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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.22 隠したがり彼女(5)「嫌われたくない」

 前回の恋の終わりは、最悪だった。


 優しく大人な彼は二股をかけていて、その相手と結婚した。

 彼も相手も同じ職場であり、仕事仲間。

 新卒で働き出したそこは、一気に地獄へと変わる。

 異動の話が来たときは私も救われた思いだったが、もしかして私たちの関係がバレていたのだろうかと、疑心暗鬼にもなった。


 山川先生:

「いいかい、教師同士の恋愛は、結婚するまでは秘密だからね」


 と、彼に言われて。


 篠田 かなえ:

(結婚のことまで、考えてくれているんだ……)


 なんてときめいていた自分を呪いたい。


 中学の養護教諭である私、篠田かなえ。

 以前の恋愛のせいか、今回の恋愛には、とても慎重になっている。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 隠したがり彼女

(5)「嫌われたくない」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 篠田 かなえ:

「そこから1歩も入らないで下さい!」


 私は保健室で怒鳴っていた。

 聖域であるここに、この男をそれ以上入れたくなかったからだ。


 山川先生:

「そんなに毛嫌いしなくても」


 扉に背をつけて苦笑する男は、悪気なんてこれっぽっちもなさそうだった。

 夏休み中の保健室に来訪してきたこの男、山川先生は、私の以前の職場の同僚であり、元カレである。

 なぜ突然現れたのだろうかと、私は動揺を隠せない。


 山川先生:

「今日は、部活の練習試合の申し込みに来たんだ」


 山川先生:

「……てのは口実で。本当は君の顔が、見たかったからだけど」


 篠田 かなえ:

「……!」


 厚顔無恥とは、こういう人のことを指すのだろう。

 あんな別れ方をした私に、どうしてそんなことが言えるのか。


 二股をかけて捨てたのに。

 その左手薬指に、指輪をはめているくせに。

 私にはかまわないでほしい。


 篠田 かなえ:

「私は見たくありません」


 ぴしゃりと言い放った私に。


 山川先生:

「……相変わらずだなぁ」


 と彼は、変わらぬ笑みを浮かべた。


 山川先生:

「可愛げがもうちょっとあれば、かなえは最高にいい女なんだけどね」


 山川先生:

「そんなんじゃ、新しい彼に嫌われちゃうよ?」


 篠田 かなえ:

「!」


 篠田 かなえ:

「大きなお世話です!」


 カチンときた私は触れたくなかったが、彼を押しやって保健室から追い出した。


 山川先生:

「あ、ちょっと……」


 まだ何か言いかけている彼を閉め出すと、内側から鍵をかけた。

 これでもう安心だ。


 篠田 かなえ:

「ふぅ……」


 安堵の息がもれ、どっと疲れた私はデスクのイスに腰掛ける。

 坂本先生とのデートで遭遇しただけでも嫌だったのに、職場にまで来るなんて……!


 篠田 かなえ:

(坂本先生……)


 篠田 かなえ:

(……平八、さん)


 2人きりの時の呼び方を、こっそりと呟く。心臓がきゅうっとなった。


 こんなふうにときめく恋愛を、また体験できるなんて、1年前の私なら考えられなかった。

 平八さんとは食事を2回、デートを1度した。

 バレンタインをきっかけにこちらから好意を示してみたが、彼もそれに応えようとしてくれている……と思う。

 思う、なんて語尾につけてしまうのは、私が今、恋愛に臆病になっているからだ。

 以前の恋愛トラウマは、あまりにも強い。


 篠田 かなえ:

(でも平八さんは……違う)


 彼は優しい。そしてとても真摯だ。

 何事にも真っ直ぐで、素直で。

 太陽みたいな存在に、私は惹かれた。

 そんな彼だから、恋をまたしたいと思えた。


 グラウンドに視線を向ける。

 保健室はグラウンドがよく見える特等席で、スポーツ大会のときも、それを知っている一部の女の子たちが集まっていた。


 グラウンドの中の少年たちに混じり、声を響かせ指導している平八さんを見つめる。

 日に焼けた彼は暑そうなのに、笑うと爽やかだ。

 スポーツで鍛えた体はがっちりとして、でも表情ばかりは柔らかくて、不思議な魅力が彼にはあった。

 そんなふうに、うっとりと想い人を見ていたら。


 篠田 かなえ:

(ん?)


 篠田 かなえ:

(……え!?)


 平八さんが駆け寄り、立ち話をした相手。

 それは紛れもなく、先程までここにいた山川先生だったのだ。


 篠田 かなえ:

(何で!?)


 練習試合の申し込みに来たと言っていたけれど……もしかして、山川先生もサッカー部顧問だったの?

 以前はバスケットボール部だったが、年度が変わって担当も変更してしまったのか。

 私は窓辺に張り付くと、2人の様子を見た。

 が、遠すぎてどんな表情をしているのかはわからない。

 握手をしたり肩や腕を叩いたり、何やら親しげにしているように見える。


 篠田 かなえ:

(山川先生……変なこと言ってないかしら)


 不安がよぎる。

 ドクドクと嫌な動悸が胸をしめつけた。


 もし、彼が平八さんに何か変なことを吹き込んで私を嫌いになったら。

 私は立ち直れるだろうか。


 篠田 かなえ:

「……っ」


 怖い。

 あの真っ直ぐな彼に嫌われたら、私は今度こそもう立ち直れなくなる。


 この恋を失ったら、もう、二度と……。


 臆病者が顔を出す。

 それは、失恋を経験していたからこそ植え付けられた、弱虫な自分だった。




 ◇ 続く ◇

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