Ep.24 ブラザー(2)「気色悪いんだよ」
俺の元へ戻ってきた男は、コンビニ袋の中から絆創膏やらウェットティッシュを取り出す。
男:
「ほら、これ使え。ばい菌入るぞ」
金田 信広:
「……」
河川敷に座り込む俺の膝に、無理やり押し付けられたそれら。
そんな男の顔を見て、俺はようやくこいつが誰だかを思い出していた。
金田 信広:
「あんた、あの本屋の店員か」
男:
「お、覚えてたんだな」
男は歯を見せて笑った。
神林:
「神林っていうんだ。お前たしか、金田くんだっけ?」
金田 信広:
「……ッチ」
癖になった舌打ちをもらす。
忘れるわけもない。
俺は夏休み前に、こいつが働く本屋のCDコーナーで、万引き犯に間違えられたのだから。
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ブラザー
(2)「気色悪いんだよ」
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金田 信広:
「あのクソ店長は元気かよ」
嫌味ったらしく、そう言ってやる。
俺を万引き犯と決めつけた、太め店長の狸顔を思い出していた。
神林:
「はは。あの人も悪い人じゃないんだけどね。その節は、大変失礼しました」
神林と名乗った男は、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて苦笑する。
すっかり俺の横に落ち着いてしまったそいつは、目の前の流れる川を見つめてつぶやいた。
神林:
「あの女の子に、見られててよかったね」
金田 信広:
「別に。防犯カメラのおかげだろ」
あの騒動に一緒にいた羽鳥の顔も、芋づる式に浮かんでしまう。
正義漢ヅラの気にくわないあいつのツラを、今は思い出したくなかった。
ぷいっと顔を横に向けつつも、あの時のことがどうしても頭の中でリプレイする。
横にいる神林の落ち着いた行動が、蘇った。
金田 信広:
「……あんたは、あんまり疑ってなかったな」
ふとつぶやく。
神林は「ああ」と思い出したかのように笑った。
神林:
「まあ、万引き犯って感じじゃなかったからな」
そうか? とつい、神林の顔を振り返ってしまう。
あの店長は、俺の見た目で万引き犯と決めつけていたが。
しかし神林は目を細めて、内緒話のようにこそっと言う。
神林:
「本当に万引きしてるやつなら、あんなに堂々と否定できないさ」
神林:
「したやつは、もっとビクビクおどおどしてんのさ」
──まるで、本当の万引き犯を知っているかのような物言いだ。
まあ書店員なのだから、今までにも万引き犯と遭遇したことはあるのだろう。
どこか、眩しそうに川を眺めている神林の横顔を見て、俺も同じように川に目を向けた。
そこにはただ、キラキラと日差しを受けて輝いている川の水が流れている。
とその時。
グゥ、と俺の腹が鳴った。
金田 信広:
「!」
しまった。昼飯を食い損ねたからだ。
よりによって昼間に離婚話を打ち明けるなんて、あいつらは本当に子どものことを何も考えていない。
俺はムカつきと恥ずかしさで、ついうつむいた。
神林:
「……飯、食いに行くか!」
金田 信広:
「!?」
隣の男は笑うでもなく、予想外のことを口走る。
金田 信広:
「は!?」
神林:
「近くのファミレス行こうぜ。こないだのお詫びで、おごってやるよ」
金田 信広:
「そ、そんなの別にいいし!」
しかし男はすでに立ち上がって、ケツの草や汚れをパンパンと払いのけている。
まだ座り込んでいる俺を見下ろし、笑いかけた。
神林:
「でも、もうすぐここの会場設営が始まるぜ」
金田 信広:
「へ?」
神林:
「今日から姫泣祭だろ。初日は灯篭流しもあるから、ここにテントが張られるんだよ」
そういえば、そんな祭りがこの街にはあった。
3日間も続く地元では大きな祭りで、地元住民にとっては大きなイベントだ。
来るまでにそのような看板やポスターも、見た気がする。
金田 信広:
「……チッ」
舌打ちをして立ち上がった。
まあいいや。どうせ家にも帰りたくないんだ。
俺は神林が提案してきた食事に、ついていくことにした。
・ ・ ・
近くのファミレスに落ち着くと、俺と神林は向かい合って座った。
俺はハンバーグセット、神林はピザセットを注文する。
ほどなくして、湯気の立ったそれらが俺たちのテーブルに並んだ。
ウェイトレス:
「ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスの女がそう言ってレシートを置いていくと、俺はすぐに手をつけ始めた。
そんな俺の前で、神林が手を合わせて「いただきます」と変に頭を下げてからピザを食べ始める。
腹が減っていたので、飯はうまかった。
ハンバーグのデミグラスソースは濃厚で、合間合間に白飯をかっこむ。
食べている俺の口はまるでバキュームだったろう。神林が突然笑った。
神林:
「そんなに焦らなくても、なくならねーよ」
うるさいなぁ。
そう思いつつやつを見ると、向こうはゆっくりと口を動かし、堪能するかのように食っていた。
俺と目が合うと、なぜか嬉しそうに笑う。
神林:
「誰かと食べるご飯ってさ、うまいよな」
金田 信広:
「……!?」
突然のその言葉に、俺の手が止まる。
フォークにぶっさしていたハンバーグが、口に運ぶ前にポロリと落ちた。
金田 信広:
「気色悪いこと言うなよ」
神林:
「え、そうか? 気色悪いかなぁ」
本当に変なやつ。
俺は水をひとまず飲み、また食事を再開した。
それ以降は会話も特になく、皿の上がキレイになっていくだけだ。
それでも。
互いに向き合って腹を満たしていくこの時間が、俺には少しだけ居心地が悪いような気がした。
どうしてだろう。
なんだか腹がすぐに、いっぱいになりそうだ。
・ ・ ・
神林:
「じゃあ、お金は置いてくから。ゆっくりしてって」
神林はバイトがあるということで、先に帰っていった。
まだ帰りたくなかった俺は、1人だけファミレスに残ることにした。
ドリンクバーだけでとりあえず居座ってやろう、と飲み物をお代わりする。
気がつけば辺りは、人が多くなっている。
ファミレスとだけあって家族連れが多く、邪魔くさいガキの声が耳をつんざいた。
「誰かと食べるご飯ってさ、うまいよな」
のほほんと神林が言い放った言葉。
マジで気色悪い。
ご飯のうまいマズイに、そんなの関係あるかよ。
それなのに思い出してしまったのは、遠い過去の食卓の風景だ。
俺の幼い記憶の中。
薄れゆく記憶のギリギリのところに残っている、その風景。
4人で食卓を囲んでいた過去が、たしかにあった。
父さんと母さんと克弘と俺。
まだ本当に小さかった俺が、どんな思いでその食卓についていたのかなんて、もう思い出せない。
金田 信広:
「………」
機械から抽出されたジュースを1人、席についてすする。
水で薄められたそれは、味気ない人工甘味料の味しかしなくて、半分も飲むことができなかった。
◇ 続く ◇




