Ep.22 隠したがり彼女(4)「男の戦い」
7月も終わる頃。
夏休み中でも部活動指導のある俺は、その日もサッカーボールを追いかけ走り回る生徒たちに、叱咤激励を飛ばしていた。
坂本 平八:
「小池ー! そこはアシストに回れ!」
小池 隼人:
「はい!」
坂本 平八:
「大谷、もっと重心低くだ!」
大谷 圭介:
「うっす!」
今は特に、主力となりそうな2年生の指導に力を入れている。
今年の1年生もいい人材が入ってきているし、こりゃ来年には地区予選突破も目指せるかもしれないな。
今年は2戦目敗退となってしまったが、今度こそは……! と意気込んでいたときだった。
犬井先生:
「坂本先生ー、お客様ですー」
グラウンドの隅から、大きな声で犬井先生に呼ばれた。
坂本 平八:
「はい?」
振り返る俺。
するとそこにいた人物に、目を見開いた。
犬井先生は横に立っている長身の男に、何やら声をかけている。
犬井先生:
「あちらがサッカー部顧問の坂本先生です」
山川先生:
「へぇ……ありがとうございます」
それはつい最近、アウトレットモールで遭遇した、篠田先生……いや、かなちゃんの元カレだったのだ。
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隠したがり彼女
(4)「男の戦い」
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山川先生:
「あなたも教員だったんですね」
近づいた俺に、開口一番そう言った男。名前はたしか……。
坂本 平八:
「山川先生、でしたっけ」
山川先生:
「ああ、そうです。覚えててくれたんですね」
忘れられるはずがないだろ、と心の中で抗議する。
しかし外面には、べったりと笑みを貼り付け、俺は挨拶をした。
坂本 平八:
「サッカー部顧問で、保健体育担当の坂本と申します」
山川先生:
「ご丁寧にどうも。僕は東中のサッカー部顧問で、英語担当の山川です」
すらりと長い手を差し伸べられ握手を求められる。
俺は負けないようにがっしりと、それを掴んでやった。
山川先生:
「お、いい腕してるね〜。さすが体育教師」
するととたんに山川先生はくだけた物言いになって、俺の腕をポンポン叩いた。
人との距離感が近い人だ。
かなちゃんにもこんなふうに近づいたのだろうか、なんて考えてしまう。
坂本 平八:
「あの、今日は?」
自然に手を離して尋ねた。
山川先生:
「ああ、練習試合を頼みたいと思ってね」
それだけのために? と俺の疑問は顔に出ていたのだろう。だって普通ならば、電話1本で済む話だ。
しかし山川先生は、どこ吹く風と何でもないように笑っている。
山川先生:
「ついでに敵情視察ってやつかな」
坂本 平八:
「はぁ……」
よく読めない人だ。
自分のペースに引き込むことに長けていそうな印象も受けた。
そして山川先生はその印象どおりに、スケジュール帳を開くと、予定のすり合わせや場所の話などを詰めていく。
仕事ができる男。
悔しいが、そんな雰囲気だ。
山川先生:
「では9月末の土曜日に、1度こちらでということで」
坂本 平八:
「はい」
スムーズに日程は決まり、山川先生はパタリと手帳を閉じる。
胸元のポケットにペンを差し込む動作さえ優雅でついジッと見てしまう。
そんな俺に、彼は何やら不敵な笑みを急に浮かべた。
山川先生:
「ところで、君はかなえの彼氏?」
坂本 平八:
「!」
こいつ……彼女を呼び捨てにしやがった。
いまだにかなちゃん呼びに慣れてない俺をあざ笑うかのような、憎らしい視線を向けてくる。
坂本 平八:
「……まだ、彼氏ではないです」
バカ正直に答えるしかない俺。
山川先生:
「……まだ、ねぇ」
悔し紛れに付け加えたそれを、山川先生は苦笑し繰り返した。
くそ、バカにされてる……!?
ぐっと唇を噛んだ俺に山川先生は近づいて、肩に手をかけ耳元で囁いてくる。
山川先生:
「あいつ、難しいだろ? 何を考えてるかわかりづらいしさ」
山川先生:
「まぁ、顔と体だけは悪くなかったけど……」
坂本 平八:
「……っ!」
前言撤回だ。
どこが優雅だ──このゲス野郎。
俺は肩にかけられていた山川先生の右手をつかんだ。ギリギリと握力を込めて、ゆっくりとそれを肩から外す。
山川先生は、少しだけ驚いた顔をこちらに向けた。
許せなかった。
自分がバカにされたことじゃない。
彼女を侮辱したようなこいつの発言に、俺は怒っていた。
脳裏に、彼女の顔がよぎる。
俺の名前を呼んでくれたかなちゃん。
楽しそうにショッピングするかなちゃん。
アイスを落とした俺に笑ったかなちゃん。
そんな、1人の女性としてのかなちゃんだ。
坂本 平八:
「……あんたが可哀想だよ」
山川先生:
「?」
坂本 平八:
「あんな可愛い素顔、知らないなんてさ」
山川先生:
「……!」
山川先生は目を見開いて、俺を見つめ返した。
素顔なんて、俺も知らないさ。
でも──でも、見えかかっているんだ。
クールな印象を与える彼女の顔の裏側にある、温かく可愛らしい素顔が。
山川先生:
「……やだな、そんなにマジになんないでよ」
山川先生は髪の毛を掻いて、苦笑した。
その指を見やり、俺は眉をひそめる。
まだキレイな結婚指輪が光っていた。
坂本 平八:
「あなた、既婚者でしょう。あんまり篠田先生にかまわないでやってください」
山川先生:
「ああ、さっき顔を出したら追いだされたよ。女は怖いね」
彼女にちょっかい出さないように釘をさしたのに、やつはもう出していた。
こいつやっぱり、いけ好かない!
山川先生:
「ま、9月の練習試合を楽しみにしてますよ」
坂本 平八:
「ええ、僕もです」
バチバチと、俺たちの間に見えない火花が散る。
山川先生の立ち去る姿もどこかキザに見えて、俺はその背中に心の中で舌を出した。
絶対、あいつんとこには負けたくない!
睨んでいた俺に、サッカー部名物の大中小トリオが寄ってきた。
興味津々に話し掛けてくる。
中曽根 悠:
「坂本先生! 今の誰?」
サッカー部のエース、中曽根が聞いてきた。
坂本 平八:
「東中のサッカー部顧問だ。練習試合を頼まれてな」
小池 隼人:
「わぁ、東中ってけっこう、強いですよね」
マスコット的存在でありながら、努力家でレギュラーを射止めた小池はさすが、他校もチェックしているらしくそう言った。
大谷 圭介:
「へー、イケメンだったなぁ」
キーパー大谷は、よけいな一言がいつも多い。
坂本 平八:
「大谷、スクワット20セット!」
大谷 圭介:
「え、何で!?」
坂本 平八:
「お前の守りにかかってるんだ! いいからやれ~!」
大谷 圭介:
「ご、ご無体なー!!」
この夏は、みっちりこいつらをしごいてやろう。
俺は固く決意した。
◇ 続く ◇




