Ep.22 隠したがり彼女(3)「隠しているもの」
なんだかんだで、デートは穏やかに過ぎていった。
かなちゃんはショッピングを純粋に楽しんでいたし、俺もそんな彼女を見られて幸せだ。
暑いのでアイスクリームを食べていたら、溶けて落とした俺を見て、かなちゃんは笑う。
クールな印象の彼女も、一歩学校から出て白衣を脱げば、普通の女性だ。
わかりづらい表情だって俺はけっこう見分けられるようになっている。
坂本 平八:
(やっぱり……)
坂本 平八:
(好きだなぁ)
今日、告白を決意していることを、彼女は知らない。
いつもとは違う無垢な笑顔を浮かべる彼女の顔が眩しくて、俺はなかなか目を合わせられなかった。
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隠したがり彼女
(3)「隠しているもの」
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告白はやはり、最後に車で送った後にしようと考えていた。
今の時刻は夕方六時。
そろそろ夕食の頃合いである。
坂本 平八:
「かなちゃん、今日は夕食も一緒にする?」
篠田 かなえ:
「平八さんがいいなら」
坂本 平八:
「もちろん! じゃあここで、食べて行こうか」
ここのアウトレットモールにも、良さげなお店はたくさんある。
俺たちは一階に置かれたレストランの案内板を一緒に見上げて、どこにしようかと話を始める。
その時だった。
?:
「──あれ、篠田先生?」
知らない声が、背後から聞こえた。
振り返るとそこに、俺と同い年くらいの男が一人立っている。
ジャケットをスマートに着こなす、やけにイケメンな男だった。体格は俺の方がいいが、やつも負けず劣らずの長身だ。
篠田 かなえ:
「……山川先生!」
かなちゃんが、珍しく声を上擦らせてびっくりしていた。
先生ということは、どうやらこの男も教師らしい。
もしかして以前の職場の同僚か?
山川先生:
「久しぶりだね。偶然じゃん」
人懐っこく気さくな笑顔を浮かべて、男は言った。
ちらりとこちらを見て、もう一度かなちゃんを見る。
山川先生:
「元気にしてた?」
篠田 かなえ:
「……はい。……おかげさまで」
山川先生:
「はは、ならよかった」
そう笑った男に対して、一瞬彼女の表情が苦しそうに崩れたように見えた。
……かなちゃん?
男はそんな彼女に目を細めて、キザそうに髪を搔き上げる。その左手薬指には、シルバーの指輪がはめられていた。
なんだ、既婚者かよ。
なんて、ホッとしている自分がいた。
山川先生:
「……心配してたんだよ。あんな別れ方をしたからさ」
篠田 かなえ:
「……! やめてください!」
坂本 平八:
「!?」
含みのある山川という男の台詞と、かなちゃんの慌てた様子に、俺の心臓が跳ねた。
なんだかこの2人、ただの元同僚という雰囲気じゃない……?
篠田 かなえ:
「ほら、奥さんが探してますよ」
かなちゃんは指をさし男を促す。
その先には、ベビーカーを押す女性が、誰かを探しているようにキョロキョロとしていた。
山川先生:
「そうだね。じゃあ、さよなら」
男はあっさりと踵を返し、手を振り去っていった。
一瞬、俺の方に不敵な笑みを浮かべながら。
坂本 平八:
「…………」
なんだか、むかつくやつだ。
俺は頭をポリポリ掻きながら、黙り込んでしまった彼女の横顔を見つめた。
坂本 平八:
「えっと、前の職場の方?」
篠田 かなえ:
「……はい」
小さくうなずく彼女。
こちらに目を向けずに、地面をじっと見ているようだ。
そんな彼女の反応に、嫌な予感が心をくすぶらせる。
俺はいつだって猪突猛進。こんな時にでさえ。
坂本 平八:
「もしかして、元カレとか?」
篠田 かなえ:
「!」
彼女の肩がビクッと震え、こちらを見上げた。
少しだけ苦しそうな表情は、初めて見るものだった。
篠田 かなえ:
「……む、昔の話です!」
否定はされなかった。
──そうか、やっぱり付き合っていた人がいたのか。
覚悟はしていたものの、その事実はやたらずしんと俺の心に乗っかった。
しかも相手はあんなイケメンで、キレイなかなちゃんに釣り合いの取れるような男だ。
それでいてやつも、教師だというじゃないか。
坂本 平八:
(慣れてるって、そういうことか……)
教師との交際をしていたんだ。
だから今日も変な気を回して、変装みたいな服を着てきたのだろう。
それはあの男との交際があったがゆえの、彼女の気遣いだったのだ。
坂本 平八:
「………」
その事実は、俺の心臓をやたら締め付ける。
バカじゃないのか。
こんな年になって、好きな相手の元カレにヤキモチを妬くなんて。
坂本 平八:
「かなちゃん」
篠田 かなえ:
「! は、はい」
坂本 平八:
「ご飯、和食と洋食どっちがいい?」
篠田 かなえ:
「え?」
坂本 平八:
「女の子は、パスタ系がいいのかな。あ、ここなら冷製パスタとかあるよ」
突然話題転換した俺に、彼女はどう思ったのだろう。
でも俺は空気を変えたくて、無理やり笑ってそんなことを言った。
篠田 かなえ:
「えっと……パスタ、好きです」
彼女はどこかぼんやりと、しかしホッとしたように、そう言った。
もしかしたら、彼女にとっても触れられて欲しくない過去だったのかもしれない。
坂本 平八:
「じゃあ決まりだ! この店に行こう」
篠田 かなえ:
「は、はい」
そうして俺たち2人は、並んで歩きだした。
ただその間には、先程にはなかったほんの少しの隙間が、できたように感じた。
・ ・ ・
夕食も済ませると、俺たちは帰ることにした。
待ち合わせ場所だったコンビニの駐車場に車を停め、俺は隣に座る彼女を見つめる。
坂本 平八:
「今日はありがとう」
篠田 かなえ:
「こちらこそ」
ショッピング袋を膝に乗せ、彼女はにっこりと笑う。
──本当なら。
ここで、告白をしたかった。
でも、先ほどの山川という男の存在がどうもその勢いを邪魔して、俺のやる気を削がせる。
こんな心境じゃ、告白なんかできない。
坂本 平八:
(また、別の日にあらため直すか)
まあまだチャンスはある、と言い訳をして、俺は彼女が車から降りるのを待った。
しかし、彼女は無言のまま動かない。
じっと前を見つめて、何か考えていた。
坂本 平八:
「……かなちゃん?」
体調でも悪いのだろうか、と心配になって、俺が声をかけたのと同時だった。
篠田 かなえ:
「──あ、あの人は!」
かなちゃんが急に、声をあげた。
篠田 かなえ:
「あの人はもう、過去のことなんです!」
坂本 平八:
「え?」
まぬけな声を出した俺に対し、かなちゃんは強い瞳をこちらに向ける。
困ったような表情にも見える、苦しげな顔。
目が少し潤んでいるように見えるのは、気のせいだろうか。
篠田 かなえ:
「今は何とも思ってません! 今は……」
篠田 かなえ:
「……今は……」
坂本 平八:
「……」
──今、は?
その言葉の続きが知りたくて、でも彼女はなかなか言ってくれなくて、俺の心臓が加速していく。
かなちゃん。
俺は期待して──いいのだろうか。
ごくり、と唾を飲み込んだ。
坂本 平八:
「……お」
坂本 平八:
「俺……っ」
ピリリリリ!
とその時運悪く、俺のスマホが着信音を響かせた。
その音に俺も彼女もびっくりして、しかし音は鳴り止まないので慌てて俺はスマホを取り出す。
坂本 平八:
「ご、ごめん」
篠田 かなえ:
「いえ……」
そう一言告げて、俺は電話を取った。
電話をかけてきたのは学年主任の先生で、来週に行われる研修に関する連絡事項だった。
そんなのメッセージで済ませてくれよ! と俺は、悲痛な声を心で叫んだ。
坂本 平八:
「あ、かなちゃん……?」
電話が終わって隣を見ると、彼女は車から降りてこちらを見ていた。
ぺこりと、丁寧に頭を下げて笑ってくれる。
篠田 かなえ:
「今日は、ありがとうございました」
先ほどの潤んで見えた瞳は気のせいだったのだろうか、と思えるくらい、いつもの彼女の顔だった。
しまった……もうすっかりタイミングを逃している。
首元を掻いて、苦笑するしかない。
坂本 平八:
「こちらこそ、ありがとう。楽しかったよ」
篠田 かなえ:
「私もです」
彼女は、いつもの表情が読めない篠田先生に戻っていた。
でも、俺はこの一日でちゃんと知れたんだ。
彼女も普通の女の子だって。
それだけでも宝物みたいに、俺にとっては大きな収穫だ。
坂本 平八:
「また、どっか行こうな」
篠田 かなえ:
「!」
篠田 かなえ:
「……はい」
彼女の返事にホッとして、俺はエンジンをかけた。
静かにアクセルを踏み、名残惜しげに彼女の元から走り去る。
大丈夫、まだゆっくりやっていけばいいさ。
また宝物を探すみたいに、ゆっくりと。
彼女の隠れているものを、ひとつずつ見つけたい。
そう、俺は思ったんだ。
◇ 続く ◇




