Ep.22 隠したがり彼女(5)「嫌われたくない」
前回の恋の終わりは、最悪だった。
優しく大人な彼は二股をかけていて、その相手と結婚した。
彼も相手も同じ職場であり、仕事仲間。
新卒で働き出したそこは、一気に地獄へと変わる。
異動の話が来たときは私も救われた思いだったが、もしかして私たちの関係がバレていたのだろうかと、疑心暗鬼にもなった。
山川先生:
「いいかい、教師同士の恋愛は、結婚するまでは秘密だからね」
と、彼に言われて。
篠田 かなえ:
(結婚のことまで、考えてくれているんだ……)
なんてときめいていた自分を呪いたい。
中学の養護教諭である私、篠田かなえ。
以前の恋愛のせいか、今回の恋愛には、とても慎重になっている。
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隠したがり彼女
(5)「嫌われたくない」
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篠田 かなえ:
「そこから1歩も入らないで下さい!」
私は保健室で怒鳴っていた。
聖域であるここに、この男をそれ以上入れたくなかったからだ。
山川先生:
「そんなに毛嫌いしなくても」
扉に背をつけて苦笑する男は、悪気なんてこれっぽっちもなさそうだった。
夏休み中の保健室に来訪してきたこの男、山川先生は、私の以前の職場の同僚であり、元カレである。
なぜ突然現れたのだろうかと、私は動揺を隠せない。
山川先生:
「今日は、部活の練習試合の申し込みに来たんだ」
山川先生:
「……てのは口実で。本当は君の顔が、見たかったからだけど」
篠田 かなえ:
「……!」
厚顔無恥とは、こういう人のことを指すのだろう。
あんな別れ方をした私に、どうしてそんなことが言えるのか。
二股をかけて捨てたのに。
その左手薬指に、指輪をはめているくせに。
私にはかまわないでほしい。
篠田 かなえ:
「私は見たくありません」
ぴしゃりと言い放った私に。
山川先生:
「……相変わらずだなぁ」
と彼は、変わらぬ笑みを浮かべた。
山川先生:
「可愛げがもうちょっとあれば、かなえは最高にいい女なんだけどね」
山川先生:
「そんなんじゃ、新しい彼に嫌われちゃうよ?」
篠田 かなえ:
「!」
篠田 かなえ:
「大きなお世話です!」
カチンときた私は触れたくなかったが、彼を押しやって保健室から追い出した。
山川先生:
「あ、ちょっと……」
まだ何か言いかけている彼を閉め出すと、内側から鍵をかけた。
これでもう安心だ。
篠田 かなえ:
「ふぅ……」
安堵の息がもれ、どっと疲れた私はデスクのイスに腰掛ける。
坂本先生とのデートで遭遇しただけでも嫌だったのに、職場にまで来るなんて……!
篠田 かなえ:
(坂本先生……)
篠田 かなえ:
(……平八、さん)
2人きりの時の呼び方を、こっそりと呟く。心臓がきゅうっとなった。
こんなふうにときめく恋愛を、また体験できるなんて、1年前の私なら考えられなかった。
平八さんとは食事を2回、デートを1度した。
バレンタインをきっかけにこちらから好意を示してみたが、彼もそれに応えようとしてくれている……と思う。
思う、なんて語尾につけてしまうのは、私が今、恋愛に臆病になっているからだ。
以前の恋愛トラウマは、あまりにも強い。
篠田 かなえ:
(でも平八さんは……違う)
彼は優しい。そしてとても真摯だ。
何事にも真っ直ぐで、素直で。
太陽みたいな存在に、私は惹かれた。
そんな彼だから、恋をまたしたいと思えた。
グラウンドに視線を向ける。
保健室はグラウンドがよく見える特等席で、スポーツ大会のときも、それを知っている一部の女の子たちが集まっていた。
グラウンドの中の少年たちに混じり、声を響かせ指導している平八さんを見つめる。
日に焼けた彼は暑そうなのに、笑うと爽やかだ。
スポーツで鍛えた体はがっちりとして、でも表情ばかりは柔らかくて、不思議な魅力が彼にはあった。
そんなふうに、うっとりと想い人を見ていたら。
篠田 かなえ:
(ん?)
篠田 かなえ:
(……え!?)
平八さんが駆け寄り、立ち話をした相手。
それは紛れもなく、先程までここにいた山川先生だったのだ。
篠田 かなえ:
(何で!?)
練習試合の申し込みに来たと言っていたけれど……もしかして、山川先生もサッカー部顧問だったの?
以前はバスケットボール部だったが、年度が変わって担当も変更してしまったのか。
私は窓辺に張り付くと、2人の様子を見た。
が、遠すぎてどんな表情をしているのかはわからない。
握手をしたり肩や腕を叩いたり、何やら親しげにしているように見える。
篠田 かなえ:
(山川先生……変なこと言ってないかしら)
不安がよぎる。
ドクドクと嫌な動悸が胸をしめつけた。
もし、彼が平八さんに何か変なことを吹き込んで私を嫌いになったら。
私は立ち直れるだろうか。
篠田 かなえ:
「……っ」
怖い。
あの真っ直ぐな彼に嫌われたら、私は今度こそもう立ち直れなくなる。
この恋を失ったら、もう、二度と……。
臆病者が顔を出す。
それは、失恋を経験していたからこそ植え付けられた、弱虫な自分だった。
◇ 続く ◇




