Ep.22 隠したがり彼女(2)「近づきたい」
篠田先生との初デート先には、郊外にあるちょっと大きめのアウトレットモールへと誘った。
そこなら、生徒やその家族、仕事仲間と会う心配もなかろうと考えた。
教師という立場は何かと知り合いも多く、また見つかると厄介なものである。
坂本 平八:
(まぁ俺は、見つかってもいいんだけど……)
坂本 平八:
(篠田先生に迷惑かかっても、悪いしな)
当日の朝、俺はせっせと車の中を掃除してそんなことを考えていた。
乗せていた荷物を取っぱらい、砂埃を払い、消臭剤を丹念に吹きかける。
とくに篠田先生が座るであろう助手席には、より丁寧に綿密に、キレイにしたのであった。
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隠したがり彼女
(2)「近づきたい」
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通勤にも使っているミニバンを走らせ、篠田先生との待ち合わせ場所へと向かう。
篠田先生の自宅近くのコンビニ駐車場に車を停めると、一人の女性が俺の車に近づいてきた。
坂本 平八:
(し……篠田先生?)
俺はびっくりしてエンジンを切り、車から降りた。
篠田 かなえ:
「こんにちは、坂本先生」
篠田先生はニコリと笑って、俺に対して頭を下げる。
外でも礼儀正しいその振る舞いに、彼女らしいなと感じつつも、俺は篠田先生の服装に目を丸めていた。
Tシャツにスキニーパンツ、腰にはチェック柄のシャツを巻いておりと、なんというか、カジュアルなのだ。
しかもサマーニット帽を被っており、ぱっと見篠田先生とはわからなかった。
職場では白衣ばかりの彼女とのギャップがすごい。
坂本 平八:
「篠田先生、意外な格好ですね」
思わず本音がポロリと出た。
篠田 かなえ:
「え……と、変ですか?」
坂本 平八:
「いや、そんなことないですよ!」
慌てて頭を振った。
たしかに意外な服装に驚きはしたが、そんな服装も彼女には似合っていると思ったからだ。
そういえば、篠田先生って俺より若いんだよな。二十六だっけ? そりゃ、こういう格好もするよな。
坂本 平八:
「似合っています」
篠田 かなえ:
「……ありがとうございます」
落ち着いて笑った篠田先生に、俺も安心する。
そして彼女は笑って、こんなことを言った。
篠田 かなえ:
「坂本先生と、ペアルックみたいになっちゃいましたね」
坂本 平八:
「え!?」
よく見れば、俺もTシャツにジーンズパンツだった。
先生のパンツは白だが、Tシャツは俺と同じグレー系である。
坂本 平八:
「ははは。偶然ですね」
と、そこで俺はコホンと喉をならした。
告白へのまず第一歩を、ここで踏んでおきたいのだ。
坂本 平八:
「ところで、今日は先生って呼び合うの、やめません?」
篠田 かなえ:
「え?」
坂本 平八:
「あと敬語も。ほら、せっかくの休日なんだから」
職場での慣れのせいか、いまだに先生と言い合っている。
それが俺たちの間に、距離感を作っているような気がしていた。
今日はそれを取り払い彼女に近づきたい。
そう考えたのだ。
坂本 平八:
「まぁ、嫌じゃなかったら……だけど」
ポリポリ頭をかいてそう付け加えた俺に。
篠田 かなえ:
「……じゃあ」
篠田 かなえ:
「平八、さん?」
坂本 平八:
「!」
自分で提案したくせに、実際に篠田先生にそう言われてびっくりしている俺。
彼女はそんな俺に対して、柔らかく笑っている。
篠田 かなえ:
「平八さんは、私のことをなんて呼んでくれるんですか?」
坂本 平八:
「えっと……かなえ、さん?」
篠田 かなえ:
「さんはいらないです」
坂本 平八:
「うっ……。じゃあ、か、かなえちゃん? かなちゃん?」
篠田 かなえ:
「………」
篠田 かなえ:
「……かなちゃんで」
気のせいだろうか。
少しだけ彼女の顔が赤くなった気がする。
こうして俺たちは、やっとお互いの呼び方を変えることになった。
それは俺にとって、大きな前進である。
俺はかなちゃんを念入りに掃除した助手席に乗せると、いつもよりより緊張感を持って運転を開始したのだった。
・ ・ ・
有名なブランドメーカーが多く入っているアウトレットモールには、家族連れやカップルが多かった。
俺たちもカップルに見えているんだろうか、と少しウキウキしながら、隣の彼女を気にして歩く。
坂本 平八:
「かなちゃんは、こういう所によく来るの?」
慣れない言い方に早く慣れるよう、俺はなるべく名前を呼んで話しかけてみた。
うおお、でもすごくまだ恥ずかしいぞ……!
と顔が赤くなりそうになる。
篠田 かなえ:
「んー、たまに……ですね。ここも何回か、来たことがあります」
坂本 平八:
「そっか。何か気になるショップあったら、気にせず寄ってくれよな」
篠田 かなえ:
「はい、ありがとうございます」
結局敬語を彼女はやめなかったが、それでもいつもよりだいぶ打ち解けてくれたような気はする。
これも「かなちゃん」効果だろうか。
篠田 かなえ:
「あ、あのお店、見てもいいですか?」
坂本 平八:
「もちろん!」
彼女が入ったお店は、女性用ブランド服のお店だった。
女性のブランドはよくわからないが、シックでキレイな感じのお店だ。彼女のいつものイメージによく合っている気がする。
彼女は手前に陳列されていたスカートを手に取り、見始めた。
花柄でパステルカラーのそれは、夏らしくとても爽やかな印象の服だ。
坂本 平八:
「可愛いね」
篠田 かなえ:
「ええ、可愛いですね」
うっとりとそのスカートを品定めしている。
そんな彼女の今の服装はやっぱりカジュアルで、ちょっとちぐはぐな感じもした。
坂本 平八:
「かなちゃんって、こういう服が好きなの?」
篠田 かなえ:
「んー、そうですね」
坂本 平八:
「普段、通勤でもこういう感じだよね」
篠田 かなえ:
「ふふ、そうかもしれません」
坂本 平八:
「でも今日は、カジュアルだね」
篠田 かなえ:
「!」
何の気なしに言ったのだが、その言葉を受け彼女はハッと顔をこちらに向けた。
篠田 かなえ:
「や、やっぱり今日の服、変ですか!?」
坂本 平八:
「え、そんなことないよ?」
カジュアルな服装ももちろん、似合っている。
でも、こういったキレイめな服が好きだという彼女が今の格好をしているのは、どうしてだろうかと純粋に疑問に思っただけだ。
坂本 平八:
「……」
もしかして、と。
ひとつの理由が、ぼんやりと浮かんだ。
坂本 平八:
「もしかして今日のその服装は……変装?」
そう聞くと、彼女は小さく頷いた。
坂本 平八:
(や……やっぱり!)
これも、一種の職業病なのだろうか。
教師という立場上、なぜか外出時に生徒やその家族に見られても大丈夫な服装、あるいはバレないように、普段と違う印象を与える変装のようなことをしてしまう人がたまにいる。
彼女もその一人だったのだ。
ちなみに俺は、まったく気にしない無頓着である。
と言うか服自体に興味がない、ファッションセンスゼロの男なのだ。
篠田 かなえ:
「だって、平八さんも見られたら困るでしょう?」
坂本 平八:
「そ、そんなこと……!」
と言いかけて、ぐっと口を閉じる。
俺だって今朝、同じようなことを考えていたじゃないか。かなちゃんに迷惑がかかるかもしれないなんて、思っていたじゃないか。
そんな俺を見て、彼女は少しだけ眉を下げる。
篠田 かなえ:
「大丈夫です、慣れてますから」
そう言って彼女はスカートを棚に戻し、「行きましょう」とお店を出て行った。
坂本 平八:
(……慣れてる?)
その言葉が、少しだけ引っかかった。
彼女はこういったことに、慣れているのか。
こんな風に、教師の立場を気にしてデートをすることに、慣れている……?
ふと、以前犬井先生とした会話を思い出した。
…………………………
犬井先生:
「篠田先生って、謎が多いよな。以前の勤務先の話もしないし」
犬井先生:
「案外、元カレとかいたりして」
……………………………
坂本 平八:
「………」
その言葉を打ち消すかのように、頭を振る。
そして先を歩く彼女に追いつけるように、近づけるように、急いで足を進めたのだった。
◇ 続く ◇




