Ep.21 いじわるの方程式(2)「比較」
無事に三角コーンを北倉庫から運び出した僕は、他の体育委員と合流して、また忙しく動き回った。
小池 隼人:
(次は、2年の障害物競走か)
プログラムを確認して、入場門に並んでいる参加メンバーに目をやる。
その中で、松宮さんを見つけた。
隣の友達とおしゃべりしながら、軽く腕を組んでストレッチをしている。
背の高い彼女は、女の子たちの中でも目立つ。
1年の時よりも髪の毛が伸びた松宮さんは、最近ヘアピンをつけていることが多くて、それがよく似合っていた。
小池 隼人:
(可愛いな)
なんて、とても照れくさくて本人には言えないけれど。
小池 隼人:
(松宮さん、頑張れ!)
本当なら同じクラスの子を応援すべきなのに、心の中でこっそりそんなことを思ってしまった。
僕は障害物競走参加者への賞品を持つと、ゴールへと向かって歩き出した。
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いじわるの方程式
(2)「比較」
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障害物競走は、ただ足が速ければいいってものではない。
網くぐりで引っかかっていた松宮さんは、3位でゴールのテープを切った。
でも賞品は3位の子まで出るので、体育委員の僕は渡すべく彼女に近寄る。ちなみに3位の賞品は、ボールペンだ。
小池 隼人:
「3位おめでとう、松宮さん」
松宮 茜:
「あ、小池くん!」
僕に気づいた松宮さんは、相変わらずの明るい笑顔をこちらに向けてくれた。
さっきまで走っていたとは思えないくらいに、爽やかな笑顔を見せている。
松宮 茜:
「ありがとう!」
にこっと受け取ってくれた。
松宮 茜:
「網に苦戦しちゃったよ」
小池 隼人:
「でも、2位と大差なかったよ。頑張ったよ」
そう言いながらも、お魚みたいに網に引っかかっていた松宮さんを思い出す。
背が高く手足の長い彼女には、あの障害物は困難なものだったらしい。
小池 隼人:
(松宮さん、やっぱり背が高いなぁ)
こうして向かい合うと、よくわかる。
彼女は151センチの僕より10センチ以上高そうだった。腰の位置も、僕より高くて足の長さが違う。
普段はケイちゃんで慣れているはずの身長差も、こうして女の子相手だと、なんだか意識しちゃうな。
松宮 茜:
「……えっと」
松宮 茜:
「どうしたの? 小池くん」
小池 隼人:
「え?」
ハッと気づいて、松宮さんと目を合わせた。
松宮さんは少し視線をそらして、もらったボールペンを手持ち無沙汰に指でブラブラさせている。
松宮 茜:
「ボーッとしてたから」
小池 隼人:
「あ、ごめん。何でもないよ」
あれ、僕、何を考えていたんだっけ。
頭をかいて、松宮さんと一緒に歩き出した。
彼女の4組の席は本部テント近くだから、同じ方向に帰ることになる。
小池 隼人:
「松宮さん、相変わらず運動神経いいなって」
何かを誤魔化すように、そう言った。
松宮 茜:
「小池くんだって、運動神経いいじゃん! サッカー上手だし」
小池 隼人:
「へへ、ありがとう」
松宮さんにそう言ってもらえるのは、嬉しかった。
よし、サッカー部を2年生でも頑張っていこうっと。
と、その時だった。
松宮 茜:
「ひゃあ!? 」
小池 隼人:
「え!? 」
突然、松宮さんの姿が僕の視界から消えた。
と思ったら松宮さんはガクンと、膝から崩れてこけてしまったようだ。
うずくまる彼女に僕は慌てて、しゃがんで顔をのぞき込んだ。
小池 隼人:
「大丈夫!?」
松宮 茜:
「いたた……。変なこけ方しちゃった」
見ると松宮さんの膝やすねが、痛そうに擦りむいていた。血がにじんで、砂にまみれている。
松宮 茜:
「……っ」
彼女は膝よりも、足首を押さえて痛そうに顔をしかめた。
小池 隼人:
「足首、捻っちゃった?」
松宮 茜:
「……みたい」
少しだけ彼女の目尻がにじんでいる。本当に痛そうだ。
僕は彼女の腕下に体を滑り込ませると、その腕を肩にかけて足に力を込めた。
松宮 茜:
「え、こ……小池くん!?」
小池 隼人:
「保健室まで歩ける? 僕、支えていくから」
体が密着して少し恥ずかしかったけれど、それよりも彼女の足の方が心配だった。
でも松宮さんはやっぱり恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして抵抗しようとする。
松宮 茜:
「わ、悪いよ。私、重いし……!」
小池 隼人:
「そんなことないよ」
サッカー部で鍛えた僕の足に、力はあるんだ。
よいしょ、と体全部で彼女の体重を支えようとして、立ち上がろうとした。
小池 隼人:
(……うっ)
ずしんと、柔らかい重みがかかる。
小池 隼人:
(だ、大丈夫だ!)
唇を噛み締め、さらに踏ん張ろうとした時だった。
坂本先生:
「大丈夫か?」
体育教師であり、サッカー部顧問でもある坂本先生が駆け寄ってきた。
坂本先生:
「よし、ここは俺に任せろ!」
松宮 茜:
「わっ」
そう言って坂本先生は、ひょいっと松宮さんの足と肩に手をまわして、彼女を抱き上げてしまった。
いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
小池 隼人:
「!」
とたんに、僕の体の負担がなくなる。
肩にあった温もりは消え去り、目の前には坂本先生に抱きかかえられる松宮さんがいた。
坂本先生は体も大きく、そんな先生に抱っこされている松宮さんは小さな女の子に見えた。
顔を真っ赤にして、先生と僕を交互に見つめる。
坂本先生:
「松宮、とりあえず保健室までだから、セクハラとか騒ぐなよ?」
松宮 茜:
「ええと……は、はい」
あんなに僕の支えに抵抗していた松宮さんは、坂本先生の言葉にはすんなり従い、大人しく身を任せた。
何かから隠れるように、縮まるように坂本先生の胸元で小さくなる。
小池 隼人:
「……!」
それを見て。
心がなぜだか、酷く軋んだ。
僕は松宮さんより、背が低い。
僕はあんなふうに、抱き上げることはできない。
僕は。
僕は。
坂本先生:
「小池、4組の担任か保健委員に、このこと伝えておいてくれ」
小池 隼人:
「……は、はい!」
坂本先生の声に我に返って、とっさに返事をした。
そのまま先生は背を向けて、保健室へと向かおうとする。
その腕の中に、すっぽり収まってしまった松宮さんを抱えて。
広くて大きい大人の背中が、ちっぽけな僕を置いてけぼりにした。
◇ 続く ◇




