Ep.24 ブラザー(1)「くたばっちまえ」
あいつの部屋は、俺の隣だ。
自室へ入ろうとしたとき、その隣の扉が開いて、やつが姿を現した。
半分だけ体を出し、いつもの無表情顔で声をかけてくる。
金田 克弘:
「ノブ、今帰ったのか」
兄貴の克弘だった。
金田 信広:
「何だよ」
今さら遅いとでも、説教すんのかよ。
時刻は夜の九時。
夏休み中の俺の帰宅は、いつにもまして遅くなっていた。
訝しげに見やった俺に、克弘はすっと視線を落とし言葉を続けた。
金田 克弘:
「たぶん、もうすぐだぞ」
金田 信広:
「は?」
何が、と俺が聞き返す前に。
金田 克弘:
「あの2人の離婚。今日なんか、話してたから」
金田 信広:
「……!」
それだけ告げると、克弘は扉を閉めて部屋に戻る。
それを俺は見届けて、自分の部屋に入った。
小さく舌打ちして、扉の前で立ちすくんで歯を噛みしめる。
いつだってそうだ。
俺の知らない間に、物事はどんどん進んでいく。
金田 信広:
「…………うぜぇ」
呟いた言葉は、蒸し暑い夏の部屋に溶けてなくなる。
金田信広。中2の夏。
自らの人生の舵は、自分以外が握っていることに、どうしようもない腹立たしさを感じていた。
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ブラザー
(1)「くたばっちまえ」
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翌日の昼。
克弘の予想通り、それは告げられた。
母さん:
「私たち、離婚をすることにしたから」
金田 信広:
「………」
めずらしく父母が並んで座っている。
その向かいに俺と克弘は並んでいて、そんな2人を睨みつけていた。
いや、睨みつけているのは俺だけだ。
克弘はやたら冷めた目をして、その言葉を受け止める。そして冷静に、言葉を返した。
金田 克弘:
「……そう。いつ?」
母さん:
「今月中には」
金田 克弘:
「この家には、どっちが住むの?」
母さん:
「私よ。お父さんは、別のところで暮らすわ」
卓上では、母さんと克弘の声だけが飛び交っている。
俺と父さんは、ずっと黙っていた。
久しぶりに見た父さん。以前よりも髪が伸びていて、目はどこかおどおどとしている。
ここに俺らが座ってから、一度も目を合わせようとはしなかった。
金田 克弘:
「そう。なら俺は、母さんと住む」
金田 信広:
「!」
隣で淡々とそう言い放った克弘を、俺は睨んだ。
何さっさと、自分だけ結論づけてんだよ。
そんな俺に、ずっと黙っていたはずの父さんが声をかけてきた。
父さん:
「ノブはどうする? 父さんとこ来るか?」
金田 信広:
「──!」
イラっとした。
何だよこれは。
何でもう、別れ住む段取りの話になってんだよ。
ふざけんじゃねぇよ!
金田 信広:
「──っざけんじゃねぇよ! 」
心の叫びは、そのまま声に出ていた。
テーブルに拳を思い切り叩きつけて、椅子から立ち上がる。
金田 信広:
「勝手に決めてんじゃねーよ! むかつくなぁ!」
母さん:
「ノブ……っ」
母さんが、悲痛そうな表情を向けた。
ああ、ああ。いつだってあんたはそうだ。
いつだって、悲しく苦しそうな表情を俺に向ける。
被害者ヅラして傷ついた顔して、さも悲劇のヒロインぶる。
クソババア。
隣のクソジジイとお似合いだよ!
うっとうしい空気から逃れるように、背を向けた。
金田 克弘:
「待てよノブ!」
克弘が背後で俺の名を叫んだが、それも無視する。
あいつの冷静すぎる声は、よけいに俺の腹立たしさを助長させる。
みんな、みんなくたばっちまえ。
スニーカーを履き潰すと、暑っ苦しい夏の外へと飛び出した。
・ ・ ・
そうしてイライラしたまま、外に出たのがいけなかったのだろう。
姫泣川河川敷横の道路を歩いていると、ぶつかったとかで変な高校生2人組に絡まれた。
夏休み中だというのに制服を着ていたその男たちは、補習か何かの帰りだろうか。
突然俺に絡んできて、ケンカをふっかけてきたんだ。
男子高校生1:
「その髪、かっこいいとか思ってんの?」
男子高校生2:
「クソダッセェ。ガキがイキッてんじゃねーよ」
金田 信広:
「………っ」
自分たちだってまだ、ガキのくせに。
そんな言葉も殴られたときに唇を切ったのか、痛くてすぐに口にすることができなかった。
姫泣川の河川敷。
キラキラと流れている川の横で、ボロ雑巾のようにこいつらに殴られている。
2対1だけでも分が悪いのに、相手は俺よりも体格も力もある。
卑怯な奴らだと、苛立ちはさらにヒートアップした。
金田 信広:
「イキッてんのはそっちじゃねーか!」
ムカついて拳をフルスイングする。
男子高校生2:
「おっと」
しかしそれはサラリとかわされ、しかも背後からもう1人が俺を羽交い締めにして、動きを封じた。
金田 信広:
「! 離せ!」
男子高校生1:
「お前弱いなー。見かけ倒しかよ」
男子高校生2:
「弱いくせに粋がるから、こうなるんだ……っよ!」
金田 信広:
「ぐっ!」
腹に思いきり、もう1人が拳をめり込ませる。
クソ! ちくしょう!
何で俺がこんな目に──!
男:
「お前ら、何してんだ! 」
金田 信広:
「!」
突然男の声が響き、男子高校生の動きが止まった。
見上げると河川敷の上から、1人の若い男がこちらを見下ろし必死に叫んでいる。
男:
「今、警察を呼んだからな!」
ビシッとこちらを指差し、そいつは階段をかけおり向かってくる。
その言葉を受けて、男子高校生たちは「ヤベェ」と慌てて俺から離れた。
男子高校生1:
「いくぞ!」
男子高校生2:
「サツは勘弁だな」
落ちていたカバンを抱きかかえると、そいつらは向かってきた男とすれ違うように、脱兎のごとく逃げ出した。
男:
「うわっ」
男は肩にぶつかられよろけるが「まったく」と呆れたような声をもらして、2人を見送る。
追うようなことはせず、呆然とした俺に近づいてきた。
男:
「お前、大丈夫だったか?」
金田 信広:
「………」
助けられたのだ、と理解した。
しかし、無性にイライラしていた俺は、痛みやムカつきもあって、そんな男の視線を無視して河川敷に腰を下ろす。
男:
「おい、大丈夫か?」
男はそんな俺の動作に、倒れたのかと一瞬思ったのだろう。
慌てて差し伸べられたそいつの手を、払いのけた。
金田 信広:
「大丈夫だよ! 触んな!」
男:
「!」
男は頭をポリポリ掻いて、困ったようにこちらを見る。
本当に若い男だった。たぶんこいつも高校生くらいだろう。
どこかで見たことがあるような気もしたが、そんなことを考える頭のキャパは今、俺にはなかった。
男:
「……警察呼んだってのは、嘘だからさ。お前もさっさと帰ろよ?」
金田 信広:
「るせーな。あっち行けよ」
誰も俺にかまうな。うざいんだよ。
ふて寝を決め込んで、河川敷に寝転がる。
しばらくすると、男は諦めたように立ち去った。
目を閉じて静かになった河川敷で1人、無心になる。
緑の風があたりを駆け抜けて、俺の髪の毛をなぜた。
涼やかな風は少しだけ、血が滲んだ肌に小さな痛みをもたらす。
ああ、もう嫌だ。
何もかも。
そんな自暴自棄な俺に、また小さな足音が近づいてきた。
ガサガサ、と何かビニール袋の音も聞こえる。
金田 信広:
「……?」
少し目を開けると。
男:
「ああ、やっぱり。まだいたな」
さっきの男が何やらビニール袋を携えまたやってきた。
その袋を見るとどうやら、近くのコンビニのものらしい。
眉間を寄せた俺が身を起こすと、男はニコリと笑ってその横に腰かけた。
◇ 続く ◇




