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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.24 ブラザー(1)「くたばっちまえ」

 あいつの部屋は、俺の隣だ。

 自室へ入ろうとしたとき、その隣の扉が開いて、やつが姿を現した。

 半分だけ体を出し、いつもの無表情顔で声をかけてくる。


 金田 克弘:

「ノブ、今帰ったのか」


 兄貴の克弘だった。


 金田 信広:

「何だよ」


 今さら遅いとでも、説教すんのかよ。

 時刻は夜の九時。

 夏休み中の俺の帰宅は、いつにもまして遅くなっていた。

 訝しげに見やった俺に、克弘はすっと視線を落とし言葉を続けた。


 金田 克弘:

「たぶん、もうすぐだぞ」


 金田 信広:

「は?」


 何が、と俺が聞き返す前に。


 金田 克弘:

「あの2人の離婚。今日なんか、話してたから」


 金田 信広:

「……!」


 それだけ告げると、克弘は扉を閉めて部屋に戻る。

 それを俺は見届けて、自分の部屋に入った。

 小さく舌打ちして、扉の前で立ちすくんで歯を噛みしめる。


 いつだってそうだ。

 俺の知らない間に、物事はどんどん進んでいく。


 金田 信広:

「…………うぜぇ」


 呟いた言葉は、蒸し暑い夏の部屋に溶けてなくなる。


 金田信広。中2の夏。

 自らの人生の舵は、自分以外が握っていることに、どうしようもない腹立たしさを感じていた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 ブラザー

(1)「くたばっちまえ」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 翌日の昼。

 克弘の予想通り、それは告げられた。


 母さん:

「私たち、離婚をすることにしたから」


 金田 信広:

「………」


 めずらしく父母が並んで座っている。

 その向かいに俺と克弘は並んでいて、そんな2人を睨みつけていた。


 いや、睨みつけているのは俺だけだ。

 克弘はやたら冷めた目をして、その言葉を受け止める。そして冷静に、言葉を返した。


 金田 克弘:

「……そう。いつ?」


 母さん:

「今月中には」


 金田 克弘:

「この家には、どっちが住むの?」


 母さん:

「私よ。お父さんは、別のところで暮らすわ」


 卓上では、母さんと克弘の声だけが飛び交っている。

 俺と父さんは、ずっと黙っていた。

 久しぶりに見た父さん。以前よりも髪が伸びていて、目はどこかおどおどとしている。

 ここに俺らが座ってから、一度も目を合わせようとはしなかった。


 金田 克弘:

「そう。なら俺は、母さんと住む」


 金田 信広:

「!」


 隣で淡々とそう言い放った克弘を、俺は睨んだ。

 何さっさと、自分だけ結論づけてんだよ。

 そんな俺に、ずっと黙っていたはずの父さんが声をかけてきた。


 父さん:

「ノブはどうする? 父さんとこ来るか?」


 金田 信広:

「──!」


 イラっとした。

 何だよこれは。

 何でもう、別れ住む段取りの話になってんだよ。


 ふざけんじゃねぇよ!


 金田 信広:

「──っざけんじゃねぇよ! 」


 心の叫びは、そのまま声に出ていた。

 テーブルに拳を思い切り叩きつけて、椅子から立ち上がる。


 金田 信広:

「勝手に決めてんじゃねーよ! むかつくなぁ!」


 母さん:

「ノブ……っ」


 母さんが、悲痛そうな表情を向けた。

 ああ、ああ。いつだってあんたはそうだ。

 いつだって、悲しく苦しそうな表情を俺に向ける。

 被害者ヅラして傷ついた顔して、さも悲劇のヒロインぶる。

 クソババア。

 隣のクソジジイとお似合いだよ!


 うっとうしい空気から逃れるように、背を向けた。


 金田 克弘:

「待てよノブ!」


 克弘が背後で俺の名を叫んだが、それも無視する。

 あいつの冷静すぎる声は、よけいに俺の腹立たしさを助長させる。


 みんな、みんなくたばっちまえ。


 スニーカーを履き潰すと、暑っ苦しい夏の外へと飛び出した。



 ・   ・   ・



 そうしてイライラしたまま、外に出たのがいけなかったのだろう。

 姫泣川河川敷横の道路を歩いていると、ぶつかったとかで変な高校生2人組に絡まれた。


 夏休み中だというのに制服を着ていたその男たちは、補習か何かの帰りだろうか。

 突然俺に絡んできて、ケンカをふっかけてきたんだ。


 男子高校生1:

「その髪、かっこいいとか思ってんの?」


 男子高校生2:

「クソダッセェ。ガキがイキッてんじゃねーよ」


 金田 信広:

「………っ」


 自分たちだってまだ、ガキのくせに。

 そんな言葉も殴られたときに唇を切ったのか、痛くてすぐに口にすることができなかった。


 姫泣川の河川敷。

 キラキラと流れている川の横で、ボロ雑巾のようにこいつらに殴られている。

 2対1だけでも分が悪いのに、相手は俺よりも体格も力もある。

 卑怯な奴らだと、苛立ちはさらにヒートアップした。


 金田 信広:

「イキッてんのはそっちじゃねーか!」


 ムカついて拳をフルスイングする。


 男子高校生2:

「おっと」


 しかしそれはサラリとかわされ、しかも背後からもう1人が俺を羽交い締めにして、動きを封じた。


 金田 信広:

「! 離せ!」


 男子高校生1:

「お前弱いなー。見かけ倒しかよ」


 男子高校生2:

「弱いくせに粋がるから、こうなるんだ……っよ!」


 金田 信広:

「ぐっ!」


 腹に思いきり、もう1人が拳をめり込ませる。


 クソ! ちくしょう!

 何で俺がこんな目に──!



 男:

「お前ら、何してんだ! 」


 金田 信広:

「!」


 突然男の声が響き、男子高校生の動きが止まった。

 見上げると河川敷の上から、1人の若い男がこちらを見下ろし必死に叫んでいる。


 男:

「今、警察を呼んだからな!」


 ビシッとこちらを指差し、そいつは階段をかけおり向かってくる。

 その言葉を受けて、男子高校生たちは「ヤベェ」と慌てて俺から離れた。


 男子高校生1:

「いくぞ!」


 男子高校生2:

「サツは勘弁だな」


 落ちていたカバンを抱きかかえると、そいつらは向かってきた男とすれ違うように、脱兎のごとく逃げ出した。


 男:

「うわっ」


 男は肩にぶつかられよろけるが「まったく」と呆れたような声をもらして、2人を見送る。

 追うようなことはせず、呆然とした俺に近づいてきた。


 男:

「お前、大丈夫だったか?」


 金田 信広:

「………」


 助けられたのだ、と理解した。


 しかし、無性にイライラしていた俺は、痛みやムカつきもあって、そんな男の視線を無視して河川敷に腰を下ろす。


 男:

「おい、大丈夫か?」


 男はそんな俺の動作に、倒れたのかと一瞬思ったのだろう。

 慌てて差し伸べられたそいつの手を、払いのけた。


 金田 信広:

「大丈夫だよ! 触んな!」


 男:

「!」


 男は頭をポリポリ掻いて、困ったようにこちらを見る。

 本当に若い男だった。たぶんこいつも高校生くらいだろう。


 どこかで見たことがあるような気もしたが、そんなことを考える頭のキャパは今、俺にはなかった。


 男:

「……警察呼んだってのは、嘘だからさ。お前もさっさと帰ろよ?」


 金田 信広:

「るせーな。あっち行けよ」


 誰も俺にかまうな。うざいんだよ。


 ふて寝を決め込んで、河川敷に寝転がる。

 しばらくすると、男は諦めたように立ち去った。


 目を閉じて静かになった河川敷で1人、無心になる。

 緑の風があたりを駆け抜けて、俺の髪の毛をなぜた。

 涼やかな風は少しだけ、血が滲んだ肌に小さな痛みをもたらす。


 ああ、もう嫌だ。

 何もかも。


 そんな自暴自棄な俺に、また小さな足音が近づいてきた。

 ガサガサ、と何かビニール袋の音も聞こえる。


 金田 信広:

「……?」


 少し目を開けると。


 男:

「ああ、やっぱり。まだいたな」


 さっきの男が何やらビニール袋を携えまたやってきた。

 その袋を見るとどうやら、近くのコンビニのものらしい。

 眉間を寄せた俺が身を起こすと、男はニコリと笑ってその横に腰かけた。




 ◇ 続く ◇

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