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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.24 ブラザー(2)「気色悪いんだよ」

 俺の元へ戻ってきた男は、コンビニ袋の中から絆創膏やらウェットティッシュを取り出す。


 男:

「ほら、これ使え。ばい菌入るぞ」


 金田 信広:

「……」


 河川敷に座り込む俺の膝に、無理やり押し付けられたそれら。

 そんな男の顔を見て、俺はようやくこいつが誰だかを思い出していた。


 金田 信広:

「あんた、あの本屋の店員か」


 男:

「お、覚えてたんだな」


 男は歯を見せて笑った。


 神林:

「神林っていうんだ。お前たしか、金田くんだっけ?」


 金田 信広:

「……ッチ」


 癖になった舌打ちをもらす。

 忘れるわけもない。


 俺は夏休み前に、こいつが働く本屋のCDコーナーで、万引き犯に間違えられたのだから。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 ブラザー

(2)「気色悪いんだよ」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 金田 信広:

「あのクソ店長は元気かよ」


 嫌味ったらしく、そう言ってやる。

 俺を万引き犯と決めつけた、太め店長の狸顔を思い出していた。


 神林:

「はは。あの人も悪い人じゃないんだけどね。その節は、大変失礼しました」


 神林と名乗った男は、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて苦笑する。

 すっかり俺の横に落ち着いてしまったそいつは、目の前の流れる川を見つめてつぶやいた。


 神林:

「あの女の子に、見られててよかったね」


 金田 信広:

「別に。防犯カメラのおかげだろ」


 あの騒動に一緒にいた羽鳥の顔も、芋づる式に浮かんでしまう。

 正義漢ヅラの気にくわないあいつのツラを、今は思い出したくなかった。


 ぷいっと顔を横に向けつつも、あの時のことがどうしても頭の中でリプレイする。

 横にいる神林の落ち着いた行動が、蘇った。


 金田 信広:

「……あんたは、あんまり疑ってなかったな」


 ふとつぶやく。

 神林は「ああ」と思い出したかのように笑った。


 神林:

「まあ、万引き犯って感じじゃなかったからな」


 そうか? とつい、神林の顔を振り返ってしまう。

 あの店長は、俺の見た目で万引き犯と決めつけていたが。

 しかし神林は目を細めて、内緒話のようにこそっと言う。


 神林:

「本当に万引きしてるやつなら、あんなに堂々と否定できないさ」


 神林:

「したやつは、もっとビクビクおどおどしてんのさ」


──まるで、本当の万引き犯を知っているかのような物言いだ。


 まあ書店員なのだから、今までにも万引き犯と遭遇したことはあるのだろう。

 どこか、眩しそうに川を眺めている神林の横顔を見て、俺も同じように川に目を向けた。

 そこにはただ、キラキラと日差しを受けて輝いている川の水が流れている。


 とその時。

 グゥ、と俺の腹が鳴った。


 金田 信広:

「!」


 しまった。昼飯を食い損ねたからだ。

 よりによって昼間に離婚話を打ち明けるなんて、あいつらは本当に子どものことを何も考えていない。

 俺はムカつきと恥ずかしさで、ついうつむいた。


 神林:

「……飯、食いに行くか!」


 金田 信広:

「!?」


 隣の男は笑うでもなく、予想外のことを口走る。


 金田 信広:

「は!?」


 神林:

「近くのファミレス行こうぜ。こないだのお詫びで、おごってやるよ」


 金田 信広:

「そ、そんなの別にいいし!」


 しかし男はすでに立ち上がって、ケツの草や汚れをパンパンと払いのけている。

 まだ座り込んでいる俺を見下ろし、笑いかけた。


 神林:

「でも、もうすぐここの会場設営が始まるぜ」


 金田 信広:

「へ?」


 神林:

「今日から姫泣祭だろ。初日は灯篭流しもあるから、ここにテントが張られるんだよ」


 そういえば、そんな祭りがこの街にはあった。

 3日間も続く地元では大きな祭りで、地元住民にとっては大きなイベントだ。

 来るまでにそのような看板やポスターも、見た気がする。


 金田 信広:

「……チッ」


 舌打ちをして立ち上がった。

 まあいいや。どうせ家にも帰りたくないんだ。

 俺は神林が提案してきた食事に、ついていくことにした。



 ・   ・   ・



 近くのファミレスに落ち着くと、俺と神林は向かい合って座った。

 俺はハンバーグセット、神林はピザセットを注文する。

 ほどなくして、湯気の立ったそれらが俺たちのテーブルに並んだ。


 ウェイトレス:

「ごゆっくりどうぞ」


 ウェイトレスの女がそう言ってレシートを置いていくと、俺はすぐに手をつけ始めた。

 そんな俺の前で、神林が手を合わせて「いただきます」と変に頭を下げてからピザを食べ始める。

 腹が減っていたので、飯はうまかった。

 ハンバーグのデミグラスソースは濃厚で、合間合間に白飯をかっこむ。

 食べている俺の口はまるでバキュームだったろう。神林が突然笑った。


 神林:

「そんなに焦らなくても、なくならねーよ」


 うるさいなぁ。

 そう思いつつやつを見ると、向こうはゆっくりと口を動かし、堪能するかのように食っていた。

 俺と目が合うと、なぜか嬉しそうに笑う。


 神林:

「誰かと食べるご飯ってさ、うまいよな」


 金田 信広:

「……!?」


 突然のその言葉に、俺の手が止まる。

 フォークにぶっさしていたハンバーグが、口に運ぶ前にポロリと落ちた。


 金田 信広:

「気色悪いこと言うなよ」


 神林:

「え、そうか? 気色悪いかなぁ」


 本当に変なやつ。

 俺は水をひとまず飲み、また食事を再開した。

 それ以降は会話も特になく、皿の上がキレイになっていくだけだ。


 それでも。


 互いに向き合って腹を満たしていくこの時間が、俺には少しだけ居心地が悪いような気がした。


 どうしてだろう。

 なんだか腹がすぐに、いっぱいになりそうだ。



 ・   ・   ・



 神林:

「じゃあ、お金は置いてくから。ゆっくりしてって」


 神林はバイトがあるということで、先に帰っていった。

 まだ帰りたくなかった俺は、1人だけファミレスに残ることにした。

 ドリンクバーだけでとりあえず居座ってやろう、と飲み物をお代わりする。

 気がつけば辺りは、人が多くなっている。

 ファミレスとだけあって家族連れが多く、邪魔くさいガキの声が耳をつんざいた。



「誰かと食べるご飯ってさ、うまいよな」



 のほほんと神林が言い放った言葉。

 マジで気色悪い。

 ご飯のうまいマズイに、そんなの関係あるかよ。


 それなのに思い出してしまったのは、遠い過去の食卓の風景だ。

 俺の幼い記憶の中。

 薄れゆく記憶のギリギリのところに残っている、その風景。

 4人で食卓を囲んでいた過去が、たしかにあった。

 父さんと母さんと克弘と俺。

 まだ本当に小さかった俺が、どんな思いでその食卓についていたのかなんて、もう思い出せない。


 金田 信広:

「………」


 機械から抽出されたジュースを1人、席についてすする。

 水で薄められたそれは、味気ない人工甘味料の味しかしなくて、半分も飲むことができなかった。




 ◇ 続く ◇


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