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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.21 いじわるの方程式(2)「比較」

 無事に三角コーンを北倉庫から運び出した僕は、他の体育委員と合流して、また忙しく動き回った。


 小池 隼人:

(次は、2年の障害物競走か)


 プログラムを確認して、入場門に並んでいる参加メンバーに目をやる。

 その中で、松宮さんを見つけた。


 隣の友達とおしゃべりしながら、軽く腕を組んでストレッチをしている。

 背の高い彼女は、女の子たちの中でも目立つ。

 1年の時よりも髪の毛が伸びた松宮さんは、最近ヘアピンをつけていることが多くて、それがよく似合っていた。


 小池 隼人:

(可愛いな)


 なんて、とても照れくさくて本人には言えないけれど。


 小池 隼人:

(松宮さん、頑張れ!)


 本当なら同じクラスの子を応援すべきなのに、心の中でこっそりそんなことを思ってしまった。

 僕は障害物競走参加者への賞品を持つと、ゴールへと向かって歩き出した。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 いじわるの方程式

(2)「比較」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 障害物競走は、ただ足が速ければいいってものではない。

 網くぐりで引っかかっていた松宮さんは、3位でゴールのテープを切った。

 でも賞品は3位の子まで出るので、体育委員の僕は渡すべく彼女に近寄る。ちなみに3位の賞品は、ボールペンだ。


 小池 隼人:

「3位おめでとう、松宮さん」


 松宮 茜:

「あ、小池くん!」


 僕に気づいた松宮さんは、相変わらずの明るい笑顔をこちらに向けてくれた。

 さっきまで走っていたとは思えないくらいに、爽やかな笑顔を見せている。


 松宮 茜:

「ありがとう!」


 にこっと受け取ってくれた。


 松宮 茜:

「網に苦戦しちゃったよ」


 小池 隼人:

「でも、2位と大差なかったよ。頑張ったよ」


 そう言いながらも、お魚みたいに網に引っかかっていた松宮さんを思い出す。

 背が高く手足の長い彼女には、あの障害物は困難なものだったらしい。


 小池 隼人:

(松宮さん、やっぱり背が高いなぁ)


 こうして向かい合うと、よくわかる。

 彼女は151センチの僕より10センチ以上高そうだった。腰の位置も、僕より高くて足の長さが違う。

 普段はケイちゃんで慣れているはずの身長差も、こうして女の子相手だと、なんだか意識しちゃうな。


 松宮 茜:

「……えっと」


 松宮 茜:

「どうしたの? 小池くん」


 小池 隼人:

「え?」


 ハッと気づいて、松宮さんと目を合わせた。

 松宮さんは少し視線をそらして、もらったボールペンを手持ち無沙汰に指でブラブラさせている。


 松宮 茜:

「ボーッとしてたから」


 小池 隼人:

「あ、ごめん。何でもないよ」


 あれ、僕、何を考えていたんだっけ。

 頭をかいて、松宮さんと一緒に歩き出した。

 彼女の4組の席は本部テント近くだから、同じ方向に帰ることになる。


 小池 隼人:

「松宮さん、相変わらず運動神経いいなって」


 何かを誤魔化すように、そう言った。


 松宮 茜:

「小池くんだって、運動神経いいじゃん! サッカー上手だし」


 小池 隼人:

「へへ、ありがとう」


 松宮さんにそう言ってもらえるのは、嬉しかった。

 よし、サッカー部を2年生でも頑張っていこうっと。


 と、その時だった。


 松宮 茜:

「ひゃあ!? 」


 小池 隼人:

「え!? 」


 突然、松宮さんの姿が僕の視界から消えた。

 と思ったら松宮さんはガクンと、膝から崩れてこけてしまったようだ。

 うずくまる彼女に僕は慌てて、しゃがんで顔をのぞき込んだ。


 小池 隼人:

「大丈夫!?」


 松宮 茜:

「いたた……。変なこけ方しちゃった」


 見ると松宮さんの膝やすねが、痛そうに擦りむいていた。血がにじんで、砂にまみれている。


 松宮 茜:

「……っ」


 彼女は膝よりも、足首を押さえて痛そうに顔をしかめた。


 小池 隼人:

「足首、捻っちゃった?」


 松宮 茜:

「……みたい」


 少しだけ彼女の目尻がにじんでいる。本当に痛そうだ。

 僕は彼女の腕下に体を滑り込ませると、その腕を肩にかけて足に力を込めた。


 松宮 茜:

「え、こ……小池くん!?」


 小池 隼人:

「保健室まで歩ける? 僕、支えていくから」


 体が密着して少し恥ずかしかったけれど、それよりも彼女の足の方が心配だった。

 でも松宮さんはやっぱり恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして抵抗しようとする。


 松宮 茜:

「わ、悪いよ。私、重いし……!」


 小池 隼人:

「そんなことないよ」


 サッカー部で鍛えた僕の足に、力はあるんだ。

 よいしょ、と体全部で彼女の体重を支えようとして、立ち上がろうとした。


 小池 隼人:

(……うっ)


 ずしんと、柔らかい重みがかかる。


 小池 隼人:

(だ、大丈夫だ!)


 唇を噛み締め、さらに踏ん張ろうとした時だった。


 坂本先生:

「大丈夫か?」


 体育教師であり、サッカー部顧問でもある坂本先生が駆け寄ってきた。


 坂本先生:

「よし、ここは俺に任せろ!」


 松宮 茜:

「わっ」


 そう言って坂本先生は、ひょいっと松宮さんの足と肩に手をまわして、彼女を抱き上げてしまった。

 いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。


 小池 隼人:

「!」


 とたんに、僕の体の負担がなくなる。

 肩にあった温もりは消え去り、目の前には坂本先生に抱きかかえられる松宮さんがいた。


 坂本先生は体も大きく、そんな先生に抱っこされている松宮さんは小さな女の子に見えた。

 顔を真っ赤にして、先生と僕を交互に見つめる。


 坂本先生:

「松宮、とりあえず保健室までだから、セクハラとか騒ぐなよ?」


 松宮 茜:

「ええと……は、はい」


 あんなに僕の支えに抵抗していた松宮さんは、坂本先生の言葉にはすんなり従い、大人しく身を任せた。

 何かから隠れるように、縮まるように坂本先生の胸元で小さくなる。


 小池 隼人:

「……!」


 それを見て。

 心がなぜだか、酷く軋んだ。


 僕は松宮さんより、背が低い。

 僕はあんなふうに、抱き上げることはできない。

 僕は。

 僕は。


 坂本先生:

「小池、4組の担任か保健委員に、このこと伝えておいてくれ」


 小池 隼人:

「……は、はい!」


 坂本先生の声に我に返って、とっさに返事をした。

 そのまま先生は背を向けて、保健室へと向かおうとする。

 その腕の中に、すっぽり収まってしまった松宮さんを抱えて。


 広くて大きい大人の背中が、ちっぽけな僕を置いてけぼりにした。




 ◇ 続く ◇

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