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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.22 隠したがり彼女 (6)「カッコ悪い男」

 スマホが、メッセージ着信のランプを光らせる。

 慌てて画面を見ると、そこにある言葉に俺はうなだれた。


 坂本 平八:

(また、断られた……)


 かなちゃんに、2度目のデートを誘って2回目。

 連続で断られた現実に、俺は自宅のベッドに突っ伏しへこんだ。

 前回までは食事もデートも、一発オッケーだったのに。しかも、別日の提案も向こうからは特にないのだ。


 坂本 平八:

(ここでガツガツしたら、嫌われるかな……)


 坂本 平八:

(というか、避けられてる?)


 嫌な考えをしてしまう。

 かなちゃんが断るようになったのは、あの元カレが現れてからだ。


 坂本 平八:

(あいつが忘れられない、とか?)


 俺よりスマートでイケメンで、女慣れしてそうなやつだった。

 恋愛偏差値の数値は、かなり高いに違いない。


 坂本 平八:

「……」


 くじけそうになる。

 でかい図体を縮めてすがるようにスマホを握る俺は、最高にカッコ悪い男だった。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 隠したがり彼女

(6)「カッコ悪い男」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 8月に入り、お盆ももうすぐという頃。

 サッカー部活動を終わらせた俺は、ある生徒を探していた。


 坂本 平八:

「おい、中曽根はもう帰っちまったか?」


 更衣室をのぞき、行方を知っているであろう大谷と小池に声をかける。


 大谷 圭介:

「あいつなら、さっさと着替えて出てったよ」


 小池 隼人:

「たぶん家庭科室にいると思います」


 坂本 平八:

「家庭科室?」


 思いがけないワードが出てきて、目を丸める。

 そんな俺に、大谷がニヤニヤと笑って教えてくれた。


 大谷 圭介:

「今日は彼女も部活あったから、一緒に帰るんだってさ~」


 小池 隼人:

「向こうのが早く終わるから、家庭科室で待っててもらって、迎えにいくんだって言ってました」


 小池の補足でようやく理解する。

 ああ、たしかあいつの彼女の戸田るりは、家庭科部だったか。

 校内の名物カップルは、教師陣ももちろん把握している。

 学業に支障ないよう、付き合っている者同士はクラスを同じにしないようにするためだ。

 俺は手元のプリントをひらめかせた。


 坂本 平八:

「わかった。お前らも早く帰れよ~」


「はーい!」と元気に返事をした部員たちに背を向ける。

 明日からお盆休みのため、しばらくサッカー部は休みだ。

 休み前に、保護者宛てのこのプリントを渡したくて、俺は中曽根を探しに家庭科室へ足を向けた。



 ・   ・   ・



 坂本 平八:

(それにしても、中学でもう彼女持ちとは……)


 最近の自分の恋がうまくいっていないせいか、教え子の恋愛事情につい思いを巡らせてしまう。


 俺が中坊時代のときにも、中曽根のようなやつはいた。

 いるだけで女の子の注目を集める、天然のモテるやつだ。そういったやつは大抵、大人になってもカッコイイ。


 坂本 平八:

(同窓会で会った竜ちゃんとかマサも、変わらずイケメンだったなぁ)


 そんなことまで思い出す。

 あの頃の俺にとって、恋愛なんてのは漫画やドラマだけのもので、身近ではなかった。

 だから今、こじらせてこうなってはいるんだろうけど。


 カッコイイ奴は、どこまでもカッコよく。

 カッコ悪い俺は、どこまでもカッコ悪い。


 そんな卑屈なことを考えている間に、特別教室棟の家庭科室に近づいた。

 空気の通りをよくしているのか、窓や扉は開いていて、ちらりと中に中曽根の姿が見えた。


 坂本 平八:

(お、いたいた)


 薄汚れた体操着からTシャツに着替えた中曽根は、家庭科室の机前に立ち、何かをじっと見ている。

 その視線の先には、座って机に突っ伏している女の子がいた。


 坂本 平八:

(戸田か?)


 どうやら待っている間に、寝てしまったらしい。

 夏用セーラー服の彼女は、腕の上で顔を横にし、すやすやと気持ち良さそうに寝ている。


 坂本 平八:

(はは、起こそうか悩んでるのか)


 何となく話しかけづらい雰囲気に、俺の足が止まる。


 窓から舞い込む薫風が、戸田の背中のセーラー襟をなびかせた。

 中曽根の短い髪も、それに合わせて揺れる。

 すると、中曽根は片手を机につけて、彼女の顔をのぞいた。


 中曽根 悠:

「…………」


 じっと戸田を見つめる中曽根。

 ははは、中曽根ちょっと、近すぎないか?

 まぁ、好きな子の寝顔だから仕方ないんだろうけど。


 なんて微笑ましく見ていたら。


 坂本 平八:

(……ん!?)


 中曽根は両手をついて肘を折り、ゆっくりと顔を戸田に近づけだした。


 こ、これは……もしかして?


 俺に、止められるわけもなく。


 中曽根は戸田の頬に──キスをした。

 ついばむような、ほんの小さなキスを。


 坂本 平八:

「……っ!」


──これは。

 見てはいけないものを見てしまったのかもしれない。


 中曽根はすぐに顔を離し、自分の唇を手で隠した。顔は真っ赤である。


 そして。


 中曽根 悠:

「!」


 ようやく、俺の存在に気づく。


 中曽根 悠:

「!!?」


 ガタガタッ!

 と中曽根は大きく後ずさりをして、背後のイスに膝を折られる。


 中曽根 悠:

「うわぁ! 」


 ひっくり返った中曽根は、無様にも床に尻をつけて倒れた。


 戸田 るり:

「ひゃ!?」


 物音に戸田は、跳ねるようにして身を起こした。


 戸田 るり:

「え、何? なに?」


 中曽根 悠:

「いたたた……」


 戸田 るり:

「え、悠? 大丈夫!?」


 突然現れた中曽根と俺の存在にびっくりしつつも、戸田は倒れていた彼氏を心配し駆け寄った。

 俺も中に入って、そんな2人に近づく。


 坂本 平八:

「驚かせてすまんな。ほら中曽根、渡し忘れてたプリントだ」


 中曽根 悠:

「は、はい……」


 立ち上がった中曽根は、真っ赤な顔を戸田から隠しながらそれを受け取った。

 俺はそんな彼の肩をポンポンと叩き、小さく告げる。


 坂本 平八:

「見なかったことにするから」


 中曽根 悠:

「……!!」


 見てんじゃねーか! という中曽根の叫びが聞こえそうだ。

 俺はきょとんとしている戸田と真っ赤に震える中曽根を置いて、家庭科室を後にした。



 1人で廊下を歩く。

 何度も思い出してしまうさっきの中曽根の姿に、悪いとは思いつつも、小さな笑いがついこぼれた。


 坂本 平八:

(あいつ、カッコ悪かったなぁ)


 イケメンのスポーツ万能少年のくせに、彼女にバレないように、こっそりほっぺにチューをして。

 俺に見つかって慌ててすっころんだあいつは、どう見てもカッコ悪かった。


 でも、そうだよな。

 男ってきっと、恋したらカッコ悪くなっちまうんだろう。


 スマホでのメッセージに、一喜一憂したり。

 開け放たれてる教室なのに、つい彼女の寝顔にキスしたり。


 恋愛中の男はバカで間抜けでカッコ悪い。

 でも、それでいいじゃないか。

 カッコ悪くいこうじゃないか。


 坂本 平八:

(かなちゃん……まだ、いるよな)


 スリッパをキュッと鳴らして踵を返す。

 早足で、歩き出した。




 ◇ 続く ◇

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