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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.21 いじわるの方程式(4・終)「解答」

 小池 隼人:

「失礼します」


 職員室のドアを開けると、中は閑散としていた。

 先生たちもどうやらまだ、スポーツ大会の後片付けに追われているらしく、中には数人の先生の姿しか見えなかった。

 今日ばかりはいつもシャツや小綺麗な格好をしている先生たちも、ジャージやTシャツ姿だ。


 その中には、いつも通りのジャージ姿の坂本先生もいた。

 デスク横に立っていて、休憩中なのか水筒を手に持っている。


 坂本先生:

「おう、小池」


 先生は僕に気がつくと、いつもの調子で気さくに声をかけてくれた。


 小池 隼人:

「教室の鍵を、返しに来ました」


 何となく坂本先生とは会いたくなかったな、なんて考えを打ち消して、僕はそう言った。


 どうも今の僕は、何だか変だ。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 いじわるの方程式

(4)「解答」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 鍵を指定の壁にかけられたキーボックスに引っ掛けると、さっさと出ようと出入り口に戻る。

 しかし、坂本先生の横を通りすぎるときに、声をかけられた。


 坂本先生:

「小池。松宮のケガ、大したことなかったみたいだぞ」


 小池 隼人:

「え?」


 松宮さんの名前を出されて、ドキリとする。

 けれども先生はそのことに気づく様子もなく、笑って言葉を続けた。


 坂本先生:

「あの時、一緒にいたからな。心配してないかと思って、一応報告だ」


 僕がさっき、松宮さんと会っていたことを知らない坂本先生は、わざわざ僕が心配してないかと気を遣い教えてくれた。


 すこし、坂本先生を避けようとしていた自分に自己嫌悪。

 坂本先生は一人一人の生徒をきちんと見ているし、フォローしようとする。

 そういう先生だって、わかっていたじゃないか。


 小池 隼人:

「そうですか。よかったです」


 さっきまでの変なモヤモヤが少し薄れて、そう答えた。

 僕は何で、あんなにイライラしてしまったのだろう。

 そんな僕に、坂本先生は優しい笑みを見せてくれる。


 坂本先生:

「小池は優しいな」


 そして自分が優しいくせに、そんなことを言ったんだ。


 小池 隼人:

「え?」


 坂本先生:

「あの時、松宮を助けようと頑張ってただろう。なかなかできないよ、あれは」


 うんうん、と坂本先生は腕組みをして何だか感慨深げにうなずく。

 えーと、どういう意味だろう?


 小池 隼人:

「そうですか?」


 転んだ女の子を助けようとするのは、しごく当然じゃないのだろうか。

 しかし、坂本先生は何かを思い出しているのか、いいや、と首を振る。


 坂本先生:

「俺が中坊の時なんか、女の子をからかうか無視してばっかだったからなぁ。あんなとっさに心配したり、助けようとはなかなかできなかったぞ」


 坂本先生:

「逆にいじわるなんかしちゃったり」


 坂本先生:

「まぁ、好きだからいじめちゃうなんてしてたなぁ」


 そう言ってわはは、と笑う坂本先生。


 小池 隼人:

「そ、そうですか……」


 そう相槌を打つしかできなかったけれど、坂本先生の言葉の中に気になることがあった。


 好きだからいじめる。

 金田くんもたしか、そんなことを言っていた気がする。


 小池 隼人:

「………」


 小池 隼人:

「どうして、いじめてたんですか?」


 坂本先生:

「え?」


 坂本先生はきょとんとこちらを見た。

 僕はあらためて質問し直す。


 小池 隼人:

「好きなのに、どうしていじめちゃってたんですか? そんなの相手に、嫌われるだけなのに」


 坂本先生は、そんな僕の質問に少しだけたじろぎ、顎をさすった。


 坂本先生:

「き、厳しいな、小池……」


 しかし「うーん」と頭をひねり、答えを出そうとする坂本先生は、やはり生徒には真剣だ。

 昔を思い出そうとしているのか上を見上げ、ふと懐かしいものを見つけたかのように、小さく笑った。


 坂本先生:

「まぁ、ようはこっちを見てほしかったのかな」


 小池 隼人:

「……見てほしい?」


 坂本先生:

「そう。他のやつなんか見るなー! こっち見ろー! って」


 坂本先生:

「いじわるなんかしたら、睨む目しか向かないのにな」


 バカだったよなぁ、と坂本先生は小さく笑う。


 坂本先生:

「どうせなら、笑顔を向けて欲しいんだから、優しくすべきだったな」


 小池 隼人:

「……」


 そう言って笑った坂本先生は、やっぱり僕が好きな坂本先生だった。


 そうだね。

 僕も、笑顔を向けて欲しい。

 いじわるなんかせずに、優しくしてあげたいよ。


 松宮さんのことを思い出す。

 まだ、彼女に追いつけるだろうか?


 小池 隼人:

「坂本先生、ありがとうございました!」


 坂本先生:

「へ? お、おう」


 僕はぺこりと頭を下げた。

 坂本先生はどうして僕がお礼を言ったのかよくわからないみたいだったけど、背後から来た人物にようやく気がついて、慌てていた。


 篠田 かなえ:

「楽しそうなお話、してますね」


 坂本先生:

「し、篠田先生!?」


 篠田 かなえ:

「昔の坂本先生は、好きな子にいじわるだったんですね」


 坂本先生:

「あー、いやー、ははは……」


 そんな会話を遠くに聞きながら、僕は職員室から出たのだった。



 ・   ・   ・



 廊下を走る。

 いつもなら先生に怒られるところだったけど、今は人気のない校舎。僕を止める人はいない。

 そして、目的の背中を見つける。


 小池 隼人:

「松宮さん!」


 松宮 茜:

「!」


 松宮 茜:

「小池くん?」


 足のケガのため、ゆっくり歩いていた彼女には簡単に追いついた。

 下駄箱付近で立ち止まり、僕と向き合ってくれる。

 僕は少し息が上がってしまったのを、彼女の前で静かに整えた。


 小池 隼人:

「………さ」


 小池 隼人:

「さっきは本当にごめんね。いじわるなこと、言っちゃって」


 松宮 茜:

「……!」


 松宮 茜:

「大丈夫。気にしてないから」


 松宮さんはそう言って笑った。

 さっきの傷ついた顔とは違う、柔らかい目をこちらに向けてくれる。

 ふと、坂本先生の言葉を思い出す。



「ようはこっちを見て欲しかったのかな。他のやつなんか見るなー! こっち見ろー! って」



 小池 隼人:

(僕も……)


 小池 隼人:

(この目をこっちに、向けて欲しかったのかな)


 でも、いじわるをして向かせるなんて、僕は嫌だ。

 どうせなら、今みたいな笑顔を見せて欲しい。


 笑った松宮さん。

 ヘアピンでアレンジした髪型と相まって、1年生の時よりも女の子らしく、可愛く見えた。


 小池 隼人:

「松宮さん。ずっと思ってたんだけどさ……」


 松宮 茜:

「ん?」


 小池 隼人:

「髪型、可愛いね」


 松宮 茜:

「!!?」


 本人に言いたかったことを言えて、僕は笑った。

 松宮さん、喜んでくれるかな。

 なんて思って言ったんだけど。


 松宮 茜:

「こ……小池くん、からかわないでよ!! 」


 小池 隼人:

「え!?」


 なぜか松宮さんは笑ってくれずに、眉をあげて怒ったような表情をする。

 そしてその表情さえも、手で隠してしまってそっぽを向いてしまった。

 その手の隙間から、小さく松宮さんの声がもれる。


 松宮 茜:

「……あ……ありがとう」


 小池 隼人:

「………」


 えーと。

 これは喜んでくれたってことで、いいのかな?


 確かめようにも、松宮さんの顔は見られないから、僕は苦笑するしかない。


 ああ。

 数学も難しいけれど、女の子はもっと難しいな。


 優しくしたいのに、いじわるしたくなっちゃったり。

 優しくしたはずなのに、怒ったような表情をしたり。

 こうすればこうなるなんて方程式は、ないみたいだ。

 記号に隠された要素は、いつだって僕を困らせて、悩ませる。

 でも。


 小池 隼人:

「本当に可愛い」


 松宮 茜:

「もうやめて……」


 真っ赤になる松宮さんを見て、君にいじわるしたくなった理由が、ちょっとわかった。


 この困り顔なら、もっと見せてくれてもいいんじゃないかな。

 この顔を見せてくれるなら、少しのいじわるもいいんじゃないかな。


 なんて、僕はいじわるく思ったんだ。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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