Ep.22 隠したがり彼女(7・終)「素顔のままで」
夏休み中の保健室付近は、とても静かだ。
今はペタリペタリとスリッパを床に打ちつけ、ゆっくりとそこに近づいていた。
扉の前に立つ。
喉が鳴る。
勇気を出しノックをすれば、落ち着いた声が向こうから小さく聞こえた。
篠田 かなえ:
「はい、どうぞ」
坂本 平八:
「……失礼します」
俺が引き戸を開けると、そこには少しだけ驚いた顔をした彼女が、デスク前で立ち上がろうとしていた。
❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀
隠したがり彼女
(7)「素顔のままで」
❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀
篠田 かなえ:
「坂本先生……!」
俺は中に入ると扉を閉め、キョロキョロと中を見渡した。
坂本 平八:
「今、誰かいます?」
篠田 かなえ:
「え、いえ……誰も」
それを聞いてホッと息を吐く。
そして彼女に向き合った。
坂本 平八:
「じゃあ、今いいかな? ……かなちゃん」
篠田 かなえ:
「!」
敬語をなくし、そう呼んだ。
すると彼女は小さくうなずき、両手を胸の前で忙しく動かした。
篠田 かなえ:
「はい、何でしょう」
その動作を見て、俺は小さく微笑む。
彼女とご飯やデートをしているときに、気づいたんだ。
かなちゃんは緊張すると、手や指先が忙しく動く。
ポーカーフェイスな彼女は、目よりも手が物を言う。
坂本 平八:
「いきなりで……ごめん」
坂本 平八:
「かなちゃん、もう気づいてるだろうけど」
坂本 平八:
「俺、君が好きなんだ」
篠田 かなえ:
「!」
思っていた以上に、緊張せずに言えた。
でも女性に対してこんなふうに告白することは、生まれて初めてだった。
坂本 平八:
「俺と付き合ってほしい。先生としてではなく、1人の男として」
篠田 かなえ:
「平八さん……」
彼女は、どう受け止めてくれているのだろうか。いまさらながらに不安になる。
でも、もう後戻りはできない。
ただ彼女の返事を待って、俺は立ちすくんでいた。
篠田 かなえ:
「…………」
篠田 かなえ:
「……えっと……その……」
しかし、彼女はなかなか返事をしない。
喉に言葉が引っかかっているように口を開いては閉じてを繰り返し、指を組んだり回したりしている。
坂本 平八:
「……」
坂本 平八:
「……俺じゃ、ダメかな?」
不安に駆られそう言うと。
篠田 かなえ:
「そんなことありません!」
かなちゃんは慌てて顔を上げ、俺と目を合わせた。
そこにあったのは、初デートの帰りの車でも見せてくれた、少し潤んだ瞳。
篠田 かなえ:
「そんなこと……っ」
篠田 かなえ:
「……平八さんこそ……私でいいんですか?」
坂本 平八:
「え?」
意外な言葉に、俺は目を丸くした。
明らかに美女と野獣状態なのに、そんな言葉が彼女から出るとは思わなかったから。
篠田 かなえ:
「私、全然可愛げないですし……つまらない女ですし」
手を顔の横にし、髪や耳をいじるかなちゃんは、いつになく幼く見えた。
篠田 かなえ:
「前だって二股されて……それに気づかないほど、バカな女です」
坂本 平八:
「……!」
──やっぱりあの野郎、一発殴っとけばよかった。
歯をぐっと噛みしめる。
でもわかった。かなちゃんがすんなりと応えられない理由が。
彼女もきっと、大きな不安を今、抱えているんだ。
落ち着いていて俺よりも恋愛偏差値が高そうな彼女の素顔が今──はっきりと見えている。
坂本 平八:
「かなちゃん」
彼女が安心できるように、俺は笑った。
そうだな──最初から、こう言えばよかったんだ。
全力で、いつもの俺らしく。
坂本 平八:
「俺と、結婚前提で付き合ってほしい」
篠田 かなえ:
「……!!」
坂本 平八:
「君と、きちんと付き合いたいんだ」
そう言い終えた後に、喉が鳴る。
いきなりすぎただろうか。ひかれただろうか。
でも、いつでも全力投球。猪突猛進。そんな俺だから仕方ない。
そしてかなちゃんは。
そんな俺に向けて、ようやく笑顔を見せてくれたんだ。
小さく何度もうなずいて。
素直に嬉しそうに微笑む。
篠田 かなえ:
「こんな私で、よかったら」
君だからいいんだよ、なんてキザで気の利く台詞はすぐに思いつかず。
俺はようやく応えてくれたことが嬉しくて「よっしゃあー!」と、ガッツポーズを決めてしまった。
かなちゃんはそんな俺を見て、小さく笑う。
はは、夢みたいだ。
かなちゃんは今この瞬間、俺の彼女になったんだ。
それを確かめたくて、つい腕を広げる。
坂本 平八:
「あの、抱きしめてもいいかな」
篠田 かなえ:
「!」
篠田 かなえ:
「そういうのは……聞かなくてもいいです」
そ、そうなのか。
俺は彼女に近づくと、ぎこちなく抱きしめた。
馬鹿力を出しすぎないように。でも嬉しくて、ついぎゅっと抱きしめてしまう。
白衣の彼女からは、少しだけ消毒剤の匂いがした。保健室にいつもいる彼女の香りだ。
坂本 平八:
「……あのさ、かなちゃん」
篠田 かなえ:
「はい」
抱きしめたまま、俺は言った。
坂本 平八:
「俺と出かけるときは、好きな服を着てよ」
篠田 かなえ:
「え?」
坂本 平八:
「変装なんかしなくていい。そのままのかなちゃんと、デートしたいから」
篠田 かなえ:
「平八さん……」
彼女は俺の腕の中で顔をあげ、少しだけ泣きそうな顔をした。
篠田 かなえ:
「ありがとう……嬉しいです」
そうして笑った彼女は、俺にはまるで天使のように見えた。
ダメだ、もう、幸せすぎる……!!
ぎゅっと腕の力をきつくした俺。
が、しかし。かなちゃんは突然俺の胸を押し返した。
篠田 かなえ:
「へ、平八さん! 外に人が……っ」
坂本 平八:
「え!?」
慌てて腕を離し、彼女が見ているグラウンド側の窓に目を向ける。
するとそこに、中曽根と戸田がいた。
2人とも頬を染めながら、「うひゃあ~」と言ってそうな似た表情をし、こちらをガン見している。
ちょうど帰るところらしい。
──なんだあいつらか。
俺は窓に近寄り開けると、中曽根を手招いた。
たじろぎながら近づいた中曽根に、笑って伝える。
坂本 平八:
「言いふらすなよ。お前のこれ、内緒にしてやるから」
そう言ってほっぺを突いてやると。
中曽根 悠:
「い、言いふらさねーし!」
と、やつは真っ赤になって戸田の元へ戻った。
慌てる背中を見送って苦笑する。
まぁ、あいつらなら大丈夫だろう。
篠田 かなえ:
「戸田さんたちでしたね」
背後でかなちゃんが心配そうにそう言った。
俺はそんな彼女に振り返り、安心させようと笑いかける。
坂本 平八:
「大丈夫。あいつらなら、言いふらしはしないよ」
篠田 かなえ:
「……そうですね」
脅したことは告げずにそう言う。
俺たちは、去っていく中曽根と戸田を見つめて笑い合った。
そしてこっそり、窓の下で手をつなぐ。
まぁ、言いふらされてもいいけどな。
なんて思ったのは、彼女に内緒にして。
素顔を隠しがちな彼女のいろんな面を、これから見つけていきたいなと思いながら、強くその手を握った。
◇ 終わり ◇
❀次エピソードへ続く




