Ep.24 ブラザー(3)「何してんだよ」
さすがにドリンクバーだけでずっと居座り続けることもできず、日も暮れ始めた頃、俺はようやくファミレスを後にした。
もう腹は減っていない。
今日は夕飯もいいや。
部屋で寝て過ごそうか。
まだ両親や克弘は家にいるのだろうか、と憂鬱な気分になる。
帰りたくない。
しかし街中をうろつくことも、あまりできそうになかった。
浴衣を着込んだ集団や家族連れが、街中にあふれ出してきたからだった。
姫泣祭の初日。
今日は、人が姫泣川周辺にバカのように集まる日だったのだ。
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ブラザー
(3)「何してんだよ」
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金田 信広:
(クソ、うぜーなぁ)
賑やかになっていく道に、俺は腹を立てていた。
帰路である河川敷横の道路は、人間で溢れかえっていて、それを遠目から見てしまった俺はそこを通りたくなくなっている。
金田 信広:
(ちょっと遠回りするか)
仕方なしに違う道を歩くことにする。
祭の会場である姫泣川周辺は混雑していたが、そこから外れた小さな神社が集まるところは、忘れられたかのように人がいないことを俺は知っていた。
住み慣れたこの街。
いつも逃げ込んでいるこの街は、俺にとっては庭だ。
家よりも安心できる場所だった。
キュッと古いスニーカーを鳴らすと、人通りの少ない道へと歩を進めた。
・ ・ ・
一本そこに入れば、とたんに人の気配はなくなる。ようやく息ができると、小道をゆっくりと歩いた。
遠くで、祭りの賑やかな人々の喧騒が聞こえる。
しかし、そんな道で静かに響いている下駄の音がひとつ。
金田 信広:
「ん?」
ふと顔をあげると、誰かが左手にある小さな神社の石階段を登っていた。
急勾配な階段のそこを、浴衣を着た女が手すりに手をかけゆっくりと登っている。
青い浴衣だったから、夕闇になり始めた今の空気に、溶け込んでいるようだった。
あれは……。
金田 信広:
(……羽鳥?)
いつもと違う格好だから、確信は持てなかった。
でも、ちらりと見えた横顔や、後ろのシルエットが、なんとなくクラスメイトの委員長、羽鳥梢に似ていたような気がする。
遠目にその後ろ姿を見て、凝視する。
なんであいつ、こんなところで1人でいるんだ?
ここは祭りの会場でもなんでもないところなのに。
つい気になって、階段を上がっていくその姿を見てしまう。
だから、気がついてしまった。
羽鳥の少し離れたところから、男が1人、ついていくように階段を登り始めたのを。
金田 信広:
「!」
そいつは俺が見ていることに気づいていない様子で、前を歩く羽鳥の後ろ姿をじっと見ていた。
目深にキャップ帽をかぶり、顔はよくわからない。
そいつは、羽鳥と同じように階段の手すりをつかみながら、ゆっくりと階段を上がった。
羽鳥は、もう神社の中に入ったようで姿は見えなくなっていた。
男は、足音を殺すように階段を踏みしめている。
金田 信広:
「………」
男の姿も、階段を登りきり見えなくなった。
その階段の前を、通りすぎる。
──別に、俺には関係ねぇし。
ただの知り合いかもしれないじゃねーか。
それか行く方向が、同じだっただけか。
でも。
金田 信広:
「……っ」
何となく嫌な予感がして、振り返ってしまう。
気がつくと、俺は階段をスニーカー裏で蹴り、駆け上がっていた。
すると。
男:
「──静かにしろよ!」
金田 信広:
「!」
そんな男の小さな声が階段上から聞こえて、心臓が跳ねた。
そして続いて聞こえた、羽鳥の声。
羽鳥 梢:
「……っや……だ!」
金田 信広:
「!!」
ドクンと心臓が鳴り、最後の数段をすっ飛ばして神社の中に飛び込んだ。
するとそこには、浴衣姿の羽鳥を背後から羽交い締めしている先ほどの男の姿があった。
小さな羽鳥は、すっぽりと男の腕に閉じ込められている。
男は片手で羽鳥の口を塞ごうとしているが、暴れている彼女は必死に顔を振って、助けを呼ぼうとしていた。
羽鳥 梢:
「助けて──お兄ちゃ……っ」
目をぎゅっと閉じ、小さくもれた羽鳥の声。
聞いたこともないその声は、あまりにも頼りないものだ。
金田 信広:
「てめえ、何してんだよ!! 」
男:
「!?」
男の肩をつかむと、無理やりこちらに向かせて突き飛ばした。
さいわい男はそんなに大柄なやつではなく、背は俺より高いが、どちらかというとひょろいだけの男だった。
男は俺の金髪に一度目を向けると、慌てて反撃する様子もなく逃げていく。
今日、俺に絡んできた高校生とは違い、弱っちいやつだ。
金田 信広:
「変態野郎! 逃げんじゃねーよ!」
一発殴ってやりたくて追いかけようとした、が。
羽鳥 梢:
「……金田、くん?」
その場でへたり込んでそう呟いた羽鳥に気づき、俺の足が止まる。
痴漢男は、すぐに姿を消した。
金田 信広:
「お前……」
崩れ落ちたように地べたにへたり込んだ羽鳥の前に、俺は立つ。
金田 信広:
「何してんだよ」
何となく見下ろしていることができなくて、まだへたっている羽鳥の前に、膝を曲げて視線を合わせた。
羽鳥は少しだけ乱れた浴衣を直しつつ。
──へへ、と小さく笑った。
羽鳥 梢:
「あ……りがと。……本当、びっくりしちゃった」
金田 信広:
「……」
バカかこいつ。
襲われたくせに、何ヘラヘラ笑ってんだ。
でも、その浴衣の襟をつかむ指先が震えている。
笑おうとする頬は、引きつっていた。
無理をしている。
ごまかしているのが、すぐにわかった。
金田 信広:
「……大丈夫、か?」
らしくない言葉が、ついて出た。
そんな俺に羽鳥は一瞬目を見開いて、小さくうなずく。
羽鳥 梢:
「うん……大丈夫。ありがとう」
今のこいつは「大丈夫」と「ありがとう」しか言えないらしい。
俺は何だかムカついて、でもそれを今のこいつにぶつけることもできなくて、途方にくれた。
金田 信広:
「こんなとこに、1人で来んなよ」
だから襲われるんだよ、とは言えなかった。
しかし、言外のそれは伝わったのだろう。羽鳥は苦笑してうなずいた。
羽鳥 梢:
「本当だね……。でも、どうしてもここに今日、来たくて……」
どうして来たかったのか。
そんなの俺には聞けなくて、ただ羽鳥を見つめることしかできない。
今の羽鳥は、まったくこっちを見ない。
地面をじっと見つめ、自らを落ち着かせるように体を抱きしめ、小さく息を吐いていた。
◇ 続く ◇




