Ep.24 ブラザー(4)「可愛くねぇの」
へたり込んだ羽鳥は、なかなか立ち上がらなかった。
らしくなくうつむいて、まつげを伏せている。
そんな羽鳥に何を言えばいいのかわからず、俺はふと思いついたことを口にしていた。
金田 信広:
「お前、兄貴がいるの?」
羽鳥 梢:
「え?」
羽鳥が驚いたように、パッと顔をあげた。
羽鳥 梢:
「何で……」
金田 信広:
「さっき言ってたじゃん。助けてお兄ちゃん、て」
羽鳥 梢:
「……!」
すると羽鳥は、また顔を伏せる。
顔にかかる髪の毛が邪魔なのか、耳に掻き上げた。
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ブラザー
(4)「可愛くねぇの」
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太鼓の音が、遠くから聞こえる。
祭り囃子が、この小さな神社にもかすかに届いていた。
目の前の羽鳥は、しばしの沈黙の後に、そっと囁くように言った。
羽鳥 梢:
「……いたの。昔」
金田 信広:
「え?」
羽鳥 梢:
「お兄ちゃん……死んじゃったけど」
金田 信広:
「!」
重い告白に、自分の体が緊張したのがわかった。
兄の死。
脳裏にふと、俺の兄貴の克弘の顔がよぎる。
こいつ……そんな暗い過去を持っていたのか?
が、しかし。
次の羽鳥のセリフで、その緊張はとけた。
羽鳥 梢:
「て言っても……私が生まれる前だけど」
金田 信広:
「……はぁ?」
つい素っ頓狂な声が口からもれ出る。
何だよそれ! 心配して損したぜ!
そんな俺を見て羽鳥は苦笑する。
少しばかりいつもの調子が戻ってきたのか、その笑顔は柔らかかった。
羽鳥 梢:
「でもね、すごく優しいお兄ちゃんなんだよ」
金田 信広:
「会ってもねーのにわかるのかよ」
羽鳥 梢:
「……うん。わかるよ」
わけわかんねぇ。
明るくて真面目で笑顔の羽鳥は、いつもわからないやつだが、今のこいつは別の意味でわからない奴だった。
何だか調子が狂う。
羽鳥 梢:
「金田くんが来たとき、お兄ちゃんかと思っちゃった」
金田 信広:
「……」
呆れた。
兄という存在に夢見ているなんて、こいつはやっぱり頭はいいけど、バカなんだろう。
金田 信広:
「兄貴なんて、うざいだけだ」
その言葉に、羽鳥がきょとんとこちらを見た。
俺がそんなことを言い始めたことに、少しばかり驚いたようだ。
でも、今日1日イライラしていた俺は、家族や兄貴への鬱憤が溜まっていた。
それを吐き出すかのように、羽鳥の言葉を否定する。
金田 信広:
「兄貴なんてな、たまたま同じ家に生まれた、ただの他人なんだよ」
金田 信広:
「助けてくれる? ──バカみてえ」
金田 信広:
「年上ってだけで見下したりする、偽善者だ」
羽鳥 梢:
「……金田くん?」
口が止まらない。
羽鳥が戸惑っているのも、わかっている。
ああ、でも、ちくしょう……脳裏の克弘が俺を笑っている。
バカだな、冷静になれよ、と冷たい目で俺を見て背を向ける。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
羽鳥 梢:
「………よく、わからないけど……」
羽鳥は戸惑いつつも、俺の目を見つめてきた。
それはいつしかの、黒曜石のような黒い強い瞳で。
羽鳥 梢:
「私はね、お姉ちゃんなの。下に妹がいて……」
羽鳥 梢:
「すごく可愛い。守ってあげたいって思う 」
そこでコクンと、羽鳥は喉を鳴らした。
羽鳥 梢:
「でも……時々、私にもそういう存在いたらなって思うの」
羽鳥 梢:
「お兄ちゃんがいたら……生きてたら、同じように思ってくれたのかなって……」
金田 信広:
「だから、そんなの……」
羽鳥 梢:
「うん、ただ夢見てるだけだよね」
羽鳥は何かを振り払うかのように、にこっと笑った。
急に、立ち上がろうとする。
地面に手をつき足に力を入れるが、浴衣のせいか、まだ腰が抜けているのか、もたついた。
俺が仕方なく立ち上がり腕を引っ張り上げると、羽鳥は嬉しそうに笑った。
羽鳥 梢:
「ありがとう」
金田 信広:
「……」
怯えはもう顔を引っ込めたのか、笑っている羽鳥はいつもの羽鳥だ。
今さらながらに俺の顔のケンカ傷に気づき「どうしたの? 大丈夫?」なんて聞いてくる。
ただ震えている女の子ではなく、芯を1本背筋に入れたかのように真っ直ぐ立つ、しっかり者の委員長がそこにいた。
──もう立ち直ってやがんの。可愛くねぇ。
羽鳥 梢:
「もうそろそろ、行かなくちゃ」
家族が待ってる、と羽鳥はつぶやく。
いつしかハンバーガー店の窓越しに見たこいつの家族を思い出す。
優しそうな両親に、まだ無垢とも言える年齢の妹らしき女の子。
理想的な家族。
理想的な姉妹。
羽鳥 梢:
「じゃあね、金田くん」
羽鳥 梢:
「本当に──ありがとう」
今日だけで、何度のお礼を俺に言っているのか、羽鳥は最後にまたそう言って去っていく。
残された俺は、静かに階段を降りていく彼女の背中を、ただ見つめていた。
帯のリボンが、微かに揺れる。
カラコロと、下駄の音が遠ざかる。
凜とした背中はあっという間に消えて、小さな神社に俺は残された。
金田 信広:
「…………」
しばらくして、俺も神社から出た。
遠くに見える祭りを楽しむ人々の中に、無意識に羽鳥の姿を探す。
見つかるはずもない。
……と思ったが、橋の上で河川敷を見下ろしたら、すぐに見つけることができた。
家族とはちゃんと合流できたらしい。
それぞれ灯りの着いた灯篭を持って、両親と妹に囲まれ笑っている。
金田 信広:
(あんなことがあったってのに……)
もう笑ってやがる。
きっとあの調子じゃ、襲われたことも秘密にしてしまうんだろう。
頼ることや甘えることに慣れていない。
いや、そもそもその仕方を知らないのかもしれない。
そんな羽鳥は、隣の妹の鼻水が気になったのか、巾着からティッシュを取り出し世話を焼いている。
いつもそうしているかのように、慣れている手つきだった。
金田 信広:
(本当は……怖かったくせに)
震えていたくせに。
へたり込んで動けなかったくせに。
「お姉ちゃん」の仮面をつけた羽鳥は、もう、しっかり者の長女として家族の中にいた。
金田 信広:
「……可愛くねぇの」
俺はそれを面白くない気分で見て、やがて視線をそらして立ち去った。
◇ 続く ◇




