Ep.22 隠したがり彼女(1)「恋愛偏差値」
俺の名前は坂本平八。二十八歳。
しがない公立中学の体育教師である。
昔から体を動かすことが好きで、少年時代は野球にサッカー、大学ではアメフト部に所属して汗を流していた。
スポーツを楽しむ間に、時間は充実して過ぎていく。
だから、というのは言い訳かもしれないが。
恋愛ごとにはてんで疎く、俺にとっては遠い世界のことだった。
ちなみに彼女は、大学時代に別れたきりできていない。
もしも、恋愛偏差値があるのならば、俺のそれはいかほどか。
きっと、目も当てられない数値に違いない。
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隠したがり彼女
(1)「恋愛偏差値」
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坂本 平八:
(よ……よし!)
スマホを持つ手が、震えている。
自分の体よりはるかに小さなそれにビビりながら、俺は送信ボタンをタップした。
坂本 平八:
(いけ!)
タン! と押したメッセージ。
それにすぐ既読がついて、心臓が跳ねた。
坂本 平八:
(はやっ!?)
しばらく画面を見ていると、返信のメッセージが表示された。マナーモードにしてあるのでランプだけが光る。
画面には「はい、喜んで」と簡略な、けれど俺にとっては嬉しい文字が、映し出されていた。
返信元の人の名前は「篠田かなえ」。
うちの中学の養護教諭である。
坂本 平八:
(……っや)
坂本 平八:
(やったぞーーー!!)
小さくガッツポーズを決めた。
そんな俺の肩を背後から叩いたのは、数学教師の犬井先生だった。
犬井先生:
「どうしたの坂もっちゃん。何か当たったの?」
坂本 平八:
「あ、いやぁ。ははは」
慌ててスマホを隠し、ここが夜の職員室だったことを思い出す。
すっかり外は真っ暗で、残っているのは俺と犬井先生だけのようだ。
俺と二つ違いの犬井先生は、気さくな表情を浮かべてにこにこと笑っている。
犬井先生:
「しかし坂もっちゃんは、遅くまで頑張るねぇ。明日から夏休みだし、無理するなよ?」
坂本 平八:
「そう言う犬井先生こそ」
わはは、と俺たちは薄い笑いを浮かべる。
そう、明日から夏休みである。
しかし教師にとって夏休みなど、休みではない。
ここぞとばかりに入れられる研修や勉強会の嵐が待っているのだ。
世間では、教師の八月は夏休みだから楽なんでしょ、なんて風潮があるが、とんでもない。休みなのは生徒だけである。
正直、普段の業務の方が少なくとも俺は楽だ。
坂本 平八:
(でも、今年の夏休みは……いいこともある)
犬井先生にバレないように、スマホを覗いてこっそり微笑む。
部活動や研修で忙しい俺の夏休みに、唯一取り入れられたオアシスのような予定。
篠田先生との初デートだ。
坂本 平八:
(が……頑張るぞ!)
小さく拳を握った俺に、犬井先生は「坂もっちゃん、燃えてるねー」と、わけもわからずにはやし立てていたのだった。
・ ・ ・
篠田先生とは2回、食事に行ったことがある。
1回目は俺がバレンタインのお礼にと誘い、2回目は篠田先生からだった。
その中で、何となく……篠田先生も俺に好意を抱いてくれているのかな、と思えるところはあった。
篠田 かなえ:
「坂本先生、彼女はいないんですか?」
篠田 かなえ:
「どんな女性のタイプが好きなんですか?」
淡々と、でも指先だけくるくる忙しく回している彼女の気持ちは、よくわからないが。
でも俺だって、もう大人の男だから。
そういうことを2人きりの食事で聞く意図は、何となくだが推測できる。
坂本 平八:
(好いてくれているんだよな……たぶん)
最後に「たぶん」をつけてしまうあたりに、俺の恋愛面の弱さが表れてしまっている。
確証がないと自信を持てない。
なんてったって、俺の恋愛偏差値は低い。
坂本 平八:
(篠田先生は……)
坂本 平八:
(俺よりは高いんだろうなぁ)
あれだけの美人だ。
今まで男に放っておかれたはずがない。
そんな人が、なぜ俺なんかに目を向けてくれたのかはわからないし、いやむしろ俺の勘違いかもしれないのだから、自信はますますなくなっていく。
でも。……だけど!
坂本 平八:
(男、平八……勝負をつけるぞ!)
昔から、逃げることや簡単に諦めることは嫌いだった。
何事にも全力でぶつかる性根はなかなか変わらないし、変わる予定もない。
こんな性格だから、中学教師にもなれた気はする。
思春期真っ盛りの奴らを相手にするのは、とにかく体力とハートの勝負。
仕事は辛いが天職でもあると考えていた。
そんな俺は、今度の初デートに賭けていた。
篠田先生に、俺は、一世一代の告白をする。
◇ 続く ◇




