↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
PR
103/273

Ep.21 いじわるの方程式(3)「難解」

 その日、無事にスポーツ大会は終わった。

 体育委員として動き回っていた僕は、最後の仕事としてテントや道具の片付けをすることになる。


 大谷 圭介:

「隼人〜! 先に帰ってるな」


 小池 隼人:

「うん!」


 部活も今日はない。

 ケイちゃんが、グラウンドの向こう側からテントをたたんでいた僕に声をかけてきた。悠くんもその横にいた。

 応援団を頑張っていた2人に、僕は手を振り返して声をあげる。


 小池 隼人:

「2人とも、今日はカッコよかったよー!」


 大谷 圭介:

「隼人に言われてもなぁ」


 中曽根 悠:

「あはは、ありがとなー」


 2人は笑ってそう答え、門へと去っていった。

 並んで歩いている2人は、まわりの女子生徒よりも背が高い。

 今までは当たり前に見ていたその光景に、思わず目を細めた。


 小池 隼人:

「………」


 チカチカと、坂本先生にお姫様抱っこされた松宮さんが脳裏に蘇る。

 この、僕の奥でくすぶっているものは、一体なんなのだろうか。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 いじわるの方程式

(3)「難解」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 グラウンドの片付けも終わり、僕は1人で校舎の廊下を歩いていた。


 ジャージ姿のまま、教室に置いてあるカバンを取りに向かう。

 今日はジャージ登校だったので着替える必要もなく、カバンを手に持つと教室の鍵を閉めた。


 鍵を返すため、職員室へと向かう。

 職員室に行くためには、保健室の前を通らなければならない。

 すると偶然にも、その扉から出てきた松宮さんと鉢合わせをした。


 小池 隼人:

「松宮さん!」


 松宮 茜:

「あ、小池くん」


 松宮さんはカバンを背負って、ジャージパンツの右足から白い包帯を覗かせていた。

 そちらについ目が行くと、松宮さんが苦笑した。


 松宮 茜:

「湿布を替えてもらってたの」


 小池 隼人:

「もう、大丈夫なの?」


 松宮 茜:

「うん、歩くくらいは平気」


 僕を心配させないためか、松宮さんは笑って答える。

 日が少し落ち始めたせいか、西日が眩しいくらいに差し込んで、廊下を赤く染め上げていた。


 濃いオレンジ色が、僕らを照らしている。

 それが何だか普段の校舎とは違う景色を見せているようで、不思議な心地になる。

 今こうして目の前にいる松宮さんも、いつもの彼女じゃないみたいだ。

 僕らは当たり前のように横に並んで、一緒に歩き出した。


 松宮 茜:

「あーあ、それにしても……」


 松宮さんがつぶやいた。


 松宮 茜:

「今日は散々だったな。変なところでこけちゃうし、怪我しちゃうし」


 口を尖らせて、彼女は包帯の巻かれた自分の足を見ている。


 小池 隼人:

「部活は大丈夫?」


 バスケ部の彼女にとって、今回の捻挫は大丈夫だろうか。

 心配になった僕はそう声をかけた。

 彼女は少し笑って、こちらを見る。


 松宮 茜:

「うん。1週間ほど安静にしてれば、後遺症もないって」


 小池 隼人:

「そっか。よかった」


 松宮 茜:

「へへ。私って案外ドジ」


 恥ずかしそうに、視線を落とした松宮さん。

 その表情は、僕が彼女を支えようと近寄った時の顔に似ていた。


 あの時のことがまた、思い出される。

 あの時、僕が支えられていたら。

 あの時、松宮さんが怪我をしていなかったら。

 あの時、松宮さんが転んでいなかったら。


──今の僕の、このわけのわからない感情は、なかったのかもしれない。


 小池 隼人:

「………そうだね」


 ぽつりと、僕の口から言葉がもれた。


 松宮 茜:

「え?」


 松宮さんがこちらを見る。

 僕もそれをじっと見つめ返し、言葉を続けた。


 小池 隼人:

「松宮さんはドジだ」


 松宮 茜:

「!」


 松宮さんの瞳が一瞬、大きく見開いた。


 小池 隼人:

「どうしてあんなところで転んじゃったの? 何もなかったのに」


 松宮 茜:

「……えっと………小池くん?」


 松宮さんの眉が下がる。

 彼女が笑う時にもよく見せる、眉の動きだった。


 それがなぜか、よけいに僕の心の奥をザラリと撫でて、口は止まらない。

 嫌な言葉がついて出た。


 小池 隼人:

「坂本先生に、抱っこされたくて転んだ?」


 松宮 茜:

「──……!? 」


 次の瞬間。

 松宮さんの泣きそうな顔を見て、僕はハッとした。


 僕、今、何を言って……?


 小池 隼人:

「……ご、ごめ……」


 慌てて謝るも、松宮さんの眉は下がりっぱなしで、悔しそうな表情を浮かべている。


 松宮 茜:

「小池くん、そんなふうに思ってたの?」


 小池 隼人:

「! 違う! そうじゃなくって……」


 松宮 茜:

「……」


 小池 隼人:

「そうじゃ……なくて」


 ああ、僕は何を言っているんだろう。

 何で、こんな意地の悪い言葉を出したのだろう。

 怪我をした松宮さんにあんなことを言うなんて、最低じゃないか。


 自分を思いきり責め立てる。

 男らしくない……弱虫毛虫!


 そうけちょんけちょんに自分を責めても、一度出した言葉を取り消すことはできない。


 小池 隼人:

「ごめん……違うんだよ」


 松宮 茜:

「……小池くん?」


 彼女は、不思議そうに僕を見る。

 戸惑いの色を浮かべて向けられる瞳に耐えられず、僕は思わず目をそむけてしまった。


 何だろう。

 いたたまれない。

 恥ずかしすぎて、彼女のそばに今はいたくない。


 小池 隼人:

「ごめん、松宮さん。僕……用事があるから、先に行くね!」


 松宮 茜:

「!」


 一瞬彼女が何か言おうとしたのも無視して、僕は走り出した。

 捻挫をしている彼女が追えないことをわかっていて、僕は卑怯にも逃げたんだ。


 どうして。

 どうして、あんなことを言ってしまったのだろう。

 僕の言葉で松宮さんを傷つけた。

 その事実が、ずしんと心にのしかかる。


 ぐっと拳を握りしめたら、その中に冷たい感触を感じて僕は気がついた。


 小池 隼人:

(そうだ、鍵……返さなくちゃ)


 そういえば、職員室に教室の鍵を返しに行くためにここに来たんだ。


 僕は踵を返し、少し遠回りをしてから、職員室へ向かった。




 ◇ 続く ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。