありがとう」


 またしても礼を言われてしまう。


 羽鳥 梢:

「何だか、金田くんには助けてもらってばっかだね」


 こっちは助けるつもりなんて、サラサラないっつーの。

 俺はフン、とそっぽを向く。


 羽鳥 梢:

「あ、今は堂本くんか。なんか慣れないね」


 そう言って、よいしょと持っていたノートを抱え直す。

 あごの下まで届きそうな量のノートは、重そうだ。

 隣に俺がいるのに、何も言わずに当たり前のように、ノートを持って歩き出そうとする。


 堂本 信広:

「………」


 堂本 信広:

「お前は、1人で頑張りすぎなんだよ」


 羽鳥 梢:

「え?」


 俺は、ノートを半分以上羽鳥から奪い取った。


 堂本 信広:

「こんなのはなぁ……」


 キョロキョロとまわりを見渡し、ちょうどそこに通りかかったクラスメイトを捕まえる。

 さっき、俺の名前でおちゃらけたバカなクラスメイトだ。


 堂本 信広:

「お前、これ持て!」


 クラスメイト:

「へ!?」


 そいつに無理やり、ノートを押し付けた。

 突然の行動にクラスメイトは困惑しつつも受け取り、羽鳥は目を丸くする。

 俺はそんな羽鳥に、言い放つ。


 堂本 信広:

「こうやって、他に頼れ! 」


 羽鳥 梢:

「!」


 羽鳥の黒目が最大にまで見開いて、俺はすぐにフン、と鼻を鳴らして背中を向けた。

 ノートを持った2人を置いて、足早に去ろうとする。


 そんな俺の背中に。


 羽鳥 梢:

「──あのっ」


 羽鳥 梢:

「ありがとう……堂本くん!」


 羽鳥が、俺の新しい名前を呼んだ。

 また「ありがとう」だって。

 何回言ってんだ。


 羽鳥の声が届いた背中が、むず痒い。

 キュッと廊下の音を鳴らして、下駄箱へ向かった。


 さあ、帰ったら何をしようか。

 とりあえず腹が減ってるから、何か食うか。

 そうだな、ちょっと自分で作ってみてもいいかもしれない。

 時間はたくさんあるんだ。

 余ったら、克弘や母さんに食わせてやってもいい。


 そんなことを考えながら、俺は帰路についた。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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